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第28回のうのう特別講演 夜討曽我

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第28回のうのう能特別講演
2012年1月29日(日)国立能楽堂
夜討曽我 十番斬 大藤内
正面席 9000円


解説「歴史物語としての『曽我物語』」
大津雄一


能 夜討曽我 十番斬 大藤内
シテ 観世喜正、
ツレ 梅若紀彰、五木田三郎、弘田裕一、馬野正基、味方玄、坂真太郎、角当直隆、古川充、小島英明、長山耕三、川口晃平、長山桂三、桑田貴志、谷本健吾、奥川恒治、トモ中森慈元、中森健之介、
ワキ 森常好
アイ 善竹十郎、善竹富太郎
笛 杉信太朗、小鼓 成田達志、大鼓 亀井忠雄
後見 観世喜之、遠藤喜久、佐久間次郎


曽我物語のミニ知識を書いたパンフレットが配られました。系図や地図が載っていて、これはお宝です。

解説が良かった。
曽我物語の仇打ちは1193年のこと。鎌倉時代末期には既に真名本が、江戸時代には仮名本が出たそうです。十郎五郎の親、河津祐通が暗殺された時、十郎5歳、五郎3歳。このとき母は「仇を取るのですよ」と言う。これが二人に刷り込まれてしまうのですが、実際に仇打ちをしようという年齢となった時には時代が変わって仇打ちどころではなくなってしまう(安定した政権になり、しかも仇は頼朝のお覚えめでたい)。しかも母は再婚して曽我の家名のためにも仇打ちを許すわけにはいかない、という状況であったところにこの二人の悲劇があったのだそうです。

また、以前に曽我兄弟の祖父は自分の娘が頼朝と子供をなしたことを怒り、その子を殺してしまうという歴史があった。よって頼朝にとって曽我兄弟は自分の寵臣を殺し、しかも自分の子供を殺した人間の孫、ということになってしまうという皮肉があったと。

ところで、十郎が兄で五郎が弟。十郎は母の再婚先の曽我家の十番目として元服したので十郎。五郎は箱根権現にいたのですが出家を嫌って出奔し、北条家で元服、北条四郎の弟格として元服したので五郎だそうです。


さて、いよいよ夜討曽我の始まり始まり。笛の杉信太郎、髪型がものすごく今風。下を刈上げて、上が長い。下手するとあやしいホスト風。笛はとても良かったです。
まず、シテとツレの二人が登場。ワキが最初じゃないので、あれ、森常好は?と思う。ツレのほうがお兄さんなので偉くって葛桶に座るのですが、ずり落ちそうになってびっくり。でもそうなりながら謡に全く影響がないのでまたびっくり。

前半、見せ場は忠義の家来が「命を捨つることこそ肝要」(何て短絡的な二人、現代なら逆ですけれど)と、刺し違えそうになるのを止めるところ。この前半、なかなか面白いなー、と思っていたら見所でお客さん倒れる。私のちょっと後ろだったのでどうしようかと思って見ていたら、やがて意識回復(したと思う、ちゃんと車いすに座れていたから)。不整脈かてんかんか。しかし、国立にも観世にもAED見当たらないけれど(まあ、今回のは使う事例ではないけれど)置いたら?そしてああいうときには車いすではなくて担架を持ってくるべきだと思うけれど。

さて、気を取り直して、アイ。実際に仇を討つところはありません。アイの大藤内(おおとうない、と読むらしい)が「ああ、怖かった」というところでわかります。この臆病で滑稽な感じとそれをなぶる見回りの掛け合いが面白い。前半ちょっと湿っぽく終わっているから良い気分転換。

そしていよいよ、追われる曽我兄弟の大立ち回り。ふだんならシテをやっているような人がたくさん出てきて派手に切られるだけ、という贅沢。派手に倒れる人、飛びあがる人。こういうのを子供向けの「入門」とか「普及」でやると良いかも。(私の演劇好きの友人は、高校で「井筒」を見せに連れて行かれ、二度と能樂堂に行かないと決心したそうですから。そりゃ退屈だったでしょ。)
最後に十郎が首をとられ、それを悟った五郎がさらに戦い捕らわれる。この十郎の首をとる良い役がワキの役。シテ方だけでもできそうな筋立てなのですが、何かわけがあるのでしょうか。
観世喜正、梅若紀彰、味方玄、それぞれ華がありますが、梅若紀彰はさらに若干影があって面白い役者かも。

液晶にちょっとだけ囃子の説明があったのが新鮮で嬉しかった。(早笛は討ち入りなどのときに使われるが、さらに太鼓が加わると怨霊などのときに使われるとか。)
舞台はもちろん素晴らしかったし、解説、パンフ、そして液晶と至れり尽くせり。9000円は満足できる投資でした。

矢来能楽堂って行きにくいのでまだ行っていません。それとここの会(九皐会)のチケットは社中優先というイメージがあり何となく行きにくい感があるのですが、今度トライしてみようか。


写真は箱根の芦の湯近辺にある「曽我兄弟と虎御前の墓」。そばの説明碑には、「もちろん嘘だ」みたいな説明が書いてありました(笑)。全国に曽我兄弟の墓はたくさんあるそうです。
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by soymedica | 2012-01-31 21:13 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂 清水 難波梅

d0226702_17141481.jpg国立能樂堂企画公演
1月28日(土)13時より
観世文庫創立二十周年記念 世阿弥自筆本による能
正面席5500円(を、あぜくら割引)

狂言 清水(大蔵流)
シテ 茂山千五郎、アド 茂山正邦

能 難波梅(観世流)
シテ 梅若玄祥、ツレ 梅若紀彰、子方 観世三郎太
ワキ 殿田謙吉、ワキツレ 大日方寛、御厨誠吾、アイ 茂山七五三
笛 松田弘之、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 安福光雄、太鼓 小寺真佐人
後見 観世清和、梅若長左衛門、山崎正道


能樂堂の庭の日陰の部分にはまだ雪が残っている(思わず写真とっちゃった)。

狂言清水。茶の湯の水を夜に汲みに行くように言われた太郎冠者が「鬼に会った」とうそをつくが、ばれてしまう話。すでに室町時代に上演の記録があったという古い話。趣味人と言うものは昔も今も周りには迷惑なものですな(笑)。でも、太郎冠者が鬼に化けて主人に約束させることが、「酒を飲ませる」これはまあ良いとしても、「夏には蚊帳をつってやる」。使用人に蚊帳をつってやらないなんてずいぶんシワイ主人。


難波梅は、難波をもともとの形でやろうかというもの。もともとの形というのは、現在と最も違うのは前半子方が出るところらしい。三郎太クンはオレンジの装束なのですが、イメージとして梅。色の関連はないのだけれど、梅を連想させます。ワキの出方が面白かった。囃子の笛が素晴らしい。アイでも笛は聞かせてくれました。

私の感想としては子方と玄祥の同吟が若干違和感。合っていないというのではないけれど、昨年の喜多流の望月での友枝大風、真也の同吟を想像していたら、そもそも声の質が玄祥、三郎太では相当違う上に、玄祥の「合わせよう」という気が強すぎてしっくりこない。二人とも一人で謡っているほうがずっと良い。
今回、ちょと長かった上に、なんとなく「見世物」としてこなれていない感じもあり、能楽初心者の私としては難しかった。いろいろ、浅香山の采女とか王仁とか、聞いたことあるけれど何だったっけという言葉が多く、そちらに気を取られてしまいました。
それと、玄祥さんの足拍子がいかにも太った人という所作なのが気になって…。
も少し勉強してから出直します。

それにしても3時半ごろ演能途中で出て行く人が多かったのは気になりました。なぜ?

前シテ 小牛尉、後シテ 茗荷悪尉、ツレ 小面


参考は
観世 2011年11月号
尚、現在読んでいる本(謡曲入門 伊藤正義)には、後場にも子方の舞を入れていたのではないかという推測が書かれています。
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by soymedica | 2012-01-29 17:18 | 能楽 | Comments(0)

座席の話

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チケットを取る時にはネットで好みの座席が指定できれば良いのですが、そうでないときは電話で予約して一応席の好みを言ってみることにしています。でも、正面席さえとれれば、あんまりぶつぶつ言わないことにしました(悟りました)。

欲を言えば前から5番目くらいで、国立能楽堂なら通路の両側席。前に大きな人が座っても体を遠慮なく通路側に乗り出して避けて見られるから。通は中正面と言いますが、十年早い気がする。
宝生や喜多、観世では正面席後方の前が通路になっているところ。これも前との間が離れているので、大きい人が来ても大丈夫。

気になっているのが国立能楽堂正面席の後方(SB席というのかな)。いつも関係者の方が座っていますよね。販売はされていない席です。どのように見えるのでしょう。脇正面の後方GB席に座った方の感想を読んだことがあるのですが、ちゃんと液晶画面もあるし、なかなか良かったそうです。ただ、橋掛かり寄りは橋掛かりが見にくいのではないかと書かれていました。(その方の座ったのは中正面寄りらしい。)

国立能樂堂で良く見かける両松葉の足のお悪い40代くらいかと思われる男性。必ず一番前か通路側の席をお取りになっています。(両松葉では奥の席に入るのは無理)。その方がいらっしゃらないと、「席が取れなかったのろうか、単にご都合が悪いのだろうか」と気になります。身障者優先システムはあるのでしょうか。あるいは係りの判断で補助椅子を出すとか、それこそ関係者席にご案内するとかしているのでしょうか。

そばに座ってほしくない人としては、前には大きな人は嫌ですね。荷物をたくさん持ち込む人もそばに座ってほしくない。遅れてくる着物の人。着物でもぞもぞ奥まで入るのは時間がかかります。帯や袂で顔をはたかれそうになるし。遅れそうなら動きやすいスレンダーな服装で来てほしい。
おけいこのグループと思われる3人以上の小母さまの団体。これはウルサイこと多し。なるべくならそばに来てほしくない。

あ、でも悟りましたから…。何処でも文句は言いません。


写真は国会議事堂の千代田線駅です。工事中なので、いかにもシールド工法という感じがわかって面白かったので。
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by soymedica | 2012-01-25 22:26 | 本・CD・その他 | Comments(2)

国立能楽堂定例公演 隠狸 巴

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国立能楽堂定例公演 1月20日(金)18時30分より
正面席4800円(をあぜくら割引)

狂言(和泉流)隠狸
シテ 野村万作、アド 野村萬斎

能(宝生流)巴
シテ 辰巳満次郎、ワキ 高井松男、ワキツレ 大日方寛、野口能弘、アイ 深田博治
笛 寺井義明、小鼓 住駒匡彦、大鼓 内田輝幸
後見 宝生和英、山内崇生


雪がやんで寒い夕方。ちょっと余裕で着いたので本屋さん(檜)をチェックすると横道萬里雄の「日本の楽劇」あり。パラパラ見ていると、「研究者さんですか?」といつもの眼鏡の人。「いいえー。面白そうだけれど、値段(15000円)を考えると素人の買う本じゃないわね。」「でも、岩波の本はすぐ絶版になりますし、古書市場ではさらに高くなりますよね。」その会話を横で聞いていた人が、値段をチェックして絶句。横に並んでいた観世銕之丞の本については「これは重版にならないタイプですから今からお買いになった方が。」能楽辞典(これも15000円)については「これは次の版の方が改訂されますから良いでしょう」なるほど。


まず隠狸から。野村親子。使用人の太郎冠者が狸とりの名人らしい。その狸を召し上げたい主人と、隠して売って小遣いにしたい太郎冠者。酒を飲まされてまんまと狸を取り上げられる。自分で取った狸をどうしようと勝手のような気もするが、本業以外のアルバイトの扱いって昔から微妙だったのね。
狸を取り上げるのに酒を飲ませたり、小舞を舞ったりして、そこが見どころ。それにしても狂言の小舞って鵜飼が多いような気が。何種類くらいあるのだろう。


さて、。人気の役者らしく、満席です。笛の寺井義明って宏明の弟らしいのだけれど、こっちの方が貫録。大鼓の内田輝幸は初めて聞く人。最初のうちは声になれなかったけれど、まあまあ良しかな?

旅の僧登場。高井松男の歩き方って何となく不思議。木曾から出てきた僧が女武者巴の霊に出会う。宝生流以外の場合にはこの女性が巫女でそれに巴の霊が乗り移る、という解釈が前面に出てくるらしいのですが、宝生流は「巫も」の一句は省略。
御参りをしながら涙を流す女。実は辰巳満次郎って何となくもっとがっちり型の人を想像していたのですが、綺麗な女性の役がぴったり。着物の袖を左手でぴっと引いてとても姿勢が良い。
姿勢と言えば私の席からは地謡の後列が良く見えたのですが、これも、一列に姿勢よく、もぞもぞしないで綺麗でした。
そして女性は、「私は本当は亡霊。里人に何者かは聞いてね。」と消えていく。

今回の舞台を一言で言うなら「すっきり」なのですが、アイも語りがすっきりしてすがすがしい。押しつけがましくないのが良いです。

そして、鉢巻をきりりと締めた巴登場。長刀をさばいて(と言うのでしょうか)舞うところは、辰巳満次郎のファンでなくても(ファンになりましたが)思わず拍手。素晴らしかった。
そして義仲の元に戻ってみるとすでに義仲は自害しており、形見の小袖が置いてある。ここで、座ってじっと「巴泣く泣く賜りて…。」のところ、素晴らしかった。昔「能を見て涙した」という記載を読んで、「まさか」と思ったのですが、本当にほろりとさせられる。

そして後見のところで物着のように小袖に着替えるのですが、観世や金剛では自分で着替えるとあり、そっちの方が面白そう。
そして笠を手に持ち、最後は笠と太刀を置いて去っていきます。
今回はシテも良かったし、地謡も良かった。次回可能ならこの人の個人の会にも行ってみよう。


シテの退場の時思わず拍手したくなる気持ち、わかりますが、国立能楽堂の定例ではあんまりしませんよね。ちょこっとしてもまあ、周りの様子をみてやめる。私の後ろの人は、シテとワキの退場の時、意地にになって拍手してました。ああいうメンタリティーって面白いけれど、友達にはなりたくないな。

前半の「何事のおわしますおばしらねども、かたじけなさに涙こぼるる」の歌、子供のころ、母が良く「昔の人って、神様なんか信じて論理的じゃなかったのよ。」という例に出していた歌でした。こんなところでお目にかかるとは…。

面は孫次郎。美人でしたよ。


参考は清田弘 能の表現 草思社

写真はこの舞台の翌日から出かけた会津付近の二岐温泉というところ。大雪でした。
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by soymedica | 2012-01-22 18:04 | 能楽 | Comments(0)

萬斎でござる

d0226702_8242975.jpg萬斎でござる 野村萬斎 朝日文庫 
2002年10月20日第4刷発行

私が中学校のころ、「附属小学校に『違いのわかる男』の息子が入学した」と、話題になったことがあります。その「『違いのわかる男』の息子」がこんなに有名になるとは…。
野村萬斎がイギリス留学から帰国し、結婚するまで。子供時代のことから映画出演、TV出演の経験、そして狂言の現在とこれからについてが書かれています。

基本的に語っていることは野村万作の「太郎冠者を生きる」とあまり変わっていないのですが、息子の方が闊達で競争心の少ない性格であること(なんとお姉さん二人、妹一人のなかの男一人)、時代の制約が少ないこと、そしてなによりも「太郎冠者を生きる」を書いた時の万作より若いことなどから、もっと広い将来を見据えているような印象です。

この人今はずいぶん面長ですが、子供のころの写真は真ん丸な顔で、「いつ顔が伸びたんだろう??」という感じ。

いろいろなジャンルの舞台劇を演じ、そしてそれを狂言に生かしてこう、というのははたから見てても良く分かりますが、狂言だけでなく、アイ(こっちの方が難しそう)でも伸びてほしいものです。でも、これだけカリスマ性のあるタイプだと難しいかもしれませんね。

ところで、万作は子供のころ舞台に立つとご褒美に「お菓子」を貰ったそうです。萬斎は「あこがれのおもちゃ」を貰ったそうです。聞いた話によると今、子方は「商品券」を貰うらしい…。
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by soymedica | 2012-01-18 08:26 | 本・CD・その他 | Comments(0)

国立能楽堂普及公演 棒縛 楊貴妃

d0226702_16531873.jpg国立能楽堂普及公演 1月14日(土)午後1時より

解説:長恨歌の艶 馬場あき子

狂言(和泉流)棒縛
シテ(太郎冠者)松田高義、アド(主)奥津健太郎、(次郎冠者)野村又三郎

能(観世流) 楊貴妃
シテ 坂井音重、ワキ 福王和幸、アイ 野口隆行
笛 杉市和、小鼓 飯田清一、大鼓 亀井忠雄
後見 観世恭秀、寺井栄、坂井音雅


まずは解説から。馬場あき子さんの解説は聞くのは2度目だと思うのですが、能楽堂での解説を何人か聞いて来てわかりました。この人の解説は上手い。かなり幅の広い観客層をまんべんなくどこかで満足させるような話。そしてこの人の能の楽しみ方は伝染力が強そう。ご本人あまりその辺は意識していないのかも知れませんが。

漢文授業で習った長恨歌。私その後の玄宗皇帝はどうなったか知らなかったのですが(漢文の時間に習ったのかもしれないけれど、少なくとも歴史の授業で重要なポイントでは無いと思う)、都に戻ってきて息子に譲位、蟄居生活となるのですね。
馬場あき子さん、「昔はお父さんが息子の嫁の美貌に目をつけて取り上げちゃうなんてこと、よくあったんですよー。」(会場笑)
「楊貴妃は本当は仙人であり、何千年もの間『不死』という孤独の中で思い出すのは人間として玄宗と暮らした一瞬の思い出、それを懐かしんで舞を舞う」という作品であるとの解説でした。


狂言の棒縛。前回は大蔵流で山本泰太郎のシテで見ているはず。若干演出とセリフが違うのは家の流儀なのか大蔵流と和泉流の違いなのか。前は縛られたまま舞ったような気がしますが。ともあれ、鵜飼とか松風とか謡ったのだと思うのですが、能の謡とちょっと節回しの感じが違うところが素敵。若干東京の和泉流より重い感じがする。


楊貴妃。玄宗から命を受けた方士登場。この役、福王和幸に合っていると思う。謡やせりふの感じがいままでより感情が表に出てくるやりかたに変わったような。ま、こちらの耳が慣れてそう聞こえるようになったのかも。作り物と同じだけ背丈が合ってびっくり。この背丈の人があとで楊貴妃に向ってひざまづいてお辞儀をするというのが、なかなかビジュアル的に良い感じではあります。

仙人の住む国と言う蓬莱が島まで行ったという設定なのに、普通の能の組み立てと同じように「常世の国の人のわたり候か」といつもセリフなのがちょっと笑える。

さて、作り物の中から歌声が聞こえてきます。この謡が、(私が解説に誘導されたせいか)天界の美女の孤独をしみじみと感じさせる良いものです。そして、ちょっと声の調子を変えて「何唐帝の使いとは…」。坂井音重、きかせどろこであります。そして地謡の「梨花一枝…」のあたりから後見が出てきて、美人が登場するぞ、と期待が高まります。動きの少ない前半、面の使い方がきれいですし、謡や言葉もきれい。
地謡もなかなか良い感じ。

そして楊貴妃は方士に形見として渡したかんざしを再び挿して帝と二人だけでかわした睦言を自分に会った証拠として方士に授けます。幸せだった昔を思い出して舞います。
今回、この坂井音重の舞や運びが私に何となくしっくりこない。上手いとか下手とか言うのではなくて。うーん、謡は好きなんだけれどなー。
なぜか後見が後ろから出張ってきて作り物の出入りの時に作り物を押さえるのも気になる。一度は作り物に触れもしないのに後ろから出てきて押さえる?!
何かまずいのだろうか。

それはともあれ、方士はかんざしと言葉をもらって玄宗のところへと戻ります。一人残された楊貴妃は太真殿に戻り涙に沈みます。
しみじみしますが、でもちょっと待って、楊貴妃って玄宗のことがそんなに好きだったの?

面は小面だそうです。
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by soymedica | 2012-01-15 17:01 | 能楽 | Comments(0)

オランダ絵画

d0226702_2353643.jpgフェルメールからのラブレター展

渋谷の東急本店隣Bunkamuraで開催中。「手紙を読む青衣の女」「手紙を書く女」「手紙を書く女と召使」の3点と、同時代のオランダ画家の展覧会です。

フェルメールの三十数点の絵画の所在を印した地図が会場にあったのですが、NYのメトロポリタン美術館に集中。昔ちょっとの間メトロポリタン美術館から歩いて5分ほどの所に住んでいてさんざんフェルメールは見たのですが、あそこだと他の強い絵に紛れてしまう感じ。しかも当時はフェルメールさえ「強い」感じがして、東洋美術のセクションにばかり行っていました(その前に日本にいた時には東洋美術や書には全く関心がなかったのですが)。

今回、ほかのオランダ絵画と一緒に見ると、フェルメールって優しい絵だし、技術的にも上手い!!

子供のころから不思議に思っていたこと。「オランダの人って絨毯を机に掛けるのかな?」「オランダの絵っていつも窓の光は左手からという決まりなのかな?」「オランダの椅子ってみんな背もたれの両側に小さなライオンがついているのかな?」「オランダの女の人はどうしていつもマタニティードレスをきているのだろう?」を、思い出しました。懐かしい。そういえば右手からさすレンブラント光線ってあるのでしょうか。

ところでBunkamura美術館、ちょっと設計が残念。絵は見やすいです。でも、「中にはお手洗いがありませんので」と、係員が声をからして切符売場の前で叫ぶっていうのはちょっと…。そして、ロッカーの位置も動作線を考えると若干不便。今の季節だからコートは忘れて帰りませんが、この先ロッカー内に荷物を忘れて帰る人が多くなるのでは…。

ちょっとできた暇を利用して平日午前中に行くことができたのですが、空いていました。絵の前でいくらでも見ていられました。会期後半になると混むと思われますので、お早めに。
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by soymedica | 2012-01-13 23:08 | 本・CD・その他 | Comments(0)

長谷川等伯と鉄輪

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長谷川等伯と鉄輪

どんな関係があるって?そりゃあるんですよ。
鉄輪で最後鬼になった妻は、三十番神にさえぎられて夫をとり殺すことに失敗するではありませんか。あの三十番神、どんなものを想像していましたか?
私は実は何となく「金剛力士」みたいな神様30人を想像していたのですが、全然違いましたね。

現在日経新聞朝刊に長谷川等伯の伝記小説が連載中。そこで本棚を眺めてみたら芸術新潮2010年3月号が長谷川等伯特集号。のんびり読み返していたら、等伯の手になる三十番神図のカラー図版が載っていた。1566年の作というから世阿弥(鉄輪の作者は誰かはっきりしないらしいですが)の時代より100年位あとになりますが、「これが鬼を払っちゃう神様?」と言う感じ。一口に言うと、百人一首の絵の貴族やお坊さんみたいな人たちが屏風の前にちんまりと座っている。多少強そうに見えるのは「祇園大明神」という神様だけ。この神様は赤い肌で上半身裸。

石川県の七尾美術館にあるそうです。機会があったら実物を見てみたいな。94X39センチほどだそうです。尚、この絵では天照大神は男性の姿です。
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by soymedica | 2012-01-11 21:19 | 本・CD・その他 | Comments(0)

国立能楽堂定例公演1月7日

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国立能楽堂定例公演1月7日(土) 
午後1時開演
正面席4800円

狂言 筑紫奥(大蔵流)
シテ(丹波の国の百姓)善竹十郎、アド(筑紫の奥の百姓)大蔵吉次郎、アド(奏者)善竹忠重

羽衣 床几之物着(金剛流)
シテ 松野恭憲、ワキ 殿田謙吉、ワキツレ 大日方寛、則久英志
笛 藤田次郎、小鼓 幸清次郎、大鼓 河村総一郎、太鼓 徳田宗久
後見 宇高通成、廣田幸稔、豊嶋幸洋


野村萬斎が6日の朝日新聞の夕刊に書いていましたが、年始の狂言には三番叟のほかに年貢上納がテーマの「百姓もの」というジャンルが好まれるそう。佐渡狐、昆布柿そして筑紫奥。年貢が納められてめでたい、というのは戦も天災もなく豊かに作物が実るということだからそうです。

本日の舞台もお目出度さいっぱいで、背の高い善竹忠重を中心に小柄な十郎、大蔵吉次郎が並んで笑って終わります。


そして羽衣。新年ですから囃子もワキも皆御髪はすっきりです。
これは出だしの白龍とその一行の謡とシテの舞がポイントとなるものかと思います。シテは出だしから物着まで何となく調子が出ていないのでは、と言う感じの動きでした。謡はきれいでしたが。特に前半しっかり止まれない、回れない、ところがあって気になりました。クセのところでも、足拍子を打つ前になると冠のかざりが揺れるので「ああ、これから何かやるな」とわかっちゃう。
後半だいぶ調子が上がったようで安心しました。

ところで「和合の舞」という小書きがある場合には序ノ舞から破ノ舞となり、そこから地謡の「東遊びの…」になるそうですが、今回もそのパターンでした。
最後にシテは地謡の終わらないうちにクルクルと橋掛りを舞いながら退場します。フィギュアスケートを見慣れた目には若干軸がぶれていたか(笑)。そして、それを追うように見送る白龍が留拍子を踏みます。

これは色々な小書きがあり、五流にあるものなのだそうで、これからさらに楽しめそうな演目です。
面は増女とのこと。装束は紅の鳳凰の羽の意匠で美しかった。


参考は:
演目別にみる能装束 観世喜正 正田夏子 淡交社
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by soymedica | 2012-01-09 10:11 | 能楽 | Comments(0)

原美術館

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昨晩、品川の原美術館と言うところに行ってきました。場所は御殿山のあたり。品川駅からタクシーでワンメーター。後で調べたら東京ガスや日本航空の会長を務めた実業家の私邸を70年代に美術館にしたものらしい。大きなクスノキのある庭、カーブした建物など、かなりオシャレな感じだけれど、建築は30年代(1930年代ですよ)らしい。もちろん美術館にするにあたってかなり手は入れてあるのだろうけれど、あんな構造の建物に住んでいたのだろうか???
高級住宅街で有名だというのは知っていましたが、美術館付近も大きなお屋敷やそれを壊して作ったとおもわれる高級マンション。でも、道がせまい…。

何でそんなところに夜行ったかと言うと、オープニングパーティーがあったので。フランスの彫刻家(?)ジャン=ミシェル オトニエルの個展が行われる、そのパーティー。作品は大きなガラス細工と言う感じのものです(説明できないので、知りたい方はぜひ見に行ってください)。

「画廊」のオープニングというものには行ったことがあるのですが、「美術館」は初めて。ものすごくオシャレな人たちが集まるのかと思ったら、ごくごく普通でした。画廊のオープニングのようなぶっ飛んだ人もいない代わりに、熱気にはちょっと欠けるかな。大きな催しだから「ビジネス」の色合いが濃く出るのかも、とか考えているとーーー
この手のパーティーで出されるシャンペンにしては極めて美味しいシャンペンがどんどん供される(発泡ワインではありませんよ)。庭の大型ストーブの前で飲んでいると、わんこそばのようにお代りが注がれます。

連れて行ってくれた友人に、「何で招待されたの?」と聞いたら、本人も分かってない。「『原さん』っていう知り合いが招待の葉書くれたのよ。でも、よく考えたら「原美術館」の「原」だわねー。」
そして主催者と作家の挨拶。ごめんなさい、聴いていませんでした。でも、主催者の「原」さん、とても素敵なロマンスグレーの紳士でした。

で、しこたま食前酒を飲んだ後、品川プリンスで夕飯を食べて帰ったのでした。
夜だったので全体像が分かりにくかったのですが、あそこの中庭に舞台を作って、周辺と建物の中から見るようにしたら、素敵な音楽会ができそう。

写真は昼間の美術館の中庭。無断借用させていただきました。
http://www.haramuseum.or.jp/generalTop.html
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by soymedica | 2012-01-07 10:46 | 本・CD・その他 | Comments(2)