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狂言ござる乃座55th 附子 清水座頭 弓矢太郎

d0226702_19004356.jpg狂言ござる乃座55th
2017年3月25日(土)14時より@国立能楽堂

附子
太郎冠者 野村祐基、次郎冠者 野村遼太、主 野村太一郎

清水座頭
座頭 野村万作、瞽女 野村萬斎

弓矢太郎
太郎 野村萬斎、当屋 石田幸雄、太郎冠者 月崎晴夫、立衆 高野和憲、竹山悠樹、深田博治、内藤連、中村修一、飯田豪、岡聡史


ござる乃座、土曜日バージョンです。
まずは狂言の基本(?)附子から。なかなか楽しくできました。野村祐基は遼太より背が高くなっていてびっくり。まだまだ、演技は遼太に比べて子供ですが。フレッシュさで見せた三人ですね。


清水座頭は和泉流で二回見たけれど、この組み合わせは初めて。萬斎、できるうちになるべく万作とやっておきたい、という気持ちなのか最近この二人の組み合わせが多いような気がする。ただ、万作の「平家」かなり苦しそうだった。「地主の桜」こんな良いものだったか、萬斎は今絶好調。
最後二人は手に手を取って帰るのだけれど、萬斎が万作の手首につかまって帰る。二人の身長差がさらに開いたような…。
  
  地主の桜は ちるかちらぬか
  見たか水汲み ちるやらちらぬやら
  嵐こそ知れ


弓矢太郎は初めて見る演目。口ばっかりの弓矢太郎。ほほえましいというよりただの鬱陶しいバカ。天神講の晩の怪談(玉藻の前の話)で腰を抜かす太郎。さらに天神の森で肝試しをすることになって…。
人数が多くて華やかな演目です。出てくるのは男ばかりでちょっとヴィジュアルが地味。その分弓矢太郎がド派手な装束で補っています。

面白かった。
狂言の会は普段の能の会ではあまり見られないような時間のかかる演目、人数の多い演目が出るのではずせませんね。

写真は牧谿の烏。

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by soymedica | 2017-03-31 08:21 | 能楽 | Comments(0)

青花の会 能楽入門講座 第一回

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青花の会 能楽入門講座 第一回
2017年3月24日(金)18時半から20時30分
@矢来能楽堂

今回は「能舞台」がテーマ。講師は観世喜正。

現在お客さんを入れて「営業」する能楽堂は都内に10、全国で80ほど活躍しているそうです。

佐渡は能舞台が多いので有名ですが、これは江戸初期に「祭礼は能の形で」と当時の為政者が決めたためで、今でも30から70か所の能舞台が主として神社の境内に残っているとか。同じような場所が兵庫県にもあるそうです。

矢来能楽堂はそれまで西神田のあたりにあったものが震災で焼け、昭和5年に今の地に移ってきたものだそうです。空襲で焼け、昭和27年の再建。当時は何やら「忖度」があったらしく(笑)、国有林の本当に良い檜で作られた舞台だそうです。それをお弟子さんたちが毎日ぬか袋で磨き、今のような黒光りする舞台になったもの。すごいですね。
座席の変遷(升席、手火鉢から今の椅子席の形)、年間通しで「井伊様お席」などがあったとかのお話もありました。

そもそも安土桃山時代に今の能舞台の原型ができ、さらに地謡座が付け加わり、明治になって建屋で覆うようになったそうです。明治中期に「電灯の照明」(これを入れるに論争があったそうですが)が入るまでは障子や明り取り窓を多用していたというのは、言われてみればなるほど。

矢来の鏡板には真ん中に小さな隙間があるのですが、これは冬の乾燥期には広くなり、夏になるとほとんどわからなくなるそう。そして、鏡板に「松」を描くようになったのも江戸中期なのだ、と。有名な名古屋能楽堂の若松論争のお話も。喜正的には「若松で何が悪い?」。私もそう思います。私的な能舞台では松ではない絵が描かれているものもあってなかなか素敵だそうです。

能舞台の大きさは一辺が三間ですが、これを柱の内法で測っているところと、外側で測っているところで若干の差があるそうです。「目付柱」は鑑賞の邪魔ですよね。実は無くてもちゃんと舞えるのだそうですが、やはりあったほうがやりやすいし舞台が締まるそうです。

あとは白洲の効果とか、階段が正先についているわけとか。喜正によれば舞終わった後この階段を上って高貴な方の代理がご褒美の肩衣などをもって来てくれる、ということでした。どこでやら私が読んだ知識では、明治の初めくらいまではこの階段を上ってお使いの人が「始めなされませ」と幕に向かって声をかけたということです。
ま、どちらにせよ一般人や役者が気軽に足を載せてはいけない場所という感覚。

ついで席の話。基本的にシテ方は正面に向かって演技するので、やはり見るときは正面席がよいのでは、とのお話。喜正的には脇正面の席は無くても良いかな…と。
皆で席を移動して見え方をチェック。

そして高砂の謡をみんなで練習。結婚式の謡として有名ですが、昔は結婚式で謡う時には重なりを嫌ったり、忌み言葉を言わないように:
「この浦舟に帆を挙げて」は一度のみ
月もろともに出で汐の→入り汐の、または満つ汐の
遠く鳴尾の沖過ぎて→ 近く鳴尾の、またはほのか鳴尾の
とうたったそうです。

そしてみんなで足袋をはいてすり足のおけいこ、扇も使わせてもらいました。

最後の質疑応答でどなたかが、私が「貴人口」と思っている部分は開くのか、名前は何か?と。
矢来のものは開くそうですが、喜正講師は「貴人口」ではなくてもっと縁起の悪そうな名前をおっしゃっていました(失念)。
矢来の観世では、「舞台上で倒れたらあそこから出す」と言い伝えられているそうですよ。

ということで、お話の上手な観世喜正講師で楽しい時間だったのでした。

写真は奈良の春日大社一の鳥居そばにある向影の松

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by soymedica | 2017-03-30 18:28 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂定例公演三月 花盗人 海人

d0226702_15414303.jpg国立能楽堂定例公演三月
2017年3月17日(金)18時30分より

狂言 和泉流
花盗人
シテ 野村万作、アド 野村萬斎

能 宝生流
海人 懐中之舞
シテ 大坪喜美雄、子方 水上嘉、ワキ 殿田健吉、ワキツレ 大日方寛、御厨誠吾、アイ 深田博治
笛 森田保美、小鼓 住駒幸英、大鼓 國川純、太鼓 前川光長
後見 宝生和英、小倉健太郎
地謡 武田孝史ほか


毎年この時期になるとかかる花盗人。作り物の桜はきれいだし、最後は宴会で終わるし、なかなか楽しい春の狂言。今回は盗人が万作、主人が萬斎。萬斎の装束はおニューですかね。
万作絶好調と思ったら、謡がちょっと苦しそうだった。長くやってほしいな。

しかし、次の能が始まって気づいたのだけれど、正面席、能が終わると帰っちゃう人結構いました。萬斎のときはいつもそうだけれどね。萬斎も上手いけれど、能も楽しいよ。


海人。いかにも大臣らしい子方登場。これが海人が生んだ房前。一行は志度の浦にやってくる。道行が素敵。この旅行は天気に恵まれたんだな、と感じます。
向こうのほうに男だか女だかわからない人が。左手に海藻に見立てた杉玉(?)。海藻だったら本物を持っていても良いような気がするけれど、そこが能。右手には鎌。
月を楽しむのに邪魔だから海松布(みるめ)を刈ってくれという大臣の一行と会話するうちに、昔この裏で明珠を潜き上げが話に。

玉の段、驚いたのは大部分シテは床几にかかっていたこと。これは調べると「懐中之舞」の小書きの時の宝生流のやりかたらしい。これはこれで退屈せずに面白くみられましたが、演ずるほうにとっては却って難しそう。

親子が名乗りあい、母の幽霊は中入りします。このとき見つめあう母子の型がとてもきれい。ワキはシテが落して行った扇を懐にしまいます。

そしてアイ語り。深田(と高野)はもうベテランですな。

龍女登場。左手に巻物を持つ。装束はオレンジで統一して華やかなんだが、なぜあんなに怖い顔。「龍女」にはふさわしい顔つきかもしれないけれど、息子だって高貴な母よりは、美しい母、優しい母をみたいだろうけれど、昔の感覚は違うんだろうか。橋姫を使うのは宝生流の特徴らしいが…。

目付柱のところで巻物(経)を開いて読む龍女。あとで後見が巻いてくれました。
早舞が綺麗。

そして、めでたく皆退場するのでありました。
それにしても海人(海士)にはいろいろな小書きや演出があるものですね。

面は 前シテが曲見、後シテが橋姫

写真は春日大社

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by soymedica | 2017-03-27 18:07 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂普及公演三月 濯ぎ川 昭君



d0226702_13175431.jpg国立能楽堂普及公演三月
2017年3月11日(土)13時より

解説 
鏡の虚実 能「昭君」の機巧(からくり) 大谷節子

狂言 大蔵流
濯ぎ川
シテ(男)茂山千三郎、アド(妻)茂山逸平、(姑)茂山あきら

能 観世流
昭君
シテ(呼韓邪單于)観世銕之丞、(白桃)清水寛二、ツレ(王母)西村高夫、(昭君)観世淳夫、ワキ(里人)館田善博
笛 竹市学、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 安福光雄、太鼓 徳田宗久
後見 浅見真州、浅見慈一、谷本健吾
地謡 浅井文義


大谷節子先生のお話から。写真で見て綺麗な人だと思っていましたが、実物もスレンダーな美人。

昭君は世阿弥より前の時代の金春系の能と言われており、古形を残す数少ない曲です、からはじまって、
ざっとあらすじのおさらいをしたのですが、その時:
これの能評に「呼韓邪單于の悲劇性をみた」という物を読んでびっくりした、とおっしゃっていました。プロの能評家としてはあるまじきことらしいです。ま、私も「呼韓邪單于ってかわいそう」と感じたことは過去にありますが、能の成立過程などを知っているプロが言うべきことでは無いらしい。(大体誰が書いたかは想像がつく)。

王昭君説話の変遷についてが面白かった。
王昭君と言うのは実在の人物で、「漢書」に初出。他の五人の漢人女性とともに呼韓邪單于に嫁いだ人で、呼韓邪單于との間に男子を一人もうけるが、2年後に呼韓邪單于が死に、その息子と再婚し2女をなしたとの記載がある。
時代が下って六朝時代になると、あの有名な「絵描きに賄賂をやらなかったので…」、という説話がつけ加わる。そして既に平安時代にはこの話は日本に入ってきていた。
今昔物語にある王昭君説話では、なんと「自分の美しさを頼んで賄賂を贈らなかった王昭君の驕慢」が非難されるということになっているそうな。
能ではさらに前半の「両親の悲しみ」と、呼韓邪單于が父母に会いにやってくること、がつけ加わる。
そしてこの能では「鏡」が重要なモチーフとなっていること。世阿弥以降の能では登場人物を結びつけるのは「夢」であるのに対し、ここでは「鏡」というのが特徴的である、などのお話がありました。


狂言の濯ぎ川、観たいと思っていた新作狂言(もう茂山家では「新作」の範疇には入れていないらしい)です。大谷先生によるとこれはフランスの笑劇ファルスを下敷きにしてはいるけれど、直接狂言に翻訳されたのではなく、文学座の飯沢匡が劇にして、さらに武智鉄二が狂言化したものだそうです。

入り婿で嫁と姑にこき使われている男が最後に一矢報いる、という話なんですが、こき使われている場面では見所の男性陣に共感が走ったような…。最後、姑が「婿のやるべき仕事を書いた書付」を破って終わりなんですが、「やっぱり働け―」で終わったほうが狂言らしくは無いだろうか?
ともあれ、面白かった。
また見たいな。


昭君は古形演出の復元。普通は前シテの白桃(正君の父親)だけが中入りし、後シテの呼韓邪單于となって登場するところを、父母は舞台に残り、後シテは別の役者が演ずるという形になります。
まず、一部が枯れた柳が正先に出されます。
里人が白桃王母夫婦の状況を簡単に説明。これが「里人」なんですけれどやたらにキンキラした装束。中国のイメージだとそうなるのかな。
箒を持った夫婦も登場します。高砂のようですがおめでたい様子はなく、「ちりかかる、花の木陰に立ち寄れば、空に知られぬ雪ぞ降る」と。これが物凄くきれい。清水&西村ってやはりなかなか良いです。

お爺さんはなかなかハンサム。白髪をポニーテールに。おばあさんはそんなに美人ではない。昭君は御父さん似だったのね。
昭君が胡の国に行ってしまうことになったお話の地謡が気分よく、私はだんだん眠くなってきたぞ。
夫妻は昭君の形見の柳が枯れかけてきたのを悲しんで、枝に鏡をかけて娘の様子を知ろうとします。

昭君は子方ではありません。
やはりこの人は謡をどうにかしないと。どこかに武者修行に出てはどうか。姿はなかなか美しいのに。

舞台上、地謡側に白桃、脇正面側に王母、正先に柳、その後ろに単于、さらにその後ろに昭君という配置になっていて美しい。
そして呼韓邪單于の面は黒癋見というのだそうですが、グレーを基調に渋いピンクがさしてある面白い面です。
唐の洗練された人たちからみたら、異民族は恐ろしい鬼だったのでしょうね。

鏡を見た呼韓邪單于は「面目ない」と袖をかずいて下居。そして帰っていくのでした。

この演出のほうがわかり易いし、「あんなトンデモナイ男のところに美人の娘が!!!」という両親の反応も理解しやすいし、いろんな役者が見られるし(!)面白かった。

面は
白桃が木賊尉、呼韓邪單于が甫閑作の黒癋見、王母が姥、昭君が近江作・銘「早蕨」の小面

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by soymedica | 2017-03-23 13:18 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演三月 文蔵 当麻

d0226702_08283894.jpg銕仙会定期公演三月
2017年3月10日(金)18時より@宝生能楽堂

文蔵 
シテ 野村萬、アド 野村万之丞

当麻
シテ 観世銕之丞、ツレ 西村高夫、ワキ 宝生欣哉、ワキツレ 大日方寛、野口能弘、アイ 能村晶人
笛 松田弘之、小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井忠雄、太鼓 小寺真佐人
後見 浅見真州、浅見慈一
地謡 浅井文義ほか


調べると意外に何回も見ている文蔵。前回も萬で見た。
シテの主人が源平盛衰記を語って聞かせるところが目玉なのだけれど、この主人は最後に「手間をかけさせおって!」と太郎冠者を怒る。なんだ、本当は聞かせたかったのじゃないのかな?
そして太郎冠者は主人が語っているときに皆退屈そうな顔をしている。だから、別に聞きたいわけでもないらしい。
不思議な狂言ですけれど、萬の語りをたっぷり聴いて満足。


本日の当麻は本来は小書き「二段返」(太鼓方が重要となる小書き)が付く予定で、太鼓が観世元伯だったのだが、何と入院中とのことで太鼓は小寺真佐人に。そして小書きも無くなりました。

今回、詞章(新潮社)をコピーして持って行ったのですが、それとかなり道行きが違うのにびっくり。
僧の一行が待っている所に綺麗なお嬢さんと年取った尼さんがやってくる。どうもこの年取ったほうが中将姫というのがピンとこない(まあどっちでもいいけれど)。
出だしのシテとツレの謡が仏法のありがたさを謡ったものなので、ちと退屈。
遠目に見て、あれ、銕之丞痩せたかなと思ったけれど舞台に入ってくるとやっぱり前後の厚みが凄い。
特筆すべきはツレの謡のうまさと型の美しさでしょう。
クセの地謡もきれい、なーんて思っているうちに年寄りの尼は杖を捨てていなくなってしまったのでした。

アイ語りがなかなか良かった。曼荼羅の軸にするものがないなー、と思っていたら一夜のうちにおあつらえ向きの竹が生えてきてそれを使ったのだそうだけれど、それを一夜竹というんだそうな。

さて後半。これは天冠を頂いた天女(正確には菩薩となった中将姫)が登場。声も体も太すぎるな、と思っていると、天女は浄土経をワキに授ける。
まあ、それで早舞を舞ったりするわけなんだけれど、大鼓がどんどん調子を崩してくるような…。「小鼓がんばってらしたわねー」とホールでおばさまがおっしゃっていたけれど、松田の笛の頑張りも半端じゃない。
囃子が崩れるのに気付くと、何だか謡も…。
亀井忠雄にしてあんなことがあるんですねー。無理せず長くやってほしい。

面は前シテが姥(堀安右衛門)、後シテが増女(是閑)、ツレの小面は銘「閏月」(作者不詳)


ところでところで、終わった途端に見所に鳴り響く大声。
どうやら脇正面で写真を撮ろうとしていたオヤジがいたらしく、それを後ろの席から注意したオジサンがいた。ところががやめないので、最初は肩をたたいていたけれど、最後は頭をたたいた、それに写真オヤジが逆切れってことらしい。
出口のところで銕仙会の人の前でも揉めていたのだから、二人を引き離すなりなんなり主催者はちゃんとコントロールすべきだと思うけれど、少なくとも数分は皆あぜんと立ち尽くしていた(笑)。最後、どうなったんだろう。

今日は観世元伯の病気に始まってけんかにおわる物凄い日でした。

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by soymedica | 2017-03-16 08:32 | 能楽 | Comments(0)