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国立劇場開場45周年記念特別公演10月29日

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国立劇場開場45周年記念特別公演10月29日(土)
@国立能楽堂 午後1時より
正面席7500円










鵜祭
シテ 本田光洋、ツレ(海女)本田布由樹、大塚龍一郎、ツレ(八尋玉殿の神)本田芳樹
子方(鵜)青木美乃里、ワキ 高井松男、ワキツレ 則久英志、梅村昌功
アイ 茂山茂
笛 藤田次郎、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 河村眞之介、太鼓 三島元太郎
後見 桜間金記、守屋泰利、山中一馬

狂言 寝音曲
シテ(太郎冠者)茂山あきら、アド(主)茂山童司

実盛
シテ 観世銕之丞、ワキ 高安勝久、ワキツレ 小林努、有松遼一
アイ 茂山宗彦
笛 松田弘之、小鼓 曽和正博、大鼓 安福建雄、太鼓 助川治
後見 永島忠侈、泉雅一郎


発売開始よりかなり遅くなってからも購入できたので、空いているかと思ったら甘かった。ほとんど満席に近し。でも、となりのchabbyな小母さまが鵜祭だけ見て帰ったのでちょっとラッキー。


鵜祭は金春流にしかない稀曲だそうで、能登の気多明神の霜月初午の行事を題材にしたもの。中で日本の第3の神社とうたわれていますが本当かな。上位2つが伊勢神宮と出雲大社かな。
まず、一畳台の上に社の作り物(赤い屋根)、さらにその前に一畳台が出されます。ワキが登場しますが、途中で伸びあがったりする運びがあって面白い。でも、一寸姿勢や所作が気になるところもありましたが、それはそれ。僧ではなく臣下のワキなので、装束もあでやかで偉そうです。
ワキとワキツレは座るときに地謡と一列になりますが、脇能ではいつもそうなのでしょうか、今まで気づいたことがありませんでしたが。流儀によるのでしょうか。

シテとツレが真の一声で登場。裏が黒く、表が雪に見立てた白い傘を被った海女、実は気多明神、と言う設定ですが、持っている鍬のような木の道具(グラウンドで使うトンボの小さいようなもの)は塩田で使うもののように見えますが、何なのでしょう。そして笠を被ってうつむき加減なので、神秘的な感じ満点。ただし、太ったツレはちょっといただけませんでした。座っているときにごくごく小さな葛桶を使っているのはシテも同じなのですが、シテはお年だから良いとしても、ツレがそんなもの使ってはいけないと思います。そして座っているときにもぐらぐらしているし…。

地謡は漢語が非常に多くて、謡い方も何となく御経のよう。
うーむ、と言う感じです。
前半終わってシテは作り物の中へ。

アイは末社の神で、寝ている勅使に舞を見せましょうと、押しかける。(舞を見せましょうか、と言ったら勅使が片頬で笑ったから見たいに違いない、と。)

そして八尋玉殿の神が登場し、御殿の扉を開け、中から気多明神登場。神様なのだから、まっすぐ気高く前を見ているかと思いきや、ややうつむき加減の大人しい女神様。そして、気多明神と八尋玉殿の神とが大臣のために舞楽を行います。若干回るところとか袖を返すところで揃わないのが気になります。もっと、派手派手しくやってほしかったな。この抑えた感じは流儀の特徴なのでしょうか。

そして子方登場。謡はないのですが、贄の鵜であるという設定で、鳥のように舞います。荒鵜を飼っておくと、自分から贄に上って役目が終わると自分で御殿から降り、八尋玉殿の神に促されて飛び立っていくというもので、気多明神がありがたいのでこのような奇跡が起こるのです。

同日に金春流の円満井会もあるらしく国立との掛け持ち組もいたようで、何となく不完全燃焼感の残る舞台でした。


狂言は寝音曲。主人に謡を謡え謡え、と言われて、「飲まなきゃ謡えない」「膝枕がないと謡えない」と言った挙句、本当に酒を飲ませてもらって主人の膝枕で歌っちゃう。でも、だんだんと気分良くなって寝てないのに良い声で歌っちゃうという話。
最初出てきたとき茂山童司がすごく堅い感じでどうなることかと思ったのですが、どんどん調子が上がってきて、後半のとぼけた感じの主がとても良かったです。


実盛は、平家物語の中の有名なエピソード。老武者と侮られたくなかったために髪を染め、故郷に錦を飾るために派手な錦の直垂で戦います。有名な木曾義仲と一戦を交えたいとの願いもむなしく手塚の太郎に打ち取られてしまいます。この武士は誰だろうと不思議に思った源氏方が首を洗うと、白髪が現れる。居合わせた源氏の武将はその心意気に涙を流す、というお話。そーいえば古文の時間にそんな話習ったかな。

出だしは遊行上人が誰の目にも見えないものと毎日話をしているが何だろう、とアイが語るところから始まります。その上人が説法をしているその目の前の池が実盛の首を洗った池だったのです。上人の説法にひかれて出てきた実盛が自らの最後を語る、というのが後場になります。

亡くなった時は平良宗盛の郎党であったが、もともとが源氏方の郎党であったため華々しい討ち死にをしてアイデンティティーを確立しなくてはならない立場であったこと、それには加賀篠原の合戦で顔見知りの源氏方相手に戦うのが一番であったこと、などの経緯が国立能楽堂のパンフレットに書かれています。

遊行上人とは時宗の開祖である一遍上人のことだとは迂闊にも知りませんでした。世阿弥と時宗は近い関係にあったと言われているので、これは当時の時宗のキャンペーン能でもあったのでしょうか。

と、長くなりましたが、演能は素晴らしかったです。観世銕之丞、人気役者だけのことはあります。謡も所作も滑らかで力強い。見ているものに演技について意識させずに楽しませてくれます。「…樋口の次郎は見知りたるらんとて召されしかば、樋口参りてただ一目見て、涙をはらはらと流いて、あな無残なや…」のところなどは本当に聴きほれます。

囃子も出すぎず、良い感じでした。地謡がちょっと弱いのかもしれませんが、その辺は私にはよく分かりません。良かったような気もするし…。

一曲の構成も面白いし、その裏にある歴史や作成の過程も興味深い能なのですね。それにしても、日本史は平安時代までしかお勉強しなかった私(高一の必修日本史はそこで終わりになった)、ただいま常識獲得中であります。

今回読んでみたのは
能と唯識 岡野守也 青土社

写真は松山の石手寺です。

追加:能楽師・柴田稔さんのブログで鵜祭のあの海女が肩に担いでいるのは「えぶり」という雪かきの道具だと分かりましたので、追加します。
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by soymedica | 2011-10-30 20:45 | 能楽 | Comments(2)

能と謡

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能と謡 新版 和田萬吉 白竜社 2004年5月15日第1刷

昭和18年(1943年)に最初の本が発行されたらしい。新仮名遣いに直してあるので私にも楽に読めます。当時の謡曲界という雑誌に掲載されたエッセイ集。箱に入った本というのは日本独特のものらしいですが、最近みかけませんね。その箱入りの本です。(新古書をアマゾンで買いました。)
著者は1865年に生まれて東大文科を卒業し、東京帝国大学付属図書館長だったという人。没年は1934年。
日本にアッパーミドルクラスがあったころの本当のアッパーミドルクラス。そして、趣味が趣味として生活の中に根付いていた時代と階級の人です。

謡の勉強のしかたについて、素謡会について多く書かれており、当時はずいぶんと盛んだったのだな、とわかります。今のように歴史的背景を、などど構えて勉強するのではなく、本当にあっちのおじさんも、こっちのおじいさんも学んでいたらしい。ただし、教養のある人が。
…昔母に「あの人は昔の人なのに、何で百人一首を知らないの?」と聞いたら、「そういうことをする階級の人ではないから」という返事が返ってきて、遊びにも階層があるのだな、と思ったのですが、私より若い人にはそういうことはさらにわからないのでしょうねー。

ところで、謡の勉強の仕方のほかにもいろいろと書かれています。謡に明和の改正というのがあったらしく、その改正された言葉がおかしい、と書かれています。例がいくつかあげてあり、私にも「そう言えばおかしいかな」とわかるところとまったくわからないところがありますが、そこに、(謡の言葉がこんなでは)「……現代の流行語に『とても面白い』『とても美しい』などと言うのを笑うことができなくなる。」と、書かれています。そういえば小学校のとき作文でこういう言葉づかいをすると親が嫌がったものですが、今現在全くおかしいとは感じない私。あなた、変だと感じますか?

この方、能役者は少し太り気味の方が見栄えがする、と書いていますが、今の時代を知ったなら、そうは言わないでしょうね。上手い人は女性のときは小柄に、武士の役では大きく見える、とも書いていますが、それは納得。

最後のほうに「能楽興行の復旧を望む」という章があります。関東大震災のあとしばらく能樂興行が行われなかったらしい。今のような「自粛」ではなかったらしいのですが、筆者は「このようなせわしない時にこそ、静かな芸術を」と言っています。鎮魂とか、援助とか潔いくらい全く言わず、「見たいからやってくれ」というのが凄い!
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by soymedica | 2011-10-27 22:05 | 本・CD・その他 | Comments(0)

山本順之の会 特別講演

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山本順之の会 特別講演
2011年10月22日(土)
@宝生能楽堂 午後1時半より
中正面6000円

仕舞
実盛キリ 観世銕之丞
花筐クルヒ 観世清和
天鼓 観世淳夫

狂言 萩大名
シテ 野村萬斎、アド(太郎冠者)高野和憲、小アド(亭主)石田幸雄

能 姨捨
シテ 山本順之、ワキ(陸奥信夫何某)宝生閑、ワキツレ 宝生欣哉、大日方寛
アイ 野村万作
笛 一噌仙幸、小鼓 大倉源次郎、大鼓 柿原崇志、太鼓 小寺佐七
後見 観世清和、野村四郎、山本章弘


萩大名は前回万作の大名で見ています。今回の方が何となく可笑しい。萬斉の方が万作よりもバカっぽく見えるのがその理由のような気がする…。次男(万作、男兄弟でもまれて育った)と長男(萬斎、しかもほかは女の子)の持ち味の違いかも。シャーロックホームズものにThe Adventure of the Musgrave Ritual(マスグレーブの儀式、儀式書とか訳されている)があって、これも性格と血筋だけは良いがいささか間抜けな領主と賢い執事の組み合わせ。萩大名を見るとこの話を思い出すのですが、コナン・ドイルのほうはもっとシリアスな話ですよね。


姨捨。宝生閑様、一噌仙幸様、大倉源次郎様、またお会いしましたね。この人たち、いつがお休みなのかしらん。宝生閑、二人のワキツレとともに登場。旅をしているのなら、長袴はやめた方が。しかも姨捨山に登るのだし。
それはともかく、後半出だしからシテが絶句したのには驚いた。観世清和がつけていたけれど、それでも章句を飛ばしちゃった。囃子は驚いたでしょうね。絶句する前後から何だが謡が変だな、と感じられたのですが。それ以降は素晴らしく、舞も素敵だったのだけれど、私の印象としてはこれで3割安。
シテ方よりもずっと競争が無いと思われる狂言やワキの絶句はまだ見たことがない。競争で切磋琢磨されるものとは違うのでしょうか。(観世の能役者の絶句を見たのは初めてのような気がするが。)

すべてを許して月光の下で舞う老女、という心境はあまり感じられませんでしたが、綺麗な舞台でした。割と清潔感のある役者さんだと感じました。装束の色のせいか、月明かりの下の老女ではなく、月明かりそのものになってしまった老女という感じ。自分のブログを検索したら前にこの方で東岸居士を見ており、「真面目」と書いていますが、今回も真面目な清潔感と言う感じでした。

アイは万作。こちらはいつ聞いても安心。私の唯一の心配は、80歳の御高齢ですから舞台で急に具合が悪くならないかと…。退場が切戸口からでなくて橋掛りからだった。そういうものかと知識が増えました。

老女ものと言うのはベテランがやることになっているそうですが、私はもうちょっと若いひと(せいぜい50代)がやった方が良いのではないかと思います。今回の山本順之は73歳なので、今の時代では年寄りとはいえないかもしれませんが、もっと筋力、声量のある年代で余裕を持って老人をやるほうが面白い舞台に仕上がると思いますが、どうでしょう。

そういう意味で、観世清和の関寺小町を見逃したのは痛かった。(昼間やらないでよね!)

今回参照は、
脳の中の能舞台 多田富雄 新潮社
色々な解釈で演じられるものらしい。
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by soymedica | 2011-10-25 22:07 | 能楽 | Comments(2)

国立能楽堂定例公演

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国立能楽堂定例公演 10月21日(金)
18時30分より

正面席4800円

狂言 菊の花
シテ 三宅右近、アド 三宅右矩

能 松風
シテ 武田尚浩、ツレ 藤波重彦、ワキ 福王和幸、アイ 高澤祐介
笛 一噌仙幸、小鼓 幸清次郎、大鼓 亀井忠雄、
後見 武田宗和、上田公威


菊の花、どこかで見たような荒筋だと思ったら、大蔵流の「茫々頭」だった。あの時は宝生能楽堂だったので解説のスクリーンが無く、「おぶと」って何だろうと帰ってから調べたのですが、国立は解説があって嬉しい。感動人様のブログにあったように、狂言の言葉は現代の言葉に近いようで誤解したりわからなかったりするものが結構ある。能と違って詞章を手に入れるのも骨だし。
ただ、舞台としては前に見た山本東次郎の方が面白かったような気もする。
右近、右矩は親子にはとても見えません。右近って60前に見えますが…。


松風を前に観たのは喜多流でした。その時は全体構成が良く分かっていなかったのですが、今回は二度目でもあり予習も十分だったので、もっと楽しめました。シテもツレも仕舞が綺麗で謡も素晴らしい。今回中ノ舞の終わったあとで、「ああ、これは男の人が女性の役をやっていて、それが男装しているのだ」としみじみ感じられました。こういうところからハマっちゃうのでしょうね。

潮汲みと言うのは重労働で、だから人買いのさらってきた人間を奴隷のように使って行う、と聞いたことがあります(安寿と厨子王を思い出してください)。でも、松風村雨がやるとおままごとのよう。あの潮汲み車では小指の先に載るくらいの塩しかできないのではないでしょうか。などどぼんやり作り物を見ていました。喜多流では桶は一つでしたが、観世は2つでした(月は一つ影は二つですからね)。

ワキは福王和幸。この人で松風?と思ったのですが、静謐で柔らかい感じがうまく出ていました。私、この人の足首ばかりなぜ気になるのだろう??と思っていたのですが、ふと気付きました。装束が短い。というか、背が高くて着物が短くなってしまうのでは…。現代劇の俳優に小柄な人が多いのは、同じ舞台や番組に出る人との組み合わせがやりやすいから(小さいのをごまかす方が、大きいのをごまかすより簡単なのだとか)と聞いたことがありますが、能でも背が高いのはハンディかもしれない。ワキはまあ、大きくても困らない役柄が多いですが。
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by soymedica | 2011-10-24 20:24 | 能楽 | Comments(2)

万作を観る会 野村万作 傘寿記念公演

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万作を観る会 野村万作 傘寿記念公演

2011年10月20日(木)@国立能楽堂18時30分
脇正面7000円

狂言 木六駄
太郎冠者 野村萬斎、主 野村遼太、茶屋 野村万作、伯父 石田幸雄

仕舞 
三山 近藤乾之助
景清 野村四郎
素囃子
獅子 笛 藤田次郎、大鼓 柿原崇志、小鼓 観世新九郎、太鼓 金春國和

狂言 太鼓負
夫 野村万作、妻 野村萬斎
参詣人 井上靖浩、佐藤融、野口隆行、奥津健太郎
祭頭 石田幸雄、舞人 野村又三郎、神子 深田博治、高野和憲、太鼓打 中村修一
稚児 野村裕基、白丁 月崎晴夫、破石澄元、警固 竹山悠樹、破石晋照


本当は土曜日のチケット申し込んであったのだけれど、本日のも良かったーーー。
木六駄。万作のはあまりに有名ですが、今回は太郎冠者が萬斎。万作のはTVで見ただけなので比較困難なのですが(別に比較する必要も無いけれど)、寒い中牛を追って峠の茶屋であずかった酒を飲んじゃう、という雰囲気は十分。でも、万作よりずっと若い萬斎では「寒い中牛を追って行く貧しい生活をしている太郎冠者の悲哀」というより、「頑張れよ、若いの!寒そうだね」という感じが前面に出ます。それはそれで楽しい。

萬斎の想像する牛はホルスタインとかジャージーとかなので凄く大きいけれど、万作の考える牛はお尻の位置が人の顔より低い体格。今の人にはそんな小さな牛じゃリアリティーが無いよと萬斎が万作に言った、というのを「狂言三人三様」で読みましたが、今回の牛のお尻は萬斎の顔より若干低かったみたいですね。


太鼓負は久しく上演されていなかった曲だそうです。お祭りの日、「今日は何の役か」と尋ねる妻に「警固」だと答える夫。「この土地には長いのに、何でいつもそんな役ばっかりなの。もっといい役目を貰ってらっしゃい」と言われた気の弱い夫はしょうがなく世話役に申し入れに行く。それで貰った役が「太鼓負」。常識的に考えたら警固の方がかっこよいけれど??それにこの太鼓負、背中の太鼓をたたかれるたびに音にびくびく、情けない。でも、まんざらでは無いらしく、こっそり夫の様子を見にきた妻に手を振って得意げ。この情けないけれど可愛い亭主の感じが良い。

祭りでは巫女が舞ったり、鞨鼓を稚児がたたいたり。祭りの大好きな夫はそれを見てまねをして本当に楽しそう。稚児の裕基クンが側転して退場すると、それをまねしようとしたり。80歳なんだからやめてね。
でも、そんな夫の情けなくも可愛いところをちゃんと奥さんは判っているのでした。

祝祭気分満点だし、万作は情けなくて可愛いし、本当に良いものを見ました。

皆さん、「狂言三人三様 万作の巻(岩波)」読みましょうね。私もそのうち感想をアップします。
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by soymedica | 2011-10-22 18:35 | 能楽 | Comments(1)

第4回 萬歳楽座公演

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第4回 萬歳楽座公演 
10月19日 18時30分より @国立能楽堂
S席(正面席中正面より後方)12000円

大鼓五流儀共演 
一調
殺生石
:観世銕之丞、守家由訓(観世流)
景清:大槻文蔵、山本孝(大倉流)
放下僧:梅若玄祥、安福建雄(高安流)
鐘之段:片山幽雪、石井仁兵衛(石井流)
一調一管
獅子
:笛 藤田六郎兵衛、大鼓 亀井忠雄

能 道成寺 中之段数躙(なかのだんかずびょうし) 無躙之崩(ひょうしなしのくずし)
シテ 観世清和、ワキ 宝生閑、アイ 野村萬斎
笛 藤田六郎兵衛、小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井広忠、太鼓 観世元伯


おそらく私が今まで買った能のチケットの中の最高値。でも、それだけのことはあったのかも。初心者なりに一調は楽しめたし、一調一管はとても奇麗でした(でも、藤田の迫力のある笛とは亀井広忠の方が合うのでは、と素人ながら思ったりもした)。
片山幽雪にはものすごく上手い助吟がついていましたが、一人でぼそぼそ謡ってほしかったな。


人生で初めて見る道成寺がこの陣容というのはものすごく贅沢なことではなかろうか。上には書きませんでしたが、鐘後見も凄いメンバー。
まず、鐘を担いで入ってくるところから。すごく重いらしく、担ぐ狂言方の腕がぷるぷる。60歳にもなってそんなものかついじゃいけませんよ、石田さん。(石田幸雄は最近髪を染め直したらしく、後姿だけ見ているとほかの若い狂言方と区別がつかないカッコ良さ。)
鐘を吊り上げる竹に縄を巻きつけるとまるで蛇のようでしょ、と昔誰か(たぶん観世清和)が言っていましたが、なるほど。

野村萬斎と高野和憲の息の合った軽薄さが出だしから面白い。
宝生閑の連れているワキツレも、欣哉、殿田謙吉と豪華。ちなみに閑の数珠の房は渋いオレンジ、あとの二人のはオレンジと水色(ド派手)。最初の囃子(習ノ次第と、手持ちの本には書いてあります)からして華やか。

怪しげなうろこ模様の着物を着た女登場。
色々な小書きが付いているのですが、中之段数躙というのは、乱拍子の中ごろ、扇を右から左に持ち替えるときに小鼓の手に合わせて踏む拍子の変化を言うそうです。無躙之崩というのは乱拍子のトメのところで数拍子を踏まずに、鐘に向かって見上げて右手を上げるというものらしい。
初めてみるのだから、そんなこと言われてもねー。でも、観世清和のシテがものすごくきれいなこと、囃子が素晴らしいこと、は言われなくてもわかります。今後私の道成寺の基準がここに合ってしまうと、何を見ても不満足となるのではとチト心配。

そして鐘が落ちます。鐘後見がなんであんなにたくさんいるのかわかりました。結構な重労働でしかも皆長袴。大変そうです。それにしてもずいぶんたくさんの人たちが舞台に詰め込まれているなー。
鐘が落ちてびっくりした軽薄な能力二人は禁じられていたのに女性を入れてしまったことを後ろめたく思っているので「お前が報告に行け」「いや、お前が行け」と日本一の無責任男ぶり。報告したら「心が軽くなった」と、引っ込んじゃう(本音に聞こえた)。

報告を受けた僧は道成寺の鐘にまつわる話を従僧たちにして、では祈りの力で鐘を元に戻すぞ、とありがたいお経をあげます、というか知っている神様全部の名前を読み上げているみたいな感じ。すると、鐘の中から蛇になった女が出てくる。うろこをかぶってぺったりと伏している。それが顔を起したときの不気味さ。しかしありがたい呪文に祈り伏せられて、消えていきます。ここの、ワキが読むお経の文句なんぞはそのいわれなんかを勉強したら面白そうですね。解説本を探してみようかな。

参考は
梅若六郎家の至芸 淡交社

能って、昔は井筒のバリエーションだけだと思っていたのですけれど、本当にいろいろありますね。
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by soymedica | 2011-10-20 22:23 | 能楽 | Comments(2)

銕仙会10月定期公演

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銕仙会10月定期公演
2011年10月14日(金)18時より@宝生能楽堂
正面席6000円

通小町 雨夜之伝
シテ 観世銕之丞、ツレ 長山桂三、ワキ 殿田謙吉
笛 中谷明、小鼓 観世新九郎、大鼓 柿原崇志
後見 浅見真州、谷本健吾

狂言 鬼瓦
シテ 善竹十郎、アド 善竹富太郎

六浦
シテ 浅見慈一、ワキ 館田善博、ワキツレ 森常太郎、則久英志
アイ 善竹大二郎
笛 八反田智子、小鼓 幸正昭、大鼓 佃良勝、太鼓 梶谷英樹
後見 片山九郎右衛門、長島忠侈


正面席とうたって、目付柱より外側っていうのはどうですかね。まあ、気持はわかるけれど。と言うことで、正面席の中正面寄りの端から2列目の席でした。

まずは通小町。笛になぜか後見が付いている。しかも結構えらい人だと思う。藤田次郎ではないだろうか。
それはともかく、八瀬の里で一夏修行をする僧のところに毎日木の実を持ってくる女がいる。何となく不思議なので名前を聞こうと思うと語っているところにおり良くその女が。橋掛りから出てくるところがとても奇麗。田舎者だと卑下しているがとても美人。木の実について問答するところが面白い。でも、「私は小野…。」といってかき消すように消えてしまう。

ああ、小野小町の幽霊だったのだな、と僧は気づき、市原野に行き、小町の霊を弔っていると小町の後ろから衣を被った深草少将登場。小町だけが成仏するのが寂しいと言って邪魔をするうっとうしい奴。でも、百夜通いの再現は上手だけれどね。

…99夜までは目立たないように乗り物にも乗らないし、蓑笠の地味ないでたちだけれど、今日が100日、と言う時にはかっこよく決めるぞ、見たいなことを言うのだけれど、思いを遂げずに死んでしまう。(女に言われたとおりにする男ってそんなにもてないものだとか、死んだ後まで女々しい奴、という発想はここにはナイ!)

雨夜之伝という小書きは百夜通いの有様がより劇的に表現されるものだそうですが、とても宜しかったです。そして小野の小町がたおやかな良い女、という仕草と謡。シテとツレの組み合わせがとても生きている舞台でした。

後見の若いほうの人。とても目がギョロっとしているので、シテが橋掛りで百夜通を再現しているとき、10秒おきに橋掛り、舞台、と視線を移しているのがはっきり分かって面白かった。そんなに心配せずとも大丈夫だと思いますが…。


鬼瓦。簡単に言うと、「故郷に残してきた女房は今見ている鬼瓦そっくりで懐かしい。」と泣く話(「家の女房もそうだ」と、誰かこれを読みながらおっしゃいませんでしたか)。ただそれだけの話なのに、この善竹十郎がやると楽しい。ちなみに富太郎、大二郎は息子さんたちなのだそうですが、よく育ちましたね、というか、十郎が小柄なのか。


六浦の舞台になっている称名寺には鎌倉にあるものと横浜の金沢文庫にあるものとがあるらしいのですが、六浦という地名からして、横浜の方のお寺のほうらしいです。
お話は、他に先駆けて紅葉した楓が中納言為相に歌に詠んでもらった。楓はそれを大変名誉なことだと思い「引き際が肝心」と、それ以降紅葉しなくなった。その楓の精を旅の僧が弔い、楓の精は喜んで舞を舞う、と言うお話(を、例によって僧が里人から聞く)。前シテは里の女として現れた楓の精、後シテは夜になって正体を明らかにした楓の精。

何となく簡素な感じのする筋立てなのに、なぜかワキ僧は二人もお供を連れています。でも衣裳がすっきりしているので筋立てにはあった感じ。後シテの衣装はウコン色と言うのでしょうか、渋い黄色の袴に淡い緑と金色の長絹。面は増女(甫閑)とパンフレットにありました。今で言うなら、20代の大人しい女性で、色が白くて髪が細くて薄い感じの美人。

あんまり有名な曲ではないらしいのですが、好きになりました。
銕仙会定期公演は満足感が高く、切符のお値段を考えるととてもお得です。パンフレットの充実も嬉しい。切符の売り方をもっと工夫したほうが良いとは思いますが。


通小町については
宴の身体 松岡心平 岩波書店

補)写真は西洋の鬼瓦(ガーゴイル)です。一橋大学図書館のものです。
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by soymedica | 2011-10-15 17:38 | 能楽 | Comments(0)

世阿弥の能

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世阿弥の能 堂本正樹 新潮選書 
1997年発行


……「つい最近の本なのに絶版とは」(これは古書で入手しています)と書きかけて……ああ、1997年って、10年以上前なんですね。

まず口絵に敦盛を演じている観世清和のカラー写真があるのですが、若い!!!金春信高の写真もありますが、こちらは面をかけているので不明。

世阿弥の作品をそのセクシャリティ、時代、社会階層からそれぞれ論じています。ただただ世阿弥作品を芸術作品として崇めるのではなく、もっと土俗的、大衆芸能的な視点から解説しています。
権力者の稚児だった少年時代、被差別階級だった父祖の記憶、などなど。

そのような論点はもうこの時点では珍しくもなかったと思われるのですが、一般向けの解説書としてはこの時点では目新しかったのでしょうか。

この作品解説を読んでから能を見に行くと、面白く見られます。
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by soymedica | 2011-10-09 14:31 | 本・CD・その他 | Comments(0)

観世会秋の別会

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観世会 秋の別会
2011年10月2日
11時より。正面席13500円


屋島 大事 語奈須
シテ 観世清和、ツレ 坂口貴信、ワキ 宝生閑、アイ 山本泰太郎
後見 木月孚行、地頭 角寛次朗
笛 一噌康二、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 亀井忠雄

狂言 栗焼
太郎冠者 山本東次郎、主 山本則俊

采女 美奈保之伝
シテ 谷村一太郎、ワキ 森常好、アイ 山本則秀
後見 観世恭秀、地頭 坂井音重
笛 松田弘之、小鼓 曽和正博、大鼓 安福建雄

仕舞
難波 武田志房
野宮 野村四郎
鵜之段 関根祥六
歌占キリ 山階彌右衛門

石橋 師資十二段之式
シテ 観世芳伸、ツレ 武田尚浩、上田公威、藤波重孝、ワキ 殿田謙吉、アイ 山本則重
後見 武田志房、地頭 岡久広
笛 一噌隆之、小鼓 観世新九郎、大鼓 柿原弘和、太鼓 観世元伯


初めて見る屋島。語那須です。
本日は後見も囃子方も長袴。宝生閑登場。昨日についてご苦労様です。もう80近いのに。
有名な屋島に来たら日が暮れて塩屋を借りようと思う。と、そこに上品な翁とツレがやってくる。どうもこの爺さん、源平の合戦を見てきたように語るし…。そもそも塩屋の主にしては上品。途中でシテの水衣の肩上げをおろすところが面白かった。黄色のきれいな水衣です。錣引のエピソードが語られます。

アイは有名な那須野与一の物語。これを生で見るのは初めて。山本泰太郎はすがすがしい語り口で分かりやすかったです。宝生閑の「ねんごろに語りたもうことかな」も、本当に心から感謝している感じ。それにしても、宝生閑、いつもこんなに声が大きかったか。

後半は有名な弓流し。シテが座って語る部分があります。普通葛桶に座ると思うのですが、なぜか後見が小鼓の床几を取り上げてシテを座らせます。(もちろん小鼓には葛桶を代わりにあげますが。)パンフレットにもなぜか分らず、と書いてあります。三宅襄の本にも、「何か故実があるよしだが、芸に直接関係はないらしい」とあります。これは観世流だけのものだそうです。

後場の面は白平太という秘蔵の面だとあります。前場から装束、面、ともに力が入っている感じがしましたし、家元の芸は安心して見ていられるし、楽しめました。満席に近かったのもうなずけます。

これが終わってかなりの客が席を立ってしまったのもそれはそれでしょうがないと思います。皆さんご用事がおありでしょう。でも、狂言が始まったのに、通路に立って知人とおしゃべりする。ロビーへの扉をあけっぱなしにしておく、そのうえロビーで大声で話す、というのはやめていただきたい。ムカムカしてせっかくの狂言のイントロが頭に入りませんでした。


栗焼。若手の泰太郎君が間狂言で活躍したので、こちらは老人二人(失礼)ですが、それはそれで楽しい。見事な栗をいただいたのに、太郎冠者が何だかんだ言って一人で食べてしまう話。栗を焼くしぐさ、食べてしまうところ、など、見どころ満載。


で、満足したからというわけではないのですが、采女は寝ちゃいました。森常好、こんなに良い声だったかしら、禁煙の成果かしらと思いつつ、夢の世界に。ごめんなさい。パンフレットに「本日の采女の小書き、美奈保之伝、はセリフや謡を大幅に省略するものですよ」と解説が挟み込んである。曲が短くなる小書きだと、誰かが「はしょった」と文句を言うのだろうか。


石橋。師資十二段之式というのは4頭の獅子がでるおめでたい小書きだそう。諸国一見の僧よりは格が上がって、有名な僧が中国見物。石橋を渡って対岸の普賢菩薩の里を見ようと思うが、「危ないよ」と言われて、「そういえばそうだな」とやめちゃう。アイの仙人がやってきて「危ない危ない」と帰る。すると、獅子がやってきて舞いを見せてくれる。親獅子の白頭は作り物から出てきます。4頭の獅子が足拍子を踏んで踊る様は華やか。満足しました。

ところで、「シシジュウロク?シシジュウニダン??」4頭が3段の舞で十二段??
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by soymedica | 2011-10-04 23:02 | 能楽 | Comments(0)

第9回塩津哲生の会

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第9回塩津哲生の会
2011年10月1日(土) 
@喜多能楽堂 正面席通路後方 9000円

仕舞 松虫 塩津圭介

舞囃子 養老 水波之傳 野村四郎

狂言 井杭 

算置 野村万作、何某 石田幸雄、井杭 野村裕基

能 鸚鵡小町
シテ 塩津哲生、ワキ 宝生閑
笛 一噌仙幸、小鼓 横山晴明、大鼓 柿原昭世
地謡 、香川靖嗣、粟谷能夫、大村定、粟谷明生、金子敬一郎、長島茂、狩野了一、友枝雄人


本日は塩津哲生の会に行ってきました。鸚鵡小町は重い曲で、これを演ずるのは稀だし、おめでたいのだそう。ドナルド・キーンさんもいらっしゃいました。そのほかにもどこかで拝見したようなお顔が。

まず松虫仕舞。息子さん、すっごく若い。まだ海のものとも、山のものとも…。

野村四郎の養老。この人他流試合に呼ばれることが多いタイプなのでしょうか。本日ぼーっと見ながら、物凄く上手いのでは??と初めて思いました(失礼しました)。

そして狂言井杭。姿の消える頭巾を手に入れた裕其クン、長者の石田幸雄から逃げるわ、占い師の万作じいちゃんを馬鹿にするわ、の大悪戯。今は、可愛さと勘で売ってます。でも、天性の才能があるかもしれない。おばさんとしては期待大。ウサギ模様の肩衣も可愛らしい。そして石田幸雄。この人62歳にはと見えてもません。もっと若く見えるのに、しみじみ上手い。


今日のハイライトの鸚鵡小町。仕舞よりは謡が好きな私にとっては結構面白い曲でした。友枝昭世さんは病気療養中とのことで、地謡の変更がありました。病気は声帯ポリープということです。前に聞いた声の感じからは喉頭癌とも思えないので、本当なのでしょう。喫煙者でない事を祈るばかりです。

老女を演ずるというのは、男性にとっては若い女性を演ずるより簡単なのでは。でも、塩津哲生も年が年ですから、年寄りを演じているのか本人の地なのか、わからないところが面白い。

地謡も囃子も裃姿。主後見が橋掛かりから出るのを見たのは初めてかもしれない(退場するときは切戸口からなのですね)。

例によってワキは宝生閑。重要な舞台はいつもこの人。それにしても、シテの絶句はしばしばですが、この人の絶句って見たことない。ワキが絶句したら、だれが付けてくれるのか、というのが私の最近の最大の疑問です。

さて、シテは老女だけあって、橋掛かりからゆっくりゆっくり。なんと私から2つとなりのおじさんはここで鼾をかいて寝ていました。そのあとはずっと起きていたようですが、びっくり。話をシテにもどすと、動きもほんのちょっと。私が注意をワキや囃子方に向けているすきにちょっとだけ顔の向きが変わっていたり。
傘の下から一寸だけ顔が見えていますが、その角度で面の下からあごが動いているのが見えると、本当に面が動いているように見える不思議。

声が比較的細いのに面の下からでもはっきりと聞こえるのは鍛錬の賜物なのでしょうか。囃子方が若干強いかとも思いましたが、地謡、囃子、シテ、ワキとバランス良く、楽しめました(大鼓の柿原崇志さんは赤ら顔で必ず終わると汗を拭いますね、フフっ)。
喜多流は独自の型付けだそう。この辺はパンフレットの村上湛の解説に詳しい。ついでながら、このパンフレットの解説はなかなか力が入っていてしかも情緒過剰でなく嬉しい。

これからもっともっと色々見たら注文もあるのかもしれませんが、本日大変満足した能でございました。

能楽堂の駐車許可を得た車多数。アルファロメオは誰のかな。

参考:能の表現 清田弘 草思社
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by soymedica | 2011-10-02 19:56 | 能楽 | Comments(0)