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第九回広忠の会 定家

d0226702_2129785.jpg第九回 広忠の会
12月22日(火)18時半より@銕仙会能楽研修所

一調 芭蕉
謡 観世銕之丞、大鼓 亀井忠雄

定家 
シテ 味方玄、ワキ 宝生欣哉、ワキツレ 大日方寛、御厨誠吾、アイ 野村萬斎
笛 杉信太朗、小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井広忠
後見 観世銕之丞、山崎正道
地謡 片山九郎右衛門、観世喜正ほか

舞台の天上と橋掛かりの所にマイクがあるのに初めて気づきました。録音しているんですね。

こういう会の仕舞ってざわざわする見所を落ち着かせてメインの能につなぐ、という役割があると思うのだが、本日は大物の一調から。見所を鎮めるのではなくて何か舞台に住む魔物を鎮めるという趣き有。ふと気づいたのだが、観世淳夫の謡、銕之丞の微妙な癖の、その部分が強調されたものかもしれない。


定家。坂口貴信、こんな人だったっけ。太ったのかな。
亀井広忠はオレンジの袴でおしゃれしています。本日の囃子陣はビジュアル的にも大変に宜しい。

塚の作り物が出ます。
旅僧の一行登場。宝生欣哉、力んだところが無く、いつもにも増して良い。
橋掛りから女登場。面は古いものだろうか。水晶の数珠を持つ。金地に女郎花と桔梗の図案かな。
このシテとワキの時雨の亭をめぐる問答がとても良い。
今詞章を観ているのだけれど、式子内親王の墓に案内するまでこんなに長いとは思わなかった。あっという間に感じられました。

時雨の亭で雨宿りする僧を女は墓に案内し、「私は実は式子内親王の霊」と言って、作り物にぴったり寄って立ちます。脇正面にいたので気づいたのですが、この場面の直前に作り物の中にはすでに後見が一人入っているのですね。
そして女は定家葛のはい回る墓の中に消えてしまいます。

この前場、良かったなー。

さて、地元の人が出て来ます。野村萬斎、地味な色の長裃来ているんですが、このお家の装束の色合わせは理解可能。地味だけれど洒落た色合いでした。
地元の人が一所懸命式子内親王と定家の謂れを語っている間、作り物の中では装束付がなされています。何か糸で留めているのですが、糸が凄ーーく長い。ま、長い方がシテにぴったり近寄らなくても留められますけれど。

僧がお弔いをしていると、引き回しが下ろされて式子内親王の霊が現れます。前シテと同じ面なので、「あらいたわしの御有様…」という感じでは無いはずですが、そういわれるとそんな気もしてくるから不思議。
水色の大口に青い長絹で冷え冷えした感じです。
持っている扇がとても華やかな模様で一方が花車、もう一方が雅な花見かな?

優雅に舞います。舞は冷え冷えして、満月の下にいるのか?という綺麗なものでした。解説を読むとシテは姿の醜いことを恥じてまた塚に戻ってしまうという事なのですが、そういう具体的なことを考えているとはとても思えない内親王でした。念仏に引かれて出てきて舞うとふっとまた墓に戻ってしまう。

墓に戻る前に何回も作り物の柱を回りますが、これがとても美しかった。

最後に作り物の中に下居して扇で顔を隠すようにして終わりましたが、面の顔色まで悪くなったように感じたのでした。

シテが橋掛かりの中ほどに行くまで、地謡は扇を構えているものなのですね。淳夫の扇だけが要が外に大きく流れているのが気になりましたが。

大変に満足した舞台でした。定家って良い曲だな、と思ったのですが、これ、下手な人がやったらきわめて退屈でしょうねー。
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by soymedica | 2015-12-27 21:34 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂十二月普及公演 鶏聟 殺生石

d0226702_1704585.jpg国立能楽堂十二月普及公演
2015年12月12日(土)13時より
正面席4900円

解説 白狐の正体 障碍と護法 
大谷節子

狂言 大蔵流 鶏聟 古式
シテ(聟)茂山良暢、アド(舅)大蔵彌太郎、(太郎冠者)大蔵基誠、(教え手)大蔵吉次郎
地謡 大蔵千太郎ほか

能 観世流 殺生石 白頭
シテ 片山九郎右衛門、ワキ 館田善博、アイ 河原康生
笛 寺井宏明、小鼓 幸正昭、大鼓 亀井広忠、太鼓 梶谷英樹
後見 味方玄、梅田嘉宏
地謡 山崎正道ほか


もう丸一週間も前の事なのでだいぶ忘れてしまった。簡潔に。
解説の大谷節子先生はいかにも学者さんという感じの紺のスーツのスレンダーな方。
最近は14世紀に生きた玄翁の研究が進んでいるそうです。玄翁は曹洞宗の普及に力を尽くして秋田から鹿児島まで寺を建てたのですが、その寺々には必ず不思議な伝説があるそうです。化生の物がいるとか、自然現象の変異など。
山岳信仰の対象となっている山のふもとに寺を作ったこと、それに関連して修験道に拘わるものの信者が多かったこと、さらには鉱山労働者や手工業などの職能集団を信者として獲得していったこと、などがかさなり、次第に曹洞宗から異端視されていったそうです。

などなどの能の解説に加え、今回は鶏聟の解説も。中世というのはお作法が庶民に広まる時代、そのお作法に関するハウツー本もできたような時代だそうで、そこから滑稽な聟入りものが生まれたとか。この鶏聟は蹴鞠の庭の設定や家に上がらず遠慮する設定などがとても良くできている話です…と言われたのに鶏聟、ほとんど寝てしまいました。

聟殿がハート模様の長裃だったのが面白かったけれど。


殺生石はspectacular で好きな演目。大きな石が割れるところが(若干桃太郎みたいではあるけれど)好き。
出だしの館田の謡が良くて期待が高まります。
那須野原に着いて、上を飛ぶ鳥が落ちてしまう不思議な石をみつけます。ここのアイとの問答のタイミングが悪いなー、などと考えていると怪しい女登場。「その不思議な石は那須野の殺生石です」と教える。若干声が涸れているけれど、さすが九郎右衛門、上手です。

このアイの河原康生、九州で活躍されている方だそうでたぶん初めて観ますが、アイ語りは今一つでした。間の取り方が良くなのかな。

能力が玉藻前伝説、殺生石伝説を語り終えると、囃子が何事かを期待させるようなテンポの良い調子を奏で、ワキがお経というよりもっとわかりやすい謡を唱え始めます。ここも玄翁の館田、役になりきっていて上手。
石が割れて九尾の狐登場。頭に載せた狐の9本のしっぽの先が赤くて花びらのよう。

後見の味方玄が蔓桶を出したりひっこめたりしているのだけれど、やけに息がぴったり合う。同じ京都の同世代なんだなー、としみじみ思わせる。

シテの謡も良いし、地謡も調子よく九尾の狐が討たれる話を語り、楽しませる後場。カケリで欄干に足かけたりと大活躍。

前シテは万媚 銘 化生 近江作
後シテは泥小飛出
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by soymedica | 2015-12-19 17:02 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会十二月定期公演

d0226702_20523092.jpg銕仙会十二月定期公演
2015年12月11日(金)18時より@宝生能楽堂

景清
シテ 浅井文義、ツレ 観世淳夫、トモ 谷本健吾、ワキ 宝生閑
笛 一噌仙幸、小鼓 曾和正博、大鼓 柿原崇志
後見 浅見真州、北浪昭雄
地謡 観世銕之丞ほか

狂言 禁野
シテ 山本東次郎、アド 山本泰太郎、山本則重

巻絹
シテ 鵜澤光、ツレ 安藤貴康、ワキ 館田善博、アイ 山本凛太郎
笛 一噌隆之、小鼓 幸正昭、大鼓 亀井洋佑、太鼓 大川典良
後見 観世銕之丞、永島忠侈
地謡 清水寛二ほか


十二月とは思えない暖かい毎日。でも、日の落ちるのは早い。

源平合戦の後日談の景清。好きな曲です。銕之丞の解説では、銕仙会としても大切にしたい曲だそうです。
まず藁屋が大小前に出され、景清の娘人丸と従者が登場。この次第が全然合わない。淳夫の基線のぶれる謡を誰か何とかしてあげないといけないと思う。誰かの謡を思い出させるな、と思ったがワキ方の村瀬の謡に似ている。
だんだんイライラしてきたところで、「松門独り閉じて…」と綺麗な謡が聞こえてきてホッとする。浅井は地味な感じの人ですが、ここ何回か観た感じではとても上手で楽しめる舞台でした。

シテとトモの会話は会話になっているのですが、ツレとはちょっとかみ合わない感じ。役者が「やりにくいな」と思っていると見所にも伝わるものですね。
「景清を知りませんか」と尋ねられ、零落の身を思って「そんな人は知らない」と返事をする重要な場面なんですが…。

ま、ともかく諦めた二人は地元の人に景清の行方を聞いてみます。宝生閑の里人。もともと顔色の良い人ではありませんが、ますます色白で、かつ息が続かない。装束をつけて舞台に出て来るだけでやっとなのではあるまいか。ファンとしては嬉しいけれど、初めて能を見る人はびっくりしてしまうのでは。今回屋島の語りを促した後、切り戸から出て行ったのも演出ではなく、閑の体調をおもんばかってのことでは無いのか…。

それはともかく、「景清はあの藁屋の乞食ですよ」と里人が景清を呼び出す。昔の名前を出されてカッとなった景清ですが、心を鎮める。この「眼こそ暗けれど…寄る波も聞こゆるは」
のところで、藁谷の柱にすがる型をしたのが印象的でした。

美しく成長したであろう娘を「御身は花の姿にて」というところも聞かせます。
促されて屋島の合戦の語りをします。地謡がとても綺麗。
錣引きの所のシテのしぐさが美しい。

自分のもっとも盛んだったころの話を直に聞かせることができた父は、娘に帰れと促します。娘の肩に手を置いた父の姿を橋掛かりから見守る従者。
最後に父は胸の前まで手を上げますがしおらない。こういうやり方、好きです。

最後、一噌仙幸が立てるよう後ろから隆之が介助していました。笛や太鼓の人は大変ですよね。もっと若いシテ方が座椅子使うのですから、一噌仙幸くらいの年になったら遠慮なく使って長く舞台を務めてほしい。

面の景清は鈴木慶雲作、ツレは小面で銘「閏月」。


禁野。初めての演目です。山本一家の装束の色合わせ、どうも不思議な感じがします。可笑しいかというとそうではないのですが、伝統的な組み合わせなのかな。殺生禁断の禁野、そこで毎日雉を狩る不届きな奴。しかも、禁野の謂れは古くは推古天皇の時代に遡り、雉の化鳥が鷹を殺し云々などと言いだすので、いたずら者がとんちを聞かせて懲らしめる、という話。ほほー、そうきたか、という筋なんですが二度見ようかと思うとそんなに見せ所も無い話だし、あんまり上演されないのも納得できる。


現代の感覚からすると風流というよりシュールな筋書の巻絹ですが、割と好き。三熊野に巻絹を奉納する都からのお使いが、道中音無天神で梅の香に誘われ和歌を詠み、遅参してしまう。罰せられようとするときに音無天神の憑いた巫女が現れ、男の読んだ和歌に下の句を読んで遅参の理由を証明し、ほめたたえるというもの。
ここでなぜに下の句をつけることが男が上の句を詠んだ証明になるのかよくわからないのだけれど。

前の景清に比べ構成が若いので元気の良い囃子で始まります。巻絹を納める都の男登場。安藤は私の基準からするとなかなかハンサムなのですが、きっと髪の毛はこめかみから…。謡はきびきびした感じになってきましたが、ことばが弱いかな。
私のクラスメートでNHKに勤めた人がいて、発音が安藤そっくり。TVに出ている最初のころはそのままの発音でしたが、ある日、本職のアナウンサーのような発音になっていてび
っくりしたのを思い出した。あれはボイストレーナーについたのかな。

閑話休題。都から三熊野への道は長いらしく道行が長いのだけれど、その間歩いてみたりせず、ずっと常座にいる。もう少しリラックスした感じでやっても良いような気がするけれど、劇中の男の性格上、そうもいかないんでしょうね。
真面目にやっているのだけれど、そして信心深いのだけれど、遅参してしまう…。

遅刻を怒った勅使が男を縛り上げてしまうと、神様の憑いた巫女がやってきて「せっかく私に歌を捧げて私を苦しみから救ってくれた人をなぜ縛るのか?」と。この巫女というのがいささかアンドロイドめいた美女。装束の着付けでいかり肩に見えるので余計。

神様は縄を一撫でするとほどけるかと思いきや、そんなに神通力があるわけではないので、和歌のやりとりがあったりします。
鵜澤光って実にうまいと思う。
それと、後姿が綺麗。烏帽子から背中にかけてのラインが良く見える席だったのですが、装束の着付けが良いのと本来の姿勢が良いのとで、ほれぼれします。

後半は地謡で舞を見せるのが主眼となります。地謡なかなか良かったと思うのですが、文言が非常に難しい。わからなくても別に筋とは関係ないのですが、謡本を買ってみればよかったか。(ちなみに今調べたら2014年の国立能楽堂パンフレット366号に観世流の詞章がありました。)
満足しました。

面は増髪 谷口明子作。
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by soymedica | 2015-12-14 20:53 | 能楽 | Comments(0)

能への扉 葵上

d0226702_21442769.jpg能への扉 葵上
2015年12月5日(土)14時より@銕仙会能楽研修所

解説 中司由紀子
舞囃子 小袖曽我
観世淳夫 観世銕之丞

葵上 梓之出 空之祈くうのいのり
シテ 谷本健吾、ツレ 鵜澤光、ワキ 宝生欣哉、ワキツレ 大日方寛、アイ 山本則秀
笛 八反田智子、小鼓 観世新九郎、大鼓 亀井広忠、太鼓 小寺真佐人
後見 観世銕之丞、浅見慈一
地謡 浅井文義ほか計6人


15分ほど前についたのに、もう下駄箱の空きがほとんどないという盛況。見所もぎっしり。収容人員250人だそうだけれど、下駄箱は250あるのかな、今度数えてみよう(相当怪しい客だね)。

劇場ではスマホは電源から切りましょうね、皆さん。
(たしか上演中にLINEやっている人がいてびっくりしたのもこの会場。何だか客を自由にふるまわせる雰囲気があるのもここの会場の良いところではありますが。)

解説の中司由紀子さん登場。国立能楽堂のプログラムの解説をよく書いていらっしゃる方。こんな利発そうな若い女性とは。今回のパンフの説明も上手だなと思ったらこの方でした。
小書きの説明など、実際の舞台に即した説明が良かったです。


まず小袖が正先に。本日の葵上は黄色のお着物。
登場したワキツレの大日方、葵上がご病気なので、と囃子無しで語り始める。この出だしが結構好き 。
照日巫女登場。一言も言わない前にこの演者は女性だ、とわかるのはなぜだろう。

御病気の葵上のそばで照日巫女が祈祷していると、橋掛かりに女登場。この面が何となくおでこが広くて受け口でおどろおどろしい。しかもそれが橋掛かりで泣くのだから恐ろしい。
シテ、ツレの同吟で口寄せの様子を表しますが、なかなか聞かせました。
そして御息所の霊である怪しい女は葵上に扇を投げつけ、衣をかづいて退場。哀しさよりも恐ろしさを主眼にした演技でした。

皆はこれはまずいと、横川聖に祈祷をお願いします。しかしその聖も葵上にまとわりつく邪気にハッと驚くほど。と、鬼登場。面を般若にするだけでなく、装束を緋の長袴に代えるのは小書の空之祈ゆえだそうです。衣を被いて一の松で様子を伺っています。
その衣を落として後ろに長く伸ばした髪を掴むのですが、若干つかみにくかったのかな。こういうところ意外に気になります。

そして、前場でツレにたいして思ったのと同じ、なぜ面をつけてこの装束、しかも声を出さないのに演じているのは男性だとわかるのかなー。
最後に怨霊は去っていくのですが、解説にあるように心をやわらげ成仏する、というよりすごすご退散するような。そしてみんなで一定の間隔で演者は橋掛かりを帰って行くのでした。シテが完全に幕に入ってから残りの人たちが帰る方が良いのじゃないだろうか。ここも何か演出があるのか、習慣なのか。

最後に後見が葵上を片付けるところをみていたら、葵上はかなりパリッとした感じでした。新品かな。

6月には望月をやるそうです。息子さんが順調に成長しているのでしょうね。楽しみ。
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by soymedica | 2015-12-09 21:45 | 能楽 | Comments(0)

第72回野村狂言座 八幡前 川上 米市

d0226702_2154438.jpg第72回野村狂言座
2015年12月3日(木)@宝生能楽堂
正面席7000円

解説 野村萬斎

八幡前
聟 三宅近成、舅 三宅右近、太郎冠者 高澤祐介、教え手 三宅右矩

川上
夫 野村万作、妻 野村萬斎

米市
太郎 石田幸雄、有徳人 深田博治、通行人 高野和憲、竹山悠樹、内藤連、中村修一、飯田豪、岡聡史


満席に近い。結構良い席が取れたのはラッキーでした。
萬斎の解説はきちんと曲の背景や筋立てを追って話すもので、至極普通。
パンフレットの解説がなかなか充実。
パンフレットと言えば外側に伊藤通彦さんという面打の方の一文が。楢山節考で使われた烏面の話なのですけれど(おそらく楢山節考のパンフレット印刷に間に合わなかったのでは)、大変に深い内容ですので、手に入る人は是非ご一読を。


八幡前。以前に善竹家で観ています。パンフレットにある「いかばかり神も嬉しとおぼすらん八幡の前に鳥い立ったり」は大蔵流の文句なのか、野村家は「神も嬉しく」「鳥い立てたり」と読みます。
三宅近成はやたらに声が大きいのですけれど、このバカ聟が妙にぴったりくる。三宅一門は皆ハンサムですが、後見の前田、太郎冠者の高澤、苗字からして親族では無いようですが、これもまたハンサムだなー。


お目当ての川上。前に万作&石田で観ているのですが、全体から受ける印象は今回の方がひょうひょうと演じられています。万作の一つのテーマである曲と萬斎も解説していましたが、色々工夫を重ねているのでしょう。

さて、この夫は十年前に失明してその後結婚したらしい。吉野の里の川上の地蔵まで一晩おこもりに行くのですけれど、盲人が一人で出かけられるというのは治安が良かったんですね。途中で躓く演技、びっくりしました。当たり前ですが突然躓いて転びますから。

おこもりで左右の人に話しかける演技。周りにたくさんの人がいるのが見えてくるよう。

今改めてこの曲が立った二人で演じられるものであったことにびっくり。もっとたくさんの人の出てくる濃い舞台だったような印象が残りました。

結局ご利益で目が開いたのに、「妻を離縁せよ」というお告げに従わなかったばかりにまた盲目となってしまう夫。最後の謡が良かったです。

萬斎の解説では、「この夫と妻をどの程度の年齢の役者が演じるかで最後の印象も変わる」とのことですが、確かにそうかもしれない。


年の瀬にふさわしい米市
歳暮をくれるのを忘れている有徳人に控えめに催促する太郎。「おお、そうじゃった」と小さな米俵と綺麗な小袖をくださる。
一寸浮かれて帰る太郎。まるで女性を背負っているかのように見えるので、有徳人が「俵藤太の娘米市御寮人の里帰りだ」。太郎もそれに乗って、声をかけてきたボンボンの一団とやりあう。
最後は「これは俺が大事の年取りものじゃいよー」と米俵をかかげて言う。パンフレットにあったような哀感よりも、これを持って帰って妻子と年を越そう、というほのぼのした感じが伝わりました。
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by soymedica | 2015-12-08 21:07 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂企画公演 十一月 清水座頭 竹生島詣 経正

d0226702_1122795.jpg国立能楽堂十一月企画公演 平家と能
2015年11月28日(土)13時より
正面席5700円

狂言 和泉流 清水座頭
シテ(座頭)野村萬斎、アド(瞽女)高野和憲

平家琵琶 竹生島詣
今井勉

能 金剛流 経正 古式
シテ 今井清隆、ワキ 高安勝久、アイ 深田博治
能 槻宅聡、小鼓 幸正昭、大鼓 川村眞之介
後見 広田幸稔、今井克紀、田村修
地謡 金剛永謹ほか


清水座頭、数か月前に萬と万蔵で観ています。同じ野村家だから細部まで同じはずなのに、誰がやるか、誰と組み合わせるかでずいぶん味わいが違いますね。どっちが好きかと言われると困りますが、今回の組み合わせも結構良かった。

この瞽女はどうも中途失明らしい。座頭のせりふが身もふたもない。「2代続いてめくらもなかろうから、妻を貰って子供をつくり、楽しよう」。ちょっと前まではこのセリフを聞いて「それはもっともだ」と思う家族関係、社会状況があったのだけれど、若者よ、わかるかなー。

「平家」ちょっと書き取って見ました。
柳も一の谷の合戦敗れしかば源平互いに入り乱れ 向かうものの頤を切らるるものもあり、逃ぐる者の踵(きびす)を切らるるものもあり
忙わしき時のことなれば踵をとって頤につけ、頤をとって踵につけたれば
生えうずこととて踵に髭がむっくりむくりと生えたりけり
冬にもなれば切れうず事とて頤に皸(あかがり)がほかりほかりと切れたりけり

高野の小歌は閑吟集からだそうで
地主(じしゅ)の桜は散るか散らぬか
見たか水汲み
散るやろ散らぬやろ嵐こそ知れ

高野も上手い。


そして平家琵琶の竹生島詣ですが、渋すぎて良くわからなかったけれど、音を延ばすところに特徴がありますね。狂言の「呼声」で「では平家節で呼ぼう」という時のあれでした。


あらすじはどこかで読んだことがある経正。優雅な公達で寺(仁和寺)に育ち、琵琶を愛した経正が、追善供養に幽霊となって現れる。前半は僧侶たちに愛された琵琶を愛する優雅な青年だが、後半武骨な武将となって修羅で苦しんでいる姿を見せる。それを恥じて消えていく、という話。
と言っても最初から最後まで経正は武士の恰好ですが。

まず正先に小さくてきれいな台が出されます。これは「古式」で実際の琵琶を使うからでしょう。
狂言口開けもこの小書きの時だけらしいです。琵琶の名器青山を経正が仁和寺に返したいきさつや、経正のための管絃講をするので管絃の役者を呼び集めるなどして、後見から琵琶(実際の琵琶です)を受け取って台に置きます。観客の座っている方が祭壇となるので、さっきの今井の持ち方とは逆になります。

行慶が琵琶の前に座り法事を始めます。高安勝久の僧は本物っぽい。この人金剛流の
ときに良くお見かけしますね。
地謡がとても厚い。気に入りました。

早くも経正の霊登場。しぶい銀色っぽい色調の装束が綺麗。出だしの謡の詞章が綺麗です。風枯木(こぼく)を吹けば晴天の雨、附き平沙をを照らせば夏の夜の…
出典はなんでしょうね。

行慶と見え隠れする経正の霊が言葉を交わします。地謡が、経正は若いころから礼儀正しく、風流を知り、と謡うと、アイが行慶に琵琶を渡し、僧は手向けの琵琶を弾き始めます。ここから先クセから「あら名残惜しの夜遊やな」までとても風流な言葉が続き、経正も綺麗に綺麗に動きます。クセの所がとても面白かった。
琵琶は途中でアイが受け取って台に返します。

カケリがとても重々しくて意外でした。後半の瞋恚のありさま、あんまりピンときませんでしたが、何回も見ると前半との対比が面白くなるのだろうか。

そういえば、最初は台だけ持ってきた後見ですが、最後は台と琵琶と一緒に引きました。不安定…。


面は十六。
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by soymedica | 2015-12-06 11:23 | 能楽 | Comments(0)