<   2015年 11月 ( 6 )   > この月の画像一覧

万作を観る会 千鳥 楢山節考

d0226702_16125341.jpg万作を観る会 楢山節考
2015年11月25日(水)@国立能楽堂
正面席10000円

狂言 千鳥
太郎冠者 野村萬斎、酒屋 石田幸雄、主 岡聡史

小舞 鮒 
野村遼太

狂言 楢山節考
原作 深沢七郎、脚色 岡本克巳、演出 野村万作
おりん 野村万作、辰平 深田博治、けさ吉 高野和憲、又やん 月崎晴夫
又やんの倅/雨屋 中村修一
村人 石田幸雄、岡聡史、内藤連、飯田豪
子供 大塚有紗、梶原元煕、坂井海帆、島崎壮一郎、谷本沙羅、林健太郎
語り手/鳥 野村萬斎


千鳥はあの手この手でつけの溜まった酒屋から酒樽をまたもやつけで買おうとする太郎冠者の話。萬斎も上手いが、それを受ける酒屋の石田がまたとぼけた味。何だか前に見たのと違うぞ、と思ったら今まで見たのは大蔵流だった。


小舞のは足遣いが面白い。流れ足だけはわかったけれど他にも名前がついているのか。


さて、休み時間の後は今年最大の呼び物、楢山節考。前回の上演は昭和32年、58年ぶりの再演だそう。会場を見渡しても両方見ていそうな年齢の人はほんの少数。それを考えると万作って凄い。
前回の録画はどこかに残っているのだろうか。

まず、村人が4人橋掛かりに座る。笛と太鼓が地謡座に。前回上演のときにはしきたりがやかましくて能の囃子方の協力が得られなかったそうだ。
切り戸口から出てきた萬斎が、おりんの村の姥捨のしきたり、おりんの家族の状況について朗読し、退場。

村人たちがおりんの長寿を冷やかす謡を謡う中を、万作登場。真っ白な髪の毛に真っ白な皺だらけの老婆。現代の70歳では無くて江戸時代の70歳(今、あのような風貌の老人はたいてい90歳を越えている)。その後ろから息子が「まだお山に行くのは早いのではないか」と言いつつやって来る。
孫のけさ吉は村娘を妊娠させているので口減らしのためにおりんにさっさと山に入ってほしいので憎まれ口を叩いて辰平にどやされる。

本舞台は今、おりんの家。目付柱にはどうやら神棚があるらしい。村の人に大樽で酒をふるまいながら「お山」に行く時の作法が伝えられる。
この、「作法を伝える」にも「作法」があるのだが、そう言う小説の細部まで忠実になぞっている。
そして息子辰平は泣く泣くおりんを背負って橋掛かりから楢山へと出て行く。

ここから本舞台は楢山に。カラスと思われる真っ黒な鳥が登場して蔓桶に立って様子をうかがっていると、今年70になった又やんが息子に背負われて登場。楢山行きが納得できない又やんは頂上に行く前の七谷で突き落とされてしまう。

次にやってきたのは息子に背負われたおりん。頂上につくと雪が降ってくる。母親を諦めきれない息子は、せめて御山行きには縁起が良いと言われている雪が降ってきたことを喜ぶ。
カラスがおりんに白い着物をかぶせると、切戸口から子供が6人やってきておりんの周りでわらべ歌を歌う。ここからは雪の中にいるおりんの回想と幻覚。
おりんの長寿をからかう孫。70にもなって歯が丈夫なことを恥じて自分の歯を石で欠いたことを思い出すおりん。

そうこうするうちにも雪は降り続き、作法を破っておりんの様子を見に来た辰平は雪を喜んで帰っていく。
おりんも白い衣をかづいで退場するのだけれど、受ける印象としては舞台に降り積もる雪に埋もれて行ったのだな、と感じられる。
最後にすべてを見届けたカラスがひと声鳴いて終了。

悲惨な話ですけれど、おりんの誇り高さが印象に残る話です。

原作も名作だと思うし、演出が秀逸。キーとなる息子役の深田博治が非常に良かったです。
こういう古典の基礎の上に立った演劇が今できるのは万作家と茂山家ではないだろうか。

堪能しました。観に行って良かったと思える今年一番の舞台でした。
[PR]
by soymedica | 2015-11-29 16:16 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂普及公演 十一月 栗燒 小鍛冶

d0226702_1705813.jpg国立能楽堂十一月 普及公演
2015年11月14日(土)13時より
正面席4900円

解説
剣の遺徳 狐の霊験 三浦裕子

狂言 和泉流 栗焼
シテ(太郎冠者)野村万作、アド(主)月崎晴夫

能 観世流 小鍛冶 白頭
シテ 上田貴弘、ワキ 野口能弘、ワキツレ 野口琢弘、アイ 竹山悠樹
笛 一噌隆之、小鼓 清水晧浩祐、大鼓 山本哲也、太鼓 前川光範
後見 武田尚浩、上田公威
地謡 武田宗和


まずは三浦先生の解説。真面目そうな方である。
相槌を打つ、とかトンチンカンは鍛冶から来た言葉である。そう言われてみればそうですね:上手く相槌が入ればトンテンカン、下手糞だとトンチンカン。
また、剣は戦いの道具と言うよりもそれを持つものを庇護する、持つものの神聖性を保証するシンボルとして捉えられていたということを、古事記の実例をひいて説明。さらには剣に銘を入れる(今回も小鍛冶と狐の銘が入る)と、鋼の強さが低下し、実用品としてよりも象徴性の高いものになると考えられていたそうです。

さて、鍛冶の守り神とされている稲荷明神ですが、穀物の神でもあり、五人の神の統合されたものだとか。神仏習合の考えでは稲荷はダキニ天と同一視されており、そのダキニ天の乗り物が狐であったところから、稲荷明神の使いは狐であり、次第に明神と狐が同一視されるようになったそうです。

小鍛冶は小書き無しの時には赤頭で上演され動物的イメージの演出、白頭では聖性が強く成熟した演出に、黒頭の小書きでは物の怪の要素が強くなるそうです。

小鍛冶の最後に部分の謡には一から五の数字が読みこんであり、最後の「五穀豊穣」を願うおめでたい曲となっている、など有益な知識が一杯のお話でした。


栗燒は、到来物の栗をお客様のために焼いているうちに我慢しきれなくなって全部食べてしまう話ですが、栗を一つ、二つ、と食べてしまう仕草、奇想天外の言い訳(かまどの神が子供連れてきたので差し上げました)など、太郎冠者の語りで見せる話。万作の芸を堪能しました。
雙葉の生徒さんが観ていましたが、学校観劇でこれが観られるなんて幸せだなー。
大蔵流とちょっと食べ方が違ったりして興味深かった。


小鍛冶はあらすじだけ聞くと到底面白いとは思われない話:一条院の霊夢で刀を打つように命令された小鍛冶は相槌を打つものがいないので伏見稲荷にお祈りに行くと、老人(小書き無しの時には童子)が心配するな、と言って消える。うちに帰った小鍛冶が準備をしていると霊狐が出てきて相槌を務める。
しかも前場では社殿の老人が刀にまつわる中国や日本の話を延々とする、というのですから敬遠していたのですが、スペクタクルで面白い曲でした。

まず囃子も何もなしにとことこと一条院のお使いの野口琢弘が出てきて口上を述べます。そして小鍛冶の能弘に刀を打つようにと伝えます。
これは困った、と氏神の伏見稲荷にお参りに行くと、老人が出てくる。初めて見るシテで、1957年生まれ。関西で活躍している人の様です。割と背が高い。
そして謡が解りやすいのだけれど、日本武尊の話(やまとだけ日本武と謡う)などは全部地謡が謡う。地謡もなかなかでしたが。
関西のシテ方って、関東のシテ方よりも演技がさっぱりしていてもったいぶったところのない人が多いような気がする。

さて、ここでシテが引っ込むのはともかく、なんとワキツレを残してワキも帰ってしまう。この後ワキツレは出来上がった剣を受け取るまでやることが無いのだから、この際引っ込んで奥でお茶でも飲んでは如何か、気の毒に。

アイが常座に立って、小鍛冶が剣を打つことを了承した経緯、叢雲の剣の謂れ、などを語り、壇の用意をしなさいと言って退場。竹山悠樹はアイ語りもそつなくこなします。

しめ縄を張った一畳台が正先に出されます。そして衣服を改めた小鍛冶宗近がいったん後見座に行きます。そしてノットと共に壇に上がり幣帛をささげます。ワキ方の野口能弘は若くて元気が良い人なので、こういう役では力強さが生かされてとても楽しい。
笛方の後ろに座っている若者は何だ?と思ったらワキ方で、小鍛冶が片袖脱ぐのを手伝います。

と、ここに金と白の装束の白頭の狐登場。頭には大きな狐の作り物が。作り物は大きいし、シテもワキも二人とも割と大きな人なので、一畳台の上で二人で剣を打つのはなかなか大変そうです。
このシテ、座ったままで向きを変えるのがちょっと辛そうですね。どこか痛いのか、装束の滑りが悪いのか。

最後に勅使に狐が刀を捧げる。助手じゃなくて小鍛冶が献上するべきでは?でも、助手の方が神様だからこれで良いのかな。

狐は幕に駆け込むのかと思ったら三の松で留めました。
めでたしめでたし。


面は前シテが友水の小牛尉、後シテが牙飛出

この本が面白かったです。
演目別に見る能装束Ⅱ 観世喜正・正田夏子 淡交社 
[PR]
by soymedica | 2015-11-23 17:03 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期能 十一月 巴 苞山伏 唐船

d0226702_10414418.jpg銕仙会定期能十一月
2015年11月13日(金)18時より@宝生能楽堂


シテ 浅見慈一、ワキ 野口能弘、ワキツレ 則久英志、館田善博、アイ 山下浩一郎
笛 杉信太朗、小鼓 田邊恭資、大鼓 佃良太郎
後見 浅見真州、鵜沢久
地謡 馬野正基ほか

苞山伏
シテ(辺の物)小笠原匡、アド(山人)河野佑紀、小アド(山伏)野村虎之介

唐船
シテ 大槻文蔵、ツレ(唐子)鵜澤光、観世淳夫、子方(日本子)長山凛三、馬野訓聡、ワキ 宝生欣哉、アイ(船頭)能村晶人、(太刀持)河野佑紀
笛 藤田次郎、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 亀井忠雄、太鼓 三島元太郎
後見 観世銕之丞、清水寛二
地謡 山本順之ほか


は最初に辰巳満次郎で見て好きになった曲。次に見たのはちょうど昨年の今頃、観世淳夫のシテ。こちらはまあ、それはそれなり。
で、本日はなぜかワキと囃子、アイがやけに若い構成。

出だしから小鼓と大鼓の掛け声のコンビネーションが何だか宜しくない感じ。
木曽からやってきた僧の一行らしいが、旅をしている坊さんにしては何だか凄く元気が良い。若者の旅行。

と、なかなかきれいな女性が泣きながらお参りをしている。当然声をかけます。女は(私には)わけのわからない意味深な返答しかしない。でも、さらに突っ込むと木曽義仲の名前が出てくる。
そして私は幽霊なのよ、と言って消えていく。

前場では「巴」の名前は出なかったようなのだけれど、どういうわけか僧たちはあれは巴らしいとちゃんとわかっていてここで何が起こったかを里の人に聞いてみます。このアイ語りだと、義仲の首を取ったのは「石田次郎」という人らしい。初めて知りました。

さて、僧たちは巴をねんごろに弔うのですが、この上歌、同吟のところで急にテンポが遅くなる。ちょっと気になりました。

巴の何が面白いかというと、前半のしっとりした雰囲気と、後半の長刀の芸を見せるところ。長刀振り回すと言ってもあくまでも女性ですからその辺は優雅に。義仲のもとに駆け戻った時の演技はもうちょっと派手に悲しんでやってほしかったけれど。

落ちて行く時には烏帽子を笠に変えるのですが、一の松で笠をかざすストップモーションがとても印象的でした。
考えてみると後シテの装束は白装束みたいだった。

面は増女(洞水)。


苞山伏。昼寝している人の苞に包んだ弁当を盗んで食べてしまった通りがかりのもう一人。罪を傍で昼寝していた山伏に擦り付けようとして、山伏に祈り倒されてしまう話。山伏の祈りに効能があるのはこの話だけではないだろうか?!それはともかくツイッターでも話題になっていたが、あの苞には何が入っているという想定だったのだろう。食べ方が明らかに握り飯ではないけれど、最後にほじくって食べるところは米とか豆とかが入っていそう。

それはともかく、最後に苞を盗まれて怒った辺りの者が棒の先に鎌を括りつけたものを振り回す、そのさばき方がとても上手だった。


唐船はよく話には出て来るけれど、上演回数は少ないのだそうです。オリジナルでは唐子も子方なので、4人子供を同時にそろえるのが大変だからでしょうか。なかなか興味深い話ですが。パンフレットの竹本幹夫の解説が時代考察など詳しくて面白いです。

囃子が始まったところでハッとする。巴の杉の笛も良かったけれど、こちらには一日の長があります。
宝生欣哉の箱崎某と太刀持ちが出てくる。太刀持ちはさっきの河野なのでとても忙しいですね。装束は同じではないだろうか。箱崎は十年唐土(もろこし)の人を留め置いているのだと述懐し、今日も牛馬を曳く仕事をさせようと言います。

と、中国人の船頭が船を橋掛かりに。緑の立派な舟です。太い帆柱を建てています。見ていると囃子の演奏と共に唐子が出てきてこれに乗ります。父親を取り戻しに贈り物をもって箱崎に行くらしいのですが、鵜沢光と観世淳夫の謡がひどく合わない。最初は音程が合わないのかと思っていたけれど、そもそも節回しが違う。違う節付けで謡っているよう。(わたしには鵜澤光の謡の方がまともそうに聞こえたけれど)。

やっとこの謡が終わって安心していると、船頭が常座で中国語でなにやら述懐。でもこの船頭はバイリンガルなので、ちゃんと太刀持ちに要件を伝えます。
祖慶官人の二人の息子が宝物(身代金)を持ってやってきたと聞いた箱崎何某は二人の子供を招き入れます。この間船頭は帆柱を抜いて舟を壁に寄せます。何某に挨拶した二人は後見座へ。

高位のものを牛飼いに使っていた箱崎何某は、これはいかん、官人には裏道を通って衣服を改めさせ、何をさせていたかは子供には内緒だぞ!と(本当の悪者なら官人を殺してしまうのでしょうが)。
官人を呼ぶと、太刀持ちは退場します。

祖慶官人が二人の可愛い子供(ちょっと前に流行ったソース顔としょうゆ顔の二人)に唐土の話をしながら帰ってきます。唐は日本とは比べ物にならない素晴らしい国だよ、と。「苦しい生活だがこの二人が生きがいだ」。
帰宅すると二人の子供が迎えに来たと聞かされ、信じられない官人は沖を見て「確かに自分の舟だ」と、喜ぶ。どうやら唐子の名前はソンシ、ソイウと言うらしいです。

対面前に肩をおろし、被り物も立派に(後ろが長くなるのですが、あれは何というのでしょうね)、扇を持ちます。さてここで、舞台には大小前の官人の右手に唐子二人、左手に日本子二人と綺麗に並びます。
船頭がやってきて「風が良いから早く船に載れ」と、「じゃあ、(貰うものも貰ったし)帰っていいよ」と箱崎何某。

子方が「パパ僕たちも連れてって」と行くと、ここでワキは「日本で生まれたこの二人はこっちの財産だから残して行け」。確かに貴重な労働力。
一方唐子は「風の良いうちに船へ」と。
進退窮まった官人は身を投げようとすると、さすがに箱崎何某は「じゃあ、皆行って良い」。
ここまでのシテと子供たち、舞台上での位置取りが見事に展開して楽しい。

ここで船頭が脇正面に船を持ってきて帆柱を建てます。奥から唐子、日本子と乗ります。後見座で法被に唐扇姿になった官人も舳先に載って、喜びの舞を。狭いところで踊るのは確かに邯鄲のよう。
最後の地謡で華やかな帆が上がります。金糸のふちを付けたらどうだろう。謡の最後くらいで下ろしていました。
皆さん船から出てお帰りですが、淳夫クン、船が狭くて姿勢が不自然だったのか、ひどく足が痛そうでした。

観世淳夫に若干ハラハラさせられましたが、面白い曲で満足。

面は作者不詳の木賊尉。素敵なお爺さんの面でした。


ね、日本人妻はどうなったんだろう(ネットで調べたら箱崎物狂という、妻が子供を唐土に探しに行く後日談の能もあったらしい)。
[PR]
by soymedica | 2015-11-15 10:43 | 能楽 | Comments(0)

第二十三回浅見真州の会 杭か人か 野宮

d0226702_17193830.jpg第二十三回 浅見真州の会 杭か人か 野宮
2015年11月10日(火)18時より@国立能楽堂 
A席14000円

仕舞
忠度 安藤貴康
源氏供養 観世淳夫
鵺 小早川泰輝

狂言 杭か人か
野村萬、能村晶人

能 野宮
シテ 浅見真州、ワキ 宝生欣哉、アイ 野村万蔵
笛 松田弘之、小鼓 國川純、大鼓 林吉兵衛
後見 浅見慈一、谷本健吾
地謡 坂井音重


若手三人の仕舞。シテが若いとお師匠筋を呼び、シテが偉いと若手を呼ぶ。

狂言の杭か人か。主人が出かけるとさぼって遊びに行ってしまう太郎冠者。主人がこれに気づいて懲らしめる話。夜道を恐る恐る歩く太郎冠者の萬が、立っている主人を「杭か?人か?」と。萬も能村晶人も物凄く上手くて楽しい。でも、萬が中腰になって長いセリフを言っているのをみると、「本当に元気だな、大丈夫か?」とチラっと雑念が(笑)。


最近読んだ本に「井筒はある程度の技量に達した人ならだれでも演じられるけれど、野宮は人を選ぶ」とありました。その野宮
正面ギリギリのところに黒木(実は竹)の鳥居が立てられ、両側には柴垣の作り物が。
さすらいの坊さんの宝生欣哉登場。正面から見るとあまり似ていない親子だと思っていたけれど、斜め横から見ると頬のあたりが閑そっくり。もちろん謡も似ているけれど。

僧があたりを見渡していると女が登場。寂しい秋の野になってしまう野宮の光景を謡います。9月7日は今でいう10月半ばらしい。
この女の面は何なのだろう。切れ長の目の美人なのだけれど角度によっては凄みが。泥眼か?と思わせるような。人生を嘆いているただの美人ではない、あるときは生霊となってライバルに取りつくような人だったのだな、と感じさせるのは演者の技量なのでしょう。

さて、野村万蔵が出てきて、「それは六条御息所の幽霊だろう」と教えます。この万蔵がなかなか良かった。力が入りすぎて雰囲気を壊すことなく、でもちゃんと聞かせる。

そしてこのアイ語りの後のワキの待謡がしみじみして場を盛り上げます。宝生欣哉は小柄で地味で奇をてらったことが絶対にできない人だと思うのだが、そのイメージが役柄にぴったり。

後シテの御息所の幽霊、トレードマークの車に乗っている様子。これは実際に車の作り物を出す演出も無いではないらしいけれど、そんなものない方が断然良いと思う。

上品ではあるけれどでも諦めきれない様子の序之舞。そしてやっぱり感情が高ぶって破之舞を舞って、鳥居を掴み足を踏み出す。ここの激しさと最後の幕入の静けさの対比も素敵だった。

今まで浅見真州、達者だなと思ってもしみじみ上手いと思ったことは無かったような気がするのですが、今回の舞台は本当に良かった。
[PR]
by soymedica | 2015-11-14 17:21 | 能楽 | Comments(0)

ござる乃座52nd 長光 簸屑 政頼

d0226702_1185111.jpgござる乃座 52nd
2015年11月4日(水)19時より@国立能楽堂
正面席7000円

狂言 長光
すっぱ 高野和憲、田舎者 竹山悠樹、目代 岡聡史

狂言 簸屑
太郎冠者 野村萬斎、主 野村万作、次郎冠者 深田博治

素囃子 盤渉楽ばんしきがく
笛 槻宅聡、小鼓 田邊恭資、大鼓 亀井洋佑、太鼓 小寺真佐人

狂言 政頼せいらい
政頼 野村萬斎、閻魔大王 石田幸雄、鬼 中村修一、内藤連、飯田豪、竹山悠樹、月崎晴夫、犬 金澤桂舟


あんまり番組を研究せずに、この日なら行けるな、と思って取ったのでプログラムを見て新鮮に驚く。

まず長光。ごめんなさい、寝てしまいました。以前観た井上松次郎や万作の物と比べると、やっぱり間の取り方とかテンポが今一つだったような。どこがどうとも言えないのですが。竹山も早く深田や高野のステップに達してほしい。


逆に眠くなる話の簸屑のときにはしっかり起きていました。茶をひくと眠くなってしまう太郎冠者。次郎冠者が得意の小舞を披露しているというのに寝てしまって、鬼の面をかけられてしまう。
茶臼をひく萬斎の手つきを見ていると、茶臼とはおそらく蕎麦屋で先日見たあの石臼のようなものだと想像されます。そして、ぐるぐる挽くときに手がちゃんとほぼ正円を描いているのが凄いな。
自分が鬼になってしまったのが信じられなくって次郎冠者の肩越しに恐る恐る水鏡する太郎冠者のしぐさがおかしかった。
門番にしてください、ダメならお台所の火の番でも…、懇願するところが可愛らしい。この辺りからオチまでは先日の「抜殻」と同じでした。同じように可笑しかった。
これは和泉流にしか無い曲だそうです。


休み時間の後の素囃子。謡や舞がないと、相互の音のバランスがとりにくいのだろうか?何となくピンと来ない若手の演奏でした。次の政頼にも同じメンバーで囃子が入ったのだけれどそっちの方がずっと良かった。


囃子がそのまま舞台に残り、ワキ座のあたりに一畳台が据えられます。博奕十王によく似た話の政頼
近ごろ小賢しいことに人間がナントカ宗に帰依してなかなか地獄にやってこない。空腹に耐えかねた閻魔大王と鬼たちが六道の辻にやってきたのでした。閻魔大王の面(武悪)がそれをかけている石田に何となく似ています。

そこにやってきた鷹匠の政頼を、家来の鬼たちが大王の前に連れてくる。閻魔大王の前で職業の謂れを語るところが興味深い。なんだかんだと言っているうちに、そこで鷹狩の実演をすることに。

萬斎演ずる政頼が左手に載せて出てくる鷹の作り物は世田谷パブリックシアターの製作だそうですが、綺麗に羽を広げる精巧な作り物です。鬼を勢子に、地獄の犬も使って見事鳥を(雄鶏?)を捕まえます。獲殻(鷹の食べ残し)を大王に差し上げると、とても美味しいと大王は感激。それを羨ましそうに見る鬼たちの演技がカワイイ。

大王はうっかりと「なんでもいう事を聞いてやるぞ」と言ってしまい、政頼は娑婆に三年間帰ることに。でも、獲殻はちゃんと大王に差し上げると約束します。
別れを惜しむ大王は王様の冠を与えるのでした。


これ、皆お行儀よく囃子が帰るまで拍手を待っていましたが、萬斎や鬼たちが引っ込むところで拍手して良かったんじゃないかなー。
[PR]
by soymedica | 2015-11-08 11:09 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂十月 企画公演 抜殻 松山鏡

d0226702_1426393.jpg国立能楽堂十月企画公演
古典の日記念〈鏡に映るものは〉

2015年10月31日(土)13時より

一調 野守
謡 藤波重孝、太鼓 観世元伯

舞囃子 宝生流 井筒
シテ 大坪喜美雄
笛 竹市学、小鼓 荒木建作、大鼓 白坂信行

狂言 大蔵流 抜殻
シテ(太郎冠者) 茂山千三郎、アド(主) 茂山千五郎

能 観世流 松山鏡
シテ(具生神)武田志房、ツレ(母の亡霊)大槻文蔵、子方(姫)武田章志、ワキ(松山某)福王茂十郎
笛 竹市学、小鼓 荒木建作、大鼓 白坂信行、太鼓 観世元伯
地謡 岡久広ほか


国立能楽堂の催しには珍しく、一調と舞囃が。井筒の舞囃は退屈だった。

抜殻。お使いに行く前にいつもは一杯飲ませてもらえる太郎冠者。今回は主がそれを忘れているようで、さりげなく催促。これは布施無経みたい。で、主人がやっとそれを思い出して「おお悪かった」と何杯も大盃でのませてくれる。主は下戸。ここは素襖落とそっくり。で、酔っぱらって出かけた太郎冠者。お使いに行かずに道の真ん中で寝てしまう。心配して様子を見に来た主人、怒って太郎冠者に鬼の面をかけておく。目が覚め、のどが渇いて清水に行って自分の顔を見た太郎冠者、「鬼になってしまった」と。驚いてうちに帰って、「こんな姿になったけれど、私です。子守でも、なんでもしますから」。脅かして金儲けしようと考えない真面目さ。皆さん、小心者は飲み過ぎないように注意ですぞ!


さて、松山鏡。稀曲だそうで、国立能楽堂初上演だとか。
まず、鏡(台)の作り物が出されます。高さ160センチほどの台に野守の鏡のような鏡がかけられています。きっと流用だな。そして袈裟をかけた姫(子方)が地謡前に、出しおき。
名乗り笛で松山某登場。長裃です。福王、真面目そうで、上手。この人のファンです。三年前に妻に先立たれ、忘れ形見の子が女の子なので別棟に住まわせている。今日は妻の命日だ、と後見座に行って袈裟をかける。この間、子方が母を慕って長い科白を言うのですけれど、これが上手で立派。武田友志の息子さん、2005年生まれだとか。今10歳。

この姫が朝晩なにやら唱えているのは継母を呪詛しているのだと言う人がいるらしい。松山某も後添えを貰う気はあまり無かったけれども、親戚が勧めるので、再婚したと述懐しつつ、持仏堂にいる娘をたずねて何をしているのかと単刀直入に聞きます。

と、姫は「母の形見にもらった鏡、寂しくなったら見なさいと言われたけれど、ほら、母が鏡の中に」。王昭君の話みたいですね。
え、と驚く父が鏡に寄って見ますが見えるのはやっぱり自分の姿。「あまりに山奥に住んでいるので姫は鏡が何たるかを知らないため、写っている姿を母の若いころの姿と思っているのだ」と不憫に思います。
この長い科白や謡をはっきりとしかも感情をこめて聞かせるのは福王茂十郎ならでは。

ここで涙する父。と、母の霊が登場。面は痩せ女、衣装が何となくクリムトの接吻を思わせる柄。
母は正中で蔓桶にかけて唐の陳さんの話をします(というか正確には地謡が謡います)。これは解説によると中国の故事によるものだけれども原典とは逆になったりとか話の混乱があるらしい。
ともかく、再開を誓って別れた夫婦が鏡のそれぞれの半分を持っている。夫は異国で再婚してしまう。それを聞いて涙に掻き暮れる妻の陳のもとにカササギがやってきて、え?、と思っていると鏡の残り半分となりまた鏡は元の通り丸くなった。陳夫人は賢女である、ということ。

唐突に地獄から俱生神がやってきて「帰りが遅い」と母を引き戻そうとしますが、姫の供養によって母は菩薩に、俱生神はそのまま地獄へと帰ってゆく。

と、なんだかワキにも子方にもシテにも義理立てしたような作品ですが、面白かった。この筋の破たんが稀曲となっている理由だろうか。でも、面白かった。
地謡が素敵でした。
大鼓の掛け声が何となく好きになれなかったんですが、あまりなじみのない人のためでしょうか。

中に出てくる、
三吉野の岸の山吹風吹けばそこなる影も散れば散れり

吉野川岸の山吹ふく風に底のかげさへうつろひにけり(紀貫之)
からだと思うのですが、

靡けば靡く款冬の影を誤まつはかなさよ
の原典は何でしょうか。
[PR]
by soymedica | 2015-11-03 14:28 | 能楽 | Comments(0)