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龍の棲む日本

d0226702_112548.gif龍の棲む日本 黒田日出男 岩波新書
2003年3月20日第4刷発行

「精霊の王」の中だったと思うのですが、伊豆の温泉は龍の目や耳から出てくるもので、頭は十国峠、尾は箱根にある龍がいるのだ、という記述があり、何となく気になっていたのでこの本が目にとまりました。

アンコール復刊とありますから、しばらく入手困難だったのでしょう。岩波って出すとすぐ絶版になってあとでまた復刊したりするのですね。そのほうが何か財政的に良いのでしょうか。本屋に出した本は引き取らないのだから、在庫調整とも思えないし、古本屋さんと結託しているのかな(岩波の本は高い)。

さて、これは昔昔の人(おもに中世)は「国土」をどう認識していたのか、ある行基式日本図とは何か、そこに書かれているものは何でなぜそういう構成になっているのかを、古地図や古文書を通して探る話です。要石とは何か、洞窟や湖を結ぶ地底の道、など登場。

十分にエキサイティングな内容だし、なるほどなるほど、と楽しいのですが、本当は新書三冊分くらいの内容を一冊にまとめている感じ。若干窮屈。後半の「竜」の部分に絞ってもっとふくらました話にしてほしかったです、素人としては。たぶんこれがこの人の学者としてのスタイルなのでしょう。

復刊したというのも納得でした。
中世の人の頭の中をのぞいてみたい人へ。
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by soymedica | 2013-12-28 11:04 | 本・CD・その他 | Comments(0)

国立能楽堂十二月定例公演 石神 春日龍神

d0226702_23311779.jpg国立能楽堂十二月定例公演
12月18日(水)18時30分より
正面席4800円

狂言 大蔵流 石神
シテ(夫)茂山あきら アド(仲人)網谷正美、茂山千三郎
笛 竹市学、小鼓 成田達志

能 観世流 春日龍神 天女之舞
シテ 浅井文義、ツレ(宮守)武田友志、(竜女)坂井音隆、坂井音晴、(龍神)坂井音雅、武田文志
ワキ 宝生欣哉、ワキツレ 高井松男、大日方寛
笛 竹市学、小鼓 成田達志、大鼓 安福光雄、太鼓 金春國和
後見 観世銕之丞、清水寛二
地謡 野村四郎ほか


連日の忘年会に無理やり空けた一日。でもさすがにお疲れモードで石神の途中からうとうと。開き直って寝ようと思ったら目が覚めた。
千五郎さん病気療養とのことですが、大丈夫でしょうか。


春日龍神。ぞろぞろ出てきた地謡を見たらすごく豪華。小書きがあるからなのか、シテの格によるのか。囃子が始まると、今日は安福光雄の大鼓がなんとなく私にしっくりこない。いつもこんなだったかな、と思いながら見ていると、ワキ登場。何回か見たが、私はワキツレの高井松男は好きじゃないな。この人、物語に入り込む手助けをしてくれない。動きがギクシャクしているせいか、姿勢なのか。位置を大日方と替えてほしかった。(こんなことシテ方について書くと、お弟子さんと思しき人からヒステリックな反応があるのだけれど、ワキはどうか。)

それはそうと、宝生欣哉の来ている格子縞の着物がオシャレである。

それぞれ手に箒を持った神官登場。明恵上人は何回もお参りしているので神官とも顔見知り。明恵が唐や天竺に行こうとしていると知り、神官たちは一生懸命止めます。実はシテの浅井文義、前に見たとき非常に地味な印象だったのであまり期待しないで来たのですが、わかりやすい発声とてらわない謡でとても良かった。
シテのかけている面、前場も後場も面白い。特に前の尉面はモダーンな印象ですがとても古いものらしいです。

クセのところで、ぞろぞろ4人もお手伝いが登場して何をするのかと思ったら、シテとツレの肩を下しただけだったのでちょっと笑いました。
地もベテラン揃いだけあって、心地よい。

これ、「アイ語りが無いな」と思っていたら、代わりに綺麗な龍女2人登場。面は泥眼だそうですが、泥眼の女って皆美人ですね。明恵上人のために新調したらしいオレンジの地に金色の吉祥模様の長絹で相舞。華やかで息もぴったり。こんな美女に引き留められたら唐にはいかないでしょう。

と、龍王登場。これが笑っちゃうほど大きな龍を頭に載せている。揚幕にひっかかりそう。でも、この小書きだと、龍王はたいして動かないのでOK。いかにも古い龍で苔が生えています、と言う感じの面。ユダヤ鼻です。

龍神も2人登場。こちらの舞は龍女ほど合わせていないのだけれど、おそらくそういうものなのでしょう。
龍女2人、龍神2人で百千眷属を表しているものと思われ、彼らは有難い明恵上人の御法を弔問するためにやってきたという趣向。

皆は明恵上人の入唐渡天を思いとどまらせて満足して帰っていくのでした。

前場の堅実な楽しさと、後場の華やかさ、二種類楽しめて良い舞台でした。


面は
前シテ 友閑作 小尉、後シテ 鼻瘤悪尉、
ツレ 龍女 泥眼、龍神 黒髭

写真は石神幸神社全景。
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by soymedica | 2013-12-22 23:35 | 能楽 | Comments(2)

国立能楽堂十二月普及公演 痩松 夜討曽我

d0226702_8321851.jpg国立能楽堂十二月普及公演
12月14日(土)13時より
正面席 4800円

解説 能の世界と敵討ち 林望

狂言 和泉流 痩松
シテ(山賊)小笠原匡、アド(女)吉住講

能 観世流 夜討曽我 大藤内
シテ(曽我五郎時致)岡久広、ツレ(曽我十郎祐成)武田宗和、(団三郎)武田志房、(鬼王)関根知孝、(古屋五郎)上田公成、(御所五郎丸)藤波重孝、(侍)武田宗典、清水義也
アイ(大藤内)野村万蔵、(狩場の者)野村万禄
笛 一噌隆之、小鼓 幸正昭、大鼓 亀井広忠
後見 野村四郎、武田尚浩、藤波重彦
地謡 角寛次朗ほか


林望先生、袴姿で登場。…「かたき討ち」といえば曽我物、ですね。その他には「望月」とか「放下僧」もあります。ところで望月では盲目の女芸人に扮した未亡人が謡うのがこれまた曽我の仇討。ま、盲目の女芸人の謡うものの定番だったのですね。
そしてなぜ芸人に扮したか、というと古来芸人と言うのは正月の獅子舞のように呼びもしないのに押しかける(推参する)ものであるから、敵の部屋に呼ばれもしないのに入れるのです。(ナルホド。)

そしてアイの「大藤内」ですが、大蔵流ではいつも「大藤内」なので、この小書きは無い、とおっしゃったようなのですが、聞き違いかどうか(前回九皐会のとき、大蔵流で大藤内の小書きがついていたので)。

この曲は切能に分類される、つまり鬼を平定してことほぐ能なのだという解説。それが証拠に最後、「かたじけなくも君のお前におったて行くことめでたけれ」で終わっていますが、これは曽我兄弟は逆賊だからである。とのこと。


狂言は痩松。陽の落ちた山道を一人行く女と山賊のお話。単純なお話ですが、面白い。悪人が本当の悪人ではないところが楽しい曲でした。


いよいよ仇討、夜討曽我です。うーむ、十郎・五郎兄弟、ちょっとお歳ですね。血気にはやる、というよりは重々しい。でも動きにはキレがあります。
団三郎、鬼王もなかなかですが、「ここで帰されるくらいなら刺し違えて死のう」というところが、妙にコミカルに感じられてしまうのは、私がそういう心情のわからない現代人だからでしょう。

さて、団三郎、鬼王に遺書、形見のお守りを渡して討ち入り。この討ち入りの場面は描かれないのでいきなり、大藤内が烏帽子を曲がってかぶり、女の着物をひっかけて慌てふためいて登場。討ち入りの現場に居合わせた恐怖を語って聞かせます。アイ狂言に後見がついているのに初めて気付きました。

さて、討ち入り後半の場面。既に兄は斬られているらしい。十番切りの小書きのあるときほどではないですが、派手な斬り合いの場面。ツレには今風の小顔の人もいるのですが、ああいう装束の時には伝統的(?)体形のほうが強そうです。
お歳に見えた五郎、前転するなど若々しい動きでした。びっくり。
でも最後は女のふりをして衣をかずいて物陰に隠れていた御所五郎丸に捉えられてしまったのでした。

パチパチパチ。
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by soymedica | 2013-12-18 08:34 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演 12月 兼平 法師ヶ母 善界

d0226702_23263161.jpg銕仙会定期公演12月 兼平 法師ヶ母 善界
2013年12月13日(金)18時より@宝生能楽堂
正面席 6000円

兼平 
シテ 柴田稔、ワキ 殿田謙吉、ワキツレ 館田善博、野口能弘、アイ 小笠原匡
笛 一噌隆之、小鼓 幸正昭、大鼓 佃良勝、
地謡 浅見真州ほか

法師ヶ母 
シテ(夫) 野村万蔵、アド(妻)野村万禄
地謡 野村萬ほか

善界
シテ 谷本健吾、ツレ 安藤貴康、ワキ 典久英志、ワキツレ 森常太郎、御厨誠吾、アイ 河野佑紀
笛 槻宅聡、小鼓 観世新九郎、大鼓 亀井洋祐、太鼓 林雄一郎
地謡 観世銕之丞ほか


本日はドームでジャニーズのコンサートがあって、しかも開始・終了時間がほとんど同じだったらしく、大変な混雑の水道橋。
パンフレットの写真(碇潜と巻絹)を見て、先月のことが遠い昔のように思えるような怒涛の年末を過ごしています…。

前に一度金剛流で見たときにピンと来なかった兼平。まず、ワキが登場し、柴舟が出てくる。後見が肩肘はって控えているなーと思ったら、シテの登場とともに出てきて船を抑えて棹を渡します。そんなに緊張して待つほどの事か?

ま、それはともかく、柴舟をあやつる地元の人とは思えないほど格調高い爺さん。旅の僧は乗せてもらいます。かわいそうなことに観世流でもワキツレは乗せてもらえない。
旅の僧を乗せての名所教えが前半の山場なのですが、シテが結構「あちらが」「こちらが」と教えるのに、前の席に座っている旅の僧は前を向いたまんま。ちょっとは名所のほうを向いたらどうだ、と思うのですが。そもそも柴舟によびかける「のうのう」があんまりよくなかったので、私の点は辛い。

どうも初夏に琵琶湖をわたっているという気持ちの良い想定らしいのだけれど、船頭は旅の僧たちがぼんやりしている間に消えてしまう。

幽霊では無い、本物の船頭がやってきて「それは兼平の幽霊に違いないと教えてくれます」このアイはなかなか良い感じ。

そして僧が回向していると、兼平の幽霊登場。僧の夢の中かもしれないし、本当にやってきたのかもしれない。そしてこの武将はそもそも兼平なのか、木曽義仲なのか。乳兄弟として立派に義仲を死なせることができなかった執心が現れたのでしょうね。

兼平の霊は華麗で哀れでなかなか良かったとは思うのですが、特に後場の後のほうは小ぢんまりとしてしまって、あんまり強そうではありませんでしたね。合戦なのだからもう少し舞台が狭く見えるくらいの存在感がある役者のほうがこの演目には似合っているのでは。ちょっと真面目すぎる感じでした。

面は前シテが三光尉 古元休(どこまでが苗字??)作、後シテが霊神 臥牛氏郷作だそうです。


兼平が90分ほどなので、休み時間が短い。
でも、法師ヶ母は私の中での注目の万蔵なので頑張って見る。
しかしですよ、これはいつ頃造られた曲なんでしょうね。外で散々酔っぱらって帰ってきて家で「また飲もう」、そうして翌日反省って、我が家と同じじゃない!
この主人公の奥さんは茂山千作の奥さんと違って「出ていけ!」と言われると、出ていく(千作の奥さんは「私はお義父さん、お義母さんに可愛がられているから出ていく必要ない、あんたが出て行きなさい」と言ったそうな)。

でも、笹担いで奥さん探しに行って無事に会って、奥さん帰ってきてくれて良かったね。
囃子つきなのですが、一度も見たことのない人たちだった。


ちょっとひねったら狂言にもなりそうな善界。前に見たときは前シテ、ツレは面をかけていたので、直面にちょっとびっくり。こちらがスタンダードな演出らしいです。
そしてシテもツレも山伏の格好をしていると物凄く若く見える(もっとも私は最近18歳以上40歳以下は全部同じ歳に見えるのですが)。
元気な囃子(特に大鼓)が意外に邪魔にならずに曲想に合っています。ちゃんと謡が聞こえるように双方配慮しているようです。ツレの安藤貴康の発声ってちょっと特徴がありますね。
シテの謡は「きっちり」という感じでした。天狗だからその方がいかにもという感じで強そう。

天狗たちはひそひそと日本制覇を、でもあくまでも恰好よく相談。座る所作がクール。ちょっと地謡が残念なところがありましたが、十分後半に期待させる展開。
ところで、愛宕山、NHKを連想するのは私が関東人だからか。ネットで検索するとあちこちにあるらしいですね。

アイの能力登場。萩箒に手紙をつけて持っています。これがいつも不思議。手で持たないのは尊い方の手紙に触らない、ということでしょうか。イギリスでも貴族の家のメイドは主人に手紙を取り次ぐときには手袋をして、銀の皿に載せるそうですが。
今回はどうやら嵐は来ないらしいです。

車がワキ座に出されます。これに乗るのはもちろんワキの僧なのですが、ということはこの作り物は下宝生の人たちが作るものなのか?
ワキの声が物凄く良くってご利益ありそう。
この後蔓桶が出されるのですが、それを持ち出す地謡後列のかたが、とても辛そうでした。こういう時には後列の端にはもっと若い人を置いておいた方が良いと思います。

そして、悪い天狗が名乗りをあげて、一瞬恰好よいのですが、あとからあとから僧の仲間の神様が出てきてやっつけられてしまうことに。仮面ライダーかウルトラマンかなにかにこういうシチュエーションあったような。こうなると判官贔屓の日本人は天狗の味方になるのではないだろうか。

何はともあれ、悪い天狗はやっつけられて雲にかくれてしまうのでした。昔のヒーローもののような曲。正義の味方(ワキ)はそれはそれでカッコ良いのだけれど、悪役が一抹の哀愁を感じさせる筋書は日本の伝統なのかもしれない。
天狗たちが若々しくて爽やかな、楽しい一年のしめくくりでした。

後シテの面は大癋見で洞水作とのこと。


追記:シテの谷本さんに教えていただきました。
…能で使う作り物は全て車はシテ方が作ります。車作るのに二時間弱果かかるんですよ。ちなみに古元休は苗字も名前も無いんです。あえて分けるのら古・元休でしょうか。
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by soymedica | 2013-12-14 23:28 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂開場三十周年記念 特別企画公演 釣狐 太鼓負

d0226702_7543355.jpg国立能楽堂開場三十周年記念 特別企画公演 
12月7日(土)13時より 脇正面席7000円

釣狐 大蔵流
シテ(伯蔵主、狐)山本東次郎、アド(漁師)山本則俊
笛 松田弘之、小鼓 住駒充彦、大鼓 大倉栄太郎

素囃子 神舞
笛 藤田次郎、小鼓 鵜沢洋太郎、大鼓 柿原光博、太鼓 大川天良

太鼓負 和泉流
シテ(夫)野村万作、アド(妻)野村萬斎、
小アド 参詣人 井上松次郎・佐藤融・野口隆行・奥津健太郎、祭頭 石田幸雄、舞人 野村又三郎、神子 深田博治・高野和憲、稚児 野村裕基、白丁 月崎晴夫・破石澄元、警固 竹山悠樹・破石晋照


電話かけ続けて結局手に入れられなかったチケット、何とかゲットしました。脇正面のなかなか良い席でしたが、隣と前はどう考えても風邪ひきさん。観たい気持ちはわかるけれど、遠慮してほしいな。

関係者席まで満席の中、釣狐が始まります。囃子が演奏する中、怪しげな出家が登場。伯蔵主の頭巾は白い鶴と黒いカラスの絵がかいてあるように見えました。後から登場した甥は伯蔵主を追い抜いて座ります。後見二人はなんと長袴。
着物の裾、後ろが長くないかな、と思うのですが、足があまり見えると具合が悪いですからね。

さて、甥の家を伯蔵主が訪ねたところで囃子は退場。家にたどり着くまでも、とてもまっとうな出家とは思えない怪しい動きではっとさせられます。数珠を鳴らすのがとても効果的なのですが、休み時間にどこかで見たことのある紳士が周りに解説しているのを小耳にはさんだものでは、和泉流では数珠はならさないのだそうですね。

この怪しい出家、「狐なんか殺しませんよ」と嘯く甥に白状させて、狐を殺すことがなぜまずいかを「殺生石」の話を引き合いにコンコンとさとします。説得された甥は伯蔵主の目の前で罠を捨てますが、この時すでに怪しいと思っているのか、じーっと伯蔵主を見つめます。これ、脇正面でないと見えないかもしれない。

そして伯蔵主の帰り道に捨て罠。でもその真ん中には若ネズミの油揚げがあります。それに引かれる伯蔵主。「一族の敵」とかなんとか言って罠を打ち据えるのですが、やっぱり食べたくなって狐の姿になって戻ってくることにします。ここのしぐさが人間だったり、狐だったり、本当に楽しませてくれます。ここまで来ると着物の裾を大きくまくり上げ、狐の脚がはっきり…。

怪しい思った甥が捨て罠を見に来ると罠が散々に荒らされています。やはりあれは狐が伯父に化けたものであったかと、罠をしかけます。捨て罠を組み立ててあそこに置くのが良いか、ここが良いか、としきりと行ったり来たり。ここもなかなか見せ場なのですが、ちょっと硬い感じ。

そして狐登場。ここから先は鳴くばかりでセリフはありません。結局罠にはかかるのですが、逃げおおせます。橋掛かりで衣を後見がかぶせます。
この幕入で拍手したかったのですが、国立のお客さん、あまりにお行儀がよく、拍手は最後の最後。
堪能しました。


太鼓負は「万作を見る会」で見たものと配役が全く同じ。とても楽しめました。
祭りの時はいつも警固役の夫にじれた妻が「もっと良い役を貰っていらっしゃい」。太鼓を背負うのは「もっと良い役」では決してないと思うのですが、夫婦ともにそうは思っていないらしいです。

この夫、人が良くてまじめで、とかくないがしろにされやすいタイプだけれど、底抜けに明るい。舞人が舞えばそれについて、神子が舞えばそれとも一緒に、稚児が側転すると真似したくなっちゃう。
そしてそんな夫の良いところを一番わかっているのがわわしい妻なのでした。

舞人、野村又三郎が「舞の袂も色々の」と謡っているのに表示板は「数々の」。あれ、と思ったら同吟は「数々の」でした。家ごとに違うのでしょうか。

三十周年記念にふさわしい大人数の華やかな曲でした。

能楽堂のパンフレットの田口和夫先生の解説が面白かった。
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by soymedica | 2013-12-10 07:56 | 能楽 | Comments(0)

グッドバイ

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シス・カンパニー公演 日本文学シアター Vol.1 「太宰治」
『グッドバイ』

[作] 北村想
[演出] 寺十吾
[出演] 段田安則/蒼井優/柄本佑/半海一晃/山崎ハコ/高橋克実


8人の愛人を持つ大学教授。円満に別れて実力者の妻に捨てられないようにしないと、ということで美貌の秘書を雇い、「この人と結婚することになったので別れてくれ」という作戦をとることに。ところがこの美貌の秘書がとんでもない食わせ物だった…。後は見てのお楽しみ。

段田安則と蒼井優ちゃんはもちろん素敵でしたし上手。一緒に行った友人は「このくらいの大きさの劇場が優ちゃんにはぴったり」と言っていました。
柄本佑ってあの柄本明の息子だということですが、背が高いのにびっくり。

面白かったけれど、ちょっと場面転換が煩かったのと、原作の筋が弱いのか、構成をもうちょっと考えた方が良いのでは、と思いました。山崎ハコが歌う必然性がよくわからないのだけれど、あれがないと間がもたないかもしれない。
半海一晃が良かったです。


写真はこの間行ったサントリー美術館の平等院鳳凰堂展。すごく良かったです。イヤホーンガイドに久しぶりに満足しました。まだの方は是非。
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by soymedica | 2013-12-07 21:20 | その他の舞台 | Comments(0)

能のちから 生と死を見つめる祈りの芸能

d0226702_12202892.jpg能のちから 生と死を見つめる祈りの芸能 九世観世銕之丞 青草書房
2012年2月2日 第2刷

「生と死を見つめる祈りの芸能」という副題と言い、「我々はどこから来て、どこへ行くのか。」という帯と言い、購入するときに若干引いたのですが、中身は大変に良い本でした。

「運命を楽しむ」、という章では観世銕之丞家に生まれるというのはどういうことであったのか、伯父や父の稽古、自分の若いころ、そして息子に思うことなどが語られます。淡々と現在にいたるまでのことが書かれていますがそれなりの葛藤があったのだろうなと想像されます。聞書きなのかご本人が書いているのかはっきりしないところがあるのですが、(あとがきには語りおろしとあります)もうちょっと掘り下げてほしかったです。でも、あと10年くらいたたないとそれは無理なのかもしれませんね。息子が一人前になって伯父たちの記憶も遠くなってからでないと書けない、語れないことかもしれません。

そして代表的な演目18曲についての解説が並びます。あらすじと写真つき。

「能とは何か」という章では、能楽師の毎日や上演決定のプロセス、などが書かれています。こういう視点で物を語ると言うのは、やはり一つの会を主催している人ならではのものかもしれません。

あいまあいまに、川瀬敏郎、ヤドヴィガ M・ロドヴィッチ・チェホフスカ(「調律師―ショパンの能」の原作者)、坂東三津五郎との対談が挟み込まれています。

編集の方法も内容もなかなか良いと思うのですが、曲についての解説以外の部分は、それぞれをもう少し掘り下げた方が、と思わないではない。それを思うとあの宝生閑の「幻視の座」というインタビュー本はすごいエネルギーのもとで作られたのだな、と改めて思います。
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by soymedica | 2013-12-02 12:22 | 本・CD・その他 | Comments(0)