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宝生流 時の花 夏  水汲 杜若

d0226702_2114436.jpg宝生流 時の花「夏」7月28日(土)16時より@宝生能楽堂
正面席6000円

水汲
シテ 高沢祐介、アド 三宅近成

杜若 沢辺之舞
シテ 大坪喜美雄、ワキ 宝生欣哉
笛 寺井宏明、小鼓 曽和正博、大鼓 國川純、太鼓 金春國和
後見 宝生和英、東川光夫


不思議なお客さんあり。一番前の席で見ていた軽装の40歳代くらいかと思われる男性。結構大荷物。狂言が終わるなり出て行ったのですが、休み時間ずっと外の柱の陰。私が誰かが居るのに気づいて、のぞきこんだら、ふっと眼をそらしてどこかに行くふりをしてまた戻ってきた。??と思っていたら能では戻ってこない。あれは狂言のどちらか出演者の出待ちしているのだと思うのですが…。能楽関係者はプライバシーに関するガードが低い(切符の注文先が自宅電話だったりする)ので、注意したほうが良いと思います。


水汲ですが、大蔵流の「御茶の水」の住職が出てこなくて、もっと謡に重点を置いたもの、と言えば良いでしょうか。なかなか謡がよくて楽しめました。暑い中やってきてちょっとこういうのを見るのも楽しいな、と感じました。ただ、「狂言らしい狂言」を期待してくるお客さんにはちょっと不満だったかも。

暑い中、と言えばロビーには綺麗に花が飾ってあり、しかも水の見える生け方で綺麗でした。もちろん杜若あり。ゆっくり眺めて楽しんでいらっしゃるお客さんがたくさん。
能楽コンシェルジェという方もいらして、質問したかったことがあったのですが、気後れしてしまいました。


杜若。実はあんまり得意な曲では無かったのですが、本日は集中して楽しめました。たぶん見るのは喜多流で一回、観世で二回、これが4回目。役者好みの曲なのでしょうか。クセを全部やってくれる演出なので大変結構。前回の観世流(鵜沢久)とは大変に違う印象を受け、どちらもそれぞれ良かった。

それと、地謡もシテも言葉がとてもはっきり。観世はどちらかと言うとメロディーラインが全面に出ますが、今回の宝生は「言葉を聞かせるぞ」、という感じ。

さて、お約束の旅の僧が杜若を眺めていると、綺麗な女の人がやってきて、「ここは杜若の名所なんですよ」。2,3言葉を交わすと女のほうから「家へ泊りにいらっしゃい」。(私は毎回ここで、田舎の娼家か小遣い稼ぎの女の家にとまった旅の僧の夜中の妄想の話かな、と下世話な想像をしてしまう。誰か面白い短編小説を書かないかな。)

で、家に行くと「これを見て」と、冠(今回は藤の花)と長絹をつけて女が現れる。そして「本当は私は杜若の精」と言って、業平の思い出を語りつつ舞う。
これ、クリ、サシ、クセみんな省略する演出もあるのですが、一番良いところが無くなってしまうし、何の話だか不明になっちゃう。やはり今回のようにたっぷりクセを聞かせてシテの動きを見せてほしい。地謡は言葉がはっきりわかって楽しかったのですが、そのせいで若干もりあがりが不明。「ここを聞いてほしい」という主張はあまり感じさせませんでした(無いのかもしれないし、それならそれで結構)。

最近この杜若の後シテは誰なのか(業平なのか、高子なのか、杜若なのか)という話を読んだのですが、まあ、そういうことは研究者に任せて、楽しかったな。


ところでこの「時の花」という催しはホームページによると:

「時の花」は、〈春夏秋冬〉をテーマに、
その時〈季節〉ごとの魅力を楽しみ、
真の花〈能〉を堪能する、宝生流の新しい企画公演です。

能という一期一会を通じて四季の風情を感じ、
和のおもてなしで贅沢なひとときを過ごしていただきたい。
さらに、能への関心・理解を深めていただけるよう
サービス面での充実も図ることで
これからの能楽界の活性化・発展につなげられたら――

そのような思いをこめて、世阿弥の言葉を持つ
「時の花」を公演名に選びました。

年4回の公演では、季節にちなんだ1曲を上演し、
パンフレットや会場構成・演出など
すべてのデザイン面で四季をアピールしていきます。

また、初の試みとして、演目からイメージされる情景を表現した
「和のおもてなし」による特別演出もご期待くださ
い。


ということです。心意気は感じるし、素敵な催しでした。でも御客の開拓なら、能楽堂の外(たとえばホテルのロビーとか)に出ていくか、あるいはもっと斬新な(浴衣で来たお嬢さんにはサービスとか、最後にシテと写真をとれるとか)、思い切ったサービスが無いと無理なのでは。
狂言では「写真・動画取り放題」というのがありましたよね。

頑張ってほしい。
秋の切符も買いましたよ。
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by soymedica | 2012-07-30 21:15 | 能楽 | Comments(0)

月と狂言師 谷崎純一郎

d0226702_22195754.jpg月と狂言師 谷崎潤一郎 中公文庫

随筆集です。表題の「月と狂言師」しか読んでいません。谷崎潤一郎って読んでみたいとは思いながら、一作も読んでいない。実は読書は小説よりも新書派なので…。漱石と鷗外は好きですけれどね。
ということで初谷崎。

谷崎潤一郎ってなんとなく関西の人かと思っていたのですが、東京生まれの東京育ち。戦時中に関西に行ったらしい。これは終戦後京都白川のほとりに住み始めたときの月見の一日の話です。

地元のお金持ち(当時の感覚で言うと中上流くらいか?)の家で催された茂山千作(当時85歳)一家を招いての月見の宴の話です。みんな芸事を見せて月が出るのを楽しみに待つ。寺の一画をかりてしつらえた舞台におあつらえ向きの家屋。池には月が映って…。芸事と言うのも狂言の小謡や、仕舞、子供が「呼声」の出し物をしたり、月が出てからは月にちなんだ謡を口ずさんだり、と風流です。

こんな暮らしがあったのだな、と。今ならCDかカラオケか、と思ってふと、ビクトリア朝の広告に「歌のうまい女中求む」という広告があったという話を思い出しました。家族のピクニックやパーティーで楽しく歌ってもらえるようにということだそうです。

「藪睨み能舞台」に、谷崎の奥さんが女流能楽師の奥村冨久子に師事していて、この作品中で言及されているとのことで読んでみました。心に残る話しです。
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by soymedica | 2012-07-26 22:23 | 本・CD・その他 | Comments(0)

第十回興福寺勧進能第一部 附子 歌占

d0226702_20482740.jpg第10回興福寺勧進能 第一部
@国立能楽堂 7月21日12時より
正面席9000円(?)

お話 馬場あき子

狂言 附子
太郎冠者 野村万蔵、次郎冠者 野村扇丞、主 炭光太郎

能 歌占
シテ 浅見真州、ツレ 武田宗典、子方 武田章志
笛 松田弘之、小鼓 大倉源次郎 大鼓 亀井忠雄
後見 小早川修、馬野正基


ロビーにお土産物屋さんが出ているのも、いつもの本屋さんの場所が空いているのも変な感じ。最初に「多川でございます…。」と、袈裟の人がご挨拶。あ、「勧進」だったんだ。ちゃんとどの様に改築などが進んでいるかの報告をなさっていました。

馬場あき子さんのお話も舞台の下で。ちょっと面白かったところを拾うと、かぐや姫伝説や、物狂いの笹などに象徴されるように昔空木や竹など中空のものには何かが宿っていると信じられており、占いにも使われたそうです。本日の占いは弓にかかっている短冊の歌を引いて占うものですが弓→引けば当たる、という連想だそうです。
前半の歌占でめでたく父子再開を果たすのですが、後半の見せどころはクセ舞。テーマはクセ舞の特徴として最初と最後に繰り返される「月の夕べの浮雲は後の世の迷いなるべし」で、二段グセとなっているのも特徴。
当時の人は極楽に行くのは大変だと思って、どうせ地獄に行くのだから行く前に予習を、と思って地獄のありさまを聞くのが好きだったのですよ。大笑い。

さて、附子。前回はたぶん石田幸雄で見ている。同じ和泉流ですからほとんど違いはありません。万蔵、扇丞のコンビも楽しい。

いよいよ歌占。実はこの曲目当てで浅見真州目当てでは無い私。まず、子方を連れて加賀の白山の里人登場。でも、謡がとても立派。武士のよう。
良く当たる占い師登場。直面が建前だけれど、シテが年寄りなら若い男の面をしても良いとのことですが、今回は面無し。出だしの謡が聞き取りにくく、今回詞章を持って来なかったので不安になりました。
親子の対面もクライマックスではないので、さらさらと進みます。シオったりはするのですが、あんまり雰囲気として悲しそうではありません。

そして「じゃあ、子供を連れて帰るか」となったところで里人が「記念に地獄のクセ舞」を見せてほしい。というので、ここからが見せ場、なのですが、言葉に漢語が多くて難しいのと、地謡が迫力に若干欠けるのとで、残念ながらあまり印象的な舞台にはなりませんでした。私の周囲には船をこぐ人もちらほら。
私もだんだん疲れてきて立廻では扇の模様は鮎かな、などと…。そして、我を忘れて地獄の苦しみを見せると、ふっと我に返って「じゃあね」と子方を連れて帰ります。

今一つ乗り切れなかったのは、言葉が大切な曲なのに良く聞き取れなかったのが原因でしょうか。名人と言われる浅見真州ですが、実は私にはあんまり凄さが分からないです。ちょっと政治家なところがある人のようなので、能楽発展のために頑張ってほしいですが。

下掛においてはツレのやった里人の役はワキ方がやるのだそうです。こちらも是非見てみたい。

来年の勧進能は7月20日(土)。


参考:
能の表現 清田弘 草思社
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by soymedica | 2012-07-23 20:51 | 能楽 | Comments(0)

なにわバタフライ N.V.

d0226702_21303983.jpgなにわバタフライN.V.
作・演出 三谷幸喜
出演 戸田恵子
@パルコ劇場 7500円

堪能しました。
ミヤコ蝶々、活躍していた時代のTV見ていないし、子供の頃の私の基準から言うと美人では無かったので(わたなべまさこの漫画に出てくるようなのが私の美人の基準でした)、変なオバサン、と思っていました。

一生懸命頑張って結局報われたと思って、亡くなっていったのなら良いな、としみじみ思わせられる芝居でした。
自分探しも良いけれど、大多数の人は環境に与えられた生き方の中で一生懸命やっているのだと思います。そこで成功するのは大変なことです。

貧しかった日本、高度成長期の日本、最後のほうはちょっとだけ記憶にある私です。6畳一間、共同トイレ、共同炊事場、のアパートに住んでいるクラスメート、クラスの何人かの電話は呼び出し。(東京の高級住宅街といわれる地区の公立小学校です)。ちょっと思い出しました。

三谷幸喜の芝居の優しさをしみじみ感じました。これはN.V.になってからの再演ということですが、ご覧になっていない方は是非。


N.V.というのはnew versionの略だそうです。初めての一人芝居の試みで退屈させてはいけないと色々な演出を考えたけれど、お客さんの反応を見てそぎ落としたバージョンということです。
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by soymedica | 2012-07-21 21:35 | その他の舞台 | Comments(0)

国立能楽堂定例公演7月 秀句傘 鵺

d0226702_23344976.jpg国立能楽堂定例公演7月18日(水)18時30分より
正面席4800円

狂言(大蔵流)秀句傘
シテ(大名)山本泰太郎、アド(太郎冠者)山本則秀、(新参者)山本則孝

能(喜多流)鵺
シテ 友枝昭世、ワキ 福王茂十郎、アイ 山本東次郎
笛 一噌庸二、小鼓 林吉兵衛、大鼓 亀井忠雄、太鼓 観世元伯
後見 中村邦生、友枝雄人


やっとの思いでとった正面席。そのかいがありましたがちょっと遅れてしまったので周りの方に御迷惑でした。申し訳ない。

秀句傘。前に見た和泉流(万作)とは細部が違うのみ。(能楽界では)比較的若い三人の演技で楽しく見られましたが、やはり一人もうちょっとベテランが入ったほうが、締まりますね。
泰太郎がなかなか良かったです。


お目当ての。満席。そして本来アイが山本則俊だったのが東次郎になってる(嬉)。ファンですから。小鼓は初めて見る人。

さて、ワキの旅僧登場。福王流も見慣れてくると中々良いものです。今まで見た福王流の方は皆家族(茂十郎と和幸って親子ですよね)だから似ているのか、流儀の特徴なのか、なんとなくいかめしい感じ。
ここでのアイとのやりとり、ベテラン同士なので上手く観客をお話に誘い込むという役割を十分に果たして雰囲気が盛り上がります。

化け物が出るぞ、と言われ暗いお堂の中で待っていると化け物が出てくる。真っ黒な装束でしかも髪の毛で半分顔が隠れていると、何となく川鍋暁斎の幽霊画が思い出される。化け物を化け物と知って会話する。すると「実は自分は頼政に打たれた鵺の亡心」と打ち明け、弔ってくれと頼まれます。
前場と後とで同じように鵺の最後を語るのですが、前の語りは(正体を完全に現わしてはいないこともあり)若干客観的な感じ。鵺は頼政になりきるのではなく、「頼政はこうだったんだよ」という雰囲気で語られます。

東次郎が「旅の御僧は化け物にやられていないか?」と様子を見に来る。そして鵺の物語を語ります。

いよいよ化け物が化け物の姿で登場。旅の僧はあまりの怪しさに思わず立ち上がる。前半黒づくめだったので、後半の金のはいった装束が怪しい。やはり後場でも鵺になったり頼政になったりするのだけれど、こちらは化け物本来の姿であるだけより派手で、しかも頼政になるときはなり切っている。

最後に打ち杖を首の後ろに負ってから、そのまま何度もぐるぐる回ったり後ずさりしながら幕に入ります。そして座っている場所によっては見えないかもしれないのですが、幕の中で膝をつきます。ここの橋がかりの演技がすごくきれい。
ワキが留めて、お客さんもふーっと息を吐いた感じ。

やっぱり友枝昭世は人気ナンバーワンと言われるだけあって、見ていて楽しい。この演目は役者としてお客に「見せたい」ところがたくさんあるものだと思うのですが、そういう意図を感じさせずに話にのめりこませてくれます。

地謡のお互いの音程を合わせようとしない(もちろん節は合っている)ところが気になる人もいるのかもしれませんが、良かったです。

人気役者の後見だから、緊張するのかもしれませんが、あんまり後見がもぞもぞ動かない方が良いかも。後見が中腰になると「今度はシテが何かするのかな」と気になります。単に足がしびれただけかもしれませんが…。


終わって 出たところで雷が。その光に照らされて能楽堂の屋根に鵺?いえいえいつもの白黒斑の猫でした。


面は前シテが真角(しんかく)、後シテが泥小飛出(でいことびで)。

写真は京都二条公園の鵺池碑。鵺の血のついた鏃を洗った池のところの碑です。
参考は 京都魔界案内 小松和彦 光文社
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by soymedica | 2012-07-19 23:39 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂普及公演 重喜 兼平

d0226702_2281824.jpg国立能楽堂普及公演7月 
7月14日(土)13時より
正面席

解説・能楽あんない
兼平と義仲、そして巴 佐伯真一


狂言・和泉流 重喜
シテ 野村萬、子方 野村眞之介

能・金剛流 兼平
シテ 種田道一、ワキ 森常好、ワキツレ 館田善博、則久英志、アイ 小笠原匡
笛 寺井宏明、小鼓 幸正昭、大鼓 守家由訓
後見 松野恭憲、豊嶋幸洋


能楽堂の中で食事。大きな団体さんがいると見えてものすごく混んでいる。前に座ったおじさんの持っている袋が芸大美術館グッズ。私もそれ、持っています。便利ですよね、と心の中で呟く。隣のおじいさんは「ご招待」とハンコの押してある封筒を持っている。訳もなく尊敬。


さて、解説は青山学院大学の先生らしい。「兼平」という能は「巴」とともに平家物語の木曽最後からとられたものであるけれど、巴よりも原作に忠実とのお話から始まります。義仲は南からは義経、東から範頼に攻められ、敵が最も多いと知りつつ瀬田に向かう。なぜなら、信頼していた乳兄弟の今井兼平がいるから。
そして結局兼平の心遣いもむなしく、木曽義仲の最後は理想から程遠くなってしまうのですが、それを越えて互いを思いやる絆の強さがより読者、観客を感動させるのです、というお話。
この曲には平家の武将の話につきものの、笛とか桜などの風雅は全くなく、ひたすら忠義を扱ったものですが、そこもまた感動させるポイントでは、と。

そして同じ木曽最後を扱っていても、「巴」には兼平のかの字も出てこないし、兼平には巴は出てこない。巴は平家滅亡周辺の話として各地に流布していた伝説を取り込んで作られた話しではないか、とのことでした。


この先生のお話は上手だな、と思い能を見る前から感動。そこへ、重喜登場。ちゃっかりしている上にうっかりものの重喜にやむなく頭を剃らせる羽目になった住持。子方の可笑しさ、達者な芸に萬は完全に喰われて嬉しそう。後ろにずらりと座った地謡が大真面目で謡うのも面白い。あんまりひねりのある話ではないので、子方の可愛さで見せるものなのでしょうね。
なお、頭は剃る前によく揉んでおくものだそうです。

と、ほっと一息ついたところで兼平。地謡の平均年齢が高そう。
ところで、いつもは地取のときに囃子って演奏していましたっけ?そして船の作り物が出されるのですが、なぜか一声の囃子とともに出てくる。いつもそうでしたっけ??

柴舟を漕いできた老人に旅の僧が声をかけて乗せてもらいます(可哀そうなことにワキツレは乗せてもらえない)。この老人は本当にただの地元の老人といった風で、名所教え何ぞをしただけで消えてしまう。訳ありげでないところも、武将というより名のある武将を陰で支える乳兄弟といった感じがよく出ています。

そして、アイの渡守が登場。「今日の船頭は自分しかいないはず。誰に乗せてもらった?そんな船頭がいたとしたら幽霊に違いない」と。

そして兼平の幽霊登場。兼平は義仲になったり、兼平になったり急がしい。太刀を咥えて馬から落ちて自害する、という勇壮なところがクライマックスなのですが、先ほどの解説に影響されたのか、「兼平が行くへいかにと遠近の跡を見返り給えば」のところが印象にのこりました。

地味な演目なのに楽しかった。でも、今度見るときには筋を追うのではなく、もっとじっくり楽しめると思う。やっぱり予習が大切。


参考は
平家の群像 物語から史実へ 高橋昌明 岩波新書
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by soymedica | 2012-07-17 22:14 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演 7月 浮舟 蚊相撲 天鼓

d0226702_11371197.jpg銕仙会定期公演 7月
7月13日(金)18時より@宝生能楽堂
正面席6000円

能 浮舟 彩色
シテ 山本順之、ワキ 工藤和哉、アイ 高澤祐介
笛 藤田朝太郎、小鼓 田邊恭資、大鼓 安福建雄
後見 野村四郎、鵜澤光

狂言 蚊相撲 (和泉流)
シテ(大名)三宅右近、アド(太郎冠者)三宅右矩、小アド(蚊の精)三宅近成

能 天鼓 弄鼓之舞
シテ 小早川修、ワキ 福王和幸、アイ 前田晃一
笛 藤田貴寛、小鼓 古賀裕己、大鼓 亀井実、太鼓 小寺真佐人
後見 観世銕之丞、浅見慈一



今回、左右がなぜか空いていて楽チンな席。比較的空席が目立つのはなぜか。

浮舟は、素人「よこを元久」と言う人の作に世阿弥が節をつけたと言われているものだそうです。二人の男に愛された浮舟がそのために成仏できないでいる、という話。でも、基の話では浮舟は尼になったのですよね。

ともあれ、里の女登場。清楚な感じの里の女が傘をかぶって小舟に乗ってやってくる。シテもワキもさりげない演技と謡でとても奇麗。静に中入りするときのしっとりした笛が印象的。

後シテは金色がかった着物に緋の大口。遠目には何となく巫女を連想させる色合わせ。面が増髪(河内作とされていて早稲田の演劇博物館所蔵だそう)。これが鼻筋の通ったちょっとモダンな感じのする美人。能面としてはかなり個性派なのでは。ネットで能楽師が「要注目」とつぶやいてくださっていたけれど、確かに良かった。

一の松でサシの大部分を謡い、「心も空になり果てて」で常座に入りますが、それが彩色の小書きなのでしょうか。
最後は三の松で止めます。このほうが幕入まで間が良いような気がします(ワキには気の毒ですが)。

浮舟というのはあまり上演されないようですが、山本順之の持ち味ととてもよく合っていて清楚な舞台でした。


そしてしっとりと終わった後は蚊相撲。家来を雇ったと思ったら蚊の精だった…。江州(滋賀県だそうです)守山といえば有名な蚊の産地だそうで。
途中で吸い口が抜けてしまったのは残念でしたが、面白かった。


天鼓。弄鼓之舞の小書きで太鼓が入るのだそうです。前にこの人のシテで春日龍神を見ています。変幻自在という感じ。
前シテは唐帽子に法被という名称でよろしいのか、共に細かい柄。これがお対だったらどうなっちゃうのだろう。勅使の福王和幸が大きいだけに、年をとってしぼんだ感じが強調されます。アイも主張せずしかも心やさしい感じで良かった。

そして後シテは楽しげに鼓を打ちます。私の持論として前後で体格が変わったかのように錯覚させられるシテは上手、というのがあるのですが、この人もそう。
若々しく楽しげな舞です。

本日はどれも「また銕仙会定期公演に来よう」と思えるものでした。


ところでこの曲、何か伝承にのっとっているものだとおもうのですが、(七夕伝説だとか、鼓は星を表しているなどとも聞きました)まとまったものが見つかりませんでした。どなたかご存知ですか?
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by soymedica | 2012-07-15 11:56 | 能楽 | Comments(4)

亀堂閑話 十二世梅若万三郎

d0226702_2030560.jpg亀堂閑話 十二世梅若万三郎 玉川大学出版部
平成9年5月20日 第1刷発行

(初版は昭和13年4月に大阪積善館より刊行された。)


明治元年に生まれた十二世万三郎の随筆です(聞き書きと思われます)。
ケース入りで、見返しにも絵のある立派な本です。

子供のころどうやって稽古したか、素人への稽古のつけかた、面や装束のこと、皇族の前での演能の思い出、
子供を亡くした思い出、関東大震災、種々の演目について、などなど語っています。

面白かったところを2,3拾うと:
下帯に袴、という姿で稽古したそうです。その方が体の動きが良くわかってしっかり稽古でき、
後で装束をつけたときにも決まるというそうです。今ならジャージで、といったところでしょうか。

シテが絶句してしまったときには後見がつけるもの。地がつけるのは後見の恥。
(私も地謡が着けるのを見たとき、なぜ後見がつけないのだろうと思っていましたが、やっぱりそうですよね。)

「シテが幕から出ますと、後見は幕際へ参って着座し、次第、一セイまたは呼びかけなどでシテが舞台へかかるときに、
幕際から二人、または三人出ます。」
へーー。

大奥の「翁」のときには若年寄が正面の階を登って一の松のところで片膝をついて、「始めませい」
と言って始めるのだそうですよ。


昔のことが平易な口語体で書かれていて、面白い。定価3800円と、立派なつくりの割には安い本です。
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by soymedica | 2012-07-12 20:31 | 本・CD・その他 | Comments(0)

電子書籍、iPadなどなど

d0226702_10273565.jpg
ときどき能楽堂で演能中熱心に携帯電話を覗き込んでいるひとがいるけれど、あれは半漁文庫でもダウンロードしてあるのでしょうか。国立能楽堂の小さな解説画面はとても便利だとおもう。そのほかの能樂堂でも希望者に有料でiPad貸し出して舞台の進行と同時に解説を送るなどやってみたら?パンフレットに詞章を載せているところもあるけれど、なんといっても大きな字で今舞台上でやっているところがタイムリーに解説されるというのはありがたい。画面が大きければチラと一瞥しただけで読めるから、舞台もしっかり見られるし。

iPadと言えば、ある能役者があちこちの素人稽古に本を持って行くのが大変なので、と謡本を自炊してiPadに入れていてナルホドと思ったことがあります。上手い使い方ですよね。
一度能樂関係の古本をアマゾンで買ったら煙草臭くて閉口したことあり。ああいうときは本をばらして自炊してiPadで読むというのも手だろうな。

私は仕事関係の雑誌は可能なものはすべて電子書籍契約にしているけれど、一般書籍の電子化されたものは、角川の古典名作くらいしか買ったとこがない。あと、山川の日本史。あれは便利。検索するだけならWikiでも良いけれど、信頼性においてネット情報は非常に不安。私の専門の部分のWikipediaなんて仰天ものの記載があったりするから、そのほかの分野でも似たようなものなのかも。
(でも、能樂関係のネット情報はじっくり色々見ていると今現在の評価がわかったり、思わぬゴシップが本当らしいとわかるとか、いろいろ面白いことがあるけれど。紙媒体の世論とネット世論が微妙にずれるのも興味深い。)

建築をやっている友人が、洋書ならKindleだよ、と。彼はあちこち飛び回っているので、飛行機の中でじっくり読むには軽くて便利、しかもリアル洋書よりも安いと絶賛。ただしパラパラめくって全体像をざっと見てから読む、という読み方はやはり困難だそうです。その話を聞いたのは昨年ですが今現在に至っても洋書コンテンツはKindleが一番らしい。

文芸書や趣味の本をiPadで読もうとは思わないけれど、検索が重要となるものや図表が多いものには電子書籍ですよね。それと、能樂関係の本のように部数が出ないものは、電子書籍が出版社としてもトクなのではないでしょうかね、どうです、ヒノキさん。
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by soymedica | 2012-07-08 10:29 | 本・CD・その他 | Comments(2)

セルリアン定期能 6月 綾鼓

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セルリアンタワー能楽堂 定期能6月 喜多流 綾鼓
2011年6月30日(土)14時より@セルリアンタワー能楽堂
正面席12000円

おはなし 馬場あき子

能 綾鼓

シテ 友枝昭世、ツレ 佐々木多門、ワキ 森常好、アイ 高澤祐介
笛 一噌隆之、小鼓 森澤勇司、大鼓 柿原崇志、太鼓 助川治
後見 塩津哲生、中村邦生


喜多流は馬場あき子さんという大変なお弟子を得て大そう得をしているのではないでしょうか。本日も面白いお話でした。
そもそも美女と老人というのは日本で好まれる主題なのだそうです。最後に「時間がちょっとあるので」と話してくださった、藤原褒子と滋賀寺聖人の話もそう。何が原典だったら聞き逃しましたが、滋賀寺のじいさんは手まで握らせてもらえたのに、本日の爺さんは気の毒です。

さて、この綾鼓という曲は恋の重荷よりも古い、その原型と考えられている曲ですが、宝生流と金剛流にしか伝わっておらず、喜多流のものは昭和27年に土岐善麿(ときぜんまろ)が宝生・金剛の物を参考に復曲したものだそうです。

綾鼓というのは鳴るわけがない、「ならぬ恋」とかけている。しかし悲しいことにそれがわからない教養の無い老人は鼓を鳴らそうと打ち続ける、というもの。

さて、鼓を結んだ桂の作り物が正先に出されます(ワキ座よりに出す演出もあるそうです)。ツレの女御は最初にでてくるけれど、前場は美しく座っているだけ。あなた、そこにいたのね、と言う感じ。
橋掛りで臣下が名乗り、従者とやりとりがあります。呼び出された老人が出てきます。かなり痩せてみすぼらしく見える着付けにしてあります。でも、そこは能ですから、地味ではあるけれど、綺麗。
前場の半分くらいまでは他流とほぼ同じつくりであるものの、金剛・宝生では自分と女御を恨むという言葉が前面に出てくるのに対し、喜多流新作では「明け暮れわかず思ひしらせし、思い知れよと」と、女御を恨む言葉が強く出てくるのが特徴というのは馬場先生の説明。

ならぬ鼓に絶望した老人は、からくりを知らされて絶望して池に身を投じます。「底白波にぞ入りにける」で、橋掛りでがっくりとひざをつく。

後場、やっと女御の出番。地なのか演技なのか、この女御人形じみていて、老人の最後を聞かされても通り一遍の反応。ところが途中から老人の霊がついたのか、「あらおもしろの鼓の声や」と、言いだす。ここの謡は聞かせどころと思いますが、難しそう。

そしてシテの老人が幽霊になって出てきて(面は悪尉に白頭)女御を葛桶から引きずりおろし、「〈綾鼓を〉打ちてみたまえ」と迫り、打ちすえる。ここは昭和27年という時代を感じさせる作りだとか。
そして逃げ惑う女御を責め立て、振り返りつつ、音もなく消えて行く。

友枝昭世、もちろん楽しく見せてもらいましたが、隅田川ほどの思い入れや作り込みの無い曲だった感じ。もしかしたら、曲自体が少し弱いのかも知れません。そしてとても残念なことに、正面真ん中の席だったので、シテが作り物の陰に入ってしまうことが多かった。もう少し枝うちしてよー。


写真は京都御所のマンホール
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by soymedica | 2012-07-04 22:32 | 能楽 | Comments(2)