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ジャクソン・ポロック展

d0226702_21335376.jpg生誕百年 ジャクソン・ポロック展
@国立近代美術館

それ何?って思った人も、見れば「ああ」と思うドリッピング。
最初のうちは「ナントカ風」の絵を描いていた(それでも素晴らしい)のだが、いつのまにかあのドリッピングになっている。

別に誰がやってもできそうなものだけれど、やっぱりダメそう。たとえば私が1000回か1万回やったら「これポロック」といっても騙される人が出るものが1枚くらいできるかもしれないけれど、それは「子どもは絵の天才だ」と言っているのと同じ。そこはそこ、プロは違うものです、と思った。
あんなふうでも図録や会場の作品を見ると「凄く良いもの」とそうでないものとの評価はおおむね一致するのが面白い。専門家によると今回展示されていないものの中には駄作もあるのとか。(ピカソの駄作は画商が捨てていたそうですが、ポロックには捨ててくれる画商がいなかったのね。)

後期の作品は、友人の建築家もMOMAの学芸員も「日本の書に啓発された部分があるだろう」と指摘しているが、解説や図録にとくに言及は無かった。一般的な意見では無いのだろうか。

「最高傑作」と解説が付いていて納得した作品の持ち主は何とテヘラン現代美術館。パーレビ国王お買い上げだったそうです。

アル中で飲酒運転のあげく事故死したのだそう。


同じチケットで入れる「原弘と東京国立近代美術館 デザインワークを通して見えてくるもの」も時間があったらお勧め。国立近代美術館のポスターをほぼ一貫して手掛けた人の回顧展です。出口でアンケート係りのお姉さんに「見なかった」と言ったら、あまりに残念そうにするので、戻って見てきて正解でした。
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by soymedica | 2012-02-28 21:36 | 本・CD・その他 | Comments(0)

第15回條風会 葛城、千鳥、藤戸

d0226702_19422811.jpg第15回 條風会
2012年2月25日(土)12時30分より
@十四世喜多六平太記念能楽堂
座席指定券6000円

仕舞
網之段 内田成信
嵐山 金子敬一郎

能 葛城 神楽
シテ 狩野了一、ワキ 宝生欣哉 ワキツレ 大日方寛、野口琢弘、アイ 山本則孝
笛 一噌隆之、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 亀井広忠、太鼓 大川典良
後見 塩津哲生、佐々木宗生



狂言 千鳥 
シテ 山本則孝、アド(主人)遠藤博義、(酒屋)山本泰太郎

仕舞 野守
塩津哲生

藤戸 
シテ 友枝雄人、ワキ 森常好、ワキツレ 森常太郎、野口能弘、アイ 山本泰太郎
笛 藤田貴寛、小鼓 観世新九郎、大鼓 柿原弘和
後見 内田安信、佐藤章雄


ちょっと遅れて行ったので仕舞は拝見することはできませんでした。

葛城はこんなにフォトジェニックというか目に楽しいものだったか?という感想。笠の雪も、水衣の水色も、手に持った雪をかぶった小枝もきれいでした。と言うのも、シテの振る舞いや仕舞が綺麗だからかもしれません。

山伏たちの様子もスマート。宝生欣哉って泥臭い感じに欠けるのかもしれない。いつも感じるのはシテ・ワキが声を合わせる時はなぜかシテがワキに合わせる感じですね。ともあれ、なかなか良かった。

でも、神様が醜さを恥じるあまり土木工事を昼間できない。それを行者(役ノ小角)に怒られて縛られちゃう、ってすごいストーリーですよね。

神楽の小書きですので、舞は序ノ舞ではなく、神楽。最後にワキがシテを拝む仕草をします。


狂言千鳥は、お金の無い主人のために酒屋からなんとかタダで酒樽をせしめようとする太郎冠者の話。今回、ちょっとしか出てこなかった主人役の遠藤博義、若干残念な感じでしたが、太郎冠者と酒屋は良かったです。酒樽は葛桶に綱をぐるぐる巻いたもの。葛桶って黒一色かと思ったら、これは茶色で蔦の模様がついていました。
でも、うまく祭り見物の話をしたらお酒はタダでやろうとまで言ってもらっているのに、かすめ取っちゃダメですよね。


藤戸は有名なストーリなので期待していました。期待にたがわず。
まず、佐々木盛綱の一行登場。戦争で功のあったために領主として国入り。天気も良いし、「皆のもの訴訟があれば自分に言えよ」と。すると老女(って、ひどくない?40歳くらいだと思うけれど、まあ、当時の意識はそうだったのでしょう)一人登場。

この衣装が渋い。グレー、茶、からし色の大きな市松に黒の縞入り。そして、戦功をあせるあまり、お前に藤戸の浅瀬を教えてやった罪のないわが子を殺したことを責めます。ここのところ、ものすごく感情移入した謡でびっくり。素敵でしたけれど、この曲はこういうものなのでしょうか。

昔のことなので、そして戦争中のことなので、別に誰か他の人が出てきて盛綱を責めるわけではありませんが、盛綱はその男を弔うべく指示をします。だって、泣き崩れる老女を送って行った下っ端まで「可哀想ですねー、」なんて言い始めるのですから。アイの山本泰太郎は重い一曲のちょっとした一息(語っている内容は重いのですが)になって良かったです。

そして後半、水死体登場。まさにそういう感じを与えるのは衣装や面のためだけでは無いような気がします。盛綱に殺された漁師、老女の息子です。「お前に馬で渡れる浅瀬を教えてやったのに、他のものに教えるかもしれないと、ひそかに俺を殺して海に沈めただろう…。」
これだけのことをされて、化けて出てきているのに丁寧に弔ってもらうと「ありがとう」と言って盛綱に向かって合掌するというのが現代人には解せませんが、舞台を見ているときにはあんまり感じず、すーっと終わりまで納得できたのでした。

これは前シテが老女、後シテが青年(の水死体)と、ガラッと変わるのですが、シテにとってはそこが見せどころなのでしょう。
そして、本日私は大変満足しました。

本日のシテを務めた二人の舞台があったらまた見に行こう。


写真は近代美術館の2階のテラスの内外の彫刻。
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by soymedica | 2012-02-27 19:44 | 能楽 | Comments(0)

都民劇場能 樋の酒 羽衣

d0226702_225417.jpg都民劇場能 
2012年2月23日18時より @宝生能楽堂
正面席7500円

狂言 樋の酒 
シテ 野村萬、アド(主) 野村扇丞、(次郎冠者)野村万蔵

能 羽衣 彩色 
シテ 関根祥六、ワキ 野口敦弘、ワキツレ 野口能弘、野口琢弘
笛 一噌康二、小鼓 大倉源次郎、大鼓 柿原崇志、太鼓 観世元伯
後見 木月孚行、武田尚浩


昼ごろまではすごい雨でしたが、5時過ぎにはすっかりあがっていました。例のごとく駆け込みましたが、宝生能楽堂って夜遅くの公演を認めていないのだろうか?
8割方の入りでしたが、なんとラッキーなことに私の前にはお客さんがいなかったので、コートを前の椅子の背に掛けてゆったり見られました。主催者の性格によるものか、謡本手に、という首本党は少数派。

樋の酒。残念なことに萬が柱の陰になってしまい、樋の酒を飲む演技がちょっと見にくかった。それにしても野村萬、万作、兄弟して酒を飲む演技が上手い。実生活でもお好きなのでしょうね。酒を飲んだ太郎冠者と次郎冠者が歌ったり踊ったりするのが見どころ。そこも上手。楽しい一番でした。

………

私の職場にちょっと前まで決められた定年を越えても働いている人がいました。何でもお若いころ大変に職場に尽くしたとかで、定年過ぎてもしっかりバリバリ働けてもいたし、毎年契約を更新すること10年。そのくらいになるとさすがにいくら仕事のできる人でも、ついてこられなくなります。でも仕事の質が低下しても、年長者ということで誰も注意できなくなってしまいました。顔を見ると「いや、あなたのようにいつまでも元気で働けて、素晴らしい。」と皆言うのですが、誰も本心からそう思っている人はいない。習慣のように契約を更新していたので、本人、死ぬまで働くつもり。実際「私は職場で死ぬ」とも口にしていました。
こうなってくると「誰が猫の首に鈴をつけるか?」が最大の関心事。

70歳くらいまでは大きな病気をしなければかなりの人が通常の業務に耐えうるけれど、75歳過ぎると個人差が非常に激しくなる、と老年病学の医者が言っていました。
定年、というのはそれなりに意味のある制度だと思います。


梅の花がまだなので、のし梅で。
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by soymedica | 2012-02-25 22:06 | 能楽 | Comments(0)

観世会能楽講座 土蜘蛛

d0226702_21403216.jpg観世会能楽講座 土蜘蛛
2012年2月20日@観世能楽堂
3月定期能のチケット有りで500円(なしだと1500円)

前半 松岡心平、小松和彦(国際日本文化センター)
後半 ワークショップ 横山太郎解説 観世清和、森常好他


結構招待席に空席の目立つ夜でした。私は橋掛りよりの端っこに座っていたので、あの松は作り物なんだ、と初めて確認しました(本物だと葉が落ちて掃除が大変そう。)

まずは小松和彦のお話。(充実したハンドアウト有り。)
古来日本人は妖怪とか鬼をどのように図像化してきたか、ということに興味を抱き研究しているそうです。土蜘蛛草紙絵巻(14世紀に作られたもの)と言うものの解説から。妖怪(道具の妖怪もあります)から始まり、土蜘蛛に終わるお話です。
土蜘蛛伝説は色々あるそうですが、謡曲の元になったのは平家物語付載の「剣巻」だそう。これは皇室の剣の話と源氏の剣の話から成る二部構成であり、その作成意図は、1.安徳天皇の死と共に失われた剣を補う宝剣伝説を作りだす、2.源氏の権威付け、と言われています。

この辺から松岡心平との掛け合いとなります。
能の土蜘蛛の構成は頼光(雷光に通じる)の剣の話をベースに土蜘蛛の話を付け加えた形になっています。絵巻では蜘蛛は京都の西山からやってきたことになっていますが能では葛城の土蜘蛛になっている。葛城の一言主神社や高天彦神社には土蜘蛛塚、蜘蛛塚があること、大和王権の敵対者「土蜘蛛」を殺した記憶があること、が理由として挙げられます。では、なぜこの時期になって被制圧者の記憶が蘇ったのか?一言主、葛城氏、そして賀茂氏、角小役の関係などについてさささー、と触れてました。頂いたハンドアウトにも色々書かれていましたが、何せ昔のことですからクリアーカットに説明するわけにはいかない。

ともあれ、室町末期に土蜘蛛の話が蒸し返されて能となったのはこの時代に修験の力が強くなり、葛城山の記憶が蘇ったためではないか、との言及もありました。(このあたりの時代の「奈良」を研究する人はあまりいないらしいです)。

小松和彦、そういえば妖怪関係の本をたくさん書いている人だ、と思い当りましたが、本の紹介のされ方がキワモノっぽいので読んだこと無し。こんなちゃんとした学者だったんだ―、とお話を聞いて思いました。大変に失礼しました。そのうち何か買って読みます。(たくさんありすぎて目移りしますが。)


さて、ワークショップへ。小書「入違之伝」で前半実演。そのうち蜘蛛塚の作り物も出て、最後の切り合いも見ちゃいました。私は橋掛かり脇に座っていたので、鉛の芯の入った蜘蛛の糸もちょっともらってきました。

ここで家元観世清和のお話。蜘蛛の糸は一つ1500円もするのだそう(実演では13個投げた)。今では作っている人は二人しかおらず、どうなることやら、とのお話。1603年初演らしいのですが、昔の糸は幅1.5センチくらいあったとか、家元がそれを投げる演出なんてとんでもない「弟子家」ならやってもね、というようなものだったそうです。と、これは横山太郎解説。

出演していた森常好が、「実は能でワキが切るのはオニだけ。一部の例外を除いて人と人との切り合いはシテのものです」へーー。
そして「オニ」は後戸の神から土蜘蛛まで非常に範囲の広い概念であって、この「オニ」を劇作上どう処理するかというのが世阿弥の作能の上でのポイントだった、とこれは松岡。
また、家元の話では、子供のころにこの土蜘蛛のような力強い能をしっかり勉強すると(観世清和最初の土蜘蛛は今回の三郎太と同じ小学校六年のときだったそう)、将来井筒のような優しい女性の能がしっかり舞えるようになるそう。わかるような気がします。

今回は大幅な時間超過も無く(前もって会場に終了8時半と放送流れていましたし)終了したのでした。

写真は拾ってきた蜘蛛の糸。右端のぽつんと黒いのが鉛の芯。
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by soymedica | 2012-02-23 21:44 | 本・CD・その他 | Comments(0)

山階会 三輪 正尊 伊文字

d0226702_2315616.jpg山階家先祖遠忌 山階信弘二十三回忌追善 山階会
2012年2月19日(日)正午より@観世能楽堂
正面席15000円


連吟 江口

能 三輪 白式神神楽
シテ 山階彌右衛門、ワキ 宝生閑、アイ 山本則重
笛 一噌隆之、小鼓 観世新九郎、大鼓 安福建雄、太鼓 観世元伯
後見 木月孚行、観世芳伸、上田公威

狂言 伊文字
山本東次郎、山本泰太郎、山本則俊

舞囃子 
砧 山本弥次
卒塔婆小町 梅若玄祥

一調 
東岸居士 大西智久

仕舞
当麻 谷村一太郎
定家 関根祥六
藤戸 野村四郎

能 正尊 起請文 翔入
シテ 観世清和、ツレ(義経)観世銕之丞、(静)観世三郎太、(江田)山階彌右衛門、(熊井)観世芳伸、
ワキ 宝生欣哉、アイ 山本則孝
姉和 上田公威、朗等 大西礼久、野村昌司、清水義也、角幸二郎、木月宣行、武田友志、坂口貴信
笛 一噌康二、小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井忠雄、太鼓 金春國和
後見 関根祥六、観世恭秀、寺井栄


開始時間を間違えていて、ギリギリセーフ。
連吟。たぶん素人のお弟子さんだと思うのだけれど、素人もプロも謡というものは口をあまり開かないのだな、と思う(割合前に座っていたので)。

三輪。直前まで絵馬だと思っていた。作り物が笛座前に出される。持っている本には「白式神神楽」の小書のときには引き回しは白と書いてあるが、本日は紺。どうやら青竹だけでなく、杉も本物のよう。
宝生閑のワキ僧登場。玄賓僧都って最近どこかで読んだ名前なのだが思い出せず。法相宗の高僧だそうです。宝生閑を見るのは今年になって初めてかもしれない。本日は紺一色のお召し物で頭巾も紺に渋い金の模様が一面に入っている(これが素敵)。

僧が「毎日樒の水を汲んでくれる人がいるのだが、どういう素姓の人か」と言っているとその女登場。左に木の葉の入った水桶、右に数珠。黄色の地に菊の花の唐織。下には濃紺に葛の葉模様かな。この女が僧に衣をねだって、三輪山の麓に住んでいますが、来ても来なくても…みたいな思わせぶりなことを行って中入り(作り物に入る)。この前半、ぼやーっと聞いていて思ったのですが、日本では仏教は伝来の時から神道と一体となっていたのだな、と。明治の神仏分離の根本的困難性について誰かが書いていたものを思い出す。

さて、作り物の中では3人の後見の手伝いで着替えが忙しい。前半の面はやや色黑の印象であったけれど、それを外したのが見える。
アイの語りは前半のダイジェストではなくて、三輪神社の由来を語るものです。なかなか、キリっとしていて良かったです。

さて、僧が三輪の里に着くと作り物(杉小屋らしい)の中から「ちはやぶる」と声が。この彌右衛門の声がとてもつやがあって素晴らしかった。後半調子をあげた感じ。そして後見が引き回しを降ろして神様が現れる。ここのところで前の列に遅刻してきて座った老夫婦あり。杖をついていてかなり入るのに手間取るうえに、座ったら座ったで、パンフレットをだしたり、上着をたたんだり。全くー。怒、怒。(私が切符を入手した経緯から考えてあの辺に座るのはお弟子さんじゃないかと思うのですが、よく躾けてくださいね。)

神様(女神の格好です)はこの小書の場合にはほとんど動かず、「苧環に針をつけ」で、やっと立ち上がる。しかしこの後神楽に入ってからの動きは神様とは思えないほどダイナミックでありまして、橋掛かりに行ったり、くるくる回ったり(良く方向を見失わないな)、玄賓僧都だけでなく、観客も満足だったのでありました。
そして、「覚むるや名残なるらん」で、幕へ。ワキが留拍子を踏みます。


狂言伊文字。以前最初に見た時もシテは東次郎でした。その時には私はただただ筋を追っていただけのような気がします。笠を投げるのにびっくりしたり。今回筋書きが分かってじっくり見ると、やっぱりあたりまえのことだけれど東次郎ってしみじみ面白い。一つのことを子供のころから一生懸命やると(まあ、普通これすらも難しいけれど)だれでもこの域に達するのだろうか?


正尊。全く知らなかった能ですが、この「起請文」は安宅の勧進帳、木曽の願書と並んで3読み物と言われるのだそうです。さて、義経、静御前、江田、熊井が登場。ついてワキの武蔵坊弁慶登場。って、義経が観世銕之丞、弁慶が小柄な宝生欣哉。しょうがないけれど、視覚的には逆では。

土佐坊が義経を打ちにやってくるのを先手をとって弁慶が連れてきます。義経が問い詰めると、土佐坊は「ただお参りにきただけだよ。」と言って、ウソ偽りはごさいません、と「起請文」を読みます。土佐坊は角帽子というのでしょうか、をかぶっているのですが、観世清和、これがなかなか似合う。弁慶が土佐坊を呼び出すのですが、これは橋掛かりで問答。一部が一寸見えにくく、やっぱり後ろのほうの席が良かったかと後悔。前半のハイライトの起請文、力強かったです。後から振り返ると後半の印象が強い作りの能だけに、ここにこれだけ重点を置いて思い出させるのは家元の芸の力なのではなかろうか。

立派な起請文を読んで「まあ、ウソとは思うが許してやろう」と義経。そこで静が舞をご披露。静役の家元の息子三郎太君は小学校六年生だそうです。とても見事でした。お友達に見に来てもらえば良いのにね。

無事宿舎に帰る土佐坊。アイが女なら怪しまれないから様子を見に行けと言われ行ってみると、先に行った二人が切り捨てられており、宿舎では打ち入り準備の真っ最中。と、立派に語っている間、おいおい、鏡の間、ウルサイよ!!
ワキの物着というものを初めて見たけれど、当たり前のことながら後見がするのではなく、ワキ方が出てき手伝っていました。

そしてワキが「どうやら正尊は打ちいり準備中らしい」と義経に報告すると、義経たちも(静までも)「ヨシ!」と戦闘準備。準備は江田や熊井は無事終わったのですが(あの烏帽子をとるのが結構大変そうでした。どうせ前半たいして動かないのだから、そんなに一生懸命結んでおかなければ良いのに)、義経の腕まくりが大変。糸で袖をあげて留めるのですが、四苦八苦。銕之丞の体格が良いのと、後見がおじさんなので大変そう。老眼じゃないのかな。後見くらい眼鏡掛ければよいのに。

そして打ちいり場面。高度なチャンバラ劇が繰り広げられ、無事正尊は生け捕りにされるのでした。欣哉も長刀を振り回し、敵を無事打ちとると、心なしか嬉しそう。皆がてんでに刀の鞘を捨てたりするので、ちゃんと幕前にも後見が。いつも3人いても退屈そうに見える後見ですが、今回は大活躍の一日でした。
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by soymedica | 2012-02-21 23:17 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂2月企画公演 御茶の水 松浦佐用姫

d0226702_1750359.jpg国立能楽堂2月企画公演
観世文庫創立20周年記念 世阿弥自筆本による能

2月16日(木)18時30分
正面席 5500円(ここからあぜくら割引)

狂言(大蔵流)御茶の水
シテ 山本則重、アド(住持)山本東次郎、(女)山本則秀

能(観世流)松浦佐用姫
シテ 大槻文蔵、ワキ 福王茂十郎、アイ 山本泰太郎
笛 一噌隆之、小鼓 観世新九郎、大鼓 國川純
後見 山階彌右衛門、赤松禎英、上田拓司


御茶の水。明日の茶会のための清水を汲みに行くのを頼まれた新発意がうまく立ち回っていちゃ(狂言での若い娘の名前の定番だそう)と清水で落ち合い、小歌を歌いあうと、という話。小歌が聞かせどころなのですが、ところどころちょっと残念な感じのところあり。
そういえば茶会では正客が「どちらのお水ですか?」と聞く。たいてい亭主の返事は「今日のために早起きして汲んだ水(たいていは近所の名水の名を言う)」ということになっているけれど(もちろん大抵はは水道水)。中世では前の晩に汲みに行ったのでしょうか(笑)。

しかし東次郎、もう75位じゃないかと思うけれど、相撲とって足をとられて倒れる演技なんて危ないですよ。と、普通思うけれどそこは鍛えた技術と体で危なげなかった。鍛錬は重要だ(ここが本日のtake home point)。


松浦佐用姫は1963年の世阿弥生誕600年を記念して観世元正が復曲。今回のシテの大槻文蔵は85年にもシテをやっているらしい。
前半は行脚僧に、里女(実は松浦佐用姫の霊)がちょっとした名所教をしたり佐用姫伝説を語り、思わせぶりに消える。後半は旅寝の僧に前半で約束した鏡を持って現れた佐用姫登場。(正先には鏡を置く台も置かれています。)鏡には恋しい狭手彦が映っている。松浦山に上った姫がヒレ(領巾。天女の絵によくある両肩にひらりと掛けている布)を振って狭手彦の乗った船をとどめようとする場面がクライマックスです。そして恋しい男が去ってしまったので姫は形見の鏡を胸に海に身投げする。

夢幻能のパターンですが、前半がいささか説明的な感じがします。それと、話を鏡かヒレのどちらかに絞った方が話がすっきりしそうだけれど、と思ったのでした。「朝顔朝寝髪打ち解くる共寝なりけり」とかちょっと能にしては色っぽい詞章があるところが面白い。

装束が面白かったです。前半は小面。雪を被った笠をかぶって出てくるのですが、装束は金と白の市松に花が飛んでいる。なかなかきれい。後場では最初は男装、頭に唐冠。上が青っぽい色で下が白、ともに金が入っているように見えましたが、途中で冠を脱いで、沈んだ色の上着(狩衣というのだそう)を脱ぐと、それはそれは明るい感じの花模様(あるいは蝶か?)のとんだ(遠目には金と白の地)装束(摺箔)に。後場の面はその名も佐用姫と言うのだそうですが、ちょっと小生意気な感じの素敵な面。うーん、話が鏡とヒレだから両方の衣裳が楽しめるのかー。

クライマックスのヒレ振りは橋掛り一杯を使って行われましたが、女性の面をかけた人がああいうダイナミックな動きをすると面白いですね。船を呼び戻そうとする必死さが伝わります。ヒレはわたしはふわふわのちょっと透ける生地のショールのようなものを想像していたのですが、比較的厚い白絹の細長い布でした。

雑誌 観世の2011年12月、2012年1月に関連記事が載っています。どちらも結構面白いです。
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by soymedica | 2012-02-18 17:53 | 能楽 | Comments(0)

野田裕示(のだひろじ) 絵画のかたち/絵画の姿

d0226702_23553258.jpg国立新美術館開館5周年 野田裕示(のだひろじ) 絵画のかたち/絵画の姿

先週末、ポロックを見に行こうか、と考えてネット検索していたら新美術館で面白そうな展示が。この人の名前には全く記憶がないのだけれど、検索すると見たような絵がいろいろ。国立新美術館の催しは何となくいつも気になることが多いので、出かけてみることに。

実際に行ってみて正解でした。どう表現して良いのかは分からないけれど、私好みでした。図版と実物に乖離のあるタイプの絵って良くありますけれどこれもその一つ。画面の凹凸やテクスチャーが特徴の一つなので実物をみるとだいぶ印象が違います。それと、どんな大きさに印刷しようと何となく収まってしまう図柄なのですが、考えていたよりかなり大きなもの、小さなもの、色々。大きさも表現の一つなのだな、と思います。

同時期に作成されたものをまとめて展示してあるので、緩やかな統一性が楽しめます。ゆくり眺めながら通路を散歩すると面白い。

この美術館、作った時にはいろいろ言われましたが、お金に余裕のあるうちにこういう箱ものを作っておいてよかったなと思います。でも東京だから作品が来て、力のある学芸員を集められ、交通費をかけて展覧会に来る人たちもある程度集まるのだな、と考えると寂しいですね。50年後に日本がこの美術館を支えていることができるのだろうか。

チケットの図柄になっている絵はかなり大きく、畳3枚くらいのおおきさかな、と思われます。
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by soymedica | 2012-02-16 23:56 | 本・CD・その他 | Comments(0)

国立能楽堂2月普及公演 花折 邯鄲

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国立能楽堂2月普及公演
2011年2月11日(土)13時より 
正面席 4800円をあぜくら割引

解説 「邯鄲」哲学的に人生を考える能 林望

狂言 和泉流 花折
シテ 佐藤融、アド 佐藤友彦、立衆 井上靖浩、今枝郁雄、野村又三郎、鹿島俊裕、大野弘之

能 観世流 邯鄲
シテ 岡久広、子方 武田章志、ワキ 森常好、
ワキツレ 森常太郎、野口能弘、野口琢弘、殿田謙吉、大日方寛
アイ 石田幸雄、
笛 竹市学、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 國川純、太鼓 助川治
後見 武田志房、武田尚浩、武田友志


国立能楽堂は年度末のため(!?)工事中です。外壁と前庭の舗装の工事だそうです。そうじゃなくて、ロッカーを増やすとか、クロークをつくるとかぁぁぁ。

前回邯鄲を見たときにも解説が付いていて、林望でした。今回も。さすがに内容はガラッと変えてある。一畳台という最低限の舞台装置で場面転換を図るところが能らしいとの前ふりから話は荘子へ。一言で言うと、荘子の思想は「頑張らない」「人生は大きな夢である」(まあ、そのうち覚めるさと思ったら頑張らない)。
そういう思想から生まれた「枕中記」という小説が土台なのですが、能の邯鄲は直接ここから作られたのではなく、太平記からだろうとのお話でした。


さて、狂言の花折。とても立派な満開の桜の木の作りものがワキ座に置かれます。話は寺に花見客が入るのを嫌った住持の留守中、花見酒が飲みたくなった新発意が花見客をひきいれどんちゃん宴会をやる、というもので、その宴会での謡や小舞が見どころ。今回は名古屋からたくさんの元気な狂言師がおでましで芸を披露してくれました。
後ろの席のご夫婦は桜の作りものがすっかりお気に召して、「ああいうの家に飾りたいわね」。うーん、近くで見たらどんなもんでしょ。でも確かに枝がとれて収納には良いかも。


おまちかね邯鄲。石田幸雄が宿屋の女主人。この人、おばさんとかお婆さんの役が妙に上手い。仕草を観察しているのでしょうね。そして私は、この人、アイがとても上手いと思う。1,2を争うんじゃないかな。

今回のシテ。謡も仕舞も危なげないし、一畳台の上での舞なんぞはとても奇麗でした。でも、前に見た坂真太郎のような若さから来る艶はないし、枯れてもいないし、難しいところ。この人の個人の公演があったら、切符を買うか?というと、何をおいても見に行く、とは言えない。ごめんなさい。「絶対に大きな失敗しないだろう」という安心感はあるのですが。
私、この話の最後の夢から覚めたところが好きなのですが、そこはなかなか良かったです。

邯鄲と言うと必ず言及されるあの空下り、もともとは名人が失敗して始まった型だと聞きましたが本当でしょうか。ありそうな話ですね。足をちょっと踏み外したという風に出す方法と、そろそろとおっかなびっくり下ろす方法があるのだそうです。今回はゆっくりおろして足裏をしっかりつけていましたから後者でしょうか。
そして一畳台への飛び込み。前回みた時にはこれは無かったので、見られて嬉しかったけれど、一畳台が揺れて(柱にあたったので)壊れるかと思った。最近は飛びこまない演出が多いそうですが、あった方が場面転換が面白いような気がする。

子方。昨日の子方よりちょっと大きいかな。元気に舞えましたが、ちょっと速いのでは(正確なところは私にはわかりませんが)。
地謡も良かったです。
そして驚いたのは笛。この人の笛は一度聞いたことありますが、こんなに良い音だったろうか?私の席の位置のせいか。

ということで、なかなか満足しました。「邯鄲」は良い演目だと思う。
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by soymedica | 2012-02-14 21:42 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演2月 弱法師 百萬 寝音曲

d0226702_132301.jpg銕仙会 2月定期公演
2012年2月10日(金)6時 @宝生能楽堂 正面席6000円

能 弱法師 盲目之舞
シテ 片山九郎右衛門、ワキ 宝生欣哉、アイ 高野和憲
笛 一噌隆之、小鼓 観世新九郎、大鼓 國川純
後見 浅見慈一、野村四郎

狂言 寝音曲
シテ 野村万作、アド 石田幸雄

能 百萬
シテ 柴田稔、子方 谷本悠太朗、ワキ 野口敦弘、アイ 深田博治
笛 内潟慶三、小鼓 森澤勇司、大鼓 佃良太郎、太鼓 小寺佐七
後見 清水寛二、山本順之


いつものことではありますが、勤労者は見に来てくれなくても全然かまいませんと言う6時始まり。その割にはお年寄りに配慮しない休憩時間5分。まあ、能2つに狂言1つなら割安のお値段設定なのかもしれませんが。

弱法師。盲目の舞の小書きのある時にはクリ、サシ、クセは省かれると本にはありますが、今日は前もってクリ、サシ、クセは省かれませんとの張り紙あり。と言うことはそれらもしっかり楽しんだ上にイロエの代わりの盲目の舞も楽しめるということ。弱法師は人気の片山九郎右衛門、それもむべなるかな、の演出。

とは思ったら、何とはなしにいつもの花が感じられません。いきなり「よろめき歩けば弱法師と」のところが「二月の雪は衣におつ」に変わっちゃって、あわてた後見が次をつけてました。意味がわかって謡っているのか心配。(意味がわかっていてもそういう間違いの仕方があるのは知っていますが。)

今回はアイも派手な金の縞模様の扇で布施をします。そしてシテはアイにぶつかって安座する演出でした。アイはちゃんと弱法師を立たせてあげるのでした。

謡の全集を色々ひもとくと、弱法師というのはじつに色々なバリエーションの所作(演出)があるもので、九郎右衛門もそれで緊張してしまったのでしょうか。この人のシテを見るのは初めてですが、謡や舞で想像すると、もっと実力のある人だと思います。がんばってほしい。


寝音曲は石田幸雄と野村万作。謡うのは小原木(これは調べて初めて分かった)と海人。とぼけた味の石田が面白い。万作、ちょっと息が上がっていました。でもそれはそれで味があるのですが(酔って謡ったら息が上がるでしょ)、石田の謡も聴いてみたいですね(ファンなので)。


百萬の柴田、何かの時に立ち姿のとても奇麗な人だと思って今回も期待していたのですが、裏切らず。いわゆるハンサムでは無い人で、どちらかと言うと無骨な感じの人ですが(失礼)声に艶がある。こういう人って工まずして女が群がるんですよ。舞台の外でモテていそう。それはともかく、仕舞も謡も良かったし、ああ、百萬というのはこういう女性だったのだ、ということが納得できる舞台でした。またこの人のシテで何か別の演目を見てみたい。

ワキの野口。上体が左右に揺れる歩き方が気になったのですが、ああいう歩き方をするのは相当な高齢なのでは。それを考えると実力派かな。大鼓の掛け声がちょっと気になりましたが、あんまりなじみのない囃子方も納得の出来。地謡に艶がありました。

尚、装束についてはシテのブログに詳しいです。

ところで、子方。後ろの方の席だったので「声がしっかり出ていて元気ね」と思っていたのですが、親御さんのツイートだと、泣いちゃったり、アクビしたり、だったらしい。可愛い。親はハラハラでしょうが。子方がでると残りは皆喰われちゃう。ロビーでだっこされていた可愛い弟君のデビューも待ち遠しい。ちょっとアンヨに触らせてもらいました。


いつものことながらパンフレットが充実。百萬の中でどうして二種類の経が唱えられるのかを松岡心平がわかりやすく書いています。何だかキリスト教のプロテスタントとカトリックのせめぎ合いを想像しました。手に入ったら読んでみてください。
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by soymedica | 2012-02-12 13:11 | 能楽 | Comments(0)

子方の話

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能役者の家に生まれた子が初めて舞台に出るのはたいてい「鞍馬天狗」なのだそうだ。私にその話をしてくれた人は「どんなだったか全く覚えていないけれど、舞台に出て、座って、帰ってくるだけの役」なのだそう。

そしてもう少し大きくなると台詞や仕舞がつく。立派にやると(やらなくても)おシテからご褒美がもらえ、そのおもちゃが楽しみだったけれど、「近頃の子はね、何を上げても喜ばないから、結局金券をあげることになっちゃう」そうな。しかも「昔は何かもらえるとなったらお作法も礼儀も忘れちゃってかろうじて『ありがとう』が言えるくらいに舞い上がっちゃって嬉しかったけれど、今の子ってきちんと座ってお扇子置いて『ありがとうございました』っていうんですよ」。まあ、立派なことではあるが…。

皆それでも子方の時には色々な武勇伝をつくるもので、演能中に寝ちゃうなんて朝飯前。「僕はおもらししちゃいましたね。その時の衣装?いまでも誰か着てますよ(笑)」。舞台の真っ最中「もう、やめた!」と、帰っちゃった子もいたそうな。その子も今では立派な一人前の能役者だそうですが、一生言われるんだろうな「おまえ、チビのとき、舞台から出てっちゃったな」って。

作りものに入っているときに出番が来るまで漫画読んでるなんて朝飯前。「小鼓のおじさんに『ほら、もうそろそろだぞ、ちゃんとしろ』って、怒られた」とか、子方二人が作りものに入るときには狭いので中で押し合いのけんかをして、小鼓のおじさんにおこられたり。小鼓って、そういう役目もあったのかーーー?!

私がみた船弁慶では子方のお父さんが後見で、胃に穴があきそうな顔をしていましたね。野村万作によると、芸能の家の子は小さくても舞台に物怖じすることが少ないのだそうです。慣れがあるのでしょう。万作本人のときは親が靫猿の衣装をつけてお次は面だと思ったら、おや、いない?と親が探し回る。そしたら万作は橋掛かりに立ってお客さんを眺めまわしていたとか。

映画やテレビでも子供と動物を使うと受けると言いますが、子供って本当に面白い。
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by soymedica | 2012-02-09 12:29 | 本・CD・その他 | Comments(0)