ござる乃座59th 鏡男 文荷 靭猿

d0226702_15073469.jpgござる乃座59th
2019年3月20日(水)19時より@国立能楽堂

鏡男
夫 石田幸雄、妻 高野和憲、鏡売り 内藤連

文荷
太郎冠者 野村萬斎、次郎冠者 深田博治、主 野村太一郎

靭猿
大名 野村萬斎、猿曳 野村万作、太郎冠者 野村裕基、子猿 三藤なつ葉
地謡 石田淡朗、中村修一、飯田豪


ここのところあんまりついていなかった万作家のチケット。本日は大変良い席で満足。
鏡男は最近石田幸雄のシテで見た記憶が。その時は記録を見ると囃子付きだったけれど、今回は無し。前回飽きてしまったんだけれど今回は面白く見られました。バージョンが違うのかしらん。
でも前回も不思議に思った「お金は三条の大黒屋で払いましょう」というせりふが今回も。
石田と高野が良いのは毎度のことですが、最初に出てきた内藤連が上手になったのには驚きました。


次いで文荷。千満(せんみち)という少人にラブレターを持って行けという主人。太一郎君、今一つ間のとり方が宜しくないですね。とっても気が入って上手な時と、今一つの時と、この人は結構ムラがある。まあ、相手が萬斎と深田だから不利と言えば不利ですが。

2人がしぶしぶラブレターを届けに。パンフレットにもありますが、まさに小学生が電柱から電柱まで皆のランドセル交代で運ぶ遊びみたい。
萬斎、深田は謡もうまい。
で、遊んでいるうちにラブレター開けて読むわ、そのうち破っちゃうわ…。破ったところで見所から「あーっ」と声が上がった。

こうなったからには手紙は捨ててしまおう、という2人。捨てるのも小唄節。破った文を扇いだりと、本当にもうこいつら!
と、そこに主人が。二人ともそれぞれ破れた紙を差し出し「お返事でござる」。またこの間が上手い。

すごーく面白かったけれど、「萬斎が狂言を変えた」と嫌がる人が居るわけがわかったような気がした。
詞章を変えたわけでもない、型を変えたわけでもない、でも伝統から何かを新たに作り上げた人だと思う。


皆のお目当て「靭猿」
萬斎の大名がお供の裕基をつれて登場。
なにやらごちゃごちゃ言い合っていると、向こうから猿と猿曳登場。猿の愛らしさに(4歳だそう)見所どよめく。
面を掛けて全身灰色の装束で覆われていても、可愛い。

あらすじは皆さんご存知の通り。その猿の毛皮がほしくなった大名。
猿をどうしても殺さなくてはならなくなった猿曳が悲しむと、無邪気に芸をする猿。
そりゃ、万作も萬斎も素晴らしい演技ですが、見所の関心はもっぱら愛らしい猿に。

萬斎大名も猿の愛らしさに弓を捨てます。
ここで後見の石田が弓矢を引いて切戸から戻ってきたのですが、険しい顔をして何やらもう一人の後見の深田に耳打ち。
どうしたんだろう。

しかし、舞台上の運行はスムース。
お礼の舞はふつう猿曳が謡いつつ猿を操るのですが、今回は地謡登場。それもまた宜しいものです。
そして子猿がポーズをとるところでは見所からやんやの拍手が。
こういう拍手は良いものです。ま、完全に大人は喰われていましたね。

最後、猿曳は背負うときこそ後見に手を貸してもらっていましたが、しっかり孫を背中にしょって退場したのでした。
めでたしめでたし。


ところでコンラート・ローレンツが、「飼っていた猫が子供を産んだ時やはり同時期に飼っていた雌猿がその子猫を可愛がりたくて、親猫の目を盗んでは抱いて撫でていた。『子供が子供である』という事が種が違うのになぜ認識できるのだろうか?身体の大きさによって認識しているわけでは無いのは確かだ」と書いていましたが(確か答えは無かった)、全身覆われていても愛らしい子猿役のなつ葉ちゃんを見て、それを思い出しました。


# by soymedica | 2019-03-24 12:34 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂普及公演三月 寝音曲 桜川

d0226702_22321604.jpg国立能楽堂普及公演三月
2019年3月9日(土)13時より

解説
桜を花と散らすこと 能「桜川」の美と理
大谷節子

狂言 大蔵流
寝音曲
シテ(太郎冠者)山本泰太郎、アド(主)山本凛太郎

能 喜多流
桜川
シテ 中村邦生、 子方 大村稔生、 ワキ 工藤和哉、 ワキツレ(人商人)大日方寛、(従僧)館田善博、梅村昌功
笛 杉信太朗、小鼓 住駒匡彦、大鼓 石井保彦
後見 塩津哲生、大島輝久
地謡 香川靖嗣ほか


本日はバスで乗り付けた団体客が居る模様。この時期の桜川、「行ってみようかな」と思うお客が集まるだろうな。
あ、そうそう、皆さん人気のシテの人気の演目の時には団体で予約しませんか?
10人あつまると「あぜくら」よりも早く確実に席が予約できます(笑)。

本日は大谷先生の解説から。
世阿弥は物狂いを①憑き物ゆえの物狂い、②思い故の物狂い、に分けており、②は世阿弥以前には無かったもので、「この道の第一の面白づくの芸能」としているといいます。②にあたる桜川ですが、曲中「桜子」の性別は明らかにされていない。ただし、稚児となったとされているので、男子であろうと一般には考えられているそうです。桜川に特徴的なのは親子再開の場が寺では無いことです、とおっしゃっていました。
また、(能は筋を語るとつまらない話であることが多いのですが)桜川は非常に理論的に作られた話であるともおっしゃっていました。

このあと、花粉症の薬のため、私はお休みさせていただきました。ので、お話の最後の方と狂言は割愛。
(狂言は凄く良かったらしい。残念。)


桜川。地頭は友枝昭世のはずだったのだが病気とのことで香川靖嗣に。単なる風邪とか、お腹壊したとか、そんなことだと思いたい。

まず、東国の人買い登場。彼は九州で子供を買ったのだが、その子から母親あての手紙を預かったので届けに行く途中。せりふからして、人買いというのはあまり褒められた仕事ではないが、さりとて全くのアウトローの仕事というわけでもなかった様子。(パンフレットの解説によると当時でも悪辣なイメージであったとあります。)
何となく体育会系のイメージの人買い、本舞台から橋掛へ行き桜子の母に手紙を渡すと、切戸から退場。

シテが地謡の中、舞台へ。滑るような運びがとってもきれい。
綺麗と言えば大鼓の手の動きがあんまり美しくない。ちょっとひねるような無駄な動きが私の美学と合わない。亀井親子の見すぎかしらん。
子供の手紙を見て衝撃を受ける母は泣きながらどこかへ。

磯部寺の僧侶が二人の弟子をつれて花見にやって来る。最初の謡がいまひとつだなあ、と思っているうちにかなりスタスタという感じで物狂いとなった母親が登場。陸路だけでなく海路も使って常陸までやってきた様子。
ここら辺の謡ってわりと理屈っぽいというか説明的と言うか。
僧が「いかにこれなる狂女」と話しかけるあたりで子方の姿勢がかなりグラグラして可哀想。辛いんだろうな。私だったら5分ともたない。

地謡、シテ、ワキが桜の美しい情景を謡いあげます。
イロエのところで持っていたオレンジの可愛らしい網を扇に持ち替えます。
そしてまた地謡が美しい情景を謡いあげますが、いささか長いなあ。

そしてまたシテが網を持ち、網の段となります。網にはやや大きめの桜の花びらが載っています。ここまで長いなあ、と思っていたから余計にここの場面の可憐さが身に染みるのかも。
もう子方は限界なんじゃないだろうか。
桜の花びらを救うしぐさのところで網を大きく舞台外に出します。

そしていよいよ親子再開。
子供はやれやれ、やっと立ち上がって帰れます。
子方がいなくなった後、ワキとワキツレが律儀に横に移動して詰めるのが毎回面白い。

母は舞台に一人残り、喜びをかみしめます。

面は 洞白の曲見。



# by soymedica | 2019-03-15 22:16 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演三月 熊野 鴈礫 皇帝

d0226702_22205939.jpg銕仙会定期公演三月
2019年3月8日(金)18時より@宝生能楽堂

熊野 村雨留
シテ 片山九郎右衛門、 ツレ 観世淳夫、 ワキ 殿田謙吉、 ワキツレ 大日方寛
笛 竹市学、小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井広忠
後見 観世銕之丞、泉雅一郎
地謡 野村四郎ほか

鴈礫
シテ 善竹十郎、 アド(道通り)善竹富太郎、(仲裁人)野島伸二

皇帝
シテ 小早川修、 ツレ(楊貴妃)鵜澤光、(病鬼)馬野正基、 ワキ 福王和幸、 ワキツレ 村瀬慧、矢野昌平、 アイ 善竹大二郎
笛 栗林祐輔、小鼓 田邊恭資、大鼓 大倉慶乃助、太鼓 梶谷英樹
後見 浅見真州、谷本健吾
地謡 清水寛二ほか



バタバタしていたので、本日のシテが誰かなんてチェックする暇がなく(もちろんチケットを買う時点では知っていたはずだが)入場。お調べの時点で「この笛、凄い」と思ったら竹市学だった。やっぱりね。
今年は熊野の当たり年とどなたかおっしゃっていた。九郎右衛門のシテで熊野なのに空席ありはちょっと銕仙会さんチケットの売り方を考えたほうが良い。
宗盛と従者登場。痩せた殿田にもだいぶ慣れてきました。痩せたけれど宗盛らしい豪華な雰囲気を出しています。

朝顔登場。熊野の母からの手紙をもって京都にやってきたのでした。観世淳夫、だんだん上手くなるけれどやっぱり謡の基線がずれる。頑張ってね。
何となくこの辺で眠くなってはっと気づくと「文之段」。よかった、目が覚めて。
九郎右衛門、さすがです。今観世淳夫がシテをやったらここで目を覚ましていられる自信は無いなあ。
下居して手紙を持っている熊野。右手に扇を持っているのですがこの型がとてもきれい。

熊野が読み終わった手紙を下に置くと後見がひきます。このとき朝顔は正面から見ると熊野の真後ろに下居。こんなフォーメーションでしたっけねえ。
何回も観ているようで意外と気づかないものです。

さてここで車が出されます。舞台脇正面側に車に乗った熊野とその後ろに朝顔、ワキ柱側に宗盛。この形が何となく好きです。そして、増と小面の面の違いが良くわかる。どちらも良い面なのですが、増は幸薄そうな美人。
市内から清水寺への道のり。九郎右衛門は京都の人だから土地鑑は大分あるのだろうか、それとも地元民は意外に清水寺になんか行かないのだろうか、と考えながら聞いていました。地謡に合わせて微妙に姿を変える熊野。さすがです。

舞を所望された熊野は「深き情けと人や知る…。」で三の松までしおりながら下がり、そして舞います。ここも良いし、雨の後の型も素敵。

と、熊野は袂から短冊を出して歌を書きつけます。これを宗盛に渡す時も見どころですが、囃子の盛り上げが素敵。
面の使い方がうまく、まるで生きているかのような表情。
帰国を許された熊野、嬉しさのあまり小走りに橋掛かりまで行き、戻ってきて舞台上で、あれは「ゆうけん」扇というのかな、晴れ晴れとした型。留めておしまい。


鴈礫。大変失礼ながら狂言タイムはお休みタイムにしようと思っていたのですが、面白くて寝るどころでは無かった。
昔、今一つだなあと思っていた善竹十郎がそこはかとなく可笑しい。面白かった。この人のは見逃さないようにしようと固く誓ったのでした。

面はシテが節木増、大和作(片山家蔵)、ツレが小面で銘「子有通」作者不詳。


初めての演目の皇帝。「皇帝」とは玄宗皇帝のこと。とても分かりやすい筋でダイナミック、初心者向きだと思いますが、若干筋が整理されていない感じがするのが上演回数が少ないゆえんか。信光作だそうです。

まず、地謡前と脇正面がわに一畳台が一つずつ出されます。地謡側のものには手前寄りに幕を引き回した小宮が。後見が葛桶入れたり、何やら装束をいれたりしています。
官人の善竹大二郎が皆様に参内を促して引っ込むと、皇帝がお供を連れて登場。この時だけ太鼓あり。そのあと太鼓はやっぱり後場までお休みです。皇帝は脇正面側の一畳台に堂々と座ります。ワキツレの一人が持ってきた大きな剣をそばに置きます。装束の袖で薙ぎ払いそうだな、と思っていたら案の定あとで落としてしまいました。

小宮の幕が下ろされます。中からは楊貴妃が。地味な色の小袖を羽織っていてご病気のよう。冠から下がっている瓔珞がチャラチャラ鳴るところを見ると、あれは金属らしい(皮のものもあると聞いたが)。恐らくわざとでしょうが地味な燻したような金色。
もともと美人の楊貴妃は病気になっても美しい。でも、皇帝は気が気ではありません。

と、気が付くと橋掛に一人の老人が。老人は全く普通の着流しの日本人なのがちょっと…。老人は「私は鍾馗の霊です。貴妃さまの枕元に鏡を置いてください。私がお治ししましょう」というとどこかへ。
前シテは舞台に入らないまま引っ込みます。

楊貴妃の病気はどんどん悪くなっていくので玄宗皇帝は寄り添って看病します。楊貴妃は子方がすることがあるらしいのですが、納得。ちょっと能にあるまじきリアルな感じになりますね。
皇帝はやっぱりここは和幸では無くて福王パパの方が感じが出るかなあ。

と、ここで後見の浅見真州がえっちらおっちら台に置かれた鏡を運んできます。この曲、後見が結構重労働です。一畳台のそばに置かれた鏡を皇帝の従者が正先へ。と、そこに病鬼が映ります。一畳台の下にさっき落とした剣をあわてず騒がず拾った皇帝、病鬼に切りかかりますが、鬼はどこかに逃げてしまいます。実際、ワキ柱の影に袖をかずいて下居。ご丁寧に後見がそれに黒布をかけています。相当に姿勢が苦しそうだと思っていたら、何か不都合があるらしく、後見の谷本が布の奥に耳を近づけているようすが見える。

鍾馗の霊登場。揚げ幕が上がってもなかなか出て来ない。歩みも重々しく、一の松で見得をきります。馬に乗ってきたらしい。これに気付いた病鬼は布を被いたままワキ座でじたばた。でも、気を取り直して鍾馗に立ち向かいます。橋掛でも舞台でも派手な大立ち回り。作り物が多いので大変です。
鍾馗の小癋見が漫画チックで良い感じ。
追い詰められた病鬼は切られて前転で派手に退場!病鬼、誰がやっているのかと思ったら馬野正基。いつもうまい役者だと思って見ていましたが、こんなに運動能力が高いとは。

するとあーらめでたや貴妃の病気は治り、脇息は不要に。そして羽織っていた青ぽい衣を取ると、下からは華やかな衣装。いかにも病気が治りました、という演出です。
レディーファーストで退場となったのでした。
あれ、玄宗皇帝の影が最後うすくなってしまったなあ。

あー、面白かった。

前シテが髭阿瘤尉で堀安右衛門作、後シテが小癋見で古元休、ツレの楊貴妃が小面で銘「閏月」作者不詳、病鬼が志かみで石原良子作。



# by soymedica | 2019-03-13 08:56 | 能楽 | Comments(2)

渋谷能 第一夜 翁

d0226702_13300133.jpgBunkamura30周年記念 セルリアンタワー能楽堂 
渋谷能 第一夜
2019年3月1日(金)19時より

翁 宝生和英、千歳 和久荘太郎、三番叟 山本則重、面箱 山本則秀、
笛 一噌隆之、小鼓 鵜澤洋太郎、田辺恭資、飯冨孔明、大鼓 亀井広忠
後見 高橋憲正、東川尚史
地謡 武田孝史ほか

五流シテ方によるトーク
司会 金子直樹
中村昌弘(金春流)、佐々木多門(喜多流)、高橋憲正(宝生流)、鵜澤光(観世流)、宇高竜成(金剛流)


「能楽の未来を担う若手能楽師」の連続公演。確かに豪華メンバー。シテ方全員が昭和生まれ(最も若い宝生和英が昭和61年生まれ、最も年上の佐々木多門は昭和47年生まれ)という、彼らが若手とまだ呼ばれるのをみてもやはり能楽は大変なんだなあ、と。
本日第一夜と言うことで、翁。入口には写真のようなしつらえが。翁のときの鏡の間と同じしつらえだそうです。そして何と切符をもぎっているのは金子直樹先生!
能楽師がかわらけ(ではないなあ、素焼きじゃなかったから。要するに白い小皿)にお神酒を注いでくれて、洗米(要するに生米)を口に含む作法を教えてくれました。

翁って何回観ても飽きない。こういう儀式性の高いもの、嫌いじゃないです。
舞い始める前に翁が深ーいお辞儀をする、あれは難しそうですねえ。
鵜澤洋太郎の頭取は初めて。小鼓の掛け声って人によって色々。特に大倉流は自由ーな感じなんだそうな。
なんか笛が今一つだなあと思ったけれど、小鼓のすばらしさに千歳も翁もノリノリ。
千歳をやった和久荘太郎、この人も若手でとてもきびきびした舞でした。
翁の面をつけると、翁の面をかけた宝生和英ではなく、「誰でもない翁の面をかけた人」になる不思議。これが観世清和だと面をかけても観世清和。
どちらが良いのか知らないけれど、翁の儀式性を考えると、無名性が高まる方がよろしいのでは。

三番三。山本則重の気迫がすごい。揉みの段での長い長い片足立ち、凄いなあ、というより気迫に押されました。これが終わったところで拍手したかった。外国公演なら拍手の嵐でしょうねえ。
鈴の段も良かった。面が面白そうだったけれど、後ろの方の席で今一つ良く見えなかったのが残念。
そして鈴の扱いが則秀、則重ともに上手。
大満足でした。

ところで、脇鼓の飯冨孔明、なんだかお雛様のようでした。


十五分の休憩をはさんで五流シテ方によるトーク。舞台上には床几(葛桶ではなく囃子方の使うほう、座り方は侍式です)が並べられ、皆さんそこにお座りに。
金子さんの司会で各流儀のPR:金春は最も古く、喜多は最も新しく、宝生は音域の広い謡、観世は最も大きな流儀で家ごとに特徴がある、金剛は唯一家元が京都にいて、舞の動きが派手で旋回が多い、など。
促されて皆さん自己PRを。なんだか皆口下手ねえ、というところで、宝生和英と山本則重が助っ人に。
さすがこの二人は慣れています。宝生和英のカタカナ語をふんだんに使った説明、普段から色々普遍的な説明を皆さんにできるように考えているんだな、と思わせられました。

あー楽しかった。
この先のシリーズも行かれるところは行こうっと。



# by soymedica | 2019-03-08 12:13 | 能楽 | Comments(2)

国立能楽堂普及公演二月 腰祈 松風

d0226702_15475584.jpg国立能楽堂普及公演二月 月間特集・近代絵画と能
2019年2月23日(土)13時より

解説・能楽あんない
画家はなぜ能を描くのか 小林健二

狂言・和泉流
腰祈
シテ(卿ノ殿)松田高義、 アド(祖父)野村又三郎、(太郎冠者)奥津健太郎
笛 松田弘之、小鼓 後藤嘉津幸、大鼓 柿原弘和

能・金剛流
松風 見留
シテ 今井清隆、 ツレ 豊嶋晃嗣、 ワキ 野口能弘、 アイ 野口隆行
笛 松田弘之、小鼓 後藤嘉津幸、大鼓 柿原弘和
後見 廣田幸稔、宇高徳成
地謡 金剛永謹ほか


小林健二先生の解説はなかなかためになりました。
上村松園は金剛巌に習っていたそうですね。有名な草紙洗小町の絵は面を掛けていないのですが、松園はその理由として「私が夢うつつで見ている世界が開け、物語の小町自身を見ることができ、描いた」と語ったそうです。彼女は「花筐」「炎」「草紙洗小町」そして60歳代で「砧」を描いています。間隔はほぼ10年ごとだそうで、新しいステージに踏み出すきっかけの絵となったのではないかという事です。

前田青邨の「大物浦」がパンフレットにあるのですが、これは「知盛幻生」と対、喜多六平太がモデルとなった「出を待つ」は皇居の石橋の間の「獅子舞」と対とのお話。

そして本日の「松風」は小林古径。普通松風を題材とするときには汐汲車の場面が最も好まれ、次いで松風の狂乱の舞が好まれるそうですが、古径は「わがあとといてたびたまえ」の場面を取っており、しかも松が非常に大きいのが珍しい。先生の説ではいまだ二人を覆っている行平の影がこの松で表されているのでは、と。


腰祈。野村又三郎家、結構ファンなのであります。又三郎家も山伏の名乗りは「山伏です」。「であります」の省略形らしいです。
可愛い孫(?だったか)が立派な山伏になって、大好きなお爺さんの腰を伸ばしてやろうという話。可笑しいけれど、ほのぼのします。


松風。ワキとアイ、ともに野口姓ですねえ。関係は無いのでしょうけれど。
金剛流の地謡前列の高齢化が心配なのも毎度のこと。
本日なんと出だしから字幕が別場面の物に。どういうシステムなんだろうか。

旅の僧野口が、有名な須磨にやってくると、短冊を掛けた松が。地元の人にいわれを聞きます。地元の人は「松風・村雨」の話をすると、そそくさとどこかへ。
野口は、寒くなってきたことでもあるし、塩屋に泊まろうっと、決めこみます。

なお、「これは諸国一見の僧にて候」で始まるのは上掛のやり方だそう。下掛は次第で登場して「須磨や明石の浦伝い」と謡ってから名乗りだそうで、そこが字幕の混乱だったのかもしれない。

後見が汐汲み車を出します。桶は一つ。

日が落ちて向こうの方から美しい女性が二人。先の女が桶を持っています
2人が「秋に馴れたる須磨人の」と舞台に入って謡うところ、シテがちょっとつっかえたかなあ。
地謡が謡う中、いさや汲もうよ、と汐を組みます。
さらに車の紐を手に取る松風。
月は一つ、と空を見上げ、影は二つ、と。ああ、なるほど影は桶の中の月影では無くて、この二人の女性の事なんだ。

そして車を引いていく松風。最後に紐をポトンとおとします。

ここで二人の女は後ろを向いてお休み。
囃子方もお休み。
後見が車とツレの持っていた桶を引いて、葛桶を出します。
中入りが無い代わりだそうです。

僧が「塩屋の主が帰ってきた」と。ここで、古径の絵の配置と同じになります。
僧とお話しながら「村雨・松風」の名前が出て来ると、二人は泣きます。なぜ?あなた達は誰?
「言っちゃって良いのかしら、言っちゃうわよ…。私たちは幽霊なの。」ここのシテとツレは息ぴったり。

ここから地謡が始まり、囃子も奏し始めます。
クセのところで後見がシテに狩衣と烏帽子持たせようとするのですが、ちょっと手間取って地謡も心配そうに謡います。烏帽子は風折。狩衣は紫に紅白の紐がアクセント。金の千鳥があしらってある。
物着の間に地謡の松野さんちょっとお手洗いへ…。
シテ謡が始まっても戻らないのでドキドキしていたら、ツレのせりふのあたりでカムバック。

「あらあさましや」「あの松が行平様よ」のところ、全然緊迫した感じは無くて、わりとさらっと行きました。
そして中の舞へ。
このシテのやり方は、松風を演じている人(中の人)が見えるような演じ方、舞方ですね。

磯馴松のなつかしや、で松を抱きかかえるのはともかく、松を回り込む型をするときに作り物が凄く動くのはいただけませんなあ。
破ノ舞の最後で一の松から作り物を見込むのが「見留」の小書きだそうです。

2人が消えてしまった後、野口は松を拝んで留拍子

うーむ、楽しかったけれど、なんかちょっと緩くないかい?

面はシテが満毘の孫次郎、ツレが小面

参考は能の鑑賞講座(一)三宅襄 檜書店



# by soymedica | 2019-03-05 13:20 | 能楽 | Comments(2)