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狂言三人三様 野村萬斎の巻

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狂言三人三様 野村萬斎の巻 土屋恵一郎編 岩波書店2003年9月16日 第2刷

蜷川幸雄がまず口火を切り、そのあと山口宏子、土屋恵一郎による萬斎へのインタビュー、ついで狂言の代表的な演目に対する茂山千作、野村万作、野村萬斎のコメント(聞き手は土屋恵一郎)、最後に萬歳について渡辺守章、いとうせいこう、伊藤キム、夏木マリ、河合祥一郎、網本尚子が語るという構成。

土屋恵一郎が宝生閑にインタビューした本(幻視の座)が面白かったので、買ってみました。昔は対談とかインタビューを読むのが苦手だったのですが、うまく構成されていると面白い。今回も土屋のインタビューは宝生閑のときより相手がずっと若いこともあって結構突っ込みが深く、面白い答えを引き出しています。

最後の萬歳についてのエッセイ。続けて読んでいくと、渡辺守章の文がいかにも読みにくくてつらかったのですが、今これを書きながら読み返すとごくごく普通の文。インタビューや聞書きの間にポンとこれが入ってくると読みにくいのですね。

インタビューも含め、萬歳の狂言について正面切って語っている部分よりも、萬歳の演出、プロデュース、といった能力について語られている部分の多い本です。
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by soymedica | 2012-03-29 08:39 | 本・CD・その他 | Comments(0)

国立能楽堂 3月 普及公演 長刀応答 籠太鼓

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国立能楽堂3月普及公演 
3月24日(土)13時より 
正面席4800円

解説 時の鼓 村瀬和子

狂言 和泉流 長刀応答
シテ 野村万蔵、アド解説 野村萬 
小アド 野村万禄、野村扇丞
立衆 野村太一郎、山下浩一郎、炭光太朗

能 金春流 籠太鼓
シテ 本田光洋、ワキ 高井松男、アイ 吉住講
笛 森田保美、小鼓 成田達志、大鼓 安福光雄
後見 横山紳一、辻井八郎


解説は村瀬さん。前も一回聞いたことがあるのですが、この方ただの上品な小母さまのように見えてなかなか論理的。現代詩をやる人はものすごく頭が良いと聞いたことがあるが、なるほどと思わせます。若干お召し物の裾が長いのが気になりました。本日は雨ですし。

それはともあれ、日本では天智天皇が漏刻によって時を知らせるようになったのが時計の始まりとされており、それが4月の25日(今の6月10日あたり)のことだそうです。おおよそ昼の真ん中を九つと言い、牛の刻。これより前が午前、後が午後。夜中の真ん中がまた九つでこれが子の刻だったそう。夜明けと日没がそれぞれ六つだったそうです。その他昔の時を知らせる様子を美しく話してくださいました。
「長刀応答(なぎなたあしらい)」ですが、この方のお爺さん(明治五年生まれ)がときどきお使いになっていた言葉だそうです。「まあ、適当にやっておきなさい」とのことらしいです。

さて、今回はアイの話もたくさんしてくださいました。
あしらいアイ(おもにワキの従者として登場して他の役者とかかわり合いながら話の進行にかかわるもの)には三ざるというものがあるそうで:「落ちてござる」が道成寺、「見てござる」が安達原、そして「ぬけてござる」がこの「籠太鼓」だそうです。


いよいよ狂言長刀応答の意味がわからなかった太郎冠者が長刀を振り回して危なくてしょうがないので皆で取り上げる話。それこそなぎなたの「あしらい」が見事。最後に取り上げる場面も華やか。花見の季節の話なのですが、のどかで明るい感じがぴったり。あまり演じられない曲だそうですが、ぜひまた見たい。


籠太鼓。しょっぱなから地謡前列で腰かけを使う人あり。後見も。ほかの流儀ではそんな人見たこと無い。特に地謡はお若い方だったので、今からそんなに膝が悪いようでは、プロとしてやっていくことは無理なのでは、と余計な心配をしてしまった。生得的に膝に弱点を抱えている人はいるものです。それがわかった時には早く方向転換しないと。

前回も感じたのですが、高井松男、運びが何となく良くない感じ。どこか悪いのだろうか。でも、謡やせりふは満足。ところでこのワキ、偉そうな人なのに、葛桶には座らせてもらえないのですね。

で、うっかり者そうな従者はやっぱりうっかり牢屋に入れた清次に逃げられてしまう。前見た時はこの役は石田幸雄だったのですが、今回はとても若い。それはそれでまた面白かった。このアイには大満足。

逃げられたので、しょうが無いから妻を連れて来て牢屋に入れるのですが、この妻、「可哀そうだから牢屋から出してやろう」と言われても、「この牢屋こそ夫の形見」と言い張る。ここから鼓の段と言われるところまでが見せ場ですが、狂乱のあげく最後は自分で牢屋に閉じこもってしまう。さすがに見せ場は良かったですが、それ以外のところで若干残念な感じもありました。シテが、というより後見が残念だったかな?立ち上がって出て行くそぶりをみせるのにやめたり、とか。

シテは最初に牢屋に入った時には右膝を立てていたのですが、次に座った時には左を立てていました。流儀によってどちらを立てるか決まっていると聞いたことがあるので、そうでもないのだなーと。それとも何か意味があるのか。右を立てると着崩れ激しそうな感じがしますが。

もう一つ、後見の帰るタイミング。普通後見って「え、もう帰っちゃうの?」と思うくらい早く戻るような気がしていたのですが(鏡の間でシテを迎えるためと聞きました)、今回は後まで残って二人で牢屋を運んで帰りました。人手不足なのでしょうか。
そして国立のお客さんはたいてい囃子方が橋掛りに入るタイミングで拍手をするのですが、今回はシテ、ワキ、囃子と皆拍手。お弟子さんが多かったのかな。あまりいつもと違うので、作り物が帰るときにも拍手するのではと思っちゃった(笑)。


参考は
能の表現 清田弘 草思社

写真はルミネ有楽町の桜。東北復興支援の心をこめて47都道府県の桜を集めたそうです。「桜を見上げよう」プロジェクト。
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by soymedica | 2012-03-25 21:12 | 能楽 | Comments(2)

ようこそ能の世界へ 観世銕之丞能がたり

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ようこそ能の世界へ 観世銕之丞能がたり 暮らしの手帖社
2008年2月23日第3刷

八世銕之丞が語る能の入門です。入門と言っても、
 能はミュージカルのようなもの
 前後左右から無限に引っ張られて立つ存在感、
 能と歌舞伎
などなどの目次からもわかるように、本当に能を見たことのない人から、そこそこの見巧者までが満足できる内容なのでは。

老舗婦人雑誌の連載からの単行本化なので、綺麗な写真もたくさん入っています。ですからちょっと重いので、寝ながら読むにはつらい。

ちょっと後まで楽しむことのできる入門書としてお勧めです。



ところで、これを出版している暮らしの手帖社の雑誌、「暮らしの手帖」って、子供のころの家庭の雑誌の定番だった。今でもそうなのだろうか。花森安治が編集していた頃は独特の匂いがあって、そんなに好きでも無かったけれど思わず読んでいた。ここ十年以上、読んでないな。
新潮社の「考える人」に花森の伝記が連載になっています。
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by soymedica | 2012-03-23 20:40 | 本・CD・その他 | Comments(0)

塩津哲生の会 特別講演 桜川

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塩津哲生の会 特別講演
3月20日(火曜祝日)14時より@喜多能楽堂
A席7000円

おはなし 桜の物狂 馬場あき子

仕舞 高野物狂 友枝昭世
    土車 香川靖嗣
狂言 花折
シテ 山本泰太郎、アド 山本東次郎、
立衆 山本則孝、山本則秀、山本凛太郎、水木武郎、遠藤博義

能 桜川
シテ 塩津哲生、ワキ 森常好、
ワキツレ(人商人)館田善博、(従僧)梅村昌功、森常太朗
子方 粟谷僚太
笛 一噌仙幸、小鼓 観世新九郎、大鼓 柿原崇志


満席。お弟子さんと思しき人も多い。なので、通路の立ち話多し。後ろのおじさんが「皆、解説からちゃんと来てるな。馬場さんの話は面白いからな」。私もそう思います。
舞台のした、ワキ柱の前あたりに立ってお話。マイクは効いていなかったと思われますが、後ろの方の私の席でもよく聞こえました。(そのあと見所で鑑賞なさっていました。)
中世の人買いについて、世阿弥がいかに紀貫之の歌を巧みに使っているか、そして途中に漢詩を入れて全体を締めているか、などなど。前にも書いたかも知れませんが、この人の楽しみ方は伝染力が強い。


狂言の花折は前に和泉流で見ました。あちらは作り物の桜がワキ座付近に置かれるのですが、こっちはど真ん中。和泉流の方が客が庭に入ってきちゃうまでのプロセスが長い。少しずつの工夫が積み重なって流派ごとの大きな違いになるのでしょうね。山本家の人たちはあんまり謡が得意ではないのかな。名古屋からやってきた和泉流の人たちの方が面白かった。


そして桜川。前半とても上体が震える(不安定なのでは無くて震顫)ので心配になりましたが、調子が悪いのでは無かったよう。人買いが子供の手紙を母に見せる。それを読んで悲しむ母。子供を探す旅に出ます。ここまでが前場なのでとても短い。そしてこの場面がとても重要なのだと思うけれど、シテはいま一つ乗り切れていなかった感じがしました。

後場では僧侶とその弟子が子供を連れて登場。どういうわけか人買いが連れて行った子供は幸運なことに僧侶に引き取られているのです。子方クンは幾つなのだろう。とても緊張して、僧侶のおじさんたちが向きをかえるとき、横目で確認。カワイイ。その後はずーっと座っているだけなので足が痛いのでしょうね。しょっちゅう動いちゃう。派手なオレンジ色の着物なので目立ちます。幸い後見のパパ(苗字と年齢の感じからそうだと思うけれど)からは見えない位置、…だと思う。

物狂いとなった母親がやってきます。三年も探し続けて九州から土浦のそばまでやって来た。子供の名前が桜子(男の子ですが)なので、母は「桜が散ってしまう」と言うことが「今年も子供と会えない、あるいは子供が死んでしまう」ということに感じられてしまうのです。桜の花びらをとるために赤いすくい網を持っています。

馬場あき子さんもおっしゃっていましたが、私たちは何となく桜というとソメイヨシノを考えますが、昔ですから八重桜だったかも。
網之段、初めて衣装をつけたものを見ました。相当印象の違うものですね。

僧侶と母が会話するうちに「これは桜子の母ではないか」ということが僧侶にわかります。そして目出度く母子再会して帰ります。

地謡がなかなか良かったと思うのですが、シテには感情移入できないまま終わってしまった。私のイメージする母の像と比較してあまりにもふくよかなせい?若い母親をイメージしてふつうは曲見を使うところを浅井にしたとのことですが、もう少し動きも若々しいほうが私のイメージなのですが。

この曲の舞台となった茨城県の磯部稲村神社のホームページ見てみました(市のページから入ります、良いのですかね)。謡曲のこともちょこっとですが出てきます。


紀貫之との関係については
宴の身体 松岡心平 岩波書店

謡曲の構成については
謡曲入門 伊藤正義 講談社学術文庫
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by soymedica | 2012-03-21 20:53 | 能楽 | Comments(2)

国立能楽堂3月 企画公演 砧

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国立能楽堂 三月 企画公演
復興と文化 東日本大震災から一年

2011年3月16日(金)18時より
正面席 5500円


講演 語りきれないこと 災害からの復興と文化の力 鷲田清一 

能 観世流 砧 梓之出
シテ 観世清和、ツレ 坂口貴信
ワキ 森常好 ワキツレ 森常太郎
笛 藤田六郎兵衛 小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井広忠、太鼓 観世元伯
後見 木月孚行 上田公威



吉本隆明死去。みんなが言及するけれど、私はこの人の書いたものを未だ読んだことがありません。吉本ばななのパパです。
ところで、国立能楽堂職員の制服ですが、希望する女子職員にはパンツを考えても良いのでは?お客さんを案内するときにどうしてもかがむ姿勢が多いと思うので、タイトスカートではちょっと、と思う方もいるのではないでしょうか。考えてあげた方が良いと思います。遅刻して案内していただいて思いました。


申し訳ありませんが、遅刻していった上に講演の大半は寝ておりました。
しかし今回椅子がシテ柱方向を向いて書見台とともに置いてあったのは新鮮。なかなか自然な感じ。


。世阿弥が「後世の人にはこの味はわからないだろう」と言ったという能です。

ワキの九州芦屋の某が都から妻に使いを出す。お使いは夫の召し使っている夕霧というピチピチの娘。来ている唐織もオレンジが主体でゴージャス。九州で待つ妻は上品だけれど緑を基調として裏が紫という地味な色合い。夕霧が芦屋の某の現地妻という説もありますよね。

出だし、大鼓、小鼓の掛け声がいつもよりトーン高くてあれっと思ったのですが、すぐに戻りました。今回の囃子のメンバーはやけに豪華。

そして妻は夕霧と二人で砧を打ちつつ、帰らぬ夫にこの音が届くように、と願います。私は砧とは衣を打つ方の道具かと思っていたのですが、台の方を指す言葉なのですね。「衣板」から出ているのだそうです。そして片方の袖を脱いで打つのですが、これは脱下(ぬぎさげ)と呼ぶらしい。

そのあと夕霧が「殿はこの秋ももどってきません」と言います。この部分、夕霧が「都より人の参りて候ふが、殿はこの秋も御下りあるまじきにて候」と言うのですが、「人」って誰?夕霧自身のことか、それとも別のお使いが来たのか、と不思議に思っていましたが、本で調べたところ前半は上掛で後から挿入されたセリフなのだそうですね。さんざん二人で砧を打ってから、夕霧が「あなたのご主人はこの秋も戻らない」というのは変だということで挿入されたらしいです。それとも言おう言おうと思って言えなかったのか…。

結局妻は夫を待ち焦がれて死んでしまうのですが、後場では主人と家来登場。森父子、声の質が本当ににているので、口元を見ていないとどっちが謡っているのだかわからない。二人とも上手いなー。森常好、優しそうなおじさんだけれど、息子はものすごく厳しく指導しているのかもしれない。でも芦屋の某の長袴に袈裟という出で立ちって何だか妙。

砧を依り代にして妻の霊を呼び出し、成仏させるということなのだと思います。それは成功して妻の霊が出てきて地獄で苦しんでいるさま、今まだ夫を慕っている心を述べます。そしてありがたい御経のおかげで成仏できます。留拍子を踏まない演出でした。

どちらかと言うと観世清和、前シテの鬱々としたかんじよりは後シテのような表現の方が得意なのかもしれない、と思いつつ見た曲でした。素敵だけれども観るにも演ずるにも難しい曲。あるいはこの能楽堂がこの曲には大きすぎるのか。何度も見てみたい曲です。


面は前シテが深井、後シテが泥眼(河内)ツレが「いなのめ」。いなのめは調べてもでてこないのですが新作でしょうか?。


参考は 能樂逍遥(上)世阿弥を歩く 天野文雄 大阪大学出版会

写真は新幹線の中でくれるPR誌。京都の長久堂というところの能面をかたどった干菓子だそうです。
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by soymedica | 2012-03-18 14:29 | 能楽 | Comments(0)

サド侯爵夫人 @世田谷パブリックシアター

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サド侯爵夫人 
世田谷パブリックシアター
3月12日(月)
S席7500円

[作] 三島由紀夫
[演出] 野村萬斎
[出演] ルネ サド侯爵夫人 蒼井優
     その妹アンヌ 美波
     シミアーヌ男爵夫人 神野三鈴
     シャルロット(家政婦)町田マリー
     サン・フォン伯爵夫人 麻実れい
     ルネの母親モントルイユ夫人 白石加代子


新潮文庫で予習していた時に「この分量を実際に舞台で全部やるのだろうか」と心の隅で不思議に思っていたのですが、やりましたね。3時間半以上かかりました。しかもあの装飾音符だらけのせりふそのまんまで。

外国の戯曲を「赤毛もの」と言うのだそうですが、私はそれが苦手。日本人の顔をして「マリー」「ジョン」とか呼び合うのが不自然に思えるのかと思っていましたが、今回それは違うと気付きました。やはり「言葉」ですね。どんなに上手い翻訳でも「戯曲として読んで自然」かつ「セリフとして聞いて自然」で、さらに原作の味を損なわない、というものは不可能なのですよ、きっと。その点、今回は主人公がルネだろうがモントルイユ夫人だろうが、セリフを書いたのは三島由紀夫。日本語として楽しい。そして聞いてなぜか自然。感情表現も日本人。そして、この非日常的な豪華絢爛たる日本語を上手く活かした野村萬斎の演出。演出家としては腕の見せどころの作品。

三島由紀夫というと15年くらい前まではあの奇妙な自殺のイメージが皆の頭の中にこびりついていましたが、もうそんなこと考えない世代が中心だし、こんなに何でもありの世の中だと「ものすごい目立ちたがり屋だったのね」で、片付けられてしまう。パンフレットの中でも町田マリーは「変わった作家さんだと思いました」の一言。

蒼井優はビジュアルがルネにぴったりですが、若干演技が弱い。でもそれを麻美れいと白石加代子がしっかりと支えて見応えのある舞台でした。
過去の上演記録がパンフレットに載っていましたが、ルネやモントルイユ夫人を男性がやったり、近いところでは蜷川演出で全員男性という配役もあったようですね。演出家が挑戦したくなる舞台らしく、そうそうたる演出家がそうそうたるメンバーでやっている歴史がある作品。野村萬斉も「やってやるぞー!」と思ったのでしょうがそういう肩の力を感じさせない良い舞台でした。

ということで長丁場でしたが大変に満足しました。
私はほかの人の感想に耳を澄ますのが好きなのですが、業界の人?とおぼしき50歳前後の女性が「美波ちゃんは可愛かったからよかったけれど、あれじゃ三鈴ちゃんが可哀そうよ!」と憤慨していました。衣装のこと??演出??三島由紀夫の台本に憤慨??
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by soymedica | 2012-03-14 08:14 | その他の舞台 | Comments(0)

息吹の会二部 附子 羽衣 ほか

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東日本大震災復興支援能 息吹の会 二部
3月7日(水)@観世能楽堂 18時30分より
正面席7000円

素謡 翁 金春流 金春安明 山井綱雄 他
舞囃子 八島 喜多流 友枝昭世
一調 小塩 津村禮次郎 太鼓 大江照夫
仕舞 
老松
 観世流 北浪昭雄
東北 喜多流 佐々木宗生
 観世流 松山隆雄
連調 小鼓 花月 幸信吾 住駒匡彦

狂言 附子 和泉流
シテ 石田幸雄、アド 深田博治、アド 高野和憲

仕舞 嵐山 宝生流 宝生和英

能 羽衣 和合之舞 観世流
シテ 岡久広、ワキ 福王和幸
笛 寺井宏明、小鼓 幸正昭、大鼓 柿原光博、太鼓 観世元伯
後見 武田宗和、坂井音晴


割合暖かい曇り。6時15分くらいに着いたらまだ入場の列が続いていた。正面席の結構良い場所をゲット。催しの性質か、切符の売り方なのか、若い人が多い。山井綱雄にはお嬢さん(私の眼にはミセスには見えないお歳)のファン多し、などチェック。

全般に大変楽しめる会でした。

の素謡。前回は宝生流の素謡を聞きましたが、受ける印象がだいぶ違う。流派によるものなのか、人によるものなのか。地謡から受ける感じでは後者の要素も大きそう。前後に平伏するのも前回とは違う。

八島の友枝昭世が凄いのは当然として、舞扇のほかにもう一本持っていて使うのも初めて見ました。舞扇よりちょっと短めに見えました。ネットで見ると金春の屋島の仕舞では一本のみでやっているようですが、流儀によるのでしょうか。

津村禮次郎さん、太鼓の大江照夫、立ち居ふるまいからは二人ともご高齢と推察しますが、素晴らしかったです。一調って何かが自分の中でぴたっとあうと面白い。

初めて見た連調。なんでも複数あるのが連調なのだそうですが、今回は小鼓二つ。始めてみましたが、カタルシスあり。

そして狂言、附子。トリカブトのことだそうです。見ながら突然「石田幸雄って酒飲みに違いない」と確信。色々ご指摘のある高野和憲ですが、本日なかなか良かったです。ところで、附子の解説にはたいてい「砂糖を猛毒だと偽って云々」とあります。私はずーっと白砂糖を想像していましたが、「真っ黒な」という台詞があり、黒砂糖だったのかと初めて気付きました。時代を考えればそうですよね。破る掛け軸が「牧谿」というのが凄くて笑っちゃう。


休憩。オレンジ色の総絞り(!)の小母さま(私よりは確実に年上)が、次は「若様よ!」と騒いでいる。若様って誰だ?と思ってプログラムをみたら、宝生和英でした。
この仕舞 嵐山、終わるとまだ宝生和英が準備しきれていないのに地謡がばらばら帰ったように見えましたが…。そして会場が凄くざわざわ。何かまずかったのかな。


そしていよいよ羽衣。前二回見た羽衣が不完全燃焼だったので期待が高まります。白龍登場。プログラムは見ていましたが、ワキが福王和幸だと頭に叩き込んでおかなかったので心の準備ができておらず、登場した時またまたその八頭身のバランスにびっくり。昔の田舎の漁師にしては良く育ちましたね。本日漁師はツレがいないので、竿を後見座におくと、「のどかで宜しい」とも謡わずに、衣を発見します。あのワキ・ワキツレ3人での謡が無いのがちょっと残念。

すると、鳳凰の冠を着けた天女がやってきて、「それは私のですが」と。天に帰れないからそれを返しておくれ、とかき口説くのです。衣は手渡しで返す演出ですが、白龍があまりに美男なので「ここで夫婦になっても良いのでは」と天女はチラッと思ったろうな。夫婦になる伝説のほうが多いし。それにしても謡曲に出てくる庶民でこんなに有名な人はいないだろう。ほかの謡曲の庶民ってそもそも名前があったろうか。

そのあと天女は衣をまとうのですが、今回の物着は非常に簡単。本当に渡された衣をはおるだけ(どこか糸で留めていた)。白に鳳凰の模様です。
割と前のほうの席だったので、細部を観察していたのですが、この方、面の使い方が非常に綺麗。ああ、いま天を遥かに眺めているな、とかいまちょっとほほ笑んだな、とか感じられました。そして天女は地謡に送られて幕へ。

3回目にしてやっと納得できる羽衣でした。それにしても、これだけ数多くやられている演目、役者はやりにくいでしょうね。


息吹の会は若手能樂関係者の発案による公演で、この収益を元手に東北の人に無料の公演を楽しんでもらおうというものだそうです。その心意気に感じてベテランも出演による支援をしているという感じが伝わってきてとても良かったです。

写真は全然関係ないけれど見かけた都バスです。
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by soymedica | 2012-03-09 22:29 | 能楽 | Comments(0)

平家物語を読む 古典文学の世界 永積安明 岩波ジュニア新書

d0226702_21372792.jpg平家物語を読む 古典文学の世界 永積安明 岩波ジュニア新書
2010年9月6日 第38刷

ジュニア新書というので安心(?)買ったら、結構骨のある内容でした。NHKで「平家物語の群像」として放送したものの、書籍版だそうです。

平忠盛、祇王・仏、俊寛、文覚、平清盛、木曾義仲、源義経、平忠度、平知盛のエピソードを中心に、平家物語の全体像を説明しつつ個々の物語の解説をして行くスタイル。平家物語全部について書いてくれると嬉しいのですけれど、と勝手なお願い。
文体から考える平家物語成立の過程、もちょっと載せてあります。

平家から源氏へというのは(平家の時代は所詮は貴族政治の踏襲であったとして)、貴族から武士の政治へというように習ったような記憶が。そしてそれにともなう経済状況の変化についても習った記憶があるのですが、内容を忘れてしまった(情けなや)。

これを機に日本の歴史シリーズを読みなおそうかな。
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by soymedica | 2012-03-06 21:38 | 本・CD・その他 | Comments(0)

国立能楽堂3月 定例公演 縄綯 箙

d0226702_15582478.jpg国立能楽堂定例公演 2012年3月2日
18時30分より
正面席4800円

狂言(大蔵流) 縄綯
シテ 山本東次郎、アド(主)山本則孝、(何某)山本則俊

能(観世流) 箙
シテ 津田和忠、ワキ 野口敦弘、ワキツレ 野口能弘、野口琢弘
アイ 若松隆
笛 槻宅聡、小鼓 古賀裕己、大鼓 亀井実
後見 武田宗和、関根知孝


雨。今ツイッターで能楽堂でのドレスコード(!)について意見が交わされているけれど、平日の夜やる公演に着て行くものって、通勤着。

縄綯。最近東次郎ばかり見ている。この人、上手なのはもちろん、手足の短いいかにも日本の体形だから、何の役をやっても似合う。太郎冠者が借金のかたに主の友人の家で働く羽目になって、「台所の隅につっくりといると」と、しぐさをすると、それだけで情景が浮かんでくるよう。太郎冠者の語りで聞かせる演目なので、とても楽しかった。

国立能楽堂なので、聴きなれない言葉にはスクリーン解説がでます。
鳥目(ちょうもく)は、お金のこと(真中に穴の空いているタイプ)
血のあまり、両親の一番最後にできた子供
立臼に菰、太った女
だそうです。


箙は、勝修羅(あとは田村、屋島)と言われる能。筑紫から出てきた坊さん一行が見事な梅を見て感動。そこにいかにもわけありげな男登場。直面です。・・・・・そしたらですね、前の席の小母さま御一行が、「あら、先生がシテなのよ!」えええー!?知らないで来たの??

それはともかく、いかにもわけありげに出てきた男なのに、坊さん田舎者だからその男に呑気に「この梅にはいわれがあるのか?」。男はこれは梶原源太景季が戦闘の時箙にさした梅だと教えます。そして実は自分は景季の幽霊だと言って消えて行きます。

実は出だしから気になっていたのですが、本日囃子方の調子がいま一つだったのか、それともああいうタイプの囃子なのか、何となく全体に堅い調子でした。笛かなー。私は乗り切れませんでした。

アイは私には初めての人。物凄く元気が良くて、そんなに力まないで、と。

そして出てきた後シテは力強く舞います。シテも全般に若干肩に力が入りすぎ、と言う感じの方でしたね。謡も朗々としていましたが、若干一本調子。プロでも緊張するものなのでしょうか。
野口敦弘の謡が結構陰影に富んでいたので、余計気になりました。出だしはいかにも田舎者、それが定番の「不思議やなー」からはやっぱりお坊さんなのね、という謡になりますから。

地謡も比較的年齢が若く、艶のある声で、勝修羅ってこんなものかな、と思いました。

ところで、「大童」の語源ってこういう所にあったのですね。兜を撃ち落とされて童のようになってなりふり構わず、ってところでしょうか。

面を書き忘れました。平太だそうです。

参考は、これならわかる、能の面白さ 林望 淡交社
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by soymedica | 2012-03-03 16:03 | 能楽 | Comments(0)

梅若六郎玄祥、能を旅する

d0226702_2214329.jpg梅若六郎玄祥、能を旅する ハースト婦人画報社

近所の本屋さんに取り寄せてもらうとき「のうをたびする」といったら、おじさんが「あの、踊る『のう』ですか?」とフラダンスのようなしぐさをしたので(大真面目)、相互理解があったかどうか心配だったのですが、無事入荷。

婦人画報に連載していたものを一冊の本にまとめたもの。きれいです。梅若玄祥が能の舞台になった土地に行って装束をつけて写真を撮り、観光して美味しいものを食べて、高級旅館を紹介し、と言う本。80ページで写真がきれい、というかそれが主体。写真家は複数です。居間のコーヒーテーブルに載せておく本、といえば分かってもらえるでしょうか。

雷電の比叡山、竹生島の琵琶湖、隅田川の隅田川(東京スカイツリーを背景に装束を着けて写真とっている)、野宮の京都、紅葉狩の戸隠、巴の近江、葛城の葛城山と羽黒山、松浦佐用姫の唐津が載っています。


・・・・・・・「のうをみにいく」というと、「能・狂言の能?」とか「お面つけてやるあれ?」果ては「あの眠くなるやつ?」とか言われたことはありますが、「踊る」と言われたのは初めて。あ、そういえば、「解剖ですか?」と言われたことあったけれど、それは「脳」。
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by soymedica | 2012-03-01 22:29 | 本・CD・その他 | Comments(0)