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国立能楽堂企画公演 狂言と落語・講談 梅若丸、子は鎹、六人僧

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国立能楽堂企画公演 狂言と落語・講談
8月30日(木)18時30分より
正面席5000円

講談 梅若丸 宝井琴梅
落語 古今亭志ん輔
狂言 六人僧 和泉流
シテ 野村萬斎、アド 石田幸雄
小アド 深田博治、高野和憲、月崎晴夫、野村万作


残暑厳しい中、国立能楽堂にたどりつく。能の公演より明らかに平均年齢若し。小学生の親子連れもいる。

舞台には目付柱を向いた講談師のための席がしつらえてある。実は講談を聞くのは初めて。有名な隅田川の梅若丸の話でした。母の後日談もあるのが特徴。梅若丸の塚の後には実際にお寺があるのだそうですね。木母寺(もくぼじ)、天台宗。今度行ってみましょう。なお、立派なホームページがあります。

で、初講談はどうだったかと聞かれると、うーん。私にはこの後の落語のほうが面白かった。ちょっと地のところでつかえるのも気になったし。


落語は「子は鎹」でした。直前まで演目が決まらなかったのか、液晶ガイドには「落語」としか出ていませんでしたね。とても面白かったし、志ん輔良かったです。昔は国立劇場の落語研究会に行ったりしていたのですが、最近はとんと御無沙汰。


狂言の六人僧は和泉流だけのものだそうで、高野山に出かけた男三人組がだましあいをして、ついに三人とその連れ合い計6人が僧になるというもの。
石田幸雄と深田博治のそろった動きが楽しいし、野村萬斎のいかにも「だましたるケケケ」という声色が可笑しい。ちょっとだけ万作も登場(贅沢だな)。
最後の謡がおひとり下手くそだった(笑)。


終わることろには能楽堂の庭には虫が鳴いていました。


…今日は当日中にアップできたと思ったら日付が変わっちゃった。急いでいるので後日編集しなおすかもしれません。
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by soymedica | 2012-08-31 00:19 | 能楽 | Comments(0)

精霊の王

d0226702_16562569.jpg精霊の王 中沢新一 講談社
2003年第一刷、2006年3月14日第7刷

出版された時に非常に話題になったのを記憶しているのですが、既に絶版なのか古本で入手。箱根の芦ノ湖畔のみやげ物屋になぜかあったものより状態は良好。
民俗学の話なのかと思って読み始めたら、金春禅竹の「明宿集」を核にして「宿神」というものを考える本。

縄文時代から禅竹の時代までの「神様」や人々の考える「パラレルワールド」これらを支配するのが「宿神」の概念であったこと、それは時代時代によって形を変え、時代が下ると仏教の神やもっと権力者に近い神に置き換えられて忘れ去られたかのようであったこと、などなど。あちらの世界(死後のではなく)とこちらの世界をつなぐものは西洋でも「ラッキーチャイルド」と考えられていた胞衣(羊膜のこと?胎盤のこと??)を被った子供であること。洋の東西を問わず、人間の発想は同じなんだな思うのですが、この筆者「だからそれは真実である」と言いだしそうで何だか怖い。

誰に向けて書かれた本なのかよく分からないのですが、価格と装丁、出版社を考えると一般向けなのかな。主題は一つとしても、副主題をたてて3冊くらいのシリーズにしてくれた方がド素人には理解しやすい。それと、どこまでが筆者の新しい考えなのか、どこまでが既に広く受け入れられている見解(そういうものがこの分野にあるとして)なのか、物凄く分かりにくい。

プロローグに「この本を読み終えた方は、これまで語られてきた『日本人の精神史』というものが、根底からくつがえされていく光景をまのあたりにすることだろう。石の神、シャグジの発する不思議な波動にはじめて接して以来何十年もの歳月をへて、ようやく私の学問はその波動の発する宇宙的メッセージに接近し、それを解読していく方法にちかづくことができたような気がする。」とありますが、それほどのダイナミズムは残念ながら感じませんでした。でも、話題になっただけのことはあって読んで後悔しない本です。
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by soymedica | 2012-08-26 17:02 | 本・CD・その他 | Comments(0)

第10回国際ミルトン・シンポジウム記念行事 能 「散尊(サムソン)」

d0226702_755292.jpg第10回国際ミルトン・シンポジウム記念行事 能 「散尊(サムソン)」
2012年8月21日(火)19時 国立能楽堂
中正面3500円

サムソン 辰巳満次郎、ミルトン 金井雄資、デリラ 和久荘太郎、ミルトンの娘 石田幸雄
笛 藤田六郎兵衛、小鼓 吉阪一郎、大鼓 亀井忠雄、太鼓 観世元伯
作 高橋睦郎、演出・節付け 辰巳満次郎、制作 橋の会事務所


国際学会レセプションの一環として作られたらしく、学会参加者と思しき西洋人が正面席にはたくさん。本当は昨年開かれる予定だったのが震災で今年にずれこんだそうです。
主催者の佐野弘子教授によると、シェークスピア学会が狂言法螺侍を上演したのを見て、「いつか日本でミルトン・シンポジウムを開くことがあったら、絶対にミルトンのサムソンを能でやって見せたい」と思ったそうで、それが実現しました。…ミルトンって失楽園しか知りませんでした。そしてそれも読んだことすら無い

最初に佐野教授の司会で高橋睦郎が制作の意図を説明。英語に翻訳していく必要があるので日本語原稿を読み上げているせいで、若干退屈だしわかりにくい。でも、後から見たら内容はほぼパンフレットに書いてあったものと同じでした。
晩年の盲目となったミルトンの書斎に夫婦と思しき老人二人が訪れる。それが実はサムソンとデリラであり、後場で回廊を破壊するところを見せる、という筋。この旧約聖書の話は良く知られていますが、ミルトンがギリシア劇に仕立てていたとは知らなかった。

さて、旧約聖書を乗せた書見台が正先に出されます。そして、杖をついたミルトン登場。ワキという設定なので直面。ここで名のり、状況説明をするのですが、ずーっとコトバなのがいささかつらい。謡っても良いような。でも、金井雄資上手い。

毎晩書斎にやってくる老夫婦が気になるミルトン。今晩こそは誰なのか聞いてみようと誓います。
そして、曲がりくねった杖をついたこれもまた盲目の老人(実はサムソン)と老婆登場。面は何なのでしょう。何となく西洋の感じのする(特にツレ)面です。自分たちがサムソンとデリラであることをほのめかして中入りします。
なぜかここで地謡後列のうち3人も中入り。足が痺れたんだろうか(笑)。

ここまで、若干台本が説明的に過ぎたかな、と私には感じられました。サムソンとデリラの話は誰でも知っているという前提で構成し、要約はアイに任せた方が。白鳥の湖みたいに、西洋にも皆が知っていること前提での筋の省略ってあるし。

さて、舞台に戻ると、その二人は盲目のミルトンには見えるけれどミルトンの口述筆記を手伝っている娘には見えない。「おお、あの二人は」とミルトンには思い当るところがあり、娘に旧約聖書のサムソンとデリラの段(士師記)を読ませる。この石田幸雄のアイが良い感じ。

地謡が戻ってきて緋色の長袴のデリラと撞木杖を持ったサムソン登場。デリラはちょっと高慢な感じのする美人。
髪のエピソードを演じ、そしてついに囚われの身となったサムソン。「なぜおれを騙した」とデリラをなじりますが、最後には彼女の言葉を信じ、祭の場に出ていきます。そしてとうとう回廊を引き倒す場面。柱を押し倒す演技のときには実際にシテ柱を押すのですが、舞台の屋根が落ちてくるわけでなし、そこだけリアルにするのは私の趣味じゃなかったです。
橋掛かりも使ったダイナミックな暴れ方です。

いつもの曲だとここで、終了となるイメージですが、もう少しやりとりがあったあと、静かにツレ、シテの順に退場。
そのあと橋掛かりをゆっくりと戻るミルトンの杖の音が印象的でした。

とても面白かったです。プロが見所から見た眼ではもう少し改善点があるかもしれませんが、ミルトン・シンポジウムを越えてこの先何回も演じられると良いな。
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by soymedica | 2012-08-23 08:01 | Comments(0)

第一回能楽祭 清水、善界

d0226702_23584725.jpg第一回能楽祭
8月16日(木) @観世能楽堂14時20分より
正面席 6000円(高い席を買った人はカクテルパーティー付きでした。覗いてみたかったけれどまあお弟子さん中心でしょうから、そういう券は買わず。)


舞囃子 小督 (金春流) 本田光洋
独吟 隅田川 (下掛宝生流)森常好
一調 八島(喜多流)中村邦生 曽和正博
仕舞 花筐(宝生流)前田晴啓

狂言 清水(和泉流)
シテ 野村萬、アド 野村扇丞

能 善界白頭(観世流)
シテ 観世銕之丞、ツレ 観世喜正
ワキ 福王茂十郎、ワキツレ 村瀬慧、村瀬堤、アイ 善竹十郎
笛 一噌隆之、小鼓 成田達志、大鼓 國川純、太鼓 観世元伯
後見 武田志房、寺井榮、馬野正基


せっかくの第一回なのに何故に平日午後しかもお盆休み中?という疑問はさておいて、休みが取れたので行ってまいりました。とても魅力的な番組と出演者なのに見所は7割くらいの入り。日程設定のせい?
後に述べる抽選会と言い、演目の選び方と言い、かなり普段能を見ない人を意識して作った会だとは思われるのですが、やはり日時と場所、そして宣伝の仕方を考えるべきだと思います。お弟子さんが「今まで能を見たことのない若い人」を連れてきたらチケット安くするとか。


まずは舞囃子の小督から。出だしが物凄く硬かったような気がするのは気のせいか。ツレの本田芳樹の謡って相当に特徴がありますね。面白い。

皆が期待していた(そうですよね)森常好の隅田川。声が良いし謡は綺麗だし、何と言っても間の取り方が凄い。プログラムに「親子関係を知らない船頭として語るのが難しい」と書いていらっしゃいました。堪能しました。

八島は香川靖嗣病気のため中村邦生でした。ピンチヒッターの固さはともかく、曽和正博と中村邦生って、私の耳にはなんとなく「この二人仲が悪いんじゃないの?」と感じられるのはどうしてなんだろう。

花筐の仕舞のときには私ちょっと疲れちゃって残念。


狂言の清水。若干前と違うな、と思ったらやはり前に見たのは大蔵流でした。でも「酒を飲ませる」とか「蚊帳をつってやる」とか約束させるのは同じ。こすっからくってちゃっかり、でも抜けている太郎冠者の野村萬がとても良かった。でも、狂言のときって声を出して笑う人がいるとなんとなく違和感なんですよね、私。落語の時もそう。
太郎冠者の独白に「ここへは太郎冠者、あそこへも太郎冠者といわれても」みたいなものがあったのですが、思わず「ここでも野村萬、あそこでも野村萬出演せよと言われても」に聞こえちゃいました。元気ですよね。


善界。これは宝生、金春、喜多では是界、金剛では是我意、そして鎌倉時代の是害房絵に基づくと小学館の新編日本古典文学全集にはあります。竹田法印定盛という足利義政の侍医の作らしい。そしてこの本には前シテ、ツレは直面とありましたが、両者ともに面をかけていました。

日本征服をたくらむ中国の天狗は次第の謡からカクカクとスラーの無い謡で強そうです。そして日本の悪い天狗とともにドスンとすわり(ここの安座が可愛い)、相談。
「天狗」というのはあくまで仏教界の枠組み中での悪者という設定なので(対立する悪ではない)、いわばいたずらっ子ですよね。

でも、この天狗たちの悪だくみは既に知られていて、アイの能力がそれを知らせる手紙を持って登場。この手紙、今回は萩箒にはさんであるのですが、手紙の持ち方にも色々ありますね。懐に入れたり、それぞれ差出人、受取人、運ぶ人の身分で違うのかとも思いますが、どなたかご存知ですか。
でもこの配達人、天気が悪くなったので、ここで善界坊とあってはたまらない、命あってのものだね、とばかりに帰ってしまいます。

後見が囃子の中、車の作り物を持って登場。ワキ座に横を向けて(車の正面を脇正面に向けて)置きます。ワキは結構背の高い人なので角帽子が天井につきそう。宝生閑や欣哉なら問題なさそうですが。最年長の福王茂十郎も村瀬兄弟もなかなかイケメンでありますので、席は脇正面でもよかったかも。

後シテの天狗登場(日本の天狗も連れてくれば良いのに、一人で来る)。腰帯の模様が金剛杵なのがわかるようなわからないような。そして、勇ましい割には僧侶がちょちょっと御経を唱えると「こりゃだめだ」と帰ってしまいました。めでたしめでたし。この後シテの動きがとてもかわいらしい。パンフレットに「どこかに愛嬌があり憎めない妖怪」とシテが書いていますが、そういう感じでした。DVDにしてもう一度見たい!今回の上演の写真が当たった方がありましたが羨ましい。


上演後には抽選会があって、クッキーや扇はともかく、銕之丞サイン入りの本とか、出演者サイン入りのプログラム、野村萬の色紙(大蔵虎明の言葉を書いたそうです)、能楽協会主催の公演チケットが当たった方がいました。立て続けに脇正面の人が当たったら、後ろのおばさまたち物凄いブーイング「なんで脇正面なの!!ねぇ」…籤を理解していない。
抽選会前の野村萬の理事長としてのあいさつが格調高くて、やはり昔の人だな、と思いました。私もああいうのを目指さなくては。


来年は9月上旬だそうです。
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by soymedica | 2012-08-18 00:03 | 能楽 | Comments(0)

切符の買い方

d0226702_23344231.jpg切符の買い方

最初に買ったのは国立能楽堂主催公演の切符。ネットで買いました。次に観世会定期能の切符をネットで買って、席が指定できるのに感激。こっちのほうがずーっと進んでいるじゃない、と。多分あれはカンフェティとの提携ですね。
その後あぜくら会員になってからは一日早く購入できるので、国立はもっぱら電話です。国立のチケットセンターの係りの人が見る座席表とネットで見る座席表は一緒ではないので、どちらか一方のみ売り切れという事あり(ネットのほうが席は少なそう)。そして、入金が無いなどの理由でキャンセルとなる席があるのか、直前でも席が出てきたりします(少数ながら出演者が持っている席もあるらしい)。あそこは謎がいっぱい。

個人の公演だと、名前が「事務所」となっていても明らかに購入申し込み先が主催者のご自宅だというケース、多いですよね。大概とても感じのよい応対をしていただけますが、ビジネスアワーがはっきりしないのはかえって買いにくい。まあ、営業時間を書いてしまうとその時間すべて拘束されることになり、家族では応対しきれないということもあるのでしょう。そもそもお弟子さん中心に切符を売るという発想から生まれたシステムなのでしょうが、このインターネット時代、何とかなさったほうがよろしいのでは。昔は「能は初めて」というひとは謡を習っている人などに頼んで切符を買う、というのが普通のルートだったでしょうが、そういうしがらみを嫌ったり、買ったり探したりはインターネットでするもの、と思っている人が多くなるといつかは先細りになる販売方法かと思います。(それに先日宝生流の時の花のところでも書きましたが、ちょっと危険かも。)

カンフェティやぴあではおそらく主催者側の払う手数料の違いと思われますが、席が選べる場合とそうでない場合とがあります。選べないときはネットで買うのはあきらめます。
ネットで買う方法の変わった形として、公演する能役者本人のブログを経由して買ったことがあります。おそらく年間通しのチケットの一枚と思われ、1000円安かった。

習っている人を通して能役者や囃子方から買ったことも何回かあります。結構良い席がぎりぎりになっても手に入るのです。これは習っていないファンにとってはかなりカチンとくることではあります。それと、どうも能役者とそのお弟子さんには事務手続きがルーズな人が多く、書いたものを渡しておいても「正面席でしたっけ?脇正面?」「先生が持ってくるのをお忘れになって…。」みたいなことがあり最後までドキドキするのでなるべくこの方法は避けることにしています。どうやらチケットを売ると関係者は実績となるらしく、彼らを通して買ってほしそうではありますが、だったらもっときちっとしてくれないと。(友人のお父様で退職したビジネスマン、謡を習っているという人に時々お願いします。やはり優秀なビジネスマンだっただけのことはあって、きっちりしていますが、あとの知り合いはちょっと。)

みなさん、お好きな購入方法は何ですか?
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by soymedica | 2012-08-15 23:41 | 本・CD・その他 | Comments(0)

ワキから見る能世界

d0226702_162759100.jpgワキから見る能世界 安田登 生活人新書(NHK出版)
普通は能樂関係者の書いた書籍と言うと、「能ってこんなものです」「こんなに楽しいから見に来てね」などと言うテーマが中心に据えられるのですが、この人はそういうこと全く考えない人なのでは。ということで、そういうノリで書かれた本では無いです。

夢幻能のみに絞った論考で、その作品の世界構成になぜ「ワキ」が必要かと論考しています。夢幻能とは異界との遭遇で、なぜそのような遭遇が起こるか、そしてなぜ遭遇するのが「ワキ」なのか、について書いています(どうしてか書くとネタばれのようになってしまうので、書きませんが)。

そして、同時にそれと並行して(というかそれと深いかかわりがあるのですが)周縁的世界、周縁的社会、がいかに能楽と深いかかわりがあるかについても書いています。

この人のホームページなんかをみると、面白いと思ったことを追求して、しかもアカデミズムにこだわらず、そしてそれが職業になっているという幸せな人のようです。どちらかというとルネッサンス人ですね。最初はトンデモ本かと思いましたが、至極まっとうでかつ異色の本です。

現在絶版のようですが、古書で手に入ります。
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by soymedica | 2012-08-11 16:30 | 能楽 | Comments(0)

観世会定期能 8月 芦刈、狐塚、班女

d0226702_221422.jpg観世会定期能 
8月5日(日)11時より@観世能楽堂
正面席12500円

能 芦刈
シテ 観世芳伸、ツレ 清水義也、ワキ 館田善博、アイ 山本則秀
笛 一噌隆之、大鼓 安福光雄、小鼓 鵜澤洋太郎
後見 大江又三郎、津田和忠

狂言 狐塚 小唄入
太郎冠者 山本泰太郎、次郎冠者 山本則孝、主 遠藤博義

能 班女 笹之伝
シテ 観世銕之丞、ワキ 宝生欣哉、アイ 山本東次郎
笛 藤田六郎兵衛、大鼓 佃良勝、小鼓 幸清次郎
後見 野村四郎、上田公威


ちょっと早めに行って芦刈の謡本を買いました。本日は面白そうな演目ぞろいなのに、正面席には比較的空席が目立ちます。

偉い人の雇っている乳母を連れた男登場。乳母が故郷で別れた男を探しに来たとのこと。でも、昔の家にはいなくって、里の人が「面白い歌って踊れる芦売りがいますよ」と言うのを見れば、これは昔の亭主。恥じる亭主に持参の烏帽子直垂を着せ都へ戻る、というもの。芦売りを紹介して夫婦再開のきっかけを作った里の人も都へ連れて行ってもらえます。

現代に置き換えるとあんまり出世欲は無いけれど人が良くて楽しい趣味人の亭主と、そんな亭主を愛しているキャリアウーマンの妻、といった感じでしょうか。時代を越えて、似たような夫婦はいるものだな、と思いました。

「ものの名も所によりて変わるなり 難波の芦は伊勢の浜荻」がモチーフの一つになっているのですが、アイがこれにひっかけて面白いことを行ったようなのですが、聞き逃して残念。

シテの観世芳伸は山階彌右衛門と双子だということで顔はそっくりですが声はこちらのほうが地味。ちょっと物着がバタバタした感じでしたが、後見が装束持ってくるのが遅かったのでは。囃子を何回か繰り返して時間をかせぐ、というわけにいかない物着なのでこういうのは大変です。

明るくて楽しい演目ですね。好きなものの一つになりました。


狂言の狐塚は小唄入というだけあって鳴子(初めてみました)を二人で振る動作と小唄の楽しさで見せるもの。山田の群鳥を追うのですが、夜になっても鳥を追うのか、と思わせる台詞あり。秋の山里の情景が目に浮かぶような舞台でした。
もうそろそろ立秋です。


秋になると用がなくなるのが扇。ということで班女。吉田少将に恋をした野上の宿の遊女の班女。東次郎扮するやかましい女主人に呼び出されても、少将のことを思いぼーっとしています。東次郎の女役って初めて見るのですが、これがとてもはまり役でして、さすがです。そして女主人はぼんやりした班女に怒り心頭、暇を出します。

班女は追いだされてもぼんやり。ここのところの演技が後半の狂いのところとの対比も良く、とても上手い。観世銕之丞って女性の役が上手ですね。形見の扇は誰にも手を触れさせないわ、などの思いつめた仕草もかわいらしい。

追いだされたあとで、狂女となって舞台に登場するのですが、これが脱下げにしただけではなく、着物まで変えてくる。ちょっとぜいたく。
ところで、形見に扇を取り交わしたというからには班女の持っている扇は男物のはずなのですが、これがとても派手。そういうものなのでしょうか。

めでたく二人の恋人は再会するのですが、まあ、能ですからひしと抱き合うわけではなく、でも「よかったね」と言う感じで退場したのでした。


このあと蝋燭能の安達原だったのですが、所用で見られず、残念。
ハッピーアワーの為に何人か1時半から並んでいらしたのですが、ここでちょっとしたトラブルが。並ぶ場所が良く分からなかったおじいさんが「まったく、しっかりしてくれなくちゃ困るよ。1時間半もかけてきてるんだから」と怒った挙句、並ぶ場所を見て「こんなところか!俺はもう73だよ、こんな日向に並ばせて殺す気か!」と、大声で喚き始めた。…確かに手際が悪くて並ぶ場所ももう少し考えたほうが良いとは思うのですが、73にもなるんだったら文句の言い方ももう少し洗練されてきても良いのではないのでしょうかね、お爺さん。

そしてさらにマナーと言えば本日は時計のアラームは鳴るし、狂言小唄の最中に携帯は鳴るし…。パルコ劇場では休み時間の後に劇場係員が数人肉声で「携帯を切ってください」と言ってまわっていました。ああいうほうがインパクトありますよね。先日国立に遅れて駆けこんだときには案内の人が「お客様、こういうときには忘れがちですが」と、一緒に走りながら注意してくれました。感謝。
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by soymedica | 2012-08-07 22:26 | 能楽 | Comments(0)

DVD 大和多武峰 奉納 翁

d0226702_2235949.gif大和多武峰 奉納 翁
奈良県桜井市多武峰談山神社 能楽「翁」奉納全記録


2011年5月、談山神社常行堂の後戸に保管されていた「翁」の面をかけて観世清和が翁を舞ったその記録です。鼓の産地として有名であったので、非常に古い胴もあり、それを使って大倉源次郎は鼓を打ちます。
観客に向けてではなく、神に向けて舞う、というおそらく昔はそうやっていたのでは、という方式で普通の能舞台よりはるかに狭い舞台で舞います。
当日朝の別火の朝食の準備、なども撮影されています。

面は今のものよりはるかに大きく、上野博物館の法隆寺館の技芸面のようです。それにしても、観世清和って翁の面に似ていませんか??

楽屋では笑い声も上がりますが、いざ舞台へ、となると片山九郎右衛門なんて顔がひきつっちゃっています。観世清和の緊張した顔もアップになります。

「翁」はカメラワークも良く、私のようなものには飽きないで見られます。引いたときに若干ピントが甘い感じがするのが気になりますが。
ただし、「全記録」とありますが、ダイジェストです。
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by soymedica | 2012-08-03 22:37 | 本・CD・その他 | Comments(0)