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国立能楽堂12月 特別講演

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国立能楽堂12月 特別講演 
12月24日(土)13時より
正面席


仕舞 芭蕉 キリ 三川泉

狂言 米市
シテ(男)茂山七五三、アド(合力人)茂山千五郎、
立衆(若者)茂山あきら、茂山宗彦、茂山童司、丸石やすし、佐々木千吉、井口竜也

山姥 雪月花
シテ 大坪喜美雄、ツレ 小倉伸二郎、
ワキ 宝生閑、ワキツレ 大日方寛、則久英志、御厨誠吾
アイ 茂山千五郎
笛 一噌仙幸、小鼓 幸正昭、大鼓 柿原崇志、太鼓 小寺佐七
後見 宝生和英、朝倉俊樹


晴れている東京らしい冬。
仕舞芭蕉。パンフレットに「枯れ枯れと舞う難曲」とある。きっと素晴らしいものなのであろうが、私には理解できず。ただ、三川泉って相当な高齢だろうな、と思ったのみでした。猫に小判。


狂言米市。年末年越しのための合力米(こうりょくまい)と古着をさりげなく催促に来た男。忘れていた金持ちの合力人(本家という解釈があるらしい)が「おや、それは気の毒な事であった」と、米と小袖を持たせてくれる。俵に小袖を着せて背負っていると人を背負っているようなので、きかれたら「俵藤太どののお娘御、米市御寮人のお里通いだ」と答えよと、知恵をつけられます。案の定帰りに若い衆に絡まれて、そう答えると、御寮人の顔を見たがる若者と大立ち回りをすることに。
そういえば私の子供の頃に暮れには母の乳母だった人が我が家にやってきて、白菜の漬物などをつけたり蕎麦を打ったりし、お礼に我が家がお歳暮でもらった海苔などをたくさん田舎に持ち帰る、という習慣がありましたっけ、とほのぼの思い出しました。記憶に残るあの蕎麦を凌ぐものはまだ食べていません。


山姥です。ずいぶん土俗的は話ですが、世阿弥作だそうです。明治時代より以前は関西の人たちから見ると、今の長野や群馬のあたりは異郷のようでかつものすごく貧しい感じがしたらしい(米がとれないし)という話を思い出しました。地域は若干ずれますが、そういう雰囲気も感じさせる曲です。

曲舞で都で大人気の百ま山姥とその一行が善光寺詣での旅をして、越後越中境川にさしかかる。宝生閑、いつもこんなに速かったかな?とおもう節回し。女を連れて難所なので、力が入っているのでしょう。難路なので里人の案内を頼む。ところが、そんな時間では無いのに、日が暮れてしまう。途方にくれた一行に「泊めてあげましょう」という怪しい女。
いくら怪しくても女連れで野宿というわけにもいかず、泊めてもらうことにすると、「あなた、有名な舞を舞ってくださいよ。実は私は本物の山姥なのに、今まで挨拶がなかったわね。」
ここで言うことをきかないと何をされるかわからないので、「では…。」と舞おうとすると、「夜になるまで待ちなさい。」実は早く日が暮れたと思ったのは山姥の仕業だったのでした。

百ま山姥はやや背が高く肉付きも良い着付けで、いかにも都の人気遊女と言う感じ。面は小面だそうです。それに対して怪しい女―実は山姥は、ちょっと年増(面は曲見)でやぜぎす、小柄。視覚的にぴったり。この百ま山姥の謡がちょっと特徴的で面白い。そして怪しい女も怪しいのに謡は綺麗。

さて、幽霊屋敷に泊まることになってしまった一行。宝生閑と里人の茂山千五郎は「山姥とは何か」の談義を始めます。千五郎「山の一軒家が崩れて木戸だけが残ったものじゃないか」閑「それは『キド』で『鬼女(キジョ)』じゃないでしょ」。怖い中にもちょっとお笑いが。

いよいよ山姥がやってきます。詞章では顔は赤いということになっていますが、面は灰色に近いよう。蔦のまつわりついた鹿背杖をついて、白髪はぼうぼう(でも巨大な白いおリボンがついている)。しかもこの山姥、なかなか教養高し。しかもとても良い声で謡う。
百ま山姥が「山姥にてましますか」と恐る恐る聞くと、「そうよ、でも怖くないでしょ」。怖くないわけがないけれど、掛け合いの謡なぞしてともにプロとしての矜持を見せた後、中ノ舞。これを入れるのが「雪月花」の小書きだそうです。大変に重いものだそうですが、私としては無くてもよかった。

そして山姥の見る日々の景色と生活が謡われ、舞われます。山姥は孤独だけれども、こっそり人助けをしたりもするし、景色も楽しんだりしているらしいです。途中杖を扇に代えたり、最後は杖を捨てたりといろいろこれも忙しい。そして山廻りして地謡に送られつつ幕へ。

シテもツレもそしてもちろんワキもすばらしく、堪能しました。今回宝生流を始めて意識してみたのですが、地謡のボリュームが全体に小さい感じ。いつもあんな感じなのでしょうか。もう少し大きな声のほうが囃子と釣り合う感じがしましたが。


お勧めは
能のドラマツルギー 渡辺保 角川ソフィア文庫(仕舞の解説だけではなく、この能そのものの解説あり)
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by soymedica | 2011-12-25 15:18 | 能楽 | Comments(0)

能のドラマツルギー 渡辺保

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能のドラマツルギー 渡辺保 角川ソフィア文庫

友枝喜久夫仕舞百番日記、と副題が付いているように、友枝喜久夫の体力・視力が衰えて舞台に立たなくなった以降に友枝家の私邸で行われた喜久夫の仕舞の記録。
私は著者のことを知らなかったのですが、歌舞伎研究で有名な人のようです。白州正子とともに友枝邸でプライベートに行われた仕舞を見た日々のことが中心となっています。

その際のきちんとした記録とともに、元の能の筋書き、そして著者の感想、そこから広がる周縁の知識、などが読みやすく書かれています。仕舞を見ただけでここまで感情移入できるのは、もともとの舞台を知っているからなのでしょうか。元になった能を全く知らなくて謡の文言だけを手掛かりにしたらここまでの感情移入はできないとは思うのですが、
この人の楽しみ方は伝染力が強そうです。

1995年にハードカヴァーが出版され、2002年に文庫化されているようです。かなり息の長い本です。角川の方針なのかもしれないですが、それだけのことはある内容です。
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by soymedica | 2011-12-21 08:12 | 本・CD・その他 | Comments(0)

国立劇場定例公演12月16日

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国立劇場定例公演12月16日
2011年12月16日(金)午後6時30分開演
脇正面席

狂言 雁礫がんつぶて
シテ(大名)小笠原匡、アド(使いの者)吉住講、小アド(目代)野村扇丞

 窕
シテ 友枝昭世、ワキ 宝生欣哉、アイ 野村万蔵
笛 杉市和、小鼓 横山晴明、大鼓 柿原崇志、太鼓 観世元伯
後見 中村邦生、内田成信



ずーっと不思議に思い、恐れていたこと。国立能楽堂にはクロークが無いのではないか?本日ロッカーは全部使用中。係りの人に聞いたら極めて申し訳なさそうに、「お座席にお持ちいただいて。」と。スペースはありそうなのだから、ロッカー増設とかクロークとか考えた方が良いのでは??特に平日公演は仕事帰りで荷物の多い人もいるでしょうに。
私は脇正面の真ん中の通路際の席だったので困りませんでしたが、私の隣の方は荷物が多く、奥に入る人とお互いに「すいません」と言いあいっこ。


文句はさておき、雁礫。初めて見る小笠原匡と吉住講。結構イケメンコンビじゃないの。恰好だけの弓名人の大名。使いの者が礫を投げて自分の狙っていた雁を仕留めちゃったら、「あれは自分が心の中で狙っていたのだから自分が射たのだ」と、強弁。じゃあ、死んだ雁を射止めたらその雁は大名のものだ、と目代に言われるのですが、それすら失敗。射る前に逡巡するさまが見もの。烏帽子を雁に見立てています。そのうち本当に鳥の死骸に見えてくるから不思議。


さてさて、本当にチケットをとるのに苦労した友枝昭世の「」です。楽しかった。融を見るのはおそらく三度目で、演目に慣れたということもあるのでしょうが、本当に楽しめました。

今回脇正面だったので地謡って結構奥の方にキチキチに座るんだな、と妙なところに目が行きます。残念なことに笛は全く姿が見えず。

窕(くつろぎ)と言う小書きはパンフレットによると早舞を橋掛りまで使って行うものなのだそうですが、出だしのサシと下歌も省略されるようです。ところで、桶は前後で紐の長さがちがうのね、などというところに感心。
「や、月こそ出でて候へ」のせりふがとても心地よい。
昔を思い出して両ジオリ。可哀想と言うより、しみじみした感じ。この辺で後見が立って出てきて袴の裾を直すのですが、私には大して乱れているように見えなかったので、「後見の足が痺れたか?」と失礼なことを考える。

名高い名所教え。「あれがですね…。」という動作がきれいで、わたし思わずシテではなくて、シテの見ている方に首を動かしてしまいました。途中でワキの向きを変えさせるところがありますが、その時手を取るか、肩に手を当てるか(今回はこっち)などという蘊蓄もあるらしいです。
ところで、潮汲みの動作、やっぱりこれは正面席で見たかったー。框から外に桶を出して汲む動作は標準ではなく、小書きのときにされるものなのですって。

アイは緊張が切れて、あんまり良く聞くことができませんでした。ご免なさいね、万蔵さん。

そしてその夜僧は何事かをかすかに期待しています。ここの宝生欣哉がとても良かった。やはり融の大臣の幽霊が出てきます(能面のこの手の顔は苦手なんですが、昔のハンサムってあんなの?)。僧という良き観客を得て、楽しんでいる様子がしみじみと感じられます。これは秋の能ですが、温暖化も進んでいるし、衣類の性能も良くなっているし、体感としては今頃の感じでは無いでしょうか。ついこの間は皆既月食も楽しんだし、実感としてロンギが感じられてきます。

そして本当に残念なことに夜が明けて、融の大臣は帰ってしまったのでした。


蘊蓄は 清田弘 能の表現 草思社

写真は恵比寿ガーデンプレイスのバカラのツリーのうちの1本。これが国立能楽堂に立っていたわけではありません(笑)。
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by soymedica | 2011-12-17 17:13 | 能楽 | Comments(0)

近代能楽集 三島由紀夫

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近代能楽集 三島由紀夫 新潮文庫

あまりに有名。高校の授業で卒塔婆小町を読んだはずなのだけれど、まーーーったく覚えていなかった。
皆さんご存じと思いますが、邯鄲、綾の鼓、卒塔婆小町、葵上、班女、道成寺、熊野、弱法師からなっています。シチュエーションを現代に持ってきただけでなく、展開をひねって結末を逆にしたり、替えたり、主題を変奏したり…。上手だな―と思います。

能の物語って、読んだ人の数だけ解釈と感想があるような筋立てのものが多いと思いますが、物語の選び方、展開のさせ方、まとめ方がさすが。実際に良い役者で舞台で見てみたい。

実は三島由紀夫って長編を何冊か読んであんまり趣味じゃないな、と思っていたのですが、今回は楽しめました。
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by soymedica | 2011-12-15 12:48 | 本・CD・その他 | Comments(0)

国立能楽堂普及公演12月

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国立能楽堂普及公演12月
12月10日(土)午後1時より
正面席4800円をあぜくら会割引


解説・能楽あんない
めおとの神―「高砂」と中世の注釈世界 田中貴子

狂言 横座
シテ 大蔵彌太郎、アド(耕作人)善竹十郎、(牛)善竹大二郎


能 高砂
シテ 櫻間右陣、ツレ 長谷猪一郎、ワキ 江崎金治郎、ワキツレ 江崎敬三、松本義昭
アイ 大蔵千太郎
笛 寺井宏明、小鼓 久田舜一郎、大鼓 白坂信行、太鼓 桜井均
後見 金春安明、横山紳一
 

よく晴れた土曜でしたがさすがに外のベンチでお弁当と言う気にはならず。偶然知り合いに会う。能楽堂で知り合いに会ったり、「見かけましたよ」と言われるのはこれで3度目。世の中は狭い。
普及公演には団体扱いがあるのか、本日も福島の教職員組合の御一行が(退職者の親睦会といった年齢構成でしたが)。

さて、有名な「高砂」の解説。講師はなかなか好感のもてる関西弁の女性。私と同年輩かな(もっと若かったらごめんなさい)。
結婚式のキーワードともなっている高砂ですが、すでに室町後期にはどこの部分かは不明ながら何かの祝言として謡われていたようです。そして江戸時代は門出や船出の席で謡われたようです。今のように婚礼で謡われるようになったのは幕末から明治のことだそうですが、その際には若干文句を変えて謡うとは柴田稔さんのブログにも書かれています。もともとは世阿弥作「相生」であったのですが、当時は和歌の道を言祝ぐこと、それを通して国家繁栄を祝う能であったそうです。古今集の仮名序に由来する能ですが、中世の人は古今集にしろ伊勢物語にせよ原点よりは注釈書が好きだったようで、これも古今集の注釈書である三流抄に拠っているようです。(まあ、私も平家や源氏の注釈書は読んでも原典にはあたりませんが…。)この注釈書というのも私たちの考える注釈書ではなく、ありがたくも荒唐無稽な説話がふんだんに盛り込まれたものらしいです。
そして、この能の中に唐突に出てくる「長能」というのも平安の歌人で三流抄にも出てくる人だそうです。

そもそもこれはいつの時代を言祝ぐために書かれた能かというと、詞章には「延喜の帝」とありますが、実際は和歌・連歌の好きだった足利義持のための能だったらしいです。これは天野文雄が最近発表した説だそうです。
そして君臣一体を相生の松のめでたさにかけたとか。ちなみに相生の松は赤松黒松が一体となって生えているものだそうです。これが時代を下って君臣一体から夫婦一体と解釈されるようになったらしい。

また、観世流では住吉明神が松の精として演じられるが下掛では神として演じられ、こちらがもとの形だったろうと。そして住吉明神が和歌の神として日本を守るようになったらしい。ちなみに、現在では高砂神社と近所の(高砂)尾上神社とが謡曲との関係を争っているのだそうです。


さて、狂言の横座です。牛も出てきます。牛が「横座」と呼んだ時にこたえるかどうかの掛け合いの妙を見せるのです。(牛の声の物まねが凄い。)どうも私は大蔵彌太郎さんの声が聞きにくく感じるのです。でも、楽しく拝見できました。耕作人って長袴で登場するのですね。


いよいよ有名な高砂です。ワキも囃子方も笛以外はあまり知らない方たちでした。ワキは福王流で力強い。囃子も元気。おめでたい感じですね。ワキの伸びあがって両手を広げるしぐさが面白いです。見物をしていると爺婆登場。一人は熊手かと思ったら二人とも杉帚でした。途中久の字に落ち葉かきをするところがめでたいと聞いて、注意していたら本当にそういうしぐさをします。こういうトリビアを知っていると、初心者でも楽しく見られます。また、良袖を広げて帆をはるしぐさというのも拝見しました。

世阿弥の脇能というものは後場の舞がハタラキのような強いものではなく、神舞か真の序ノ舞のように静かなものが特色というのもどこかで読んだことがあります。脇能はまとめて短期間に幾つか鑑賞すると面白いかもしれない。


最後に、日本も金持ちでなくてもこの能に象徴されるように平和で楽しく暮らせる国になりますように。
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by soymedica | 2011-12-12 08:30 | 能楽 | Comments(2)

銕仙会定期公演〈12月

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銕仙会定期公演〈12月〉
日時 2011年12月9日(金)午後6時開演 (午後5時30分開場・午後9時頃終演予定)
会場 宝生能楽堂
正面席6K円
 
梅枝 越天楽  
シテ 浅見真州、ワキ 宝生閑、ワキツレ 大日方寛、御厨誠吾、アイ 山下浩一郎
笛 松田弘之、小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井忠雄、太鼓 観世元伯
地頭 浅井文義、後見 野村四郎、永島忠侈


狂言 柑子
シテ 野村萬、アド 野村万蔵

大会
シテ 西村高夫、ツレ 馬野正基、ワキ 森常好、アイ 野村 扇丞、野村 万蔵、野村太一郎、吉住講
笛 藤田次郎、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 原岡一之、太鼓 大川典良、地頭 山本順之
後見 観世銕之丞、谷本健吾


例の如く滑り込みセーフ。梅枝は講座もあったらしく行きたかったな。新しい研究成果を取り入れた節付けが「梅が枝にこそ鶯は…」のところになされているらしいです。
さて、中にシテのは言っているらしき作り物の家が出される。宝生閑の僧が旅をしていると雨が降ってきて一夜の宿を乞う。本日の数珠は白銀の房が二つ。いったいこの人は何本数珠をもっているのだろう。

シテは渋めのとても奇麗な衣装を着た年のころ(今で言うなら)40位?当時は30歳くらいの感覚だったのかも。いや、もっと若いか。とにかく、銕仙会所蔵の装束がもともと趣味が良いのか、それとも選ぶ人がみな良い趣味なのか、いつも素敵。

一夜の宿をかりた家には太鼓と舞の衣裳が置かれている。そして主の女は楽人の富士と浅間の争いを語って実は自分はその妻の幽霊だと言うのです。よく考えてみると、幽霊屋敷の話ですよね、能って。そして、この富士と浅間という名付け方、なにか意味がありそうなのですが、調べる時間と気力がありませんでした。富士太鼓でも見る機会があったらそのときに。

太鼓の作りものが出されているのですが、何事か後見に耳打ちする人あり。何だったのだろう。ま、シテが中入りすると太鼓の脇にかけられていた衣を後見が掛っていた横木ごと引きます。ネット検索だと、衣裳だけ引いて横木が残るタイプのものもあるようです。

そしてアイ登場。長袴なのはなぜでしょうか。なかなか、しっとり聞かせる形です。何ゆえ争いがあったか、どのように富士が殺されたか、というのは流儀や解釈によっていろいろあるらしいです。

そしてなぜかアイが退場してから、後見が撥を置きにきます。まるでさっき忘れたかのような感じのタイミングなんですが…。

いよいそ美しいかぶり物を被った主が夫の衣装を着て登場。太鼓をたたいて舞ます。浅見真州は前に天鼓を見たことがあるのですが、謡より仕舞が印象的な人ですね。素敵でした。謡は何となく私の趣味では無い。もそっと強い方が…。
今回の地謡はものすごく綺麗でした。普段が太棹なら、バイオリンの感じ??
そしてシテは静かに幕入りします。退場のときの拍子はワキが踏んでいました。初めて見ました。


さて、狂言の柑子。この間萬斎の太郎冠者で見たばかり。人によってこんなにも印象が違うかと。言葉も若干違うかもしれない。万作、萬がやると憎めないこすっからさが出てきますが、これはやはり年の功でしょう。


大会。面を二重に掛けるので有名ですが、もともとは喜多流だけのやり方だったらしいです。
さて、僧がつかつかとやってきていきなりワキ坐で歌いだします。いつも足をだしたり、ぐるりと回ったり、もったいぶっているのに、ふーん、そういうのもありなんだ。怪しげな山伏がやってきてお礼を言います。この山伏の面は筋男というのだそうですが、なかなか面白い。命を助けられたお礼に釈迦の説法の様子を見せよう、と言います。

アイの木の葉天狗(要するに下っ端の天狗)4人が登場。みんなで親分がお釈迦様なら自分たちは何になろうかと可笑しな相談。学芸会のつもり。じゃあおびんずる様になろうと、舞台で物着をします。普通は退場するらしいのですが、後場まで残ってお釈迦様の両脇にそれらしく控える演出。(85年に、天狗の化身の鳶が助けられる場面を新作したときのものだそうです)

ありがたーいお釈迦様登場。頭が大きく4頭身くらいのお釈迦様が橋掛りでありがたーい謡を謡うと、観客の私もありがたーい気持ちになってくるから凄い。積極的無神論の私ですが、どこかで文化的に刷り込まれているのですね。でも、面を2枚も掛けているとは思えないはっきりした謡。

そして大きな椅子に釈迦が腰をかけて両脇におびんずる様が。ワキが感涙にむせんでいると、帝釈天が「こらー!」とやってくる。このとき逃げる木の葉天狗が可愛い。みんなしゃがんだままチョコチョコと凄い勢いで左右に散っていきます。

そして、今度は後見の掲げる衣の陰でもとの天狗の姿になるのですが、囃子の中でやってくる後見の足取りもマーチ風なのが可笑しい。

そして逃げて行く天狗は一畳台の角にぴょんと飛び乗り、飛び降り、去っていきます。これはもともと金春の型だとか。

スペクタクル感満点です。華やかだし。中学生や高校生に能を見せることがあるようですが、「井筒」なんて見せて退屈させるより、こういうものをとっかかりにしてはどうでしょうね。


参考は清田弘 能の表現 草思社
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by soymedica | 2011-12-10 23:17 | 能楽 | Comments(0)

狂言劇場その七

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狂言劇場その七 
2011年12月7日@世田谷パブリックシアター
舞台芸術としての狂言 

12月1日から8日まで通し。前半Aプログラムは「舞」。本日は後半Bプログラム「語」

柑子: 太郎冠者 野村萬斎、主 石田幸雄
奈須与市語: 野村万作
悟浄出世 (中島敦作、野村萬斎構成):野村萬斎、石田幸雄、深田博治、高野和憲、月崎晴夫、佐藤友彦、野村又三郎、藤原道山(尺八)、田中傅次郎(作詞・囃子)
7000円2階席正面

19時から始まって終わったのは21時を少し回って若干予定より遅れました。時間割を見ていた人が、Aプロと終わりの時間がずいぶん違うと言っていましたが。

余裕を持って出られるはずだったのに結局ぎりぎりに飛び込む羽目に。2階席でしたが、通路側の正面付近でしたので、若干遠いことを除けば全体が俯瞰できて良い席です。
両側に橋掛かりがあって、真中に舞台がつき出ています。
柑子は万作の太郎冠者、萬斎の主で一度見ていますが、萬斎もそれはそれで良かったです。でも、万作のときのほうが(そのとき初めて聞いたせいもあるかもしれませんが)もっと厚みを感じさせられた記憶が。
お客さんはいつもの能楽堂よりもずっと若くて、声を出して良く笑うのが若干違和感。どっちかというとTVのお笑いのノリなのでしょうか。

奈須与市語が聞きたくてBプロにしてみたのでした。
狂言が終わってふと気付くともうそこには万作が。始めに扇を前に置くこと、終わって扇をさすこと、など、この劇場・この観客で行われると「異国情緒たっぷり」という感じがします。万作から受ける感じも能会の狂言の時には「俺の芸は今の能よりすごいだろ、見ろよ!」という感じなのですが、ここでは「皆、こういうのもあるんだよ、聞いて驚いてね」という感じ(まったくの偏見からの想像です)。

若手がはりきってやる物よりゆっくりした印象を受ける語り口ですが、実はそんなに時間の差は無いのではないか。語りのうまさもさることながら、長袴の扱い(あんな長いもの穿いて良くまあ素早く座っている向きを変えられる)、しぐさ、扇のあつかいなど、思い返してみると素敵だったなー、と。波間に舞う扇が見えるよう。
出だしから飛ばしすぎなのでは、と危惧しましたが、振り返ってみれば楽しい語りでした。

そして悟浄出世。全員が衣装をつけてはいますが、語り物なので台本を持っています(本当に読んでいる)。筋は今はやりの自分探しを沙悟浄がする話。いろんな変な行者のところに行きます。萬斎の悟浄は一人称のセリフではなくト書き風の文を語るので、台本を持っていても違和感はありませんが、多くの行者は自分自身のセリフを語るので、台本を持っているとかえって気になる。(私だけ?)

いくら声が良くても萬斎の朗読だけが続くと「次は?」という感じがしてくるのですが、飽きる直前からまた盛り上がって、エンディングへ。
いつも見慣れた出演者のほかに佐藤友彦、野村又三郎(歌が上手い)。佐藤友彦を見るのは初めてだと思うのですが、この人可笑しいですねー。ホームページを見たら、座右の銘は「明日のために今日も寝るぞ」だそうです。気に入りました。

これ、演出などを若干変えて普通の役者でやったらどうなのでしょうか。こういう味がでるのかどうか興味あり。


人間国宝 野村万作の世界 林和利 明治書院をちょっと読み返してみました。

写真はいわゆる普通の蜜柑です。柑子はもう少し小ぶりらしい。でなければ皮ごとは食べませんよね。
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by soymedica | 2011-12-08 22:15 | 能楽 | Comments(0)

観世会定期能12月(一部のみ)

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観世会定期能12月
2011年12月4日 
正面席12.5K円

俊寛
シテ 観世清和、ツレ(成経)野村昌司、(康頼)藤波重彦、ワキ 福王和幸
アイ 高部恭史
後見 関根祥六
笛 寺井宏明、小鼓 大倉源次郎、大鼓 國川純


狂言 文山賊
野村万蔵、野村扇丞

葛城 大和舞
シテ 梅若玄祥、ワキ 殿田謙吉、アイ 野村扇丞
笛 一噌康二、小鼓 亀井俊一、大鼓 亀井忠雄、太鼓 金春國和




小春日和の一日。日当たりではコートが要らないくらい。外が明るいと、能楽堂の中でも何となく楽しい。

俊寛は能楽講座で学んだし、詞章の読み込みも十分。舞がなく、謡で聴かせる能です。栄養のよさそうな成経、康頼に比べて俊寛は憔悴しきっています。何となく、赦免使が来る前からこの結末が予想されるような感じ。

福王和幸、この役ははまり役かもしれない。実は私、「背の高い男」イコール「何を考えているかわからない奴」という偏見があるのですよね。その、何を考えているかわからない感じが赦免使にぴったり。そして、アイの野村虎之介がとても印象的でした。さしてやることもないのだけれど、何故でしょう。

おいて行かれた俊寛。言うことありません。本当に良かった。ツレも囃子方、地謡も良かった。


引き続き、文山賊(ふみやまだち)。始まっているのに声高にしゃべる客あり。観世定期能はここが嫌。
間抜けで優しい山賊が笑わせます。仲たがいの取っ組み合いも「イバラがあるからあぶない」「崖があるから危ない」。じゃあ、果たし合いだ、でも遺書を書かなきゃ。と言っているうちに何故か命拾いした気分になるおまぬけ。二人の息もぴったり。爽やかな気分にさせてくれました。


休憩。観世能楽堂はいかにも狭い。雨が降ったら食事ができない。食堂は前もっての注文した人だけしか入れない。これを何とかしてほしい。食堂はどのくらいの利益が上がっているのか知らないが、冬に年寄りを外に座らせてお弁当食べさせるくらいなら、何か工夫の余地があるのでは。まあ、丸一日聞いるお客は少ないということなのでしょうけれど。


次は葛城です。道に迷っている山伏を家にさそう雪輪模様の衣装の怪しい女あり。謡が優しいのに声が通ってさすが。これが役の小角に折檻された葛城の神。でも役の行者って元祖山伏なのですよね。今回山で声をかけた相手も山伏。怖くなかったのかな。山伏に祈加を頼んで中入りします。玄祥さんはとても大きいので、あの作り物の中で着替えられるのは奇跡のようです。

作り物を出てきた神は、雪の積もった榊を持って舞います。私はゆっくりした舞は退屈してしまうのですが、今回は面白く見られました。
殿田は前半若干語尾の高さがずれていましたが、最後は良かった。調子が出るのに時間がかかったのかも。ワキツレの若い子(大日方じゃない方)、寝てました(笑)。小鼓の調子がいま一つと言う感じがしましたが。


熊坂は見ずに帰りました。連日でしたので。

写真は能楽堂入口の空。
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by soymedica | 2011-12-05 20:25 | 能楽 | Comments(0)

ユネスコによる「無形文化遺産 能楽」第4回公演

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ユネスコによる「無形文化遺産 能楽」第4回公演
2011年12月3日(土)13時30分より
@国立能楽堂 正面席12K円

卒塔婆小町
シテ 野村四郎、ワキ 宝生閑、ワキツレ 宝生欣哉
笛 寺井久八郎、小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井忠雄
後見 観世銕之丞、上田貴弘

狂言 文蔵
シテ 山本則俊、アド 善竹十郎

 
シテ 金剛永謹、ワキ 工藤和哉
笛 杉市和、小鼓 観世新九郎、大鼓 柿原崇志、太鼓 金春國和
後見 廣田幸稔、豊嶋幸洋


豪華なラインアップです。でもパンフレットの宝生閑の説明のところで「たくさんの弟子を育てた」って、過去形なのが気に食わない。もう弟子は取っていないのかもしれないけれど、生きている人に過去形をつかうのはいけない、と思うのは英語感覚でしょうか。


さて、仕舞の前奏なしに、能、卒都婆小町が始まります。出だしの笛がちょっと不安でしたがあとはOK.
閑と欣哉の親子連れの僧。欣哉が緊張気味に見えるのが可笑しい。二人が出てくると、おや、婆さんがやってくる。一の松で次第を謡、上ゲ歌の最後で常座へ。野村四郎は本当に関節症を患っているかのように見えます(本当だったら座った姿勢から立ち上がれないだろうからあれは演技)。後見が床几(葛桶)を出します。ちょと足を開いて座るのが婆さんらしい。えっと思った方、お年寄りの座り方見てくださいね。

で、閑と欣哉のうるさい坊さんがとやかく言うと、「逆縁なりと云々」と僧に説教しながら杖で指す、これもこういう厄介な婆さんいますよねーーーー。
でも、これがただの口うるさい婆さんでは無い証拠に、深草少将が憑く。「おことこそ小町よ」という閑の口調が悲しげです。

今まで野村四郎、厳しそうな人で学究的な人だな、という印象しか無かったのですが、今回の卒都婆小町、とても良かった。はまり役。



狂言の文蔵。例によって主人に黙って都見物にでた太郎冠者。成敗してやろうと声色を使って訪ねる主人。でも、京都に行ったと聞いて土産話を聞きたくなっちゃう。挙句の果てに合戦物語を全部やらされる羽目に。でも、そのおかげで私は語物を楽しめました。ところで「文蔵」に似ている「温糟粥」、味噌、酒粕、さらには昆布、串柿(?)などなどを入れたおかゆらしいです。ネットに何と作り方がありました。


そして。私にとっては初猩々です。真っ赤な衣装にほんのり赤いお面が可愛い。お酒売りの商人のワキの装束も派手。足遣いの面白さを見せる舞台なのですが、綺麗でしたね。通路側の席をとって正解でした。だって、前の人の頭に隠れちゃう位置の時には、遠慮なく体を傾けられますから。
何となく地謡が弱いような気がしたのですが、どうでしょう。
それにしても、この舞台に後見が三人もいるのはなぜ?作りものもないし、引いてくる道具も無いし。

今度は猩々が何匹もでる舞台を見てみたいな。

あ、今回大鼓の柿原崇志が汗をぬぐうかどうか、チェックするの忘れちゃった。残念。
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by soymedica | 2011-12-04 09:37 | 能楽 | Comments(0)

梅若六郎家の至芸 評伝と玄祥がたり 

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梅若六郎家の至芸 評伝と玄祥がたり 梅若六郎玄祥 淡交社
2010年12月12日 初版発行

梅若家の歴史を三浦裕子、山崎有一郎、羽田昶、村上湛らが、玄祥聞き書きを亀岡典子が担当。
観梅問題について何か詳しく書いてあるのかな、と思ったらさらっと触れてあるだけでした。これについては今まで読んだ中では岩波セミナーブックスが一番詳しかった。

写真のたくさんある本で、梅若家の人たちのほかに、ものすごく若い宝生閑とか、子方の観世清和とかがちらっと写っていて面白い。先日袴能を見て面白かったのだが、梅若は袴能が盛んだったお家らしい。

玄祥のお母さんと言う人は後妻に入って先妻の子を育てたのみならず、梅若会館を建てる時には非常な功績のあった人らしい(これは、息子だけでなく、皆言う)。初世、二世梅若実、55世梅若六郎、玄祥についてトリビアのいっぱい詰まった本です。また、玄祥の老女ものについての思いがたくさん書かれています。
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by soymedica | 2011-12-01 12:23 | 本・CD・その他 | Comments(0)