カテゴリ:能楽( 426 )

第十九回柊会 清経 猩々

d0226702_11151510.jpg第十九回柊会
2018年12月2日(日)14時より@十四世喜多六平太記念能楽堂

おはなし 金子直樹

仕舞
班女 内田安信
和布刈 内田高成

清経 音取
シテ 内田成信、ツレ 佐々木多門、ワキ 大日方寛
笛 藤田貴寛、小鼓 鵜沢洋太郎、大鼓 佃良勝
後見 友枝昭世、塩津哲生、中村邦生
地謡 粟谷能夫ほか

八句連歌
シテ 山本東次郎、アド 山本則俊

仕舞
鳥追船
友枝昭世

猩々
シテ 内田利成、ワキ 大日方陽
笛 栗林祐輔、小鼓 田邊恭資、大鼓 柿原孝則、太鼓 小寺真佐人
後見 内田成信、内田安信
地謡 香川靖嗣


最初の解説ってあまり印象に残らないことが多いのですが、本日は違った。金子直樹さん、「清経を観ると『黒の舟唄』を思い出すんですよね。『男と女の間には深くて暗い川がある』っていうあれ」確かにそういう話ですね。
そして清経は清盛の長男の三男、本来なら三男であるとはいえ直系であるはずなのに、長男重盛が早世してしまい、一族の実権は次男の系統に…。聞きながら、狂言の野村家の太一郎の事を思わず考えてしまった。


仕舞があって、清経。囃子方は皆長袴です。戦場を敵に見つからないよう粟津三郎がやって来る。この人くらい痩せていて背もそこそこだと、忍んでやって来るという感じです。主人の未亡人に「清経は身を投げ空しくなった」と告げるところが聞かせどころですが、なかなかの演技。実は私森常好、好きなんですが、彼がこの場面やると「お腹がつかえているのに良くあんな美声が…」と妙なところが気になってしまうのです。

しかしこの曲で最も良かったと思うのはツレの佐々木多門。謡がしみじみと心に染みます。

夜更けになって美しい笛の音に誘われたかのように清経の霊がやって来る。
藤田貴寛は音取の披きなのだろうか。この前聞いた松田のような風情には欠けるけれど、美しかったです。
半幕からわずかに見える清経。ゆっくりゆっくりと妻の元へ。
別に全体に悪くなかったんだけれど、この前の国立の友枝昭世と笛の松田弘之の組み合わせと比較してしまうので、何となく点が辛くなる。

でも、後半のシテ、なかなかカッコよかった。この人をシテとして観るのは初めてではなかろうか。「内田」さんは喜多に沢山いるので、どの人がどれやらまだはっきりわかっていない私ですが…。次回又観られる機会を作ってみようと思います。


後半は猩々。シテもワキも10歳。舞台で見ると本当に子供だけれど、しっかりしている。シテの子方の方が舞台慣れしていますね。やはり出演機会が多いのでしょう。
直面の猩々というのもなかなかかわいらしいものです。二人とも言葉の意味は難しくてわかっていないでしょうから、よく覚えられました。陽くん、同じところ二回言っちゃったけれど落ち着いて先に進めましたね。
こういう舞台には色々意見もあるでしょうが、デビュー前のアイドルを追っかける若い子の気持ちがちょっぴりわかったオバサンの私でした。


仕舞で和布刈を舞った貴成くん。高校生?大学生?休み時間に見たらロビーに沢山お友達が。こういうのっていいと思うな。利成くん、陽くん二人もお友達に沢山来てもらえばよかったのに。


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by soymedica | 2018-12-13 12:50 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂十一月 企画公演 石神 調伏曽我

d0226702_10472718.jpg国立能楽堂十一月企画公演 
平成三十年度(第73回)文化庁芸術祭主催《開場35周年記念》
2018年11月30日(金)18時30分より
企画公演 蝋燭の灯りによる

狂言・大蔵流
石神
シテ(男)茂山忠三郎、アド(妻)大藏彌太郎、(仲人)大藏彌右衛門
笛 赤井啓三、小鼓 久田舜一郎

能・宝生流
調伏曽我
シテ(工藤祐経、不動明王)大坪喜美雄、ツレ(源頼朝)島村明宏、子方(箱王)水上嘉、立衆(頼朝の従者)広島克栄、東川尚史、佐野弘宜、佐野玄宜、高橋憲正、ワキ(箱根別当)福王茂十郎、ワキツレ(従僧)福王和幸、福王知登、喜多雅人、矢野昌平、村瀬慧、アイ(能力)大藏吉次郎
笛 赤井啓三、小鼓 久田舜一郎、大鼓 飯島六之佐、太鼓 小寺佐七
後見 佐野由於、水上優、金森良充、金森隆晋
地謡 武田孝史


蝋燭の灯りで見るのが、石神と曽我モノ、と言うのはどうなんだろう。特に調伏曽我の上演は稀なんだからちゃんと見たかったなあ。

石神は、離婚の是非を妻が石神様に聞きにくる、と知った夫が石神に化けて離縁されないように頑張るというお話ですが、そこの滑稽な動きが良く見えなかった。まあ、夜にお参りしているという設定だからそういうものだと言われたらそれまでですが。
石神へのお礼に神楽を舞う妻があまりに楽しそうなのでつられて夫も踊ってしまい、ばれる。ここはもう少し明るい照明でも…。
ところで当時は皆さん神楽ぐらいは嗜みとして舞う事ができたのでしょうか。


曽我モノのうち、調伏曽我は初めて。こんなに人数が必要な話は国立でしかできないかもしれません。

まず頼朝一行登場。頼朝ですから、従者が沢山。鎌倉を朝たって箱根につきました。ですから地元の人も物見高くやってきます。箱根神社の人たち(「この寺の」というせりふがあるので、神宮寺の人たちでしょう)も将軍を見ようとやってきます。
箱王もその中にいます。

箱王の子方くん、10歳とのことですが、とてもしっかりしていて大したものです。場数を相当踏んでいるのでしょうか。
とてもたくさんのワキツレ。福王流、こんなに人が居たんですねえ…。薄暗がりではっきりわかったのは茂十郎と和幸だけでしたが。
頼朝一行の中に敵の工藤が居ると知って興奮する箱王を何とかごまかそうとする別当。そして箱王を見た工藤は、「お前の父を殺したのは自分では無い」と説得。
言いくるめられて箱王は泣く泣く帰ります。

ここでツレも立衆も中入り。

あきらめきれない箱王はどこからか太刀を盗み取って敵を討とうと。驚いた別当は箱王を返すと同時に調伏を誓います。
後場では子方が見られなくて残念。

別当は調伏のための護摩壇を用意するように能力に命じます。(もちろん作るのは後見とそのお手伝いの人々ですが)。
作り物が沢山。大小前には一畳台に乗せた小宮。ワキ座には護摩壇に見立てた一畳台が置かれます。

護摩壇の端に何か黒っぽいものがあるのは、どうも鬘(髪の毛)らしい。
福王パパが呪い(??)を唱えると、宮からは不動明王が。どんな面だかはっきりしないのが残念。
地謡によると矜羯羅、制多迦もやってきたらしい。

出てきた不動明王はなかなか恐ろしい動きを。でも、もう少し力強い感じが欲しかったかも。何しろ派手目に動いてくれないと見えないから、恐ろしいというよりも「明王も見えなくてもたもたしているのかな?」と思ってしまう。もう少しやみくもに動く若い役者にならせるべきだったのか。

最後には剣の先にあの髪の毛を刺し通すという、能にあるまじきリアルさ。
これは箱王の本望が成就することを示しているのです。

…めでたしめでたし、なのか??

あの薄暗がりの中でしっかりと舞台を締めるのはさすが福王茂十郎。素晴らしかったです。

面は出目金之助作の不動。

箱根神社、今では神宮寺は無くなってしまいましたが神社の宝物殿の前あたりに寺があったことを示す碑が建っています。


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by soymedica | 2018-12-07 21:58 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会青山能十一月 清水 天鼓

d0226702_15283368.jpg銕仙会青山能十一月
2018年11月28日(水)18時半より@銕仙会能楽研修所

仕舞
道明寺 柴田稔
江口 キリ 野村四郎

狂言 
清水
シテ(太郎冠者)野村太一郎、アド(主)深田博治

能 
天鼓 弄鼓之舞
シテ 鵜澤光、ワキ 御厨誠吾、アイ 高野和憲
笛 一噌幸弘、小鼓 鳥山直也、大鼓 亀井洋佑、太鼓 林雄一郎
後見 長山桂三、西村高夫
地謡 谷本健吾ほか


毎度のことながら、見所は満員。手元のスマホではキャパ200とあるが、友人の目測では定員いっぱい入っていると(日本野鳥の会か、君は)。
若い人と外人が多いのがここの特徴だけれど、結構な高齢者も。もうこういう椅子席ではない会場というのは時代に合わないかもですね。ちなみに人生の後半に差し掛かっている私ですが、畳のある家に住んだことは無い。


さて、清水。これは何となくいつもよりも短いような気が。でも水汲みを断る口実に太郎冠者が「先祖があそこに身を投げまして」と言うのは初めて聞いたかな。
深田と野村のコンビ、なかなか良かった。
太一郎の肩衣が瓢箪鯰なのが何となく可笑しい。


最後の淳夫の解説にもあったが「天鼓」は王伯と天鼓という前後のシテの対照性が見せどころで能楽師に好まれる曲。実はあんまり好きな曲ではないので、公演がかち合った時などは天鼓で無いほうを選ぶのだが、それでも何回となく観ている。今回は鵜澤光だから来ました。

女性のシテというのは恐らく鵜沢親子しか観た事が無い私。光のほうは声が、と言うより立ち姿が女性。今回も出だし橋掛に立った姿を見て女性だな、と感じたのだが、話が進むにつれてお爺さんに見えてくる。私の見方が変わったというよりは、鵜澤光が人物になりきったのではないかと思う。彼女は上手い。

帝が鼓を手に入れた理由、そして天鼓が死んだ理由が明かされ、今またその父の王伯が召される経緯が語られます。全体にちょっと湿っぽすぎるかな、と言う感じに流れて行きました。アイの高野が舞台を締めます。管絃講を触れる口上も良い。その華やかさが目に浮かぶよう。

後場では帝の主催する管絃講に天鼓の霊が現れて鼓を打ち、舞います。装束が黒の縁取りのしてある赤と金のちょっと面白いものでした。天真爛漫な少年の霊が舞う様が楽しい。橋掛かりから鼓を見るのですが、その型が綺麗。
前場は何となく地謡が乗りきれていない様な感じだったのですが、後場は良かったです。

頭の中では帝がワキ柱のそばの葛桶にかけて天鼓の舞を観ているような気がするのですが、最初から最後まで帝は出て来ないんですよね、これ。

「弄鼓之舞」の小書きでは笛が盤渉調へと高くなり、太鼓が加わり、さらに後シテが鼓を打つなどに変わるそうです。
面は前シテが堀安右衛門の小牛尉、後シテが中村直彦の童子。

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by soymedica | 2018-12-07 13:44 | 能楽 | Comments(0)

MUGEN∞能 千鳥 国栖

d0226702_17501417.jpgMUGEN∞能
2018年10月31日(水)18時半より@観世能楽堂

一調
班女
林宗一郎、 大鼓 亀井忠雄

狂言
千鳥 
太郎冠者 野村太一郎、酒屋 野村萬斎、主 中村修一

仕舞
藤戸 
観世清和

国栖 白頭 天地之声
シテ 坂口貴信、天女 観世三郎、姥 林宗一郎、子方 谷本康介、ワキ 宝生欣哉、アイ 茂山逸平、茂山宗彦
笛 一噌隆之、小鼓 飯田清一、大鼓 亀井忠弘、太鼓 林雄一郎
後見 上田公威、野村昌司
地謡 観世清和ほか


最初に茂山逸平、坂口貴信、野村太一郎、林宗一郎が出てきてそれぞれの曲の解説
野村の千鳥の解説を聞いて、和泉流と大蔵流とではそんなに違うのかと驚く逸平。先代千作は「この頃は請求書が毎月来る。昔は節季払で良かったのに」と嘆いていたそうですよ。
「パンフレットが無いので」と一調や国栖の説明も。
解説はパンフレットにして終了時間を早くするか、解説でそれぞれの素の顔を見せるか、前者を選んで正解だったのでは?と思われる客層でした。


一調。林宗一郎は決して下手ではないし(上手い)、亀井忠雄はもちろん名手、だけれど何となく私にはピンと来なかった。林の頑張っている感が前に出すぎたのかな。


千鳥は萬斎の胸を借りる形の太一郎。2,3年前とは打って変わった達者さ。よほど練習したのでしょうか。こんなに上手くできるんだったら昔からそうしたらよかったのに。
ただ、中盤ちょっとだれましたね。まだまだ君はできる。


ここでちょっと仕舞をスキップして腹ごしらえに。
今回は愛弟子の坂口のシテだし、三郎太出演だし、家元も頑張ってますねえ。


能は国栖。ちょっと速足の王がやってきます。輿の左右の棒の角なが度が違うのが気になる。揃えて持ってほしいな。(たぶん前下がりに持っている方が正しい)。
おつきの欣哉、家元の風格が出てきました。下宝は欣哉の前後の世代が結構いますが、やはり地位が人を作るというか稽古や舞台の数が違うのか、彼がダントツの安定感。
御座を据えると輿かきはすぐ退場。囃子の後ろにしばらく控えている場合もありますが、何が違うのでしょうか。

今度は幕から紺色の船が出てきて一の松のところに据えられます。
その船に、老夫婦がやってきて乗ります。婆様が釣竿を持っていて、やや婆様の方が背が高い蚤の夫婦であります。
仲がよさそう。
自分のあばら家の上に紫煙たなびくのを見て驚く二人。

シテが舞台に入ってくると船は橋掛にたてかけて干してある体。

家に行ってみるとやんごとなき一行が。しかもお腹を空かせている。
お婆さんは根芹を、お爺さんは焼いた国栖魚(鮎)を献上。
尊い方はお魚を裏返して食べるなどという事はなさらず、半身をお爺さんに下げます。
お爺さんがそれを川に放すと、なんとその魚は泳ぎだす!!このお爺さんの演技が真に迫っていて目の前に川があるかのよう。

吉兆だと喜ぶ間もなく、追手がやってきます。
うろたえる王の一行に「安心しろ」というお爺さん。
老夫婦はよろよろと橋掛から地謡前へ船を運んできます。そして王を船に隠すのでした。

狂言方扮する二人の追手。「ちょっとしか出ませんよ」と言っていましたがどうしてどうしてなかなかの存在感。王を捉えて手柄は立てたいが、面倒なことは避けたい2人。
そんな二人を相手にお爺さんは一世一代の見栄を切って追い払います。

やれやれ、と船から王をお出しして船は脇正へ。
(ここから先のお片付けは後見のお仕事)。
お爺さんは正中に下居して後見が衣の方を下ろします。
お爺さんとお婆さんは王に有難い言葉をいただき、王のお立場を思いやって涙を流すのでした。

2人が居なくなると天女登場。なぜツレが前と後と違う人がやるのかというと、お婆さんから天女に変身する時間が取れないからなのですね。
天女、ちょっと太鼓のリズムに乗りすぎで、優雅と言うよりおきゃんな天女ですね。立ち姿の美しさはさすが訓練の賜物。

次いでやってきた蔵王権現が凄い。面の色が面白くて、青銅製??と一瞬思った。袴が紫と金、上は金と薄い黄緑。私好みの派手さ。
この力強い舞が後場にもカタルシスを与えてくれて、とても満足の夜でした。

パンフレットが無かったので小書きの説明は、三宅襄の能の鑑賞講座一によると、
白頭は後シテが赤頭から白頭になり、面は不動か蔵王。位は強く重くなる。幕内で謡いだし、型も替わる。天地之声は観世流にあり、他流の白頭に似る。白頭と併用される、
とあります。


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by soymedica | 2018-11-05 17:50 | 能楽 | Comments(1)

狂言ござるの座58th 悪太郎 柑子 三人片輪

d0226702_23133790.jpg狂言ござるの座58th
2018年10月24日(水)19時より@国立能楽堂

悪太郎
悪太郎 野村萬斎、伯父 石田幸雄、僧 野村万作

柑子
太郎冠者 野村萬斎、主 深田博治

三人片輪
博打打 (唖)野村太一郎、(盲)中村修一、(いざり)内藤連
有徳人 野村裕基


ごさるの座、今回のトップバッターは重鎮三人。お互いに安心感のある相手だと演技が安定して悪太郎のおかしみも増します。
良い意味で三人が楽しみながら我が家でやっているような感じ。
萬斎もオリンピックなんかにかかわらないで、狂言と世田谷PTだけやっていればいいのに。

柑子もまたシテが萬斎。なぜ連続して、と思ったら「ごさるの座」は萬斎の会だったのだ。万作一家の会かと何となく思っていました。
柑子は万作が得意としている曲ですが、萬斎も臭みの無い演技ができるようになってきて面白い。

三人片輪。これ、タイムリーですよねー。官公庁の障碍者採用ごまかし事件の真っただ中ですものね。
こちらの有徳な裕基君は、積極的に障碍者を雇用しようとするのですが、博打打が障碍者に化けてやってくる。
この三人が留守中に宴会をやるのが見どころ。

お家の会を続けて観ていると、若い役者の成長がわかって面白い。中村&内藤、まだまだではあるけれど、狂言小舞、昔よりは上手くなりました。
太一郎は子供のころからやっているので一日の長がありますが。
皆偽装がばれて、ドタバタと退場。
裕基君、背は高いんだけれど何となく演義から受ける印象がまだ子供ですね。皆に守られているけれど、お父さんがオリンピックにかかりきりになったら君がお家を背負うんだよ!


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by soymedica | 2018-11-01 17:37 | 能楽 | Comments(0)

橘香会 姨捨

d0226702_14004180.jpg梅若研能会九十周年記念 橘香会
2018年10月20日(土)13時より@国立能楽堂

「姨捨」によせて 馬場あき子
仕舞
小袖曽我 梅若志長、梅若久紀
芦刈 キリ 梅若紀長
松虫 クセ 梅若猶義
卒塔婆小町 梅若万佐春

狂言 箕被
山本東次郎、山本則孝

仕舞
実盛 キリ 観世銕之丞
遊行柳 キリ 野村四郎
野宮 大槻文藏
定家 梅若実

姨捨
シテ 梅若万三郎、ワキツレ 大日方寛、則久英志、アイ 野村万作
笛 松田弘之、小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井忠雄、太鼓 小寺佐七
後見 大槻文藏、梅若泰志、加藤眞悟
地謡 梅若実ほか


駆け込みだったので、狂言見られなかった、残念。
仕舞と姨捨の間に20分の休憩があったのだけれど、お家の会にありがちな見所のマナーの悪さ。トイレが混んで遅れたとも思えないグループでの遅刻。お調べが始まったら特に列の真ん中の人は早めに戻るようにお弟子さんに教えた方が良い。
そして、補聴器の調整をするように言っておいた方が良い。


囃子が始まってから前の席の三人連れ着席(!)
都からやってきた三人連れは北陸に出てから信濃に入ったらしい。姨捨山の有名な月を見ようという三人。ワキは持っていた笠を後見座まで行って渡します。
三人が月を待っていると、忽然という感じで女が現れます。のうのう、の呼びかけが素敵でこの先に期待させます。
着ている茶系の地味な着物が素敵。

舞台に入るまでに橋掛でシテが二度ほど絶句。気にはなりませんでしたが、姨捨って絶句無しで終わったのを観た事が無いような気が。難しいんだろうか、それとも年配になったシテがやるものだからだろうか。
でも今、詞章を読み返しているのだけれども、活字で読む感じとシテが語った感じとの間に相当距離があって、いかに梅若万三郎が上手いかが良くわかる。

三人の都の旅人が(おそらく)「この女は現実のものだろうか?」と思っているうちに女は消えてしまいます。本当に、かき消すように中入り。

里人がやってきて三人に姨捨の話をします。
このバージョンだと、叔母は盲目であり、そうと知らない叔母に山奥の石を「仏だ」と言って拝ませて甥は逃げ帰るということになっています。
前半に「妻にひかるるは夫のならい」というところがあって、笑ってしまった。
また、ところどころに桂の木がモチーフとして読み込まれてもいるのが「月と桂」の組み合わせを意識したものか。
やっぱり万作はアイがうまいなあ、と思っていたら今回が間語りの最後となるという話もあちこちから。もしそうだとすると残念です。

月の精のような女が出てきます。面が色白でしわの表現もおとなしい。
しばらくの間橋がかりに座っていた万作は、幕から退場。切戸じゃないんだ。

なんか儚げな老婆だなあ、と思って観ていると、ふっと舞の途中で囃子も地謡もすべての時間が止まってしまったような数秒が。後見の大槻文藏が出てきて手を添えて下居させる。万三郎って脚そんなに悪かったか???と思って観ていたが、扇を見る型なども素晴らしく、あれはなんだったのだろう、と思っているうちに序の舞に。

と、後見の文藏が扇を取っていまにも出てきそうな構え。物着ってあったけ???と思っているとただ単にそうしただけなのか。
序の舞って退屈だと思っていたけれど、これは素敵だなあ、そして、本日は(まあこのメンバーなら当たり前なのだけれど)囃子が最高に染み入る。

なぜ、老女の長絹の模様が胡蝶なのだろうと考えていたら最後に蝶をモチーフにした詞章があるのですね。

この老女を残して都の三人は帰ってしまいます。
最後、1人捨てられた老女は月の光の精なのだ、と読んだことがありますがまさにその通りの舞台でした。

姨捨は笛の終わり方が素敵。

膝行した大槻文藏が万三郎の右手を支えながら橋掛を退場。
やはり体調が悪かったのだな、と思いつつ、でも素晴らしい舞台だった。

これを超える姨捨をこの先見ることがあるのだろうかと思いつつ、帰途につきました。





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by soymedica | 2018-10-25 08:36 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂定例公演十月 右近左近 自然居士

d0226702_21585047.jpg国立能楽堂定例公演10月
2018年10月19日(金)18時30分より

狂言 大蔵流
右近左近おこさこ
シテ(右近)善竹十郎、アド(妻)善竹大二郎

お話 松岡心平

能 観世流
自然居士 古式
シテ 観世清和、子方 谷本康介、ワキ 森常好、ワキツレ 館田善博、アイ 善竹富太郎
笛 一噌隆之、小鼓 観世新九郎、大鼓 亀井広忠
後見 武田宗和、上田公威、谷本健吾
地謡 角寛次朗


パンフレットの解説によると、この右近左近は初代善竹彌五郎(1883-1965)が得意としたものだそうです。幕切れが、拍手して良いものやら、いつも困る。
善竹十郎はなかなか良い味を出していました。これ、右近があまり若いと辛いですね。
ところで、十郎はとても小さなお爺さんなのに、大二郎、富太郎はともにとても肉付きかよいです。十郎も昔はああだったのでしょうか。


松岡心平の解説。何だか本日はいつもの冴えの無い語り口。確かに「古式」とは何かを資料なしに説明するのはちょっと辛いかもしれない。簡単に言うと前場の自然居士の語りがとても長くなるもので、語りの内容は「いかにして自分は自然居士と言う町中の説法師になったか」と言うものみたいです。
義満が寵愛していた世阿弥に「これは観阿弥にかなわないだろう」と言ったというのはこの自然居士を演じている観阿弥を見ながらの事であったそうです。


さて、その自然居士。本日亀井広忠はなぜか1人ベージュの袴。この人比較的派手な色の袴が好きですね。
善竹富太郎がやってきて、さあ、今日は自然居士の七日の説法の結願の日だから、聴衆も集めたし、居士を呼び出そう、と言うところから始まります。
居士は出てきて一の松のところで雲居寺(うんごじ)の札を配ります。麺は観阿弥の時代の本面だそうですが、角度によってずいぶん印象の変わる面白いものです。両側のこめかみにほつれた髪の毛が書き込んであります。

そして大鼓の前あたりで葛桶にかけ、「法のためならば身を捨つる」などと語ります。とても力強い。
子方登場。小袖と書付を持っています。それを受け取ったアイは正先にその小袖を広げます。
これに気付いた居士は書付(諷誦文と言っていますが、現代的な意味のそれではないようです)を読んで、「この子は身を売ってこの小袖を得たのだ」と気づきます。
あまりの事に、書付をぽとりと落とす自然居士。

観世清和がこの「古式」を選んだわけが良くわかります。ここまでシテの謡も言葉もたっぷり。仏教用語も多いのに、退屈させないで聞かせる力量を見せられる、という事でしょう。はい、楽しめました。

と、人買いが「買ったはずの子供が朝からいない」と探しに来ます。後半子供を縛って猿轡までして船に乗せる人買いにしては何だか呑気。幼子を無理やり連れて行ったのに気付いた居士は、小袖を襟巻のように巻いて人買いを追いかけます。

実際に舟の作りものは出ないのですが、ワキ座に櫂を手に人買いと少女が。
居士は揚幕の前まで行ってそこから「のうのう」と呼びかけます。
ここで「おれたちは渡し船では無いぞ」などというやり取りが面白い。
面倒なことになったのもお前のせい、と船頭たちが子供を殴る場面、櫂に見立てた竹の杖を扇で打つのですが毎度のことながらこれが面白い。

居士は舞台に入って「この小袖を返すから子供を放せ」と、小袖を舟に放り込みます。この迫力も、観客に「見たか!」と叫ぶ観世清和の心の声が聞こえてきそう。

人買いは竿を捨て、脱いでいた肩を上げます。二人で相談して、腹いせに居士に芸をさせることに。
烏帽子をつけさせ、舞を舞わせたり、ささらをすったり(これは数珠を扇で擦って実際に音を出していました)、最後には鞨鼓を打ちます。私は鞨鼓を打つ芸を見ると、大変失礼ながら食い倒れ人形を想像してしまうのですが、あれは太鼓でしたね。
ここの芸づくしのところも、観世清和の「魅せてやるぞ!」の気迫が。

最後に鞨鼓と烏帽子を脱ぎ捨て、子供を立たせて帰ります。
めでたしめでたし。

面は龍右衛門の喝食





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by soymedica | 2018-10-23 22:02 | 能楽 | Comments(2)

銕仙会定期公演十月 龍田、鳴子遣子、項羽

d0226702_21510458.jpg銕仙会定期公演十月
2018年10月12日(金)18時より@宝生能楽堂

龍田 移神楽
シテ 鵜沢久、ワキ 則久英志、ワキツレ 館田善博、野口能弘、アイ 善竹大二郎
笛 八反田智子、小鼓 幸正明、大鼓 國川純、太鼓 小寺佐七
後見 浅見真州、谷本健吾
地謡 清水寛二ほか

鳴子遣子
シテ(茶屋)善竹十郎、アド 善竹富太郎、善竹大二郎

項羽
シテ 浅見慈一、ツレ 観世淳夫、ワキ 福王和幸、ワキツレ 村瀬提、矢野昌平、アイ 善竹富太郎
笛 藤田次郎、小鼓 森澤勇司、大鼓 柿原光博、太鼓 大川典良
後見 長山桂三、観世銕之丞
地謡 浅井文義


本日の龍田はシテが人気の鵜沢久とあってか比較的空席が少ない。学生さんと思しき団体も。
まず、大小前に一畳台とその上に小宮が出されます。
全国を旅しているお坊さん(物見遊山では無くて法華経を収めているらしい、神社にも行くところが室町時代)が奈良から龍田川に着きます。この大口はいたお坊さん、朗々とした声が素晴らしいなあ、と思っていると向こうからこれもまた素晴らしい声の呼びかけが。この「のうのう」で見所の心を鷲掴みする鵜沢久って凄い。

女は榊を持った巫女。僧が川を渡ろうとするのを引き留める。
「竜田川紅葉乱れて流るめり渡らば錦中や絶えなん」
「竜田川紅葉を閉づる薄氷渡らばそれも中や絶えなん」
の歌を中心に問答がなされるのですが、結局川を渡ったのか渡らないのか良くわからない…。

僧がご神木に礼拝したりという間に、巫女は「実は私は龍田姫」と言って、宮の中に入ってしまう。

里人の善竹大二郎。この人も負けずに良い声で朗々と語ります。声も体も大きな人だとは思っていましたが、こんなに良い声だったろうか。

僧たちがうとうとしていると、宮から龍田明神が。頭には紅葉の冠、朱赤の大口の模様は金の水に楓が流れているし、薄いオレンジの長絹も楓模様。ここから見ると、あんまり美人じゃないなあ。
「移神楽」と言う小書きは通常は神楽が後半から神舞へと変化するが、後半も特殊な神楽になるというものだそう(良くわからん)。この場合シテは幣では無く神楽の最初から扇をもって舞う、とあります。

最後に橋掛へ行くのですが、「…もみじばちりとぶ、…みそぎのぬさの」のところの型が印象的でした。
この人、とても小柄だと思うのですが、舞台で動いていると大きく見えますねえ。

面は前シテが 作者不詳で形替孫次郎、後シテが洞水作の僧女。


狂言の鳴子遣子。前は善竹家の狂言って今一つだと思っていたんですが、最近なかなか面白い。
お話は船舟と茶壺ををあわせたような筋。
何だか十郎の足袋が緩そうなのが気になりました。


項羽は初めて見る演目です。
まずやってくるのが草刈りの福王一行。「敦盛」のシテが持つような草の束を肩に担いでいるのですが、そこには綺麗な花も刺してあります。家へ帰ろうと舟を待っていると、後見が舟の作りものを常座に起きます。船頭がやってきて、乗せてやるには船賃がいると。船賃は一本の美人草。
そして船頭は項羽と劉邦の戦いの様子を聞かせます。そういえば漢文の時間に習ったな。「…騅ゆかず。虞や虞や汝をいかんせん」でしたっけ?
ここのところ、シテが素晴らしい。
そしてなかなか尉面が素敵。

どうやら能では項羽は自分の首を自分でかき落としたと言うことになっているらしい。

自分は項羽であると明かした船頭は中入り。

本当の渡守がやってきて、びっくり。自分が渡した覚えの無い一行が川を渡っている。さては項羽の霊がでたな、と。
渡守の話の後、正先へ一畳台が出されます。

するとそこに虞氏に続いて項羽が。
中国をイメージしているのでしょう。二人とも凄く豪華な衣装です。
どうも一畳台は高楼に見立ててあるらしく、そこにのった虞氏は前方に降りることで身を投げることになります。
嘆いた項羽は一畳台に乗り、矛を降ろして虞氏を探し求めます。(なんだか水死体を探しているようでもあるけれど)。

シテは戦いの様子を見せるのですが、矛の扱いが上手い。
今まであまり気にしたことのない浅見慈一ですが、ちょっとファンになりました。

項羽は衣装や持ち物が華やかで動きもあり、そんなに長くないし、入門編にも良い曲だなと思いました。

面は前シテが出目満志の笑尉、後シテが洞水の筋男。
ツレは小面(銘 閏月)、作者不詳。


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by soymedica | 2018-10-18 17:20 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂九月開場35周年記念公演 見物左衛門 清経

d0226702_14544420.jpg国立能楽堂開場35周年記念公演
2018年9月21日(金)18時30分より

宝生流
仕舞 求塚
シテ 高橋章
地謡 大坪喜美雄

和泉流
見物左衛門 深草祭
シテ 野村萬

喜多流
清経 音取
シテ 友枝昭世、ツレ 内田成信、ワキ 森常好
笛 松田弘之、小鼓 成田達志、大鼓 國川純
後見 香川靖嗣、塩津哲生、中村邦生
地謡 粟屋能夫他


残念なことに見物左衛門見られず。花見バージョンは萬斎で見たような気がするのだけれど、萬の深草祭り、良かったろうな。

正面席真ん中やや後ろよりの私の席。団体客が入っていたのでしょうか。能に疎いわけでは無いけれど、普段そんなに観てもいないという感じの老夫婦多し。このチケットはプラチナなんだよと、教えてあげたい、友枝昭世の清経。そしてワキが森常好なのだから。

奥方がまず座ります。
粟津の三郎が辛い旅から清経の奥方の元にやってきます。舞台に入ると顔を隠していた笠を取ります。ここまで生きて帰れたことでほっとしたのもつかの間、奥方に悲しいお知らせをしなくてはなりません。やっぱりこの雰囲気の作り方、森はうまいなあ。
そして友枝昭世がツレに選ぶだけの事はある内田。コトバがうまい。

遺髪を入れた守り袋を三郎が渡すのですが、奥方はそれを宇佐八幡に送り返してしまいます。

ここで、音取ですので笛が前へ。ワキ方より手前に出てきます。
本来藤田六郎兵衛であったはずですが、お亡くなりになってしまい、本日は松田弘之。代役に不足無し。
音取、何回か観ていますが、笛と清経の霊が一体となったような素晴らしさは本日初めて体験しました。いつまでもいつまでも橋掛が続くといいなあ、と思わせる。

そして舞台に(奥方の部屋に)入ってきた清経は奥方と恨みの言葉を交わした後に戦の様子を語ります。
喜多流の清経って初めて。後場に残っていた森常好が突然高い綺麗な声で「世の中の、憂さには神もなきものを、なに祈るらんこころづくしに」と謡います。ああ、これは神様の声かなあ、帰ってきたはずの粟津の三郎も亡霊だったのかなあ。

そして地謡が船に乗って当てもなく漂う平家一門の状況を謡います。清経は今まで正中で床几にかけていたのですが、立ち上がり橋掛へ。「ここに清経は心に籠めて思うよう…」
清経は船の舳先で笛を取り出して、とうとう水底に沈んでしまうのでした。

この状況を謡う長い地謡の後、ツレが怨みを込めた謡を。ここが上手い!

最後の地謡によると、清経は仏果を得たらしいのですが、そうかなあ。

良い舞台だったなあ、と思ってそうそう、上掛ではワキは後場にいないという解説を読んだ記憶が、と宝生閑の聞き書き「幻視の座」を取り出して読んでみると、宝生閑が「こうあるべし」と語ったことが本日の舞台には詰まっていたのでした。

面はシテが友閑作の中将、ツレが小面。

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by soymedica | 2018-10-16 14:55 | 能楽 | Comments(0)

第四回千作千五郎の会 鎧、舟船、磁石

d0226702_21471024.jpg千作千五郎の会 第四回
2018年9月19日19時より@国立能楽堂

果報者 茂山千作、太郎冠者 茂山千五郎、すっぱ 茂山宗彦

舟船ふねふな
太郎冠者 茂山千作、主人 茂山七五三

磁石 
すっぱ 茂山千五郎、見付けの宿の男 茂山茂、宿の亭主 茂山逸平


いつも面白い演目を茂山一家が見せてくれるこの会、意外に空席が多いのが気になっていましたが次回が最後らしいです。ちょっと残念。
今回は鎧、磁石が初めての演目。

鎧は末広がりなどのように太郎冠者が都に行って間違った買い物をしてくる話。今回のお買い物は「鎧」。鎧を知らない果報者という設定、いったいいつごろできた話なのだろうか。
千作は折り鶴模様の裃、千五郎はツルの絵の肩衣。

太郎冠者の買ってしまったものはただの書付。おまけに葛桶(に入ったもの)を貰う。
主人のところに持って帰って「これが鎧」と書付を差し出す。
どうやらこの主人は字が読めないらしく、太郎冠者に読ませる。
この書付にかいてある鎧の話が面白く、聞かせどころ。

ついでに「おどすもの」はあるかと。縅(おどし)って昔のあの鎧は小さな札を縫い合わせて作ってある、あの札のことらしい。
と、葛桶に入っていたのは「脅すもの」鬼の面でした。
これでお互いに脅しあって、おしまい。


千作と七五三の舟船。千作と七五三は二人でやるときが一番輝いているような気がする。前に二人で叔母ガ酒やったときも最高の叔母が酒だと思ったし。
太郎冠者はシテ柱側に、主人はワキ柱側に立ちます。昔和泉流で観た時には逆だったような気もするが。
とにかく、本当に楽しかった!


磁石は有名だけれど初めて観る演目です。
田舎者が都に上る途中で大津松本の宿を見物していると、人売りが言葉巧みに知り合いの宿屋に田舎者を売り飛ばす。でも、それに気づいた田舎者は知恵を働かせて人売りが受け取るべき報酬を横取りして逃げ出す。追いかけてきた人売りの太刀を、「自分は磁石の精だ」と言って、刀を呑むふりをして取り上げるというもの。

田舎者だけれど、知恵と警戒心がちゃんとある賢い男、騙されてしまうすっぱ、と言うのは鎧とは逆。
前半の市を見物するところと、後半の磁石の精のふりをするところ、2曲が一曲になったようなお得感のある曲です。
楽しかったけれど、直前が千作・七五三ですから、ちょっと分が悪かったですね。


今回も楽しい会でした。
次回、来られると良いのだけれどちょっと微妙。
ちなみに次回(最終回)は2019年3月7日(木曜)19時より国立能楽堂。





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by soymedica | 2018-09-30 10:18 | 能楽 | Comments(0)