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興福寺勧進能 第二部 邯鄲

d0226702_1420248.jpg興福寺勧進能 第二部
2016年7月14日(木)18時より@国立能楽堂

樋の酒
シテ 野村万蔵、アド 能村晶人、小アド 野村虎之介

邯鄲
シテ 浅見真州、子方 谷本悠太郎、ワキ 宝生欣哉、ワキツレ(輿)大日方寛、則久英志、(大臣)殿田謙吉、野口能弘、野口琢弘、アイ 河野佑紀
笛 松田弘之、小鼓 古賀裕己、大鼓 亀井洋佑、太鼓 小寺佐七
後見 浅見慈一、坂井音晴
地謡 浅井文義ほか


遅くなってしまいせっかくの万蔵の樋の酒が見られなかった(涙)。

邯鄲は能役者の好きな演目と見えますね。見せどころも多いし、かわいい子方も出せる。
まずは河野扮する宿屋の女主人登場。良く考えてみるとこれはなぜ「女」主人なのだろうか。作られた当時の社会習慣では枕を勧めたり、粟のかゆを用意したりするのは亭主では不自然だったのでしょうか。
それにしても河野、力はいりすぎ。

お客が遠くからやってくる。一の松のところで何やら言ってもしょうがないと思われるいかにも哲学青年らしい、述懐を。顔が若いのに声が老けているのがミスマッチ。でも、そう思ったのはここだけで、その後それを感じさせなくするのが凄い。

さて、旅館について床几を勧められ自己紹介をすると、「それならあの大床にある有名な邯鄲の枕でお休みなさい」と女主人に言われる。豪奢な着物を着た世間知らずそうな若者だから、親切にしておけば代金も弾んでくれようというもの。

すぐに寝入ってしまった盧生、トントンっと宝生欣哉に起こされます。譲位のお知らせです。手を何でモソモソしているのかと思ったら、数珠が袖の内側に引っかかったのか??これを扇に取り替えて輿に乗ります。掛絡もここでとったら、と思うのですがこれはなぜか玉座でとる。

ぞろぞろ現れた臣下たち。この並び方、脇正面側にずらっと並ぶのではなくて、笛座の方にいる。子方がハンサム。金の烏帽子。グリーンの長絹がとても良く似合っている。大口には綺麗な模様も入って。皆新品に見えます。この素敵な悠太郎クンがスマートな舞を舞うと、それを見ながら皇帝となった盧生も踊りたくなり、腕まくり(本当は肩をおろします)。有名な空降り、足をおろした後でじっとあげている姿が綺麗。そのあと後ろを向いて腰掛けてじーっとするところが面白い。
後半は舞台から橋掛かりまで使って舞います。ワキはすーっと切戸口から退場。
太鼓がマイペースでなんだか面白かった。

最後にまた大床に休む盧生。と、橋掛かりに座りっぱなしだったアイ(途中でいったん退場すれば良いのに)が、とんとん、とまた盧生を起こす。そして切り戸から退場。

目が覚めた盧生はぼーっと座っている。ここから「盧生は夢覚めて」までの無言の時間がちょうど良くてさすがです。

邯鄲は長い曲で実は飽きてしまう事も多いのですが、子方を含めた舞が素晴らしかったのと、浅見の要所要所での間の取り方が絶妙だったのとで楽しい一夜でした。
来年はテアトルノウとぶつかってますなー。
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by soymedica | 2016-07-24 14:20 | 能楽 | Comments(0)

第三十二回テアトル・ノウ東京公演 山姥

d0226702_20571486.jpg第三十二回 テアトル・ノウ東京公演
2016年7月9日(土)14時より@宝生能楽堂

お話 味方健

仕舞
生田敦盛キリ 味方團
遊行柳 味方健

舞囃子 三山
観世淳夫 片山九郎右衛門

山姥 雪月花之舞 卵胎湿化らんたいしっけ
シテ 味方玄、ツレ 谷本健吾、ワキ 宝生欣哉、アイ 石田幸雄
笛 藤田六郎兵衛、小鼓 成田達志、大鼓 亀井広忠、太鼓 観世元伯、
後見 味方團、清水寛二
地謡 片山九郎右衛門ほか


味方健さん、初めてお顔をじっくり拝見しました。親子三人の中で一番ハンサムではなかろうか。ソフトな語り口なんですが、京都弁って集中して聞かないと良く分からない。時々ユーモアあふれるエピソードを交えながら山姥の解説を。
百ま山姥が本物の山姥に舞を見せるという筋書きなのに、なぜ本物の山姥が舞うのか?という疑問に答える解説でしたけれど、難しいなー。メモはとったけれどたぶん間違っているからここには書きません。


そして仕舞と舞囃子。味方團って能楽師にあるまじきプロポーション、10頭身くらいではないだろうか。


さて山姥。お供三人を従えた、都で人気の遊女が親の供養のための善光寺参りに出かけます。ワキ、ワキツレの謡がすごく若い。欣哉の声が年のわりに若いうえに、ワキツレも若いですからね。
ワキが皆さん小柄なので、百ま山姥がやけにぬぼーっと大きく見える。面の額が広いのもよけいそう感じさせるのが気の毒。都一の人気者なのに。

新潟・富山県境で地元の人に道を尋ね、一番険路だけれど一番ご利益のある道を行くことに。むりやり地元の人を案内に連れていきます。
今の感覚だと名古屋方面に出てから長野県へ、と考えそうですが、当時は富山から新潟県境へ出てから南下。ちなみにグーグルご推薦のルートは自動車なら名神と中央を通って、電車ならなんと東京までいったん出てから向かうものです。しかし、そんな旅行に出るのに男性陣はなぜ長袴…。

と、そんな時間でもないのに山道で日が暮れてしまう。そこに折よく「泊めてあげよう」という女が。この着物が渋くて良い。昨日の善知鳥でも思ったのですが、能の老女の装束って素敵。
そして、「あちらにいるのは有名な百ま山姥でしょう、私のことを謡ってヒットさせたのに、本家の私のことはなぜ気にかけないのでしょうか」と長々語るこの言葉のところ、物凄く聞かせました。ツレの言葉も地謡もいらない、ずーっとシテのセリフだけ聞いていたい!と思わせる。

じゃあ本当の夜になったら…と言って二の松まで走り、後はすっと速度を落として中入り。

さて、アイは小書きにもなっている「卵胎湿化」。大蔵流では「胎生」というのだそうですが、いずれにせよ能のパンフの表紙にこの漢字は何となくミスマッチ。(私は何となくカエルを連想する)。これはアイが山姥の素性について語るいつものいい加減な物語に、とっておきの秘説を付け加えるもの。まあ、分量的にはチョコッとです。石田の語りは滑らかで聞きやすい。

ここで、ツレは床几に。やってきた山姥は白頭、上が茶系で袴が金、襟元からグレー。色合わせの趣味良し。

あたりを見回して深山の様子を謡うのだけれど、「ああ、これは日本の山の描写だな」とわかる。ユーラシア大陸でもアメリカでもない。
次第の後に「雪月花」の小書きによる謡が入り、杖を扇に持ち替えます。扇がおそらく銀の月に金の雲の絵柄なのだと思われますが、とてもきれい。この曲のためにあつらえたのだろうか。舞台が夜の深山になります。

詞章を見ていると、山姥のここの後半のところは非常に長いのですが、それを長いと感じさせない緊張感のある美しさ。最初の解説で味方健が「体力を使う曲」と表現していましたが、そうでしょうね。
そして比較的ゆったりとした美しさから今度は扇を杖に持ち替えてやや速くなります。
最後は揚幕に走りこんで見えなくなります。
取り残された百ま山姥が遠くを見やって終わり。余韻のある幕切れでした。

山姥ってこんなに面白い曲だったろうか。
もう一度みたいな。


来年のテアトル・ノウ 東京公演はガラッと変わって三笑。親子で演じるらしい。
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by soymedica | 2016-07-16 20:59 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演七月 西王母 文荷 善知鳥

d0226702_216543.jpg徹仙会定期公演七月
2016年7月8日(金)18時より@宝生能楽堂

西王母
シテ 長山桂三、子方 長山凛三、ワキ 福王知登、ワキツレ 村瀬提、村瀬慧、アイ 河野佑紀
笛 杉信太朗、小鼓 田邉恭資、大鼓 亀井実、太鼓 林雄一郎
地謡 清水寛二ほか

文荷
シテ(太郎冠者)野村万蔵、アド(主)野村萬、小アド(次郎冠者)能村晶人

善知鳥
シテ 大槻文蔵、ツレ 馬野正基、子方 谷本康介、ワキ 殿田謙吉、アイ 野村虎之介
笛 一噌庸二、小鼓 大蔵源次郎、大鼓 亀井忠雄
地謡 浅見真州ほか


西王母は初めての曲。そういう品種の桃は食べたことあるが、普通に美味しい桃でした。
まず、宮殿の作り物がワキ座に運び込まれる。一畳台の上に組み立て式の屋根というか天蓋が載っている。

狂言方が「これから有難い皇帝が出御されるぞよ」と。皇帝は周の穆王らしい。皇帝と臣下が登場。ここで囃子には早くも太鼓が使われます。
するとそこになにやら美しい女性が花の咲いた木の枝を持って登場。装束は桃色では無くて、黄色を基調をしていました。桃の精というわけではないから、と納得。

皇帝の御代をたたえる前半、初めて見るためかあまり謡が頭に入ってこず、ピンときませんでした。
そのまま美しい女性は退場。

皇帝は西王母とは何かご存じなかったらしく、河野が教えて差し上げる。

皇帝と臣下は西王母が現れるのを待っている。今回村瀬提の謡、良くなったような気がします。そしてついに可愛らしい侍女を連れた天女(仙女?)が現れる。今回の舞台の写真はFBの「能・狂言鑑賞の会 『桂諷會』長山桂三」にアップされていますが、西王母の装束の色合いが舞台の照明と合ってとても美しい。模様は鳳凰、迦陵頻伽でしょうか。
そしてシテの動きが前半よりがぜん良くなっているような気がしました。静止も綺麗。やはりこの人は注目の人です。

謡はちょっと角の立った感じ、と言ったらわかるでしょうか。これはこれで明るい感じでした。囃子も満足でしたが、笛はもう少し陰影の有った方が私は好きです。

面は増女 洞水作。


文荷は稚児狂いの主にラブレターを届けろと言われた太郎冠者と次郎冠者が「ケッ、これ持ってくの嫌だぜ」とか言ってわいわい騒いでいるうちに破いちゃう、っていう話。最後に主人に見つかって破った手紙を「お返事でござる」とごまかそうとして怒られる。今回、「手紙を持ってくのがいやだ、こんなエンガチョなもの」という感じが凄く伝わってきて笑った。


さて、人気の大槻文蔵の善知鳥。おばさまが「とてもハンサムなのに面をかけているから残念なのよ」とお友達に解説。ほほー。
地謡後列の平均年齢がぐっと上がる。

ツレ、子方は最初から舞台に。ツレの地味な衣装が素敵。そして最後にアイが橋掛かりに座ります。ワキの僧が立山にやってくる。殿田、また感じが変わって一段と上手くなった感じ。下宝は宝生閑の逝去で皆さん決意を新たにされたのでしょうね。
そこに怪しい老人が。

「外の浜に行くのなら、妻子の家に行き、蓑笠を手向けてくれと頼んでくれ」という老人。袖を破るところ、柱の陰で見えずに残念。

ただそれだけの手がかりで外の浜に行く僧。
地元の人に家を教えてもらいますが、本当に家を教えるだけの短いアイでした。
未亡人と子供の家では未亡人が悲しいつぶやきをしています。ここのツレの馬野が本当に上手。舞台に貧しいあばら家の生活が見えてくるようでした。

そこに旅僧が衣の袖を持ってやってくる。家にある衣と合わせるとぴったり。(え、じゃあ家に置いてある形見の衣は片袖が無かったのだろうか???)

するとそこに猟師の幽霊が現れる。大槻文蔵、すらっとした体格で損をすることも多そうだけれど、この役がらにはふさわしい体形。そしてやはり上手。どーんと重い主題なのだけれど、シテ一人が悲劇の主人公になっているというよりも、舞台全体が東北の冬の様に見える。それには地謡も囃子も関与してはいるだろうが、やはりシテの力量ではないかと思う

現代なら与えられた条件の中で仕事を熱心にするのは称賛されこそすれ、非難されるようなことではないでしょうに。シテ柱のところに座った猟師は殺生に熱中していたことを懺悔します。

そしてカケリに。緩急があってとても良い。これは囃子との息がぴったり合って双方が巧者でないとできないことではないかしらん。ここで初めてじっくり面を見ることができましたが、これがなかなか良い面。

雛を獲ると親鳥が空から血の雨を流す。それを遮ろうと蓑笠を着て、と橋掛かりへ。橋掛かりから舞台に笠を投げます。ここも見せ場ですが、何となく無くても良かったかな。
そして猟師は後生を願って消えていきます。

面は前シテが作者不詳の木賊尉、後シテが痩男、古元休、ツレは臥牛氏郷の深井。


西王母はおめでたい脇能で、善知鳥は四番目もの、という事でこの順番なのでしょうけれど、何となく逆の方がおさまりが良くありませんかね。駆け込んできて動きのある、ドラマチックな話を見てから、おめでたい気持ちになって帰る、って。ダメかな。
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by soymedica | 2016-07-11 21:08 | 能楽 | Comments(0)