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平家物語 石母田正 岩波新書

d0226702_18175342.gif平家物語 石母田正 岩波新書
1957年11月18日第一刷発行、2010年2月5日第51刷発行

名著の誉れ高い一冊。高校時代の歴史の先生が勧めてくれたのは覚えているけれど、読んだかどうかは定かでない。これを高校時代に読んで日本史専攻を決めたという人が何人もいるという。もうオバサンになっちゃったからそういう感動は無いが、面白かった。

第一章ははなから「運命について」。平家物語は基本的に中くらいの貴族であった行長が物語の骨格を作り、後に色々付加されてきたもの。作者をはじめとして一般的に「運命」というものがどうとらえられていたかを知盛、重盛の描写を通じて説明してくれます。
なるほどと思ったのは、当時は中央集権が進み、一つの事件の影響は日本全国に及ぶようになっており、そのため各個人が切れ切れに体験した源平の戦乱の全体を物語として俯瞰することにたいする欲求が非常に強かったこと。そのため戦乱の無常を読む歌や鴨長明の随筆のようなものではなく、平家物語が待ち望まれていたのだと。

第二章は平家物語において登場人物がどのように描写されているかの紹介。これは第三章にもつながるテーマなのですが、本質的には平家物語と言うのは平家の滅亡物語を客観的に語ろうというものなので、いかに魅力的な人物でもその生涯を独立して語るということは作者の興味の外だったと語っています。また、描写される武士の大部分が(現代人が想像する武士とは違って)、その時の勝ち組につこうと必死になり状況に応じて主人を変えるというのも、言われてみればなるほど。

第三章はその形式について書かれていますが、平家物語のもとの話は日時を追って出来事を記述していく形式だったのではないか、と推測しています。いくつか事例をあげて推測しているのですが、最近の研究では支持されている説なのでしょうか。読んでいただくとわかりますが、こういう仮説の立て方は結構わたしには馴染めます。「確実な資料が出るまで、この仮説は、そっとしたままでふれない方がよいのであろうか。(中略)この仮説をあらゆる側面から検討して、それが成立しうるかどうかを研究することが 云々」のくだりは実に共感できます。新書などの素人向けの本でひどく感情的に他人の説を批判する人に(具体的にだれかを想定しているわけではないのですが)、爪の垢を煎じてのませてやりたい。

第四章はその成立の推測。もともとは年代記的記述であったものに次第に合戦記、女性の逸話が次第に追加されていったと。また、語りものを意識したゆえに記述の正確さではなく、美文を目的とするメンタリティーが生まれたのだろうとしています。客観的な記述を重んじる散文の書き方が日本に育ちにくくなった一因では、と。(実は私、名文として有名な、日露戦争日本海開戦の電報「天気晴朗なれども波高し」なんてまずいんじゃないかと思うのです。天気快晴、風速何メートルとか解釈の入らないような電報打ちなさい、って思いませんか?)
信濃前司行長が作者であり、その原作と盲目の琵琶法師生仏を結んだのは比叡山ではないか、という論が展開されています。

絶対お勧めの一冊です。
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by soymedica | 2012-11-25 18:19 | 本・CD・その他 | Comments(0)

国立能楽堂11月定例公演 梟 玄象

d0226702_21591427.jpg国立能楽堂定例11月公演
11月16日(金)18時30分より
正面席4800円

(大蔵流)
シテ 善竹忠重、アド(兄)善竹忠亮、(弟)善竹大二郎

玄象 替之型 (観世流)
シテ(漁翁、村上天皇)梅若玄祥、
前ツレ(乳母)片山九郎右衛門、後ツレ(龍神)観世三郎太
ワキ(師長の従者)宝生閑、ワキツレ 殿田謙吉、則久英志、アイ 山本東次郎
笛 松田弘之、小鼓 幸正昭、大鼓 安福光雄、太鼓 小寺真佐人
後見 山崎正道、上田公威、小田切康陽
地謡 岡久広ほか


は狂言のいつものいい加減な山伏が登場する話。大した筋立てがあるわけでも、茸のように派手な舞台ができるわけでもないので、演じるのは難しいかもしれないけれど楽しかった。善竹忠重、忠亮のお二人は頭が小さくて現代風。大二郎さんくらい頭が大きい方が舞台では映えるかも、など失礼なことも考えつつ見ておりました。山伏はお家にいるのを呼んできた、という想定なので、いつもの括袴ではなく、着流しでした。ちょっと見慣れず新鮮。茸のときはどうだったか記憶に無い。


玄象はあまり解説が見当たらない曲なので、色々ネットで探して予習などしてみたのですが結局のところ能楽堂パンフレットが一番詳しかった。琵琶留学をしようとした師長が村上天皇の霊にとどめられて日本に残ることにした、後半は龍神や天皇の霊が舞うという、春日龍神に似た感じの話しです。
当日よーく出演者を見たら、非常に力の入ったラインナップ。定例公演ですが文化庁芸術祭協賛の公演だったのですね。
替之型というのは琵琶の作り物が多く出る小書きだそうです。

まず、お家(塩屋)の作り物が大小前に出されます。軒がちょっと欠けていて襤褸っちいお家。観世清和の師長、宝生閑のお付きの順に登場。偉い人のおつきなのでワキツレ二人も登場(ワキツレはどうしていつも二人なのだろうか。ひとりとか三人という設定はないけど)。唐に行って琵琶を勉強する前に名所を見ようと、須磨の浦にやってきます。それにしても素晴らしい謡、素晴らしいセリフの一行。

と、向こうから桶を左手に持った婆さんと、杖をついた爺さんがやってくる。この爺さんがよろよろしているくせに妙に目の力がある(面は朝倉尉)。色々風流な事を言った後、夫婦はお家に入ります。足が妙にそろって綺麗に入ったのが印象的。それにしても九郎右衛門って良いなー。大鼓の掛け声がとても力んだ感じだったのですが、それを通して凛とした感じの謡が聞こえます。

お家に入ってから爺さんの方が妙に端っこに寄っていたな、と思ったら柱に手をかけて波を聞く準備だったのですね。体格のせいでそう見えるのかもしれませんが、玄祥ってどうも動きがぎごちない感じがして観ていてドキドキします。なお、この爺婆、お家に入るときにはきっちり足を揃えたのに、出るときには側もタイミングもばらばら。

さて、寛大にも師長は一夜のお礼に琵琶を取りだして聞かせます。とても綺麗な色の作り物で、あんなの一つ我が家にも欲しいと思わせる。
その途中で雨が降ってきて師長は(音が合わないと)演奏をやめます。なるほど、「雨の調子は盤渉、琵琶の調子は黄鐘」で合わないと、夫婦は板庇に苫を葺きます。この葺くしぐさが扇を上手く使ってやるので、そうだろうなとは思っていても楽しい。
この後、夫婦で琵琶と琴をお聞かせするのですが、琵琶は師長の作り物を頂いて、琴はこれもまた扇を琴に見立てて演奏します。

この演奏はタダものではない、と師長一行が思うと「本当は我らは村上天皇と梨壷の女御」といって夫婦は退場します。爺さんはさーっと退場するのに婆さんはゆっくり。九郎右衛門、着物の裾がちょっと乱れて残念だったです。かなり柔らかい生地のものだったようで、足の間に裾が絡まったようですが、後見がさっと直してあげればよいのに。

アイの東次郎がやってきてお話。師長の従者と言う設定ですが、この語りが良かったです。そしてこのアイ語りが無いと、ちょっと筋の繋がらないところもあり、重要な役。
実は琵琶博士廉承武が中国から帰る時3面の琵琶を持ち帰ったがうち一つは海が大変荒れたので龍神への捧げものとして海に沈めてしまったというのです。といったお話をしたあとアイは橋掛から帰ります。

塩屋が片付けられます。後半は村上天皇の命にこの龍神が浮かんできて獅子丸を献上。師長はこれを手に入れます(そこに重点は無いようですが、凄い話ですね)。龍神は三郎太クンですが、さすがに綺麗に舞うし、座っているときにほとんど動かない。訓練が行き届いていて感心。真っ赤な頭に一筋の白い毛。その中にちいさなお顔が覗いて可愛い。
天皇も軽やかに舞います。あの体格であの舞は凄い、と妙な関心をしてしまった(失礼)。
そして龍神、村上天皇が天に帰った後、師長一行も帰っていくのでした。

本当に本当に楽しめました。この曲、演者によっては若干冗長と感じさせるのではないかと思うのですが、本日各役者がとても素晴らしく、「次は何?」とわくわくさせられました。
楽しい一週間のしめくくりでした。
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by soymedica | 2012-11-19 22:02 | 能楽 | Comments(0)

狂言三人三様 茂山千作の巻

d0226702_106274.jpg狂言三人三様 茂山千作の巻 野村萬斎・土屋恵一郎編 岩波書店
2003年9月26日 第一刷

既に絶版になっており、アマゾンマーケットプレイスで安く手に入れました(おそらく新品)。茂山千作の舞台は実際に見たことがないのですが、このシリーズのうちでこの本が一番本として面白い。

茂山一家の狂言は「お豆腐狂言」と言われるように、町に馴染んでいるらしい。それは京都という町の大きさによるものではないかな。「月と狂言師」を読むと、こういった芸人を育てた町のお金持ちがいたのだな、とわかります。きっと京都では今でもある程度この伝統がひきつがれているのでしょう。東京では無理かな。
インタビューが最初に出てきますが、肩に力の入らない、「芸術」を語らない人柄が面白い。シリーズの「万作、満斎、千作」のなかで一番年齢が上であるということも一つの要因かもしれません。

最後の方にある権藤芳一の「関西狂言の歴史」、千五郎、正邦、千之丞のインタビューもお勧め。

(この方、もう引退して久しいですが、ラジオのインタビュー番組で聞いたところによると夢の中で狂言を演じていらっしゃるらしいです。奥様が「あら、やっぱりそうだったの」とおっしゃったとか。)
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by soymedica | 2012-11-16 10:07 | 本・CD・その他 | Comments(0)

国立能楽堂11月普及公演 佐渡狐 賀茂

d0226702_20133883.jpg国立能楽堂11月普及公演
11月10日(土)13時より
正面席


解説・能楽あんない 
白い矢と朱の矢 賀茂神社の縁起と能 田中貴子

佐渡狐(和泉流)
シテ(佐渡の百姓)松田高義、アド(越後の百姓)野村又三郎、'(筝者)佐藤友彦

賀茂(観世流)
シテ 武田宗和、前ツレ 坂口貴信、後ツレ 武田宗典
ワキ 宝生欣哉、ワキツレ 大日方寛、御厨誠吾、アイ 佐藤融
笛 竹市学、小鼓 幸正昭、大鼓 國川純、太鼓 観世元伯
後見 武田尚浩、津田和忠
地謡 武田志房ほか


解説は田中貴子教授。さすが猫を真ん中に据えたブログを書いている人だけあって、黒いスカートに黒いスパンコールの猫がついている。
「だんだん寒くなるこの時期に『賀茂』とは」、とお思いでしょうが、鴨長明方丈記800年記念なのでこの演目、というお話から始まって、鴨長明の生涯、賀茂川とその支流の名前の話などしてくださいました。
いつも思うのですが、せめて壇上でパワポぐらい使えるようにすればよいのに。セルリアンで一度使っているのを見ましたが。

以前「賀茂」を見たとき、あれ?矢は「ホト」に刺さるんじゃなかったかな?さすが能は上品、と思ったのですが、それは古事記バージョンで、矢も丹塗のものでした。
詳しくは省きますが、作者とされる金春禅竹は出自としての秦河勝に大変こだわった人なので、この「賀茂」を作ったのも頷ける(賀茂は渡来系の人たちの神だったといわれる)とのことでした

などなど、興味深い話が聞けたのでした。
でもこの人、自分の指導教授だったら怖いだろうなー。


狂言は佐渡狐。佐渡のお百姓と越後のお百姓が佐渡に狐はいるかいないかで賭けをする話。「百姓でござる」という名のりは当時からあったのだろうか。
ともあれ、iPodも無い時代、一人で歩いて行くのは寂しいから良い道連れを探す。当時の人の方がコミュニケーション能力は発達していたでしょうね。

中々面白い話。でも佐渡には狐って本当にいないのですか?
年貢を納めるとき扇に載せるしぐさをするのですが、松田高義は前の方に扇面が傾いて年貢が落ちそうなのがとっても気になったのでした。


さて、賀茂。白い矢(田中教授によると「白羽の矢が立つ」というのは人身御供になる女性の家の目印と言うことで昔はあまり良い意味には使われなかったそうです)が正先に出されます。
二人のお供を連れた田舎の偉いお坊さんが物見遊山にやってきてそれに目を留めます。「誰かにこのいわれを聞いてみよう。」スマートフォンで検索できる現代は「人に聞く」ということが無くなりましたね。私なんか道すら聞かない。道連れを探す佐渡のお百姓さんといい、お坊さんといい、お話は人と人が逢うところから始まるのに、と反省。

そこに美人がふたり。矢のいわれや賀茂川の流れについて僧たちに教えてくれます。たいていこういう場合はシテの方が美人なのですが、私にはツレの方が美人に見えました。全体に影の薄いシテという印象で、ワキ、囃子や地謡の方が元気というか艶がある感じ。シテとツレのバランスがちょっと上手くない。難しいですね、こういうものは。双方弱いとつまらないし、強すぎてもきっと煩いでしょうし。

そして「私たちは神様なのよ」といって二人は居なくなってしまう。
立ち替わり末社の神が現れて矢の由来を語って舞を舞い、僧をお慰めする。ここが面白いと知っていながら、寝落ちしてしまった。残念。

美しい女神登場。天女も美人でした。
次いで別雷神登場。残念なことに勇壮な舞で静止の決めのポーズが決まらない部分がありました。それと、若干足遣いが苦しかったように見えましたが、どうでしょうか。



でもまあまあ満足して帰ったのでした。
そして1カ月ぶりに退院してきた父を囲んで夕飯となったのでした。
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by soymedica | 2012-11-13 20:16 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会11月定期公演 巴、縄綯、雷電

d0226702_23115629.jpg銕仙会11月定期公演
11月19日(金)18時より@宝生能楽堂
正面席6000円


シテ 観世淳夫、ワキ 宝生欣哉、ワキツレ 大日方寛、御厨誠吾、アイ 内藤連
笛 藤田次郎、小鼓 曽和正博、大鼓 大蔵慶乃助
後見 浅見真州、谷本健吾
地謡 観世銕之丞ほか

縄綯
シテ 石田幸雄、アド(主人)高野和憲、(何某)深田博治

雷電 替装束
シテ 長山桂三、ワキ 則久英志、ワキツレ 館田善博、野口能弘、アイ 武山悠樹
笛 八反田智子、小鼓 森貴史、大鼓 柿原光博、太鼓 徳田宗久
後見 長山禮三郎、鵜澤久
地謡 清水寛二ほか


斜め前にどこかで見たようなシルエットのオジサン(失礼、私より若い)と思ったら、松岡心平教授でした。

。シテの観世淳夫、おそらく20歳前後だと思うのだけれど、男の子の声って、この年でも安定しないことがあるんですね。ときどきあきらかに不安定になるのですが、シテ方の嫡流はこうやって早めに舞台を務めさせて一人前になっていくのでしょう。
長刀を持って出るとき妙に先が揺れるとか、動きのあるときと静止するときとのメリハリがきっちりしないとかの細部が気にはなりましたが、あんまり厭な感じはしない。一生懸命さ、若さというものは伝わるものなのだと思いました。
色々なブログでも苦言を呈しつつ「この先に期待」とか「まじめ」と評価する人が多いのですが、納得。私も期待して見続けます。

後シテ登場のあと、後見の谷本健吾が浅見真州に何事か耳打ち。浅見氏切戸口から出て行ってすぐに戻る。何事かと思ったら、シテが中啓を持って出るのを忘れていたらしい。

巴の演出は流儀で色々違うということで、前回見た宝生流ともずいぶん違う。あちらの方がちょっと写実的。観世は形見の小袖も何も出ないようですね。結構演技が難しいかもしれない。

ところで、ワキの一行の衣装がとても美しかった。色の名前が良くわからないのですが、ワキは青の角帽子にからし色の水衣のすそから濃紺の着物がのぞき、ワキツレ二人は黄緑の角帽子に青の水衣、濃紺の着物。説明するのは難しいけれど、シテの若々しさに合わせたような雰囲気でした。


縄綯は、石田幸雄。博打の借金のかたに売られてしまった太郎冠者。すねてもとの主人の所に返されて、やれ一安心。もとの主人のところで縄を綯いながら、売られた先の主人一家の悪口を言うところが見せどころ。和泉流は本当に縄をなうと聞きましたが、確かに。まあ、そんなに長く綯うわけではありませんが。
この曲を前に見た時も思ったのですが、太郎冠者のような身分の者が「字が読める」という想定ができるのは日本だけではないでしょうか。最後に自分が話しかけているのが主人では無いと気づいた時の驚愕のストップモーションが面白かった。

さて、終了後後見が出てきて舞台を羽箒(茶室で使うような大きな鳥の羽)で掃除。塵取りは扇。もちろんそんなものではきちんと掃除できず、何本かの藁は次の雷電に持ち越されたのでありました。


雷電。昨年宝生流で観るつもりで見損ねたもの。菅原道真の霊が生前世話になった法性坊律師僧正の者を訪ねます。この霊は童子の姿。なぜでしょうか、法性坊が育ての親だということだからでしょうか。道真は「生前意地悪をした人に雷となって落雷し、殺してやる。御僧は危険だからそのとき参内しないように」と。律師が「内裏に3度請われたら行く」と答えると、道真は怒って本尊に備えてあったザクロをかみ砕き炎を吹く。
何故にザクロ?そういう絵巻物も見たことがあるような気がしますが。

この曲、ワキもワキツレも中入り。何かの間違いかとビックリしてしまいました、後場ではワキツレなしでワキが立派な袈裟を賭けて出てきますが、衣装替えの必然性をあまり感じないのですが…。

後場では舞台の左右に一畳台が並行して置かれ、これを縦横に使って雷神と律師が戦います。動きがあって楽しい演目です。初めての演目でしたが、シテのできは非常に良かったのではなかったでしょうか。そして則久英志がワキツレでなくワキをするのを見るのは初めてだと思うのですが、なかなか立派なお坊様でした。


本日はどちらの演目もアイがとても元気。巴なぞは雰囲気を考えると元気が良すぎるかもしれない。
江戸時代、明治時代の平均寿命が短かったころ、シテもワキもアイも皆全盛は50代までだったのではないでしょうか。そう考えると、20代30代の元気の良い演者が標準だったのか?枯れているという演者はいたのか、そしてどんなだったのか。


なかなか楽しい定期公演でしたが、7割弱の入り。もったいないなー。私としては強くお勧めしたい公演でした。
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by soymedica | 2012-11-11 23:15 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂11月企画公演 三井寺

d0226702_21285343.jpg国立能楽堂11月企画公演 
2012年11月1日(木)18時より

正面席 6100円

古典の日記念 近江波形を訪ねて
小舞 海道下り 
山本東次郎、山本則孝

平家琵琶 竹生島詣、木曽最期
須田誠舟

能 三井寺
シテ 坂井音重、子方 藤波重光
ワキ 福王茂十郎、ワキツレ 福王和幸、福王知登
アイ(清水寺門前の者)山本則孝、(能力)山本則俊
笛 一噌庸二、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 安福建雄
後見 観世恭秀、寺井榮、武田尚浩
地謡 浅見真州ほか


どうしても6時には間に合わず、楽しみにしていた平家琵琶が聞けなかった。残念。


三井寺は「瞼の母」ものです(ちょっと違うかな)。坂井音重パパがシテで、息子たちは地謡で応援。そしてワキも親子共演で盛り上げます。

子供をさらわれた駿河の国の母が清水寺でお祈りすると「三井寺に行くと良いことが」というお告げがあり、迎えに来た門前の宿の者にも励まされ、母は三井寺に行きます。そこで大切にされていた息子と再会。

後シテは水衣姿なのですが、すごーく肩が角ばった着付けで狂乱の母というよりは折り目正しい母でした。謡がちょっと苦しそうだったりしたところが気になりましたが、あくまで折り目正しい(もともとの曲や片付がそういう感じでもあります)。

子方の重光クン。足が痛いのかもぞもぞ。泣いちゃうかと思ったけれど最後まで頑張ったし声もしっかり出ていました。ワキのおじさんもちゃんと気遣って立たせてくれましたよね。(地謡のお父さんかな、あんまり怒らないであげてください。)

今回ワキの福王一族がすごく良かった(いつも良いですけれど)。
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by soymedica | 2012-11-06 21:32 | 能楽 | Comments(0)

第33回花影会 野宮、寝音曲、土蜘蛛

d0226702_0202288.jpg第33回花影会
2012年10月27日(土)@観世能楽堂 12時半より
正面席14000円

野宮
シテ 武田文志、ワキ 宝生閑、アイ 野村萬斎
笛 松田弘之、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 亀井忠雄、
後見 野村四郎、武田尚浩 
地謡 浅見真州ほか

寝音曲 
シテ 野村万作、アド 石田幸雄

仕舞
武田宗和、野村四郎、武田友志

土蜘蛛 
シテ 武田志房、ツレ 松木千俊、トモ 武田祥照、子方(胡蝶)武田章志
ワキ 殿田謙吉、ワキツレ 高井松男、殿田進也、アイ 岡聡史
笛 藤田貴寛、小鼓 住駒充彦、大鼓 佃 良勝、太鼓 小寺佐七
後見 武田宗和、坂井音晴
地謡 岡久広ほか


ちょっと遅れていったので解説のあとから。
見所は2割弱の空席あり。そして最初から最後までいる人が意外に少ない。おうちの会としてはちょっと地味かな。中正面には若い人がたくさんいたので、息子さんのお弟子さんやお友達でしょうか。


野宮ってとても荒涼とした感じの曲ですね。とても丁寧に演じられたとは思うのですが、こちらの体調のせいか、眠くなってしまった。アイ語りのあたりからうとうと。残念でした。


万作のしわがれ声がよろし。最近朝日の夕刊にインタビュー記事が連載になっていますが、そこにもあったように謡が良いおうちですね。そして、石田幸雄のおとぼけぶりがおかしい。
どこかに書いたと思うのですが、ラジオの無かった時代、イギリスでは「歌のうまい女中望む」という広告があったそうです。使用人に歌ってもらって楽しんだのでしょうね。
これを見るといつもその話を思い出します。


土蜘蛛。あまりに有名な曲ですが、実は観るのは初めて。観世家元の講座でちょっと見ただけ。
ま、私の体調が今一つで楽しめなかったついでに色々注文をつけると、
この曲、役者間では「人気曲だけれど、演ずる側としては重さを感じない曲」と位置付けられているのかと思わせられてしまった。芸術性が低い曲と考えているなら、もっとスペクタクルに徹してほしかった。巣を撒くところの美しさとか(観世の家元はおそらく客席から見たときの巣の広がり方のバランスを考えて撒いている)、切りあいの派手さとか。
地謡は楽しそうにやっていてこちらも楽しかったです。

作り物があんまりごそごそするのは好きじゃないです。(作り物の出し入れってあれも様式美ですよね、ガサツな私にはできない。)

それと、ワキがあんまり強そうじゃなかったのが気になりました。どちらかというと地味な芸風が持ち味の人たちではありますが。(シテと雰囲気はあっているかもしれません。)

胡蝶が子方だったのですが、囃子の高さと声が合わなくって可愛かった。胡蝶って切戸口から退場するのですね。死んでもいないのになぜ??


あんまりまとまらない感想ですが、これまで。
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by soymedica | 2012-11-03 00:23 | 能楽 | Comments(0)