第三十四回テアトル・ノウ 三笑 舟渡聟 巴

d0226702_15112920.jpg第三十四回テアトル・ノウ 東京公演
2017年7月22日(土)14時より@宝生能楽堂

三笑(さんしょう)
シテ(慧遠禅師)味方玄、子方 谷本悠太朗、ツレ(陶淵明)河村晴道、(陸修静)味方
アイ 野村太一郎
笛 杉信太朗、小鼓 成田達志、大鼓 亀井広忠、太鼓 小寺真佐人
後見 片山九郎右衛門、谷本健吾
地謡 観世喜正

舟渡聟
シテ(舅)野村万作、アド(聟)中村修一、(姑)高野和憲

(替装束)
シテ 味方玄、ワキ 宝生欣哉、ワキツレ 則久英志、梅村昌功、アイ 高野和憲
笛 一噌隆之、小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井忠雄
後見 清水寛二、味方
地謡 片山九郎右衛門


三笑のシテは味方健の予定だったものが体調不良とのことで玄に。心の底で味方健のシテを楽しみにしていたことに気づく。
藁屋が笛座前に出され、狂言口開。いかにも昔の日本人の考えた中国人、と言う感じの帽子の上に赤い羽根がのった装束の野村太一郎、なかなかいいじゃないの。幕に太一郎が帰ると、引き回しが下ろされる。
菊の花に囲まれたシテが座っている。
次の巴でも感じたことだけれど、味方玄の間の取り方って若干長いのだろうか、関東の謡と違うような気が。
次いで子方を先頭に二人のお爺さんが登場。

ここで早くも眠くなってしまう私。
はっと気付くと子方の舞が終わり、お爺さんたちがゆるゆると舞っている。
そして橋を越えてしまった慧遠禅師に気づき、皆でなごやかに顔を見合わせるのでした。

いや、寝てしまって残念なことをした…。


舟渡聟の組み合わせが万作の船頭と中村修一の聟。中村くん緊張するだろうなー。それより張り切っているのが万作。萬斎とやっているときは半分「お前に任せた」モードなんだな、というのが良くわかった。
そして中村修一、上手くなったじゃないの。前はどうなる事やらと思ったけれど。


最初に見たは宝生流の辰巳満次郎のものではなかったか。それ以来それと同じ感動を求めて見続けている私。
うかつなことにこの僧が木曽出身であることを初めて認識。安定の謡の三人組で安心して聞いていられます。
と、向こうから女が。歩みが滑るようで、どうも人らしくない。真っ白な水衣の下から鶯色の地味な着物がのぞく。さっきやっていた役柄と歩き方だけでこんなに印象を変えてしまう玄ってやっぱりすごい。
そしてまた囃子がすばらしい。

謎の女は謎のようなことを言って消えてしまう。
不思議に思った僧の一行は地元の人にいわれをたずね、ここが義仲ゆかりの粟津であるから、巴御前の霊を慰めるようにと勧められる。
高野のアイもなかなか。

そしていよいよ巴登場。
この人、長刀の扱いもとってもうまい。(まるで長刀が主人公かのように思える演技をする人が居るけれど。)
まずは蔓桶にかけて戦いの様子を。だんだん負けて、追い詰められていくんですよね。そして、義仲に自害を進める一方自分は奮戦。力自慢と言うよりはこの人、器用な武者だったのだな、と感じる。
奮戦して戻って見ればもう義仲は自害している。左の扇で形見を受けるところが綺麗。

そして、泣く泣く烏帽子を脱いで、というしんみりした場面で、なんと見所で携帯が。ちゃんと使えないのなら、携帯持つな!!!

甲冑を脱いで白一色の装いになった巴が、橋掛かりで舞台をじっと振り返るところが美しい。
やっぱり好きな曲です。
そして今回、この曲は長刀の扱いを見せるだけの曲では無く、いろんな要素が盛り込まれた見どころ満点の曲なのだな、としみじみ思ったことでした。味方玄、やっぱり好きだな。

来年は何を見せてくれるのでしょうか。



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# by soymedica | 2017-07-31 22:20 | 能楽 | Comments(0)

子午線の祀り

d0226702_16201914.jpg子午線の祀り
2017年7月21日(金)18時30分より@世田谷パブリックシアター

作 木下順二、演出 野村萬斎、音楽 武満徹

読み手A 野村萬斎、読み手B 若村麻由美
新中納言知盛 野村萬斎、 九郎判官義経 成河、 大臣殿宗盛 河原崎國太郎、 梶原平三景時 今井朋彦、 阿波民部重能 村田雄浩、 影身の内侍 若村麻由美

過去の上演を見た事が無かったし、この機会を逃してはならじと駆けつけました。
数年前に原作を読んだ時には作者の意図がはっきりわからなかったのですが、パンフレットにあるように、「3D化」されてみると、良くわかるし、しみじみ良い話であったのだな、と思えます。4時間近い上演時間で少し長いですが、私は満足でした。

今回上演にあたり、「人が心地よくみられる時間」を意識して少しカットし、また名前や役職などで何通りもの呼び方をされている場合には統一を図ったそうです。
「今、この場で喜ばれることは重要です。同時に、長く使われる茶碗のような、大きく言えば文化財としての演劇も作って行かなきゃいけない」という意識で演出したと、萬斎はパンフレットの対談で語っています。
成功したんじゃないでしょうか。

ただ、知盛を演ずる役者として萬斎が適当だったかというと、もう少し現代劇に近い人を選んだ方が、良かったのではないだろうか。

武満徹の音楽、結構説明的なんだな、というのが新しい発見でした。
美術(松井るみ)が良かった。

長かったけれど、もう一度見ても良いな。

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# by soymedica | 2017-07-26 22:54 | その他の舞台 | Comments(0)

国立能楽堂定例公演七月 隠笠 山姥

d0226702_21402047.jpg国立能楽堂定例公演七月
2017年7月19日(水)18時30分より

隠笠 大蔵流
シテ(太郎冠者)山本泰太郎、アド(主)山本則孝、(売り手)山本則重

山姥 観世流
シテ 野村四郎、ツレ 野村昌司、ワキ 福王茂十郎、ワキツレ 村瀬提、村瀬慧、アイ 山本東次郎
笛 一噌隆之、小鼓 観世新九郎、大鼓 河村大、太鼓 小寺佐七
後見 木月孚行、武田尚浩
地謡 関根知孝ほか


隠笠は、隠れ蓑みたいな話ですが、「姿の消える笠」を騙されてつかまされた泰太郎が、これを主人にどう誤魔化すか、というお話。
後から考えると子供だましの単純な話なんですが、大爆笑してしまった。演技の力ですね。


さて、楽しみに待っていた野村四郎の山姥
遊女の百ま山姥がマネージャーたちと連れだってやってくる。ワキツレの村瀬コンビ、ちょっとうまくなったような気がする。茂十郎よりもかなり声が高いのだけれど、それを同吟のときと自分たちだけのときと上手くコントロールでいている。良かった。
茂十郎の謡、ちょっと速くないかい?と思ったのだけれど、皆さんどう思われました?

京都から日本海側に抜けた一行は、ここから善光寺を目指すため地元の人に道を聞きます。ご利益のある難路を行くことにした一行は、地元の人を無理やり案内に連れて行きます。地元の人とはいえ、東次郎さんは80歳越えているんだから、気の毒に。今回の段熨斗目の配色は素敵。
一行が山中にはいると、いきなり日が暮れる。

と、向こうから突然女が声をかける。ここ、たいていのシテ方は工夫に工夫を凝らして「どうだ!」と言う感じの「のうのう」なのですが、意外にさりげないよびかけ。ああ、こういうスタイルもありか、と。
そして四郎は(きっと当たり前のことなのでしょうが)、若い女を演じるときと老女を演じるときとでは全く足遣いが違う。ここまで脚に表現力のあるシテ方はあまりいないと思う。
シチュエーションとしてはとても怪しいのに、一行が宿を借りようとスーッと思ってしまうのも納得の普通の老女。

ところが招かれていってみると、「あんたたち有名な百ま山姥とマネージャーさんでしょう?ちょっと歌ってみなさいよ」。
ここで、ツレの昌司がちょっと言葉のやり取りのタイミングを見失う。後で怒られるのかな。でも、そんなことも無かったかのように四郎山姥は自分の言うべきことを語る。ああ、これは相手が聞こうが聞くまいが、言わねばならない事だったのだな。
割と緩急のついた謡でしたが、おどろおどろしさはあまり無い。

女がいなくなってしまうと、地元の人が山姥の正体について語る。このアイ語りが好きなんですが、東次郎がやると前場の重さをうまく和らげて楽しい。
ああ、山姥っているよね、と思えてくる。

そしていよいよ山姥登場。鹿背杖に木の葉をつけるのはよく見ます。今回も榊の葉のようなものが。あれ、数枚黄色い枯葉にしてみたらどうですかね。
鱗模様の厚板が最初銀に見えたけれど、金かな。上はベージュに茶の線描きの模様(これだけはパンフにあるものと同じではないだろうか)、袴は薄い鶯色と金だろうか、とにかく、月の光の下にはこんな老婆がいるものだと、納得の登場のしかた。
白髪は結わずにざんばらにして、両肩にたらしています。
大鼓の掛け声が聞きなれないなー、と思ったら関西の人。前に聞いた時には感じませんでしたが、やはりこういうものにも方言があるのでしょうか。

山姥は寂しいけれど雄大な山の風景を謡い、時々見かける人間をきまぐれに助けてみること、そして山巡りの様子を見せます。
この立ち回りが本当に素晴らしい。
ワキ方の福王茂十郎、ここで、何だかお顔が真っ赤になってしまったのですが、調子が悪かったのかな。最後は普通になっていましたが。ここの所皆さんのご病気が続くので、気をつけてほしい。

そして、百ま山姥一行と観客が陶然としているうちに山姥は消えていくのでした。
山姥とは何か、と学者たちは色々言っていますが、山姥は山姥。きっといるんですよ。何だかハイキングしたくなってきたぞ。

面は 前シテが老女、後シテが山姥、ツレが小面。


実はそばに座っていたお婆さん。昔風にドレスアップしているけれど(レースのハンカチ持っていそう、と言えばお分かりいただけるだろうか)、90近いのではないか。自分の声のコントロールがきかず、お調べが始まっても大声。かなり長いことパンフレットをガサガサしたり、周りの人がじーっと見てもお構いなし。連れのもう少し若いおばさまが身を縮めているが、年下の為か注意できない。どうなることかと思ったら、演義が始まった途端におやすみになられたので静かになったという(爆)。

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# by soymedica | 2017-07-25 22:19 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期能七月 高野物狂 鶏聟 殺生石

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銕仙会定期能七月 

2017714日(金)18時より@宝生能楽堂

高野物狂

シテ 観世銕之丞、子方 馬野訓聡、ワキ 森常好、アイ 山本則重

笛 一噌庸二、小鼓 幸清次郎、大鼓 國川純

地謡 清水寛二ほか

後見 浅井文義、泉雅一郎

鶏聟

シテ(聟)山本則孝、アド(舅)山本東次郎、(太郎冠者)山本凛太郎、(教え手)山本泰太郎

殺生石

シテ 長山桂三、ワキ 野口能弘、アイ 山本則秀

笛 槻宅聡、小鼓 森澤勇司、大鼓 安福光雄、太鼓 桜井均

地謡 柴田稔ほか

後見 浅見真州、鵜澤光



主君の遺児を養育してお家再興と思っていたら、遺児が父母のために出家すると言って出奔してしまう。それを追って高野山まではるばる来る家来の話、高野物狂。前回銕仙会は浅井文義のシテで大変面白かったので期待。


登場する高師四郎の袴が面白い。茶の地におそらく濃紺の模様が規則正しく配置されているのだけれど、何となく印伝の財布を想像してしまった。銕之丞さん痩せたかな。彼のもとに、今朝がた失踪したという主君の遺児春満の手紙が従者によって届けられる。この手紙を読むところの謡が渋くて素敵。

四郎は自分に黙って出家した春満を恨みつつ、その後を追ってさまよい出てしまう。

と、入れ替わりに春満が高野山ノ僧の森常好を従えて登場。森さん、一時病気療養とのことで心配しましたが、良かった良かった。美声も損なわれていないし。

春満の馬野くんはこの前舞台で観た時より一層大人になって、声も低め。もう子方の甲高い声ではない。将来上手くなりそうな風格。

ここに春満を探す四郎登場。

思春期に差し掛かろうかと言う馬野くんの謡の安定ぶりに比べ、銕之丞絶不調に。謡の声が制御できていない。どうしちゃったんだろう。

と思っているところでだんだん眠くなり、ハッと気づくと四郎の舞。ああ、舞はきりっとしていて良いな、と思ったら最後のところでバタバタと足遣いが乱れ…。

最後に春満が四郎に声をかけ主従再会を果たし、めでたしめでたしなのですが、この最後のクライマックスの謡、銕之丞、絶句につぐ絶句。後見がつけていましたが。

実は出だしでも後見がつける場面が。あまりに早く(絶句と気づく間もなく)つけたので、「なぜ?」と思ったのですが、おそらく体調が非常に悪くて後見が心配していたのでしょう。節回しなどはダイナミックで良かったので、ここぞ、と言うところの絶句にはびっくり。

いつもの銕之丞ではなかった。早く復調してほしい。



有名な鶏聟ですが、初めて見ました。鶏のまねをする聟に舅は驚きますが、「舅は物を知らないと婿に思われてもしゃく」と、負けずに鶏のまねを。

これが、ダイナミックな所作で回ったり飛び上がったり。東次郎凄い。

東次郎の達者ぶりも凄かったけれど、全体として面白い曲で楽しめました。



殺生石は、岩から出てくるところが面白く、好きな演目です。

諸国を行脚している玄翁。角帽子が紺地に銀の模様で華やか。そして若い。上を飛ぶ鳥が落ちる不思議な石に近づこうとすると、小柄な女が出てきて声をかける。そして殺生石は玉藻前の執心がついた石で、私こそはその石魂、と言って石の中に消えていく。この人、美人なんですが、横顔が小ずるそうな。


「今のは何だ?」と玄翁が言うと、お伴の能力はちょっとお調子者ですが、殺生石伝説を面白く聞かせてくれます。この語りも面白くて好きです。山本東次郎家の人たちはこういう所、凄く上手で安定していますよね。


そして僧が供養していると、石の中から声が。良く通る素晴らしい発声。そして石が割れて中から狐の精が。赤頭で、冠無し。九尾の狐を載せるのは白頭の小書きの時だけでしょうか。

最初は葛桶に座っていますが、そこからぴょんととび下ります。那須野で野干狩りをされて射伏せられる話などをします。シテの長山桂三は私が勝手に「実力派」と思っている人ですが、足遣いが素晴らしい。


最後に「これからは悪いことはしません」と石のように固い約束をして消えていきます。

やっぱりこの人は上手。


囃子も謡も満足でした。


面は前シテが萬眉(近江作)、後シテは小飛出(出目満茂)。

写真は高野山に伝わる飛行三鈷杵。仙台市博物館の「空海と高野山の至宝」展のホームページからお借りしました。


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# by soymedica | 2017-07-20 16:51 | 能楽 | Comments(0)

セルリアンタワー能楽堂 定期能六月 金剛流 附子 頼政

d0226702_16590950.jpgセルリアンタワー能楽堂 定期能六月 金剛流
2017年6月17日(土) 13時より

解説 金子直樹

附子
太郎冠者 茂山七五三、次郎冠者 茂山千五郎、主 茂山千作

頼政
シテ 金剛永謹、ワキ 殿田謙吉、アイ 茂山茂
笛 藤田次郎、小鼓 曾和正博、大鼓 柿原崇志
後見 宇高通成、豊嶋晃嗣
地謡 松野恭憲ほか


ぎりぎりのぎりぎりに駆け込んでびっくり。ここは脇正面席の後ろから入る作りなのだけれど、脇正面ガラガラ。この演目、この演者でですよ。
わかり易い金子直樹さんの解説から。
たくさんのコピーの資料を抱えた年配の白人夫婦あり。おそらく解説の日本語はほとんどわかっていないものと思われ、国立能楽堂でもそうですが、日本語不自由な外国人向けには解説終了後からも入場可能であることを十分告知したほうが良いのでは。


附子。こんなに有名でこんなに基本的な演目でも、この三人がやると改めて新鮮に可笑しい。
七五三ファンとしてはアンコールしてもらいたい気分。
千作さん、無理しないで頑張ってほしい。


昔、金剛流の謡を習っていると思しきおじ様が奥様に「お家元はとても良い役者なんだけれど、大柄なんで損している」と力説していて、「そんなに凄い役者かな」と失礼にも思ったことがあるのですが、今回の頼政を見て、なるほどこれは素敵、と思いました。

殿田の僧は本日着流し。京都もみたし、これから奈良に行こうという。宇治の里に差し掛かる。
遠くからこの田舎者に名所を教えてやろうというお爺さんが。
名所旧跡を全部教えろという、いささか上から目線の要求に、知識を小出しにしつつ「尉は知らずそうろう」(ここ、面白いセリフ回しでした)、などと言う実は教養高いお爺さん。
さりげなく僧の視線を扇の芝へ。
そして今日が頼政の命日だと教え、自分こそは頼政の幽霊と名乗って、消えていきます。

本日珍しく脇正面で見ていたのですが、絶対に前列の一番若い(笛柱のそばの)若い奴は居眠りしていたぞ。

地元のひとが、頼政と宇治の関わり合いについて僧に教えます。茂山茂、装束のせいか、誰かわからなかった。というか、茂山家のあの年代ってどれが誰だか覚えられない…。
ふと気付くと斜め後ろのマスクのオジサンは七五三では!!

そして、僧が「だったら頼政の霊を弔おう」と待っていると、勇ましい頼政の霊登場。前場と同じ人が演じているとはとても思えない。
「頼政の霊か?」と聞かれて恥ずかしながら、と打ち明けながら座ります。ここまで、大きな動きが無かったように思うのですが肩で息をしているのが気になる。
高倉の宮を擁して旗揚げした一行は平家の軍勢に追われて平等院にまでたどり着いたらしい。そして宇治川の橋板を外す。
やーい、ここまでおいで、と敵を待っている。このとき頼政の幽霊は立ちあがって扇をかざして見えを切るのですが、それが本当にきれい。

ところが平家の武士たちは一列になって宇治川を渡ってしまう。(なぜ渡っている最中に矢を射かけないのか?と思うのですが、そこの事情が良くわからない。まだ江戸時代の武士道などできる前で、奇襲、寝返りなど当たり前の時代なのに。)

そして劣勢となった頼政たちは一人二人と打たれ、頼政も扇を敷いて自害するのでした。
どう表現して良いかわかりませんが、地謡とシテ、双方ともに何となく艶のある謡で、しかもわかりやすい。
最後は下居して袖で顔を隠すような仕草をしたのですが、あれが消えた印でしょうか。
頼政って良い曲ですね。またこの人で見たい。

終わったら声をおかけしようと思っていた七五三は気づくともういなかった。残念。

演能の間中断続的に金槌の音のように思える音が遠くから(何となくパーティションを組み立てている音のように聞こえたのですが)。集中していると無機的な音なので気にならなかったのですが、出口で係りの人に怒っているおばさまが。まあ、ホテルの中の能楽堂ですから、あってはならないことですよね。
次回からはこんなことの無いように頼みますよ。

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# by soymedica | 2017-06-30 12:42 | 能楽 | Comments(0)