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国立能楽堂定例公演四月 苞山伏 雲林院

d0226702_15564161.jpg国立能楽堂定例公演四月 
2017年4月21日(金)18時30分より

狂言 和泉流
苞山伏
シテ(山伏)高野和憲、アド(山人)中村修一、小アド(使いの者)野村萬斎

能 宝生流
雲林院
シテ 渡邊荀之助、ワキ 野口能弘、ワキツレ 野口琢弘、館田善博、アイ 野口隆行
笛 一噌庸二、小鼓 住駒幸英、大鼓 安福光雄、太鼓 小寺佐七
後見 佐野登、渡邊茂人
地謡 小倉敏克



苞山伏。高野と中村、中村は成長著しいと思うし、素晴らしい組み合わせなんだけれど、どうも萬斎に喰われる。でも楽しい演目でしたね。みながら、これ、「山伏と使いの者がグルだったという筋書きにしたらどうだろう」といつも思います。
ま、そういう風にならないところが狂言の良いところ。

雲林院はねー…。作り物は出されませんでした。ブログを見返したら前に同じシテが千手をやった時に「眠かった」と書いているのですが、私はこの人とは相性が悪いのかもしれない。なんだか退屈だなー、と思っているうちにウトウト。はっと気づいたら前場も後半。
このあいだ尉髪はむずかしいと言う話を聞いたので見たら、この人も襟足から自分の黒い髪の毛がのぞいている。あんまり気にしないものかもしれない。
それにしても地謡頑張った方が良いんじゃないか。せいぜい4人のお爺さんが勝手にうなっているくらいにしか聞こえないんだが。

そんなことを考えているうちに、中入り、そして後場。
前シテはお爺さんの役だったからあまり気にならなかったけれど、もっと色男らしく歩いてほしい。何となくギクシャクしたハコビ。そしてお疲れになったのか、前シテのときよりも謡が年取った感じ。
そしておいかけの位置もちょっと前すぎるような気がする。

雲林院って本当はもっと良い曲なんでは無いかなー、と思った一日でした。

前シテは小尉、後シテは中将。

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by soymedica | 2017-04-25 16:50 | 能楽 | Comments(0)

青花の会 能学入門講座 第二回

d0226702_15402962.jpg青花の会 能学入門講座 第二回
2017年4月19日(水)18時半より@矢来能楽堂

本日は味方玄による「装束の基本」。なぜ味方玄が京都から呼ばれたかと言うと、能装束関係の店は京都に最も多いからだとか。
世阿弥の時代では装束は日常着に近く、もっと質素だった。ただし伝書には「上つ方」に見せるために実際よりは良い恰好をしろ、とあるらしい。松風で実際の汐汲みの格好ではちょっとね、ということらしい。

装束がきらびやかになったのは桃山くらいからではないかと考えられているそう。
また、世阿弥の当時は、女は素足、山伏は芦田、鬼はけかりなどの履物もはいており、現在のように何が何でも白足袋、というのは江戸城などに仮設ではない能舞台ができてから、ということらしい。

続いて用意の装束を見せながら縫い箔と唐織の比較。縫い箔はその名の通り模様は刺繍で金は箔を置いてある。裏は練絹。全体に柔らかく、下にきたり腰に巻いて使うことが多いので、刺繍とか箔は肩と裾にしかない(昔のものは一面にあったものも)。また、下前に刺繍があると舞いにくいのでそこにも刺繍は無い。
対して唐織は金箔糸を織り込んであり、やや硬めの生地。襟を立てて着つけることが多い。のし付けってやつですね。模様はパターンとなっており、全ての部分にある。

などのお話の後休憩。客席の3人がモデルとなって上の写真の様に。一人目は唐織着流しという井筒の前シテのいでたちから初冠長絹女出立(井筒の後シテ)に変身。長絹は屋外で舞う時に風で揺れると本当に美しいですよ、と。だから植物模様が多いのだそうです。
次は鬼神のいでたち。下には厚板。これは唐織と同じだが、模様と裁ち方がより大胆。法被はこれも長絹と同じ形だけれども裏が付いている。頭は赤の真中に白いさし毛がありますが、獅子と猩々は化生のものではないのでこのさし毛は無くて赤一色だそうです(気づかなかった)。
最後は着流尉。尉鬘というのは長い髪の毛が一列に植えられている紐を巻きつけて作っていくので割と大変そう。
味方も行っていましたが、江戸時代まげを結っていた時にはどうしていたんだろう。

三人の中で最も装束の重いのが鬼神で、10キロくらいで、歌舞伎の最高30キロと比較すると大分軽いとのことです。
最後に三人舞台で記念撮影。
面までかけて、普通の動作をすると物凄くコミカルだと言うことを発見して皆爆笑。

楽しい一日でした。

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by soymedica | 2017-04-22 23:09 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演4月 百万 薩摩守 恋重荷

d0226702_17051527.jpg
銕仙会定期公演四月
2017年4月14日(金)18時より@宝生能楽堂

百萬 法楽之舞
シテ 片山九郎右衛門、子方 谷本康介、ワキ 殿田謙吉、アイ 野村萬斎
笛 一噌隆之、小鼓 観世新九郎、大鼓 亀井広忠、太鼓 小寺佐七
後見 谷本健吾
地謡 浅見真州ほか

薩摩守 謡入り
シテ(船頭)野村萬斎、アド(僧)内藤連、小アド(茶屋)深田博治

恋重荷
シテ 野村四郎、ツレ 浅見慈一、ワキ 森常好、アイ 石田幸雄
笛 寺井久八郎、小鼓 曾和正博、大鼓 柿原弘和、太鼓 三島元太郎
後見 浅井文義、長山桂三
地謡 観世銕之丞ほか 


本日は人気役者登場とのことで、比較的早くから切符は売り切れ。
まず、百萬の殿田の僧が登場。子供を連れている。丸顔のかわいらしい子供だけれど、西大寺の辺で迷子になっていたらしい。
この子供に見せる何か良いものはないかと地元の人に尋ねると、女物狂いが良いでしょうと。
この地元の人はなかなかお調子者で、変な念仏を唱えだす。
と、百萬がやってきて桜の枝でお調子者の萬斎をたたく。

いつもは笹なのですが、今の季節にふさわしい桜の枝の演出って素敵。

なんだか本日九郎右衛門は声枯れしているようですが、確かに百萬の念仏は上手い。だんだん百萬がのってくると、アイは退場。念仏は子供を探す親の狂気に変化していきます。
と、子供が僧侶の袖を引き、「あれは私の母」と。
僧侶は「こんな狂女に子供を返していいのか?」と思ってすぐには返さないのでしょうか。
「今でも子供があったほうが良いか?」などと女に尋ねます。

その返答の「仰せまでも無しそれゆえにこそ乱れ髪の遠近人に…」のところが物凄く素敵。
そして、表情の出る良い面なのか、面の使い方が上手なのか。

ふと気付くとプログラムには後見としてもう一人山本順之が出ていたのですが、後見はずっと一人。どうしたんだろう。
イロエの代わりに中の舞を舞うのが「法楽之舞」だそうです。詞章は少し省略されたようです。
最初に持って出た桜の枝はまだ持ち続けており、「あらわが子恋しや」と。
一の松のところで「こんなに人が多いのに何でわが子はいないの?」そして舞台に戻って「仏様、子供にあわせてください」。
ここで持っていた桜の枝を常座で落とします。

そこで僧も母親が気の毒になり、子供を群衆の前へと押し出します。
無事再会した二人は御本尊にお礼をして帰ります。
この母親、子供と会った後は人が変わったように晴れ晴れとしている。
やはり九郎右衛門は上手い。

面は甫閑作の曲見。


次は薩摩守。小書きの謡入とはパンフレットによると僧が舟に乗る前と降りる前に、船頭が「兼平」の一節を謡うもの。ほんのちょっと。この小書きのために船頭がシテなのか、萬斎だからシテなのか。
ともあれ、間抜けで一文無しの僧の内藤、上手くなりましたね。勢いのある一門っていうのはこういうものでしょうか。


色々な演出が話題になる恋重荷。人気曲を野村四郎のシテで、となれば皆さんこれが目当て?と思ったら狂言の所で帰るお客がちらほら。帰ったのはコアな萬斎ファンと、帰りが遅くなるのを嫌ったお年寄りかな(本日は終了予定9時15分)。

正先に重荷が出されます。朱色の布で包まれて黒い縄がかけられています。持ち手がある。この間どなたかが、「能の作りものはなぜ地謡や囃子方の出たあとに出てくるのか?中に人が入っていない場合には開演前に出しておけばいいじゃないか」と書いていらしたけれど、なるほど。
そして作りものではないけれど、無音の中しずしずと女御が所定の位置へ。

幕が上がると同時に笛がはじまり、ワキが出てくる。
森と石田の組み合わせが秀逸。そして呼び出された山科の荘司。身分違いの憧れを指摘されてうなだれる。でも、ここまできたら「会わせてやろう」というなら頑張るぞ、と。

ずーっとシテの裾の乱れが気になっていたのですが、前半もかなり後になってから裾を直す後見。
それはともかく、前場、かなり現代的な内容だと思うし、舞台も現代劇のような印象を受けます(良い意味で)。様式的な動きをしながらここまで客に理解させられるというのが、さすがは野村四郎。

でも、後見が軽々と持って来た重荷を見ているので、うっかりシテが持ち上げてしまわないかと若干心配…。

そして従者は荘司が憤死したことを告げます。
いつもツレの「恋よ恋…」の詞章が印象に残るのですが、今回全く記憶に無いから寝ちゃったのかな。
そして荘司の呪いで立ち上がれなくなってしまった女御。

今回鬼になった荘司は凄く動きがダイナミック。
女御の肩を鷲掴みにして一度建たせたかと思ったらまた座らせる。ここで持っていた鹿背杖で女御を打つかと思った(さすがにやらなかったけれどその気迫はあった)。
さらに重荷を持ちあげて女御に「懲りたか」と乗せる。

と、思いの煙立ち別れ、と言いつつ、重荷をもとの位置に戻して杖を太い杖に替える。この演出、初めて見たような気がします。
袖をかずくところ、正面席で見ていると面の目が金色に光って見えて面白い。
そして一度は女御の方をキッと睨むのですが、千代の影を守らんや、と帰って行くのでした。

珍しく面がパンフレットにあるものとは替えられていて、きっと直前に差し替えたのでしょう。ここにも野村四郎の意気込みを感じさせました。
とても満足した恋重荷でした。

前シテは小牛作の阿瘤尉、後シテは作者不詳の鼻瘤悪尉。
ツレが作者不詳の小面で銘が「閏月」

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by soymedica | 2017-04-20 17:44 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂普及公演四月 膏薬煉 野守

d0226702_14250367.jpg国立能楽堂普及公演四月 
2017年4月8日(土)13時より

解説 野守の鏡は何をうつす? 「野守」の説話的背景
田中貴子

膏薬煉 大蔵流
シテ(都の膏薬煉)山本則秀、アド(鎌倉の膏薬煉)山本則孝

野守 白頭 観世流
シテ 井上裕久、ワキ 大日方寛、アイ 山本泰太郎
笛 寺井義明、小鼓 幸信吾、大鼓 柿原光博、太鼓 桜井均
後見 上田公威、浦部幸裕
地謡 浅見重好ほか


解説は楽しみにしていた年に一度の田中貴子先生。老眼鏡あつらえたらしく、しきりに気にしながらの解説。
「二日前に能楽堂の今月のパンフレット見たら、最後の竹本幹夫先生の解説と自分の用意してきたものとがもろかぶりで焦った」、と言う割には楽しいお話でした。
この前奈良に行った時に不思議に思ったのは三笠山とはどれか、御蓋山とは?だったのですがその解説も:春日山とその手前の三笠山を合わせて春日山と呼ぶことがあり、その場合本来の春日山は奥山と呼ばれる。また、若草山を三笠山と呼ぶことがあった。明治になり三笠宮家ができたときに、恐れ多いと言うので御蓋山の字を充てた。

野守は、なぜ複式夢幻能にする必要があったのか?なぜ世阿弥は嫌っていた力動風の能を作ったのか?なぜ野守の鏡は二つあるのか、などの謎のある能であるそうです。
また、「鏡」と言うのは多くの説話を持つものであり、真実を写す真の鏡というものがあると信じられており、それが鬼の持つ鏡と結びついたり、徐君の鏡伝説(心のうちを映し出す鏡を持っていた徐君が皆がそれを欲しがるのに困って塚に埋める)や、浄玻璃鏡(閻魔様の鏡)などの話が全て流れ込んだのがこの野守であるなどと言うお話もありました。


膏薬煉は二人の膏薬煉がそれぞれ自分の膏薬を自慢する話。膏薬の原材料としてありそうも無いものを並べて自慢した挙句に、どっちの膏薬の吸い出す力が強いかを競うというもの。
ところで、「膏薬」って何だ?吸い出す??
そこは置いて於いて、二人のダイナミックな動きが面白い。


野守は好きな曲です。前半ののどかな雰囲気も、後半のダイナミックな動きも楽しい。
白頭では通常出ないという塚の作りものが大小前に。
山伏登場。
大日方、いつもと何だか良い方に感じが違う。時々見せる妙な力みが無くなったような。端的に言えば上手になったと思う。

のどかな春の日にちょっと観光をしようと思っている山伏のもとにお爺さんが。田舎者の山伏に色々名所や謂れを教えてくれる。井上裕久は毎年の謡講で謡が上手であるのは知っているが、舞台もなかなか。アクの無いきれいな演技。東京の人だったら迷わずしょっちゅう見に行くのだけれど。
そしてお爺さんは塚の中へ。

山本泰太郎が山伏に鏡の話を語って聞かせる。深緑と黄色の組み合わせの装束が綺麗。

白頭の小書きがつくと動きがダイナミックになるそうですが、堪能しました。
思わずパンフレット広げて井上の年齢確認してしまうほど元気な演技。足拍子も多く、装束もゴージャス。
舞台の真中に座って鏡を伏せておいてうつむく、という終わり方でした。
凄かったなー。
また見たい。

前シテは朝倉尉、後シテは黒癋見。
(小書きの白頭は、通常の赤頭から白頭へ、面は小癋見から大癋見に替わり、他にも所作や緩急を変化させて力強い鬼神の性格を際立たせる演出。)

写真は「野守の鏡」というお菓子。美味しいです。


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by soymedica | 2017-04-17 19:42 | 能楽 | Comments(0)

唐人相撲 MANSAIボレロ

d0226702_22530073.jpg世田谷パブリックシアター開場20周年記念公演 世田谷区制85周年
狂言『唐人相撲』/ MANSAIボレロ
2017年4月7日(金)19時より@世田谷パブリックシアター

能楽囃子
笛 藤田貴寛、小鼓 田邊恭資、大鼓 亀井広忠、太鼓 小寺真佐人

唐人相撲
皇帝 野村万作、相撲取り 野村萬斎、通辞 石田幸雄
そのほ33人

MANSAIボレロ
野村萬斎


萬斎ボレロも楽しみだけれど、TVなどで大体見当はついているので、唐人相撲も負けず劣らず楽しみな本日。まずは能楽囃子から。
2階席だったので囃子の音の広がりが普通の能楽堂で聞いているのとちょっと違うのが面白い。メンバーは次世代を担う4人、と言ったところでしょうか。

唐人相撲。素人出演者を募っていたので大掛かりな舞台なのでしょうね。松の絵がするすると揚げられて後方には真っ白なスクリーンが。と、そこに傘をさしかけられた皇帝と宮廷の面々が影絵のように登場。これが綺麗。スクリーンの陰から皆が出てきて、最後に ジャーン 皇帝が登場。ちょっと驚いたのは皇帝にさしかけられていた傘、たためる仕組みになっていたこと。

筋は簡単で、日本の国から相撲修行に出ていた相撲取りの萬斎が最後に皇帝の前で皆と相撲を取り、最後には皇帝ととる。玉体に触ってはいけないと皇帝は筵に包んで、という。相撲と言ってもアクロバットな動きを楽しむもの。
萬斎の相撲取りがとても強くて、皆に「次は月崎だ」と囃され壁に張り付いて逃げようとする。宮廷には子供も4人ほどいて、可愛い相撲をとったり、組体操みたいに馬を作ってその一番天辺に登ったりと大活躍。
ムカデのように全員がズラーっと萬斎と押し合いをする場面もスペクタクル。

せりふはもちろん唐の国ですから通辞の石田以外は中国語(もどき)。よく聞いていると「世田谷」とか「三茶」とも言っている。「トシヨリ」「トシヨリ」と言って、対戦を逃げようとしたり。「ビョウキ、ビョウキ」と逃げるものも。後の解説によると、大体のせりふは決まっているけれど、催しに応じてちょっと変えたりするらしい。

最後の場面では子供の出演者が眠くて眠くて半分椅子から落ちそうなのに、ちゃーんと振り付け通りにバンザイするところがカワイイ。

素人出演者の多い舞台だし、写真撮影可にすればよかったのにね。ああいう舞台で客席からフラッシュ、なんていうのも華やかで良いんじゃないかな。
普通は先生のお祝い(喜寿とか)に、お弟子さんたちが一丸となって出す出し物、といった曲なんだそうです。なるほど。


休憩をはさんでMANSAIボレロ
今回は真っ白な装束。白地に金の鳳凰が描かれた狩衣の裾を大きく引きずって、下は白の大口。
舞のベースは三番叟。舞台の上には月が出ているんじゃないか?と感じさせる舞でした。
と言うのも、私は見ながら源融(能の融)を何となく想像していたから。
仕舞をベースにしてあるし、舞台は能舞台だし、照明も凝ったものではないし、全体に無機的で何かを具体的に示唆しているのではないけれど、叢とか林とか月とか風を想像させる構成でした。

…これは面白い。いつかTVで見たのは群舞と一緒でしたが、一人でやる方が良いのではないか?
そして音楽が録音なのが残念でした。
「オーケストラとやったこともあるのですが、指揮者が退屈がるんですよね。『これ、演奏していて退屈なんだよ君』と言われたことがあります」だそうですが。

これは何度でもみたいなー。
最近万作家の会に行くと、このDVDの宣伝チラシが入っているのですが、発売になったら買ってしまうかもしれない。




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by soymedica | 2017-04-13 07:50 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会青山能三月 昆布売 玉鬘

d0226702_19103270.jpg銕仙会青山能三月
2017年3月29日(水)18時30分より@銕仙会能楽研修所

仕舞
田村 クセ
小早川修
花月 キリ
鵜澤久

昆布売
シテ(昆布売)山本凛太郎、アド(大名)山本泰太郎

玉鬘
シテ 長山桂三、ワキ 則久英志、アイ 山本則重
笛 藤田貴寛、小鼓 田邊恭資、大鼓 大倉慶乃助
後見 浅見慈一、西村高夫
地謡 馬野正基ほか6人


今回は珍しく仕舞からみられました。鵜澤久、素晴らしい。が、地謡が何とも…。何とかしたほうが良いと思う。


バカ殿狂言の昆布売。何回か見ているけれど、昆布が真っ黒なものと、ちょっとざらざらした感じで茶色がかったものと色々ありますね。
この二人は安心して楽しめる組み合わせ。
そして、女性はお年頃になると急にきれいになると言いますが、凛太郎も急にかっこよくなってびっくり。
見所に日本語が全く分からないと思われる西洋人のグループがあちらに数人、こちらに数人。結構楽しんでいるようでした。
通りがかった人に自分の武器を預けちゃう平和な日本、と思ったことでしょう。


さてさて期待の玉鬘。斜め前の男性がiPhoneで詞章チェック。これ、ほかの能楽堂でやったらわけのわからんおばさんに文句言われそう。
ワキの僧は、石上、三輪神社から長谷寺に向かっているらしい。タクシーの運転手さんが「山野辺の道を歩かれるのなら石上から南が良いですね」と言っていたけれど、昔はどんな道だったのでしょう。
大鼓、張り切りすぎ。
やれやれ、初瀬川に着いたぞ。と一息入れていると女が小舟に乗ってくる。

卵の黄身のような色の装束を着けた女は右手に棹を。女性の面の下から男性の声が出てくるのに登場後しばらく違和感を感じるときと、全く感じないときとあるが、今回は「ああ、きれいな女性が一人やってきた」と違和感なく受け入れられる謡。
美人である。
秋の初瀬川の情景を地謡が謡いつつ、二本(ふたもと)の杉へ。ここで棹を落とすのかと思ったら、後見がすっと取る。

この後玉鬘はずっと座っているのだけれど型がきれい。ここの地謡、なかなか言葉が難しいです。これはアイ語りが必要だわ。
アイを聞くと、玉鬘は九州からの船旅の無事のお礼を祈りに来たのらしい。

そしてワキ僧が玉鬘の霊を待っていると、いよいよ登場。
ここの「恋ひわたる身はそれならで玉鬘」の一声で見所の注意を一気に引き付けるシテはやっぱりただものではない。
「九十九髪」のところで足拍子を踏むのだけれど、その足の上げ方にまで神経が行き届いている。

カケリも美しい。もう少し長い曲でも良かったのにな、と名残惜しい終わりでした。
本当に堪能しました。ご本人はいささか不本意なところがあったとツイートしておられましたが、楽しかったです。

地謡も若手でしたがきっちり。
囃子が若干…。小鼓は安定感ありましたが、笛と大鼓は良くなったな、と思ったら崩れたり。

面は前シテが若女(北沢耕雲)、後シテが増髪(伝 近江)。


最後は観世淳夫の解説。この人、皆に愛される良い人、という感じが全身から滲み出ています。でも、お話は苦手みたい。苦手な人はどんな短い話の時でも原稿作って何回か練習すると良いですよ。


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by soymedica | 2017-04-05 11:01 | 能楽 | Comments(0)