国立能楽堂普及公演四月 膏薬煉 野守

d0226702_14250367.jpg国立能楽堂普及公演四月 
2017年4月8日(土)13時より

解説 野守の鏡は何をうつす? 「野守」の説話的背景
田中貴子

膏薬煉 大蔵流
シテ(都の膏薬煉)山本則秀、アド(鎌倉の膏薬煉)山本則孝

野守 白頭 観世流
シテ 井上裕久、ワキ 大日方寛、アイ 山本泰太郎
笛 寺井義明、小鼓 幸信吾、大鼓 柿原光博、太鼓 桜井均
後見 上田公威、浦部幸裕
地謡 浅見重好ほか


解説は楽しみにしていた年に一度の田中貴子先生。老眼鏡あつらえたらしく、しきりに気にしながらの解説。
「二日前に能楽堂の今月のパンフレット見たら、最後の竹本幹夫先生の解説と自分の用意してきたものとがもろかぶりで焦った」、と言う割には楽しいお話でした。
この前奈良に行った時に不思議に思ったのは三笠山とはどれか、御蓋山とは?だったのですがその解説も:春日山とその手前の三笠山を合わせて春日山と呼ぶことがあり、その場合本来の春日山は奥山と呼ばれる。また、若草山を三笠山と呼ぶことがあった。明治になり三笠宮家ができたときに、恐れ多いと言うので御蓋山の字を充てた。

野守は、なぜ複式夢幻能にする必要があったのか?なぜ世阿弥は嫌っていた力動風の能を作ったのか?なぜ野守の鏡は二つあるのか、などの謎のある能であるそうです。
また、「鏡」と言うのは多くの説話を持つものであり、真実を写す真の鏡というものがあると信じられており、それが鬼の持つ鏡と結びついたり、徐君の鏡伝説(心のうちを映し出す鏡を持っていた徐君が皆がそれを欲しがるのに困って塚に埋める)や、浄玻璃鏡(閻魔様の鏡)などの話が全て流れ込んだのがこの野守であるなどと言うお話もありました。


膏薬煉は二人の膏薬煉がそれぞれ自分の膏薬を自慢する話。膏薬の原材料としてありそうも無いものを並べて自慢した挙句に、どっちの膏薬の吸い出す力が強いかを競うというもの。
ところで、「膏薬」って何だ?吸い出す??
そこは置いて於いて、二人のダイナミックな動きが面白い。


野守は好きな曲です。前半ののどかな雰囲気も、後半のダイナミックな動きも楽しい。
白頭では通常出ないという塚の作りものが大小前に。
山伏登場。
大日方、いつもと何だか良い方に感じが違う。時々見せる妙な力みが無くなったような。端的に言えば上手になったと思う。

のどかな春の日にちょっと観光をしようと思っている山伏のもとにお爺さんが。田舎者の山伏に色々名所や謂れを教えてくれる。井上裕久は毎年の謡講で謡が上手であるのは知っているが、舞台もなかなか。アクの無いきれいな演技。東京の人だったら迷わずしょっちゅう見に行くのだけれど。
そしてお爺さんは塚の中へ。

山本泰太郎が山伏に鏡の話を語って聞かせる。深緑と黄色の組み合わせの装束が綺麗。

白頭の小書きがつくと動きがダイナミックになるそうですが、堪能しました。
思わずパンフレット広げて井上の年齢確認してしまうほど元気な演技。足拍子も多く、装束もゴージャス。
舞台の真中に座って鏡を伏せておいてうつむく、という終わり方でした。
凄かったなー。
また見たい。

前シテは朝倉尉、後シテは黒癋見。
(小書きの白頭は、通常の赤頭から白頭へ、面は小癋見から大癋見に替わり、他にも所作や緩急を変化させて力強い鬼神の性格を際立たせる演出。)

写真は「野守の鏡」というお菓子。美味しいです。


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# by soymedica | 2017-04-17 19:42 | 能楽 | Comments(0)

唐人相撲 MANSAIボレロ

d0226702_22530073.jpg世田谷パブリックシアター開場20周年記念公演 世田谷区制85周年
狂言『唐人相撲』/ MANSAIボレロ
2017年4月7日(金)19時より@世田谷パブリックシアター

能楽囃子
笛 藤田貴寛、小鼓 田邊恭資、大鼓 亀井広忠、太鼓 小寺真佐人

唐人相撲
皇帝 野村万作、相撲取り 野村萬斎、通辞 石田幸雄
そのほ33人

MANSAIボレロ
野村萬斎


萬斎ボレロも楽しみだけれど、TVなどで大体見当はついているので、唐人相撲も負けず劣らず楽しみな本日。まずは能楽囃子から。
2階席だったので囃子の音の広がりが普通の能楽堂で聞いているのとちょっと違うのが面白い。メンバーは次世代を担う4人、と言ったところでしょうか。

唐人相撲。素人出演者を募っていたので大掛かりな舞台なのでしょうね。松の絵がするすると揚げられて後方には真っ白なスクリーンが。と、そこに傘をさしかけられた皇帝と宮廷の面々が影絵のように登場。これが綺麗。スクリーンの陰から皆が出てきて、最後に ジャーン 皇帝が登場。ちょっと驚いたのは皇帝にさしかけられていた傘、たためる仕組みになっていたこと。

筋は簡単で、日本の国から相撲修行に出ていた相撲取りの萬斎が最後に皇帝の前で皆と相撲を取り、最後には皇帝ととる。玉体に触ってはいけないと皇帝は筵に包んで、という。相撲と言ってもアクロバットな動きを楽しむもの。
萬斎の相撲取りがとても強くて、皆に「次は月崎だ」と囃され壁に張り付いて逃げようとする。宮廷には子供も4人ほどいて、可愛い相撲をとったり、組体操みたいに馬を作ってその一番天辺に登ったりと大活躍。
ムカデのように全員がズラーっと萬斎と押し合いをする場面もスペクタクル。

せりふはもちろん唐の国ですから通辞の石田以外は中国語(もどき)。よく聞いていると「世田谷」とか「三茶」とも言っている。「トシヨリ」「トシヨリ」と言って、対戦を逃げようとしたり。「ビョウキ、ビョウキ」と逃げるものも。後の解説によると、大体のせりふは決まっているけれど、催しに応じてちょっと変えたりするらしい。

最後の場面では子供の出演者が眠くて眠くて半分椅子から落ちそうなのに、ちゃーんと振り付け通りにバンザイするところがカワイイ。

素人出演者の多い舞台だし、写真撮影可にすればよかったのにね。ああいう舞台で客席からフラッシュ、なんていうのも華やかで良いんじゃないかな。
普通は先生のお祝い(喜寿とか)に、お弟子さんたちが一丸となって出す出し物、といった曲なんだそうです。なるほど。


休憩をはさんでMANSAIボレロ
今回は真っ白な装束。白地に金の鳳凰が描かれた狩衣の裾を大きく引きずって、下は白の大口。
舞のベースは三番叟。舞台の上には月が出ているんじゃないか?と感じさせる舞でした。
と言うのも、私は見ながら源融(能の融)を何となく想像していたから。
仕舞をベースにしてあるし、舞台は能舞台だし、照明も凝ったものではないし、全体に無機的で何かを具体的に示唆しているのではないけれど、叢とか林とか月とか風を想像させる構成でした。

…これは面白い。いつかTVで見たのは群舞と一緒でしたが、一人でやる方が良いのではないか?
そして音楽が録音なのが残念でした。
「オーケストラとやったこともあるのですが、指揮者が退屈がるんですよね。『これ、演奏していて退屈なんだよ君』と言われたことがあります」だそうですが。

これは何度でもみたいなー。
最近万作家の会に行くと、このDVDの宣伝チラシが入っているのですが、発売になったら買ってしまうかもしれない。




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# by soymedica | 2017-04-13 07:50 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会青山能三月 昆布売 玉鬘

d0226702_19103270.jpg銕仙会青山能三月
2017年3月29日(水)18時30分より@銕仙会能楽研修所

仕舞
田村 クセ
小早川修
花月 キリ
鵜澤久

昆布売
シテ(昆布売)山本凛太郎、アド(大名)山本泰太郎

玉鬘
シテ 長山桂三、ワキ 則久英志、アイ 山本則重
笛 藤田貴寛、小鼓 田邊恭資、大鼓 大倉慶乃助
後見 浅見慈一、西村高夫
地謡 馬野正基ほか6人


今回は珍しく仕舞からみられました。鵜澤久、素晴らしい。が、地謡が何とも…。何とかしたほうが良いと思う。


バカ殿狂言の昆布売。何回か見ているけれど、昆布が真っ黒なものと、ちょっとざらざらした感じで茶色がかったものと色々ありますね。
この二人は安心して楽しめる組み合わせ。
そして、女性はお年頃になると急にきれいになると言いますが、凛太郎も急にかっこよくなってびっくり。
見所に日本語が全く分からないと思われる西洋人のグループがあちらに数人、こちらに数人。結構楽しんでいるようでした。
通りがかった人に自分の武器を預けちゃう平和な日本、と思ったことでしょう。


さてさて期待の玉鬘。斜め前の男性がiPhoneで詞章チェック。これ、ほかの能楽堂でやったらわけのわからんおばさんに文句言われそう。
ワキの僧は、石上、三輪神社から長谷寺に向かっているらしい。タクシーの運転手さんが「山野辺の道を歩かれるのなら石上から南が良いですね」と言っていたけれど、昔はどんな道だったのでしょう。
大鼓、張り切りすぎ。
やれやれ、初瀬川に着いたぞ。と一息入れていると女が小舟に乗ってくる。

卵の黄身のような色の装束を着けた女は右手に棹を。女性の面の下から男性の声が出てくるのに登場後しばらく違和感を感じるときと、全く感じないときとあるが、今回は「ああ、きれいな女性が一人やってきた」と違和感なく受け入れられる謡。
美人である。
秋の初瀬川の情景を地謡が謡いつつ、二本(ふたもと)の杉へ。ここで棹を落とすのかと思ったら、後見がすっと取る。

この後玉鬘はずっと座っているのだけれど型がきれい。ここの地謡、なかなか言葉が難しいです。これはアイ語りが必要だわ。
アイを聞くと、玉鬘は九州からの船旅の無事のお礼を祈りに来たのらしい。

そしてワキ僧が玉鬘の霊を待っていると、いよいよ登場。
ここの「恋ひわたる身はそれならで玉鬘」の一声で見所の注意を一気に引き付けるシテはやっぱりただものではない。
「九十九髪」のところで足拍子を踏むのだけれど、その足の上げ方にまで神経が行き届いている。

カケリも美しい。もう少し長い曲でも良かったのにな、と名残惜しい終わりでした。
本当に堪能しました。ご本人はいささか不本意なところがあったとツイートしておられましたが、楽しかったです。

地謡も若手でしたがきっちり。
囃子が若干…。小鼓は安定感ありましたが、笛と大鼓は良くなったな、と思ったら崩れたり。

面は前シテが若女(北沢耕雲)、後シテが増髪(伝 近江)。


最後は観世淳夫の解説。この人、皆に愛される良い人、という感じが全身から滲み出ています。でも、お話は苦手みたい。苦手な人はどんな短い話の時でも原稿作って何回か練習すると良いですよ。


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# by soymedica | 2017-04-05 11:01 | 能楽 | Comments(0)

狂言ござる乃座55th 附子 清水座頭 弓矢太郎

d0226702_19004356.jpg狂言ござる乃座55th
2017年3月25日(土)14時より@国立能楽堂

附子
太郎冠者 野村祐基、次郎冠者 野村遼太、主 野村太一郎

清水座頭
座頭 野村万作、瞽女 野村萬斎

弓矢太郎
太郎 野村萬斎、当屋 石田幸雄、太郎冠者 月崎晴夫、立衆 高野和憲、竹山悠樹、深田博治、内藤連、中村修一、飯田豪、岡聡史


ござる乃座、土曜日バージョンです。
まずは狂言の基本(?)附子から。なかなか楽しくできました。野村祐基は遼太より背が高くなっていてびっくり。まだまだ、演技は遼太に比べて子供ですが。フレッシュさで見せた三人ですね。


清水座頭は和泉流で二回見たけれど、この組み合わせは初めて。萬斎、できるうちになるべく万作とやっておきたい、という気持ちなのか最近この二人の組み合わせが多いような気がする。ただ、万作の「平家」かなり苦しそうだった。「地主の桜」こんな良いものだったか、萬斎は今絶好調。
最後二人は手に手を取って帰るのだけれど、萬斎が万作の手首につかまって帰る。二人の身長差がさらに開いたような…。
  
  地主の桜は ちるかちらぬか
  見たか水汲み ちるやらちらぬやら
  嵐こそ知れ


弓矢太郎は初めて見る演目。口ばっかりの弓矢太郎。ほほえましいというよりただの鬱陶しいバカ。天神講の晩の怪談(玉藻の前の話)で腰を抜かす太郎。さらに天神の森で肝試しをすることになって…。
人数が多くて華やかな演目です。出てくるのは男ばかりでちょっとヴィジュアルが地味。その分弓矢太郎がド派手な装束で補っています。

面白かった。
狂言の会は普段の能の会ではあまり見られないような時間のかかる演目、人数の多い演目が出るのではずせませんね。

写真は牧谿の烏。

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# by soymedica | 2017-03-31 08:21 | 能楽 | Comments(0)

青花の会 能楽入門講座 第一回

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青花の会 能楽入門講座 第一回
2017年3月24日(金)18時半から20時30分
@矢来能楽堂

今回は「能舞台」がテーマ。講師は観世喜正。

現在お客さんを入れて「営業」する能楽堂は都内に10、全国で80ほど活躍しているそうです。

佐渡は能舞台が多いので有名ですが、これは江戸初期に「祭礼は能の形で」と当時の為政者が決めたためで、今でも30から70か所の能舞台が主として神社の境内に残っているとか。同じような場所が兵庫県にもあるそうです。

矢来能楽堂はそれまで西神田のあたりにあったものが震災で焼け、昭和5年に今の地に移ってきたものだそうです。空襲で焼け、昭和27年の再建。当時は何やら「忖度」があったらしく(笑)、国有林の本当に良い檜で作られた舞台だそうです。それをお弟子さんたちが毎日ぬか袋で磨き、今のような黒光りする舞台になったもの。すごいですね。
座席の変遷(升席、手火鉢から今の椅子席の形)、年間通しで「井伊様お席」などがあったとかのお話もありました。

そもそも安土桃山時代に今の能舞台の原型ができ、さらに地謡座が付け加わり、明治になって建屋で覆うようになったそうです。明治中期に「電灯の照明」(これを入れるに論争があったそうですが)が入るまでは障子や明り取り窓を多用していたというのは、言われてみればなるほど。

矢来の鏡板には真ん中に小さな隙間があるのですが、これは冬の乾燥期には広くなり、夏になるとほとんどわからなくなるそう。そして、鏡板に「松」を描くようになったのも江戸中期なのだ、と。有名な名古屋能楽堂の若松論争のお話も。喜正的には「若松で何が悪い?」。私もそう思います。私的な能舞台では松ではない絵が描かれているものもあってなかなか素敵だそうです。

能舞台の大きさは一辺が三間ですが、これを柱の内法で測っているところと、外側で測っているところで若干の差があるそうです。「目付柱」は鑑賞の邪魔ですよね。実は無くてもちゃんと舞えるのだそうですが、やはりあったほうがやりやすいし舞台が締まるそうです。

あとは白洲の効果とか、階段が正先についているわけとか。喜正によれば舞終わった後この階段を上って高貴な方の代理がご褒美の肩衣などをもって来てくれる、ということでした。どこでやら私が読んだ知識では、明治の初めくらいまではこの階段を上ってお使いの人が「始めなされませ」と幕に向かって声をかけたということです。
ま、どちらにせよ一般人や役者が気軽に足を載せてはいけない場所という感覚。

ついで席の話。基本的にシテ方は正面に向かって演技するので、やはり見るときは正面席がよいのでは、とのお話。喜正的には脇正面の席は無くても良いかな…と。
皆で席を移動して見え方をチェック。

そして高砂の謡をみんなで練習。結婚式の謡として有名ですが、昔は結婚式で謡う時には重なりを嫌ったり、忌み言葉を言わないように:
「この浦舟に帆を挙げて」は一度のみ
月もろともに出で汐の→入り汐の、または満つ汐の
遠く鳴尾の沖過ぎて→ 近く鳴尾の、またはほのか鳴尾の
とうたったそうです。

そしてみんなで足袋をはいてすり足のおけいこ、扇も使わせてもらいました。

最後の質疑応答でどなたかが、私が「貴人口」と思っている部分は開くのか、名前は何か?と。
矢来のものは開くそうですが、喜正講師は「貴人口」ではなくてもっと縁起の悪そうな名前をおっしゃっていました(失念)。
矢来の観世では、「舞台上で倒れたらあそこから出す」と言い伝えられているそうですよ。

ということで、お話の上手な観世喜正講師で楽しい時間だったのでした。

写真は奈良の春日大社一の鳥居そばにある向影の松

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# by soymedica | 2017-03-30 18:28 | 能楽 | Comments(0)