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第38回能と狂言の鑑賞会 夢幻

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第38回能と狂言の鑑賞会 夢幻
11月26日(土)14時から@国立能楽堂
正面席8000円

お話し 夢の意味 林望

仕舞 
小鍛冶 観世喜正
芭蕉 観世喜之
胡蝶 津村禮次郎



狂言 伊文字
シテ(通りの者)山本東次郎、アド(主)山本則重、アド(太郎冠者)山本則俊

邯鄲
シテ 坂真太郎、ワキ 宝生欣哉、
ワキツレ 高井松男、大日方寛、坂苗融、梅村雅功、御厨誠吾、
アイ 山本則孝
子方 田村論稔

笛 松田弘之、小鼓 幸正昭、大鼓 亀井弘忠、太鼓 観世元伯
後見 観世喜之、津村禮次郎、奥川恒治

面は石倉耕春作 邯鄲男


林望の解説から。よく聞くと素人向けにも面白い良いお話をしてくださっているのですが、何となく詰め込みすぎの感じあり。それと、やはり能舞台でのお話というのは誰がやっても非常にやりにくそう。まんべんなく聴衆を見ようとすると非常に落ち着きのない動作に見えてしまう。いっそのこと「目付柱に向って話す」ことにしては。

仕舞ははっきり言って地謡が宜しくなかった。ときどきポリフォニーになっちゃってた。

と言うわけでだんだん眠くなってきたところで狂言。伊文字。二九十八と同じような嫁取りの話ですが、こちらは嫁がどこに住んでいるかを通りがかる人が当てる、と言うところに眼目が。あれ、通りのものとなっている東次郎が未来の嫁で出てきちゃったよ?と思ったら、大蔵流では一人二役でやるものらしい。本日東次郎は常にも増して艶があり、輝いていました。途中数分寝ちゃったのが悔しい!

そして20分の休憩をはさんでいよいよ邯鄲。しかし、御調べがはじまってもこんなにうるさい客席って初めて。前の5人組み小母さま(婆様)なんぞは、囃子が入ってきてもまだおしゃべりしているのは何じゃろな。
切符の売り方を失敗したのか、団体が来無かったのか、正面席はほぼ満席にもかかわらず、私の後ろ一列は空席だった。

さて、宿の女主人が、枕のいわれを満足そうに述べる。こういう時には美男鬘はつけないのですね。自分探しの男の代名詞、蘆生登場。面も衣装もポスターと違うかな。すごく豪華なお召し物で、「お金があるから求道なんて悠長なことしてるのね」と思わせる。発声も謡も凄く堅い人だな、と思ったら、後半良い感じでした。

名物の枕で早速お昼寝。のんきな人です。(装束をつけて横になる、そして起き上がるってものすごく大変そうに思えるのですが、そうはあまり感じさせない。)勅使がやってきて扇でとんとん。起きなさいよ、あなた楚の皇帝になりましたよ、と。この説明がなんだかダライ・ラマの継承を想像させるのだけれど、まあ、めでたく皇帝になり栄華を極め、即位50年を祝います。子方が舞を舞うのですが、お稽古のしすぎか、ちょっと速い。最初に座るときタイミングが分からなかったのか、後見が合図していました。(子方が座らないとワキツレも座らない。)そして、後半かなり長いこと座らなくてはならないのですが、ちょっと辛いのか姿勢が崩れているのが目立って残念でした。

楽しくなっちゃった皇帝は自分も台の上で舞います。とは解説に書いてあったのですが、あんなに本格的に舞うのだとは思わなかった。だって狭いでしょ。途中、空下りというのだそうですが、片足下ろす時、大宮の柱につかまったら全体が大きく歪んで怖かったー。(あれは昼寝していてベットから片足が落ちた感じでしょうかね。)
そして興に乗ってついには台から降りて舞います。この人、足遣いが綺麗ですね。蘆生のときと帝のときと、微妙に足の使い方が違うように感じられるのも面白い。

そして舞がすべて終わると、樂も地謡も静まり返ったところで、宿のおばさんがまた扇でとんとん。「粟飯長けたよ」という声が響き渡る。と、この静まり返ったところでまたぼそぼそと前の列の客がおしゃべりし始めるので驚愕。あんな観客どっから引っ張ってきたんです??だいぶ古そうな謡本見ながら観てたけれど。

そして起き上がった蘆生が茫然と寝乱れた頭で、「ああ、人生は一炊の夢」とつぶやきます。面なのに本当にまばたきしたように見えた。


シテのファンだったり、お弟子さんだったりするのなら、シテの退場で拍手するのは全く問題ないと私は思います。でも、囃子方がまだいるのに、座席から立ち上がってごそごそするのは一寸。余韻を楽しんでいる人もいると思いますが。

面白かった。来年もまた来よう。アンケートに答えた20名にチケットが当たるとかで、いつもアンケートは無視するのだけれど、思わず提出。率良さそうでしょ。
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by soymedica | 2011-11-28 20:54 | 能楽 | Comments(0)

能面と能装束 神と幽玄のかたち @三井記念美術館

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能面と能装束 神と幽玄のかたち 
@三井記念美術館

京都の金剛宗家が三井家に売却した能面を中心とした展覧会。「売却した」のではなく、三井家が「お台所のお手伝いをさせていただいた」と表現するのだそうです。お金はあっても実際の能を演じることはできなかったし、おそらく見ることも不自由な江戸時代を経て明治時代に能の後援者となった三井家は、観梅問題にからんだりと能楽界の一大パトロンとなり、このコレクションも買い取ることができたのです。

装束は三井家が使ったものらしく明治期以降のものですが、孫次郎と伝えられる面など、ちゃんと残るものだと感心させられます。展示の方法もなかなか分かりやすく、あんまり面に関心のない人にもよくわかるようになっています。

面白かったのは謡の勉強を風景にたとえた掛け軸。山の上の方には翁とか小町物が、下の方には今でも入門編とされる謡とかの名前が書かれている風景画。ふもとから頂上に登って行く。

結構空いていましたが、あとの方は駆け込みで混むかも。

入り口で15分ほどのDVDが見られます。これも見ることをお勧めします。面打ちを趣味とするグループの方たちが見ていて色々おっしゃっていて結構勉強になりました(耳学問!)。
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by soymedica | 2011-11-26 20:50 | 本・CD・その他 | Comments(0)

すらすら読める風姿花伝

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すらすら読める風姿花伝 林望 講談社
2003年12月12日第1刷、2009年3月17日第10刷

上2/3に大きな字で風姿花伝の原文をふりがなつきで、下1/3に口語訳を配置した、新書版より一回り大きな本です。口語訳はかなり意味を補ったり意訳している部分もあり、こちらだけ読んでも内容は過不足なく理解できます。原文の個々の言葉の使い方が気になったりするむきには、新潮社の日本古典集成の方が良いかもしれませんが、そうまでしたくはないけれど、原文もちょっと見てみたいな、と言う方にはとってもお勧め。尚、風姿花伝の原文自体が日本古典集成からとられているようです。

これから風姿花伝にトライしようとか、専門的解説書をトライしようという素人の入門書にも良さそう。(私自身は同じレベルの入門解説書をもう何種類か読んでみようと思いますが。)

実は林望さん、能を見始める前は「イギリスはおいしい」を書いた何か日本の古書を研究している女子大の先生、くらいしか認識していなかったのですが、能の世界では大変な人気ものなのですね。
イギリスはおいしい、は当時読んで大好きでした。こういう、食べることを愛してユーモアもある人が能も好きって、良いな。
そしてこの人、能樂堂での解説のときに発見したのですが(それまでどんな見かけの人か気にしたこと無かった)、おしゃれさんですね。
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by soymedica | 2011-11-22 22:50 | 本・CD・その他 | Comments(0)

国立能楽堂定例公演11月

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国立能楽堂定例公演 11月18日(金)
午後6時30分開演 
正面席 4500円

狂言 宗論 
シテ(浄土僧)野村萬斎、アド(法華僧)高澤祐介、小アド 月崎晴夫

能 通小町 替装束
シテ 宇高通成、ツレ 種田道一、ワキ 村山弘
笛 竹市学、小鼓 幸正昭、大鼓 安福建雄
後見 廣田幸稔、豊嶋洋幸


ふと、あぜくら会員なのに、なぜ切符に書いてある値段はポスターの値段と同じで割引になっていないのだろう?と思って領収書を見たら、一割引になっていた。うかつ。来年からは小遣帳をつけようと思う。

狂言の宗論は、浄土僧と法華僧の争いをコミカルに描いたもの。囃子付き。狂言の囃子は御調べをしない。やっぱり能の御調べは昔の「開演ブザー」だったのだろうな。狂言の囃子は横を向いている場合と正面の場合とあるが、あれは真・行・草といった区別なのだろうか。そして、順番に登場した僧はちょっとした謡をうたうのだが、地取りをするのが後見なのも面白い。
まじめで直情的な法華僧、かるーいノリの浄土僧(萬斎がやるからか?解説によっては陰湿でりくつっぽいとある)、なのだが、これが当時の人たちのイメージだったらしい。もっともらしい法文も御経も出たらめー。最後に言い合いをしているうちに相手の経をとなえちゃって…。

さて、隣の席に遅れてきた美女はスレンダーで、能楽堂の椅子など一跨ぎ、といった足の長ーい人。しかもショートパンツにタイツ!宗論だけ見てお帰りになったようです。萬斎ファン?前の一列を占拠していた女性御一行様も、どうやらお目当ては狂言だったよう。こちらの方たちは最後までご覧になっていました。


通小町。ワキ登場。若干ビブラートの強い謡。たぶんこの人見るのは初めて。ツレはいささか鼻にかかった特徴のある声の方。前半の里の女は年配の人という想定だったような気がしていたのだが、装束は色入り。
「私は実はおののぉぉ」と言ってかき消すように消えた小町が、実は後ろを向いて座っていると、シテの深草の少将登場。幕が上がってもなかなかこっちにやってこない。衣をかずいでやってくるのですが、これが能では「姿の見えない」という約束事だとは最近知りました。そばに後見が出張ってくるので「あそこで衣を落とすのだな」とわかります。でもその衣の表と裏の色合わせ(表が明るい青、裏があずき色とでもいうか)が、子供のころ家にあったドテラ(!)にそっくりなので思わず「保温のために着ているのか?!」と思っちゃった。面はやせ男?角度によってものすごく表情の変わる感じ。照明や座っているところによるのでしょうか。

金剛って私には全体に地味に感じられるのです。いえ、笠を投げたりとか大きな動きはあるのですが、様式的なのかなー。ともあれ、舞台を一周して「雨の日も雪の日も行って、怖いし寒かったよ」と一生懸命なのに、小町は知らん顔。今回正面席もど真ん中だったので、そういうところが良く分かる。通は中正面と言いますが、今後も正面席で見ようっと。前回通小町を見た時には正面席でも端の方だったので全体の関係が良く分からなかったのです。

深草少将は最初みれんたらたらの幽霊として出てきたのに、そして僧に水を向けられると百夜通いの様子なんか「同情してくれよ」と言わんばかりに見せちゃうのに、いきなり小町と二人成仏しちゃう。コンピューターグラフィックか何かで照明と音楽が変わる、とか衣裳が変化する、とかしないと、そこの部分が駆け足で納得できない…。

とにかく観世と金剛と凄く違うなー、と思ったら前回みたのは雨夜之伝という小書き付きで、これは百夜通の様子をよりダイナミックに表現するものなのだそうです。違うわけだ。でも、謡の感じもだいぶ違いますよね。どちらかと言えば観世流の方が華やかかな。


今回檜書店の「対訳で楽しむ能」を買ってみたのですが、500円でなかなか充実。装束についてもっと詳しく書いてあると嬉しい。


写真は仙石原です。
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by soymedica | 2011-11-19 22:50 | 能楽 | Comments(0)

美空ひばり

観世会能楽講座で家元・観世清和が、「私、美空ひばりファンです」と言ったのを聞いて思いました。「美空ひばり」というのは、私たちの世代およびそれより上の人たちにとって何らかの社会的意味を持つ存在、今はやりの言葉で言うと「アイコン」、あるいは踏み絵だったのではなかろうか、と。

「彼女のファンというのは『中卒で田舎から集団就職で出てきて、垢ぬけない人たち』というイメージがあり、そのイメージが若い私にはとてつもなく嫌だった。」という意味のことをずいぶん昔に林真理子が書いていたのを覚えていますが、確かに昔はそういう感じだったような。
「美空ひばりのショーを見に新宿コマ劇場に行ってきた」と言えばそれはsocioeconomic statusの低さを示すものだったし、「美空ひばりぃぃ?ちょっとね」といえばインテリの印、というような。

それがいつのころか、(小椋佳が彼女の歌を作ったころからか?あるいは亡くなってからか)変わってきたように感じられます。彼女が図抜けて歌が上手いことは、彼女を毛嫌いするインテリ層も認めていたわけですけれど、いつのまにか「いや、私、美空ひばりは嫌いじゃないんですよ」ということが、「私はインテリだけれど、色々な文化に理解があるんですよ」というメッセージの代わりとなったように思えます。
…あくまで「大好き!」というのではなく、一拍おいて「いや、実は嫌いじゃないんですよ」という感じですが(笑)。
「私は物事の本質をつかむ、理解ある芸術愛好家なのよん」というメッセージを伝えるためには他の演歌歌手ではだめなのです。Negative imageをしょいつつ、世界に誇れる歌唱力を持った「美空ひばり」でなきゃ。

先週もある教養人が「いや、私も年とったのか美空ひばりのCDなんか買っちゃったりして、ハハハ」とおっしゃっていました。でも、その人が若いころは、美空ひばりのシングルを買わなかったであろうことは断言できるし、30年前に今のお歳だったとしても、そういう発言は無さらなかったでしょう。 

美空ひばり存命中の時代だったら、観世流の家元が(真実であろうがなかろうが)「私、美空ひばりのファンです」と言うことは無かったような気がする。それは自分を経済的に支えている素人弟子が属する社会階層に受け入れられなかったでしょうから。今は言える。それは、「自分は社会階層を越えて、良いものは良いと言える芸術家なんですよ。」という意味になるからじゃないかな。

と、ネットで検索したら「美空ひばり」というとても立派なページが。そしてずいぶん知っている曲もありました。
昭和には「皆が知っている歌謡曲」ってあったよねー、とオバサンはちょっぴり懐かしい。
あ、AKBだって嵐だって知ってますよ。皆同じ顔に見えるけれど…。
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by soymedica | 2011-11-17 18:37 | 本・CD・その他 | Comments(0)

第4回観世会能楽講座 続き

ワークショップでは袴姿で乗船から終わりまで、実際に見せてくれました。囃子こそありませんが、地謡も登場。
現在物は型附けがあまりなく、演ずるものにまかされている、という家元のお話がありました。また、装束のみるめ(ホールに展示してありました)は乾燥ワカメを編んだものであるので、一曲終わるとその辺ゴミだらけである、という家元の嘆き(いや、お弟子さんの嘆きの代弁)がありました。

森常好も色々お話してくれました。下掛宝生ではこの赦免士は冷たく演じるべしといわれていると。(最も下品にやるとされているのは自然居士だそう。)とも綱は糸でついであるが、流儀によりその糸の色が違い、綱と同系色だと、わかりにくい。本日はどこで継いであるのか分からず、「えーい、この辺だろう、と切りました」と。
家元、飛んだ後の綱を後見がいつ引くかも演出上重要だと先代に叩き込まれたと。切れた綱が舞台上に一定時間残ることで観客が「ああ、とも綱は切られてしまったのだな」と思うことができる。なるほど。

森常好曰く、俊寛の謡は観世と下掛宝生でずいぶん違っており「観世の謡本をご覧の方、私が間違っているのではないですよ。」と、会場爆笑。

鼎談では、喜界島といっても実際どの島だったか不明、喜界島とは遠いところ、といったニュアンスであり、実際の喜界島であったかどうかはわからないけれど、ここに中世の遺跡があることは事実という興味深いお話。島では食料が送られてきているので飢えることはなかったであろうけれど、この流罪の話、どこまでが事実かどうかは不明なのだそうです。

本日の家元、鼎談では無口だな、と思っていたら、最後の最後で「観能中寝ることについて」の話題を五味先生が口にしたら、一挙に火が着いちゃって面白かった。そして謡を学ぶ姿勢なぞもお聞かせくださったのでした。


ということで、充実の講座でしたが、欲を言うと前半60分の対談ではもう少しトピックをしぼったほうが良かったかもしれない。でも、勉強のとっかかりとしてはこういう浅く広くのほうが良いのかな。できればお勧め本などをリストアップしてほしかったです。


最後に家元の面白い話
その1
アンケートをとったら、「ゲストの方たちに家元が『先生』と呼びかけるのはおかしい」と書いた人がいたそうな。観世清和いわく、「そういう人って、『何か』言いたいんですよね。良いじゃないですか、『先生』なんだからねー。」そうそう。投書箱があるとどうでもよいクレームつける人(私の観察では定年退職直後の爺さんが多い。)いますよね。
その2
「質疑応答はしません。昔こりごりしたから。一人でおかしなこと(具体的に例をあげていました)ずーっと質問し続けるお爺さんがいて困りましたからね。その時他の人、誰も質問してくれないから、その人にあてざるえなくって困ったんですよ。」(そんなことになったら私が建設的質問のために手を挙げてあげますけれど。クリコさんも戦ってくれますよね。)

こんな話を聞いて、私は観世清和ってごくごく常識的社会人なんだな(誉めてます)、と思ったのでした。

お話の中で出てきた本は:
人物叢書 平清盛 五味文彦 吉川弘文館
検非違使 丹生谷 哲一 平凡社ライブラリー
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by soymedica | 2011-11-16 22:26 | 本・CD・その他 | Comments(0)

第4回観世会能楽講座

第4回観世会能楽講座
11月14日18時半より@観世能楽堂
12月定期能チケットあると500円、無いと1500円。

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まず、家元、観世清和のご挨拶に続いて、五味文彦&松岡心平登場。これが対談だから主題があっちこっちする上に面白く、感動。でもホワイトボードくらいおいて、誰かが固有名詞を書いてくれると嬉しかった。
以下、内容は対談に準拠していますが、前後した部分はまとめたりしてあります。

能・俊寛は、禅竹あるいは元雅作とされているものです。

強調されたのは、鹿ガ谷の陰謀というのは清盛とも濃密な人間関係を持つ人間のあいだで行われたのだということ。
後白河院と建春門院(対談では清盛の娘と言っていたようですが、どうも清盛の妻時子の異母妹らしい)との間にできたのが、高倉天皇。建春門院の死によって清盛・後白河との間が怪しくなるのが事件の発端。
藤原成経は後白河院の男性の愛人だったと言われる成親(鹿が谷事件で配流、惨殺)の息子。
なお、平頼盛の奥さんには俊寛の父法印寛雅と八条院の乳母との間の娘がいる(講演では俊寛の娘が頼盛の奥さんと言っていたような)。
などなど、愛人だったり親戚だったりの間の憎悪も絡んでの事件だった模様。

陰謀がめぐらされた(実際は清盛を馬鹿にする宴会をやって憂さを晴らしたに過ぎないらしい)鹿が谷の別荘は静賢あるいは俊寛の別荘と言われており、俊寛が執行を務めていた法勝寺の所有ともいえるらしいです。静賢は信西の子であり、信西の妻は後白河院の乳母(めのと)であった。という濃い人間関係がここにもありました。(すでにこの辺で私には経図がわけわからなくなってきている。)

そしてこの陰謀を企てた人たちは皆お金持ちであったらしい。俊寛は比叡山で修行し、その父は仁和寺に関係した。どちらもお金持ちのお寺。成親は知行国が豊か。また法勝寺もまた六勝寺の一つであり財力ゆたかで、陰謀の財政面では問題は無かったそうです。
武力面での実行者であったのは源氏でしたが多田(源)行綱が密告してしまったのでした。

ところで、北面の武士と良く言いますが、内裏の南面はいわば表玄関であり、北面というのは武士・芸能者などのプライベートが関与する場であったのだそうです。「北面の武士」というのは院のいわば男ハーレムのような性格を一部帯びていた可能性も高く、よって人間関係はより濃密であったらしい。

能では喜界島に熊野神社を勧請し、成経、康頼二人の実がお参りしていますが、後白河の熊野詣に成経、康頼は常に同行していたのだそうです。そして俊寛は仁和寺(日枝社)とのより関係が深く、熊野との関係は無かったので、一緒にお参りはしていないらしいです。

藤原成経は出家しておらず、本人は内心赦免を期待するところがあったのでしょうとも五味先生はおっしゃっていました。
平康頼は鹿が谷の事件の後出家しているそうです(こりゃだめだと思ったのか、出家して許してもらおうと思っていたのか聞き洩らしました)。
能では成経、康頼の道迎え(どうむかえ)の酒盛り中に赦免師が来るが、平家物語では成経、康頼の留守中に赦免師が来ることになっているのだそうです。そして本来赦免状とは赦免されるひとに渡されるものであって、俊寛が読むのは変だとも。

康頼は検非違使の役だったそうです。北面の武士には検非違使に任命される人が多くあったそうで、この検非違使とは武士、明法家、芸能を司ったもの。この時代正月行事の一つとして猿楽が行われますが、この後戸猿楽を司る後戸奉行を検非違使がしていたそうです。検非違使は穢れを司る人であり、また穢れを司るということで獄にも関係したそうです。

島流しは遠流よりも重い刑罰であり、これまで佐渡への遠流はあったが、喜界島はこれが初めて。さらには鎌倉時代になると北は北海道へ流されるようになったそうです。どこへ流されるかは大問題で、親戚の支配するところだと結構良い生活ができたが、敵地だと、うやむやのまま殺されたりしたそうです(成親もですね)。

俊寛は流された時点で30歳代後半。諸般の状況から本人は帰れないと思っていたかもしれない。なぜなら同等のレベルの成親、西光が殺害されているから。でも、それじゃ演劇にならないですからね。お話では赦免を期待していることになっている。

結局鹿ガ谷の事件場合でも誰を赦免し、誰を罰するかということは後白河院決めているのだそう。
一人放免された平業房は妻が後の丹後の局(後白河の愛人)であったとのこと。
古来呪師猿楽や延年の舞が宗教施設で行われていたが、後白河院はこれを御所へ引き上げた人物であり、院自身も猿楽を舞ったといわれているそうです。この辺も面白い話に発展しそうですが、60分ですからこの辺で。

あんまり長くなるので、後半ワークショックからは気を取り直してまたあとで。
人名などの参考にしたのは:
平家の群像 物語から史実へ 高橋昌明 岩波新書
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by soymedica | 2011-11-16 08:28 | 本・CD・その他 | Comments(0)

国立能楽堂11月 普及公演

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国立能楽堂11月 普及公演 
11月12日(土)午後1時開演
正面席 4800円

解説 玉藻前の殺生石伝説 脇田晴子

狂言 二九十八 
シテ 遠藤博義、アド 山本泰太郎

能 殺生石 白頭
シテ 観世恭秀、ワキ 工藤和哉、アイ 山本則孝
笛 藤田朝太郎、小鼓 曽和正博、大鼓 高野彰、太鼓 桜井均
後見 寺井栄、武田尚浩


Indian summerとはこんな日か、という暖かい日。おそらく雙葉と思われる制服を着た高校生の団体あり。正面席と中正面後方という席、殺生石という演目の選択など、有名だから「井筒」、席が取りやすいから脇正面といった選択をする学校が多い中、指導教諭の見識がしのばれます。
開演前の食堂でそばに座ったご夫婦は、「江戸検定」の勉強の一環としていらしているらしい。そういう検定の楽しみ方もあるのですね。

まず解説。殺生石の舞台となっている那須原というのは現在でも火山ガスが出ていて昆虫がそこに落ちるようなところであり、そこの奇観からできた話であろうこと、南北朝時代に平安末期の動乱を振り返り、その原因を玉藻前や鵺などに帰していくつかの作品が作られたのではないか、殺生石は丹波猿楽に起源をもつ古い話であること、などが解説されました。
脇田晴子と言う人、あまりこういう解説に慣れていらっしゃらないようで、ちょと聞きづらい。「能」がタイトルについた書物もいくつか書かれているようですが、上演される能楽そのものにはあまりお詳しくないようです。直接の演目解説ではなく、もっとご自分の得意分野にひきつけた話をなさった方が良かったのでは。その点、講演企画者と講演者とのあいだに意思の疎通があったのかどうか気になります。


二九十八は嫁取りをしたが、盃をかわした後に顔を見てみればあっと驚くような醜女、というお話。でも、「歌も読んで計算にも明るい」とよろこんでいたのに、ブスだからって逃げ帰るのは酷くない?良く見ると、おでこの可愛い子じゃないの?あんまり今のフェミニズムの世の中に受けそうもないストーリー。
「きこしめせや、きこしめせ。じゅみょうひさしかるべし」というのは素敵な言葉ですね。今度宴席で使ってみよう。


殺生石。前半は才色兼備の素晴らしい女性があまりに目立ったので、その出自がいやしいことを理由にそれをねたむ一派が陰陽師の安陪泰成をそそのかして追い落としを図るというお話。後半は那須原の奇観に着想を得た妖怪の話。両者を使って教養豊かな人が前場と後場に仕上げたような、そういうストーリー。

まず一畳台が出され、その上全部を占める巨大な石の作りものが出されます。玄翁上人が払子を持ったお弟子を連れて登場。解説を読んで、石を割るハンマーの「げんのう」はこの人の名前か!と目から鱗だったのですが、いま「げんのう」という言葉は使わないのかもしれない。本日の工藤和哉は玄翁、昨日より元気そうです。でも、昨日は明恵、今日は玄翁と忙しい。「え、今日が明恵だと思っていたけれど、違ったか?!」なんてこんがらかることはないのでしょうか。

怪しい女が出てきて「石に近づくな」と言って、玉藻の前の話をして、石の作り物に入る。そして後場では石が割れて、なかから狐か人かわからぬ妖怪が出てきてそれをありがたい玄翁上人が弔うと、「もう悪いことはしません」と石のように堅い約束をして消え去る。前半はワキと地謡大活躍。後半はダイナミックな動き。シテの謡と動きにもうちょっと迫力があった方が私のイメージなのですけれど。あまりに端正。

小書きの白頭。これはパンフレットには「はくとう」と振り仮名が降ってあるのですが、三宅譲の本(1)には「しろがしら」と書いてある。歴史的にはどっちでも良いのでしょうね。人の名前も昔は音読みが丁寧、訓読みが普段使いだったそうですから。

尚また本には観世流の白頭の小書きの時には作り物は出さないとあります。また大元結、面は野干、白装束。謡にふだんより緩急がつくこと、クセに打ち切りの入ること、とあります。


参考は
1.能の鑑賞講座1 三宅譲 檜書店
2.能よ古典よ! 林望 檜書店
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by soymedica | 2011-11-14 22:50 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会 11月定期公演

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銕仙会 11月定期公演
11月11日(金)18時より@宝生能楽堂
正面席6000円

鉄輪
シテ 大槻文蔵、ワキ 宝生欣哉、ワキツレ 御厨誠吾、アイ 深田博治
笛 一噌康二、小鼓 曽和正博、大鼓 安福建雄、太鼓 金春國和
後見 観世銕之丞、長山禮三郎

狂言 名取川
シテ 野村萬斎 アド 石田幸雄

春日龍神
シテ 小早川修、ワキ 工藤和哉、ワキツレ 則久英志、野口能弘、アイ 高野和憲
笛 栗林祐輔、小鼓 古賀裕己、大鼓 亀井広忠、太鼓 大川典良
後見 清水寛二、鵜沢久


今回もぎりぎりセーフ。6時半か7時始まりにして能は一番、月に2回やるとか、腹をくくって終わりは10時にするとか、ダメですかね。観世能楽堂で22時に終わりにしたら近所から文句がでそうだけれど、宝生は繁華街だから。クリエーティブな仕事をしている若い人を取り込もうと思ったら、時間が早すぎ。


あ、鉄輪でしたね。怪しい女が貴船神社に丑の刻参り(怪しくない女は丑の刻参りなぞしないか)。これは夫に捨てられた女で、夫と後妻に復讐を誓っている。筋はとても有名ですが、実際に舞台で見るのは初めて。貴船神社って今でも郊外、山の中というイメージですから、当時夜中に女性が行くにはよほどの決心が必要だったのだろうな、と考えながら見始めます。

作り物には人形や髪の毛がかかっているし、後シテは鉄輪にろうそくつけて頭にのっけているし、おどろおどろしいことこの上なし。

宝生欣哉がなかなか素敵です。そして良く見ると衣裳がとても豪華。でも、恐ろしい鬼退治にはちょっと優しすぎる感じではあります。
でもそれを言うなら、シテももっと性格悪そうな人の方がよいのでは。写真拝見するとロマンスグレーの紳士ですよね。この穏やかそうな二人の組み合わせが「鉄輪」というのも面白い。

前シテの面は古元休作の泥眼だそうですが、根暗な感じでとても素敵(?)後シテは夜叉作の橋姫。橋姫の面と言うのはそもそものデザインの発想があんまり趣味じゃないのですが、これは銕仙会に保存されている世阿弥と同時代の面打による大変貴重なものだそうです。(柴田稔さんのブログより。)

なぜか鬼となった妻は三十番神に復讐を妨げられて、「またくるぞぉぉ」と弱々しく帰る。打杖も落として扇になっちゃうし、二の松で座り込んじゃうし、あんまりカタルシス無し。思わず、「頑張れ」と応援して終わったのでした。これは役者のせいじゃなくて筋書きのせいですね。


名取川は前に三宅右近・右矩で見ていますが、今回は囃子もあるし、地謡もあるし、より華やか。囃子はともかく、地謡があるとよりおかしみが増します。舞も面白いし。この華やかにやるバージョンの方が好きかな。野村萬斎の華やかな感じにあっているのかもしれ
ない。それにしても石田幸雄って座っているだけで「今日は面白くなるぞ」と感じさせませんか?後半の掛け合いも抜群。


春日龍神は二度目と思ったら記録が無い。でも、前に見たことあるんだけれどなー。まあいいや。今回の特徴は何と言っても囃子が若いことではないでしょうか。元気良し。龍神の舞も元気が良いですから、とてもおめでたい。でも、この筋はどうもご都合主義。
しかも本日の明恵上人、お年を召していらっしゃるから、春日明神が止めなくても外国にはいかないでしょう、と言う感じ。最初工藤和哉どこか具合でも悪いのかと思わせる顔つきと歩き方だったのですが、だんだん調子は上がってきました。

今回のシテの小早川修さん、とても力の入った謡。あんなに力を入れると血圧上がりそうな…。でも、聴きやすいし、舞もきれいで楽しかったです。
頭の竜がかわいらしい。
この人のシテでまた何か見てみたいと思いました。


参考は
清田弘 能の表現 草思社

写真は一週間ほど前の箱根早雲山です。
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by soymedica | 2011-11-13 10:15 | 能楽 | Comments(0)

人間国宝野村万作の世界

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本日は国立能楽堂の12月のチケットのあぜくら会員先行販売日。10時にはさすがに仕事が忙しく電話できなかったのだが、10時半にちょこっと電話してみたらNTTの混雑案内が流れている。びっくり。11時に電話したら数回でつながったが、すでに友枝昭世の融の正面席はすべて売り切れ。中正面も1席を残すのみと言われて驚愕。人気とは思ったけれど。脇正面を購入。あとは正面席の比較的良い席が取れました。人間国宝でしかもまだまだ元気となると、見たい人は多いのでしょうね。

今回読んだ本は(実はだいぶ前なのですが)
人間国宝 野村万作の世界 林和利 明治書院
平成22年10月初版発行

野村万作がどうやって役作りをしているか、その着想がどこから来たか、そしてどうして万作の舞台が魅力的なのか、についてインタビューを中心に書かれた本です。最後のほうでは万作の選んだ狂言18選についてインタビューしています。

万作は大変話好きの人のようで、公開講座「時間が限られているので」と司会者に念を押されている様子も出てきます。目的をもった良い聞き手が聞いたことをうまく編集しているので、とても読みやすい本になっています。

それにしても万作って若干理屈っぽくって負けん気が強いという、次男坊そのままの性格ですね。

万作に関する本としては、今一番入手しやすいかもしれない。
ソフトカバー1800円。
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by soymedica | 2011-11-08 20:36 | 本・CD・その他 | Comments(0)