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近藤乾三 能 わが生涯

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近藤乾三 能 わが生涯 日本図書センター 2005年2月25日第一刷

ジュンク堂の能楽の棚にあったのをパラパラ読んでみて買いました(ちょっと長居したら全部読めちゃいそうな本です)。
1890-1988とありますから、98歳までの長寿!でも、私は全然間に合いませんでしたね。

明治時代は式楽としての能が滅びて、能楽の苦しい時代。ですから、プロと素人の垣根が低く、ほかに本業を持っていた人も多かったそうです。この人、高浜虚子のお弟子さんだったそうですが、虚子は高浜清としてワキで演じたこともあったとか。でも江戸時代の最後の名残があったので、物着の専門家なんていう人もいたそうです。

岩波セミナーブックスで横道万里雄が「能は全体としては昔より良くなった」と語っていますが、この近藤乾三の話を読んでいると、そうだろうな、と思います。のんびりした時代でもあったのでしょうが、システマチックな訓練をしようという考えがないので、底上げはできなかたでしょう。

前述の岩波セミナーブックスがいわば能の現代史の教科書であるとすれば、こちらは「下から見たロス・アラモス」(原爆開発に下っ端として加わった後のノーベル賞受賞者、物理学者ファインマンの経験談)でしょうか。
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by soymedica | 2011-09-27 20:52 | 本・CD・その他 | Comments(0)

国立劇場開場45周年記念 企画公演9月23日

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国立劇場開場45周年記念
能と雅楽 延命長寿への憧れ
企画公演

9月23日(金・祝)14時開演
正面席 6100円

お話 豊英秋

管絃 十二音会
壱越調音取、胡飲酒破、朗詠 春過、酒胡子


彭祖 (金剛流)
シテ 金剛永謹、ワキ 高安勝久、アイ 山本則重
笛 杉市和、小鼓 大倉源次郎、大鼓 石井仁兵衛、太鼓 三島元太郎
後見 廣田泰三、廣田幸稔、廣田泰能


まず、先日の台風で行かれなかったチケットの払い戻しをチケットセンターで。すぐ分かって受け付けてくれたが、受取をくれない。「受取は?」と聞いたら、困ったような顔をしたのでそのまま出てきたが、手違いがあったらどうするつもりなのだろう。のどかと言うか...。
まあ、台風の日の対応を見てもトップにあんまり危機管理の意識が無さそうだし、クレーマーに出会ったこともないのでしょう。


管絃。雅楽と言うものを初めて見聞きしたが、なかなか面白かった(でもどれも同じように聞こえる)。朗詠の春過が特に。なかなかこういうものを生で聞く機会はなかろうかと思うと楽しい。


金剛流の能。彭祖とは菊慈童の700年後の名。周の時代に山中に捨てられた菊慈童が、魏の時代まで偈のおかげで若さを保って仙人彭祖となり、魏の文帝の統治を言祝ぎ現れる。周王朝を継ぐ者が正当とされるので、これにより文帝は王朝の正しい後継と認定された、というおめでたい話、、、なのですが、これは実は日本作のお話らしい。

今回初めて見るワキの高安勝久。運びが何となく私の趣味ではないけれど、謡は簡素で好ましい。大鼓、太鼓も初めてと思うが、大鼓は何となく元気無し。大倉源次郎がさわやかなだけに対比が目立つ。太鼓の人の掛け声は、何となく猫みたいだけれど、これはこれでまた面白い。

金剛流お家元の金剛永謹さんは60歳くらいらしいが、かなり肩で息をするのが目立って気になりました。所作と謡は素晴らしい。でも、遠目には本物の黄色と紫の菊で飾られていたように見える立派な一畳台を一度しか使わないのはとても残念な感じでした。
そして、地謡。私の趣味としてはもっと元気よく歯切れ良くやってほしかった。


写真は北参道へ向かう歩道の直径2メートルはあろうかという木の切り株。落雷でもあったのか、中心は真っ黒に炭化していました。
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by soymedica | 2011-09-24 13:12 | 能楽 | Comments(0)

こざる乃座45th

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こざる乃座45th
2011年9月22日(木)@国立能楽堂 19時より
S席(正面席)7000円
中止になった3月公演の振り替え








薩摩守 謡入り
船頭 野村萬斎、僧 野村遼太、茶屋 石田幸雄

魚説法 新発意 野村裕基、施主 野村万作

小舞 通円 野村万作

小傘
僧 野村萬斎、田舎者 深田博治、新発意 高野和憲、尼 石田幸雄
立衆 月崎晴夫、野村遼太、中村修一、村井一之、内藤連


今回見て思ったこと。やっぱり石田幸雄は上手い。所作良し、声良し。

まあ、それはさておき、薩摩守。電車のただ乗りをうちの両親は「薩摩守」と言うのですが、結構起源は古いのですね(両親は能も狂言も歌舞伎も見ない。大学生のころ覚えた言い方だと言っていたような気がする。)。遼太クン、久しぶりに見たらすっかり「青年」になっていました。


魚説法はかねがね聞いてみたいと思っていたもの。この裕基クン、大真面目に見えるところが可笑しい(それも本人がわかっている)、というところが可笑しい。将来親を凌ぐようになるのでは、と、楽しみ。最初、万作の声の調子がいま一つかな?と思ったのですがすぐ回復。

通円の小舞は、素晴らしい所作。なるほど、定評があると息子が自慢する(プログラムに書いてありました)のも無理もない。アンコールがあったら、やってほしい。


小傘は、謡が(同じセリフの繰り返しなのに)面白みがある。みんなで楽しく踊るところが見もの。腰の曲がった尼さんは本当のお婆さんのよう。形態模写の至芸。(お尻をちょっと傾げるしぐさは余計なような気がしますが。)最後に傘を置いてひっこむのが新演出だそうです。


最初に通円のはずが3番目になったのは、誰か遅刻してきたのか、小道具を忘れたのか?

「僧」をテーマにした今回の狂言。要するにみんな御経の意味なんて分かってないのよね(私、坊さんが御経の節で聖書を読んでも気づかない自信あり)。
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by soymedica | 2011-09-23 09:57 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂9月定例講演

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国立能楽堂9月定例講演
2011年9月16日(金)18時30分より
正面席 4800円

狂言 鈍根草
太郎冠者 野村万蔵、主 野村扇丞

能 花筐
シテ 香川靖嗣、ツレ 内田成信、子方 友枝大風
ワキ 宝生欣哉、ワキツレ殿田謙吉(使者)、大日方寛、則久英志
笛 赤井啓三、小鼓 住駒幸英、大鼓 山本哲也、
後見 中村邦生、友枝真也


まだまだ暑いけれど、日が落ちるとちょっと涼しい。能楽堂の前庭には白黒ブチのカウボーイ猫がごろん。
本日は正面席の一番うしろ。前の席二人はフランス人。英語の字幕システムをつけているのが見えて、「へー、なるほど、英語ではこういう風に説明されているんだ。」と、自分のところのと見比べて面白かった。


鈍根草は、面白可笑しいというより、何だか酒席で話すネタを仕入れた、と言う感じの話。今度どこかで茗荷か蓼酢(そうする以外に何か食べる方法があるのかな)が出たら、「これはね…。」と、蘊蓄を傾けてみようか。ちなみに茗荷の寿司は私の母の得意料理であります。野生の香り高い茗荷で作ると美味しい。


花筐は、継体天皇(26代だそう)が、即位に際して田舎に置いてきた元の妻の話。寂しさに耐えかねた妻が夫の手紙と花筐(これが「形見」の語源となった、と謡にでてくる)を持って、都に物狂いとして上って来て、めでたく再び夫に会う、と言う話。里下がりしていたのだから、妊娠中だろうと下記の本にも書いてありましたが、そうでしょうね。その辺や、後継者争いをめぐる話が透けて見えるのが面白い。

天皇役は子方です。この前望月で立派な姿を見た友枝大風クン。今回はセリフが一言もありませんが、姿勢よく微動だにせず座っているのは凄い!。2003年生まれだそうですからまだ8つですよ。そしてこの子、お顔がなかなか凛々しい。

シテの面はそう思って見ているせいか、何となく田舎娘の体。香川靖嗣の仕舞は、「次に足拍子を踏むぞ」となぜかはっきり分かるのは、こちらが仕舞を見慣れてきたせいだろうか。そして、クルイというのはもっと情熱的に舞うものかと思っていたが、本当に優しく、優しく舞う。

なかなか面白い筋で、見どこと、聴きどころ満載と言われるのも納得できる「花筐」ですが、後半の謡、何となく元気が無かったような気がします。前を歩いているおばさまが「あの謡は難しいのよねー、今回も云々」と言っていましたが、そのせい?プロにも「難しい謡」ってあるのでしょうか。

そして、自分のブログを検索してみたら、この囃子方のメンバーは初めて。笛がちょっと変わっていて面白かった。大鼓の打ち方が何となく「肩凝りませんか?」と聞いてあげたい感じ(いえ、肩こりのひどい私の妄想です。演奏は素晴らしかった)。



今回の参考は
能のドラマツルギー 渡辺保 角川ソフィア文庫
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by soymedica | 2011-09-18 10:50 | 能楽 | Comments(0)

十五世大倉長十郎秦宣喜二十七回忌追善会

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十五世大倉長十郎秦宣喜二十七回忌追善会
2011年9月15日(木)17時30分より
@観世能楽堂
中正面の最も正面より最後方 10000円

連調 天鼓 
辰巳満次郎 辰巳大二郎
坂田正博 田邊恭資 飯冨孔明

舞囃子 屋島 
観世淳夫
藤田六郎兵衛 大倉源次郎 大倉慶乃助

一調 柏崎 
金剛永謹 亀井俊一

一調 小塩 
梅若玄祥 金春惣右衛門

舞囃子 海人 
宝生和英
寺井久八郎 古賀裕己 大倉栄太郎 三島元太郎                                   

一調 駒之段 
観世喜之 観世豊純

一調 蝉丸 
金春安明 大倉三忠

舞囃子 舟弁慶
粟谷明生
一噌隆之 鵜澤洋太郎 柿原崇志 金春國和

狂言 布施無経 
山本東次郎 山本則秀
一調 江口 
梅若万三郎 安福建雄

一調 難波 
近藤乾之助 幸清次郎


能 求塚
シテ 観世清和、ツレ 山階彌右衛門 観世喜正
ワキ 宝生閑、ワキツレ 宝生欣哉 大日方寛
アイ 野村萬
笛 一噌仙幸、小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井忠雄、太鼓 観世元伯
後見 梅若玄祥 木月孚行 上田公威
地謡 観世銕之丞 山本順之 浅井文義 岡久広 坂井音雅 長山桂三 坂口貴信 武田宗典


平日の5時半なんて無理ではありますが、職場が渋谷に近いのでそこそこがんばって6時過ぎに到着。
観世能楽堂の外では幼稚園と小学校くらいか?と思われる皮靴でおしゃれした姉弟が「こんにちは」と。関係者のお子さんのよう。これに気分を良くして入ります。

ちょうど宝生和英の海人の開始直前。とても若い家元なのでびっくり。でも、今回追善される長十郎が亡くなった時の源次郎ってこのくらいの歳だったのか?伝統芸能の世界でそれは辛いでしょうね。海人もフレッシュでしたが、宝生の謡がこういうタイプなら、好きになりそう。

続く一調。うーむ、私には「枯れた味」というのは良く分かりません。

船弁慶は粟谷明生。この人ちょっと痩せましたかね。この年で(たぶん50代半ば)若く見えるのは、実際に外見が若いのか(それもあると思う)、周囲との対比か。足さばきがきれい。

狂言布施無経。またまたお会いしましたね東次郎さん、と言う感じ。貧乏だけれども見栄っ張りな坊さ求塚んが、お布施を忘れている檀家に何とかして思い出してもらおうとする話。
御経をあげながら「今日はお布施が…。」とそわそわしちゃうしぐさが可笑しい。そして貧乏人の気持ちのわからないただただ真面目な檀家の主人の則秀も良かった。
御経のあとで主人に説法をする場面。東次郎はどういう座り方をしていたのでしょう。片膝たてて、あぐらに近い姿勢だったのか?片足のさきが正面から見えていました。

またまた一調。これは掛け合いの気合いがわかると面白いものだと言いますが、私は一生その境地には達しそうもありません。


求塚。切符を買った時には観世清和、宝生閑ね、としか思わなかったのですが、その他もよーく見ると凄いキャスト。そして私、上田公威の後見が作り物を運ぶのをもうずいぶん見たような気がします。

あちこち見物ばかりしている僧の宝生閑がお連二人で登場。本日の数珠の房は、二つともブルーグレー。さあ、生田の森の見物でもしようか、求塚というものもあるらしい。
まだ春浅い寒さの中、若菜摘みをする3人の女がやってくる。この3人がとても美しい。真っ白なところにちょこっと赤い色が利かせてある出で立ち(細かい名前はわかりません)。そして手に持った籠からは摘んだ菜の緑が覗きます。立ち姿や動き、謡が出だしから素晴らしく、これからのお話を十分に期待させてくれる登場のしかた。

そして、僧があれこれ尋ねると、はぐらかすようなことを言って、ツレの二人はどこかに消えてしまう。舞台を見ているとあまり感じないのですが、この場面を読んでいるとシェークスピアの何か(恋愛コメディ)にこんな雰囲気のところがあったように思います。今度調べてみよう。

でも、こちらはもっと陰惨な話。残った一人が、「じゃあ、求塚の話をしてあげましょう。」と、途中から急に声の調子が変り、話が一人称となり、女は塚の中に消えます。

アイの野村萬が出てきて、求塚のいわれを語ります。今回オリジナルの間語りだそうで:
兎名日乙女(うないおとめ)の塚に、後に刺し違えて死んだ小竹田男(ささだをとこ)と血沼の丈夫(ちんのますらを)を共に埋めた。小竹田男の親は一緒に剣などを埋めたが、血沼の丈夫の親は何も埋めなかった。後に旅人がこの塚の近くで休んだところ、血だらけの男が枕に立ち、「その剣を貸してくれ」と言う。貸してやると、塚の中からは恐ろしい争いの声が聞こえ、「剣を貸してくれてありがとう。返すぞ。」と男の声がした。翌朝、塚のそばは血だらけで、血にまみれた剣が落ちていた。

狂言と言うのは語りの芸なのだな、としみじみ感じました。

それでは、ねんごろに弔おう、と僧が読経していると、塚の中からやつれ果てた女が出てくる。そして、地獄の苦しみを謡ます。柱にすがりつくところで、凄くギュッとつかんだように見えたので思わず作りものが壊れるのでは?と心配してしまいました。所作も色々あるのですが、観世清和/宝生閑の謡が素晴らしかった。
そして、後見の梅若玄祥さんは、絶対に足がしびれて動いていたのだと思う。

今回、囃子が出すぎず、弱すぎず、という感じで、全体を盛りたてていたと思うのですがどうでしょう。

ということで、堪能しました。

ところで、この曲は各流とも昭和の復曲(観阿弥作と言われている)だそうですが、大蔵流では江戸時代に忌曲となってから昭和44年まで復曲されることはなかったとこのとです。復曲の際にも、ボヤがでるなどの災難があったとか。詳しくは下記の大倉源次郎のブログにあります。

http://hanatudumi.cocolog-nifty.com/tabinikki/2011/08/post-234e.html

追加は何だったのだろう、と思っていたら「融」だったそうです。クリコさんのブログより。
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by soymedica | 2011-09-16 22:25 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂普及公演 9月10日

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国立能楽堂普及公演 9月10日
脇正面 3100円

解説 敦盛さまー田唄よりー 村瀬和子

狂言 墨塗
シテ(大名) 茂山千五郎、アド(太郎冠者) 茂山茂、アド (女) 茂山千三郎

能 生田敦盛
シテ 田崎隆三、子方 鶴田航己、ワキ 安田登
笛 槻宅聡、小鼓 亀井俊一、大鼓 大倉正之助
後見 渡邊 荀之助


とても暑い一日。昼は能楽堂でカレー。団体さんがいた。食堂のおじちゃんはとても親切なのですが、お客さんがいないところでもお客には敬語を使った方が良いですよ。悪気がないのは分かっていますが。


ということで、解説。各地に残る敦盛伝説では、実際には妻帯しなかった敦盛が妻と子を残したことになっているのだそうです。それに題材をとったのが生田敦盛。平家物語ではなく、お伽草紙に「妻子があった」伝説があるとか。山陰地方にはこの敦盛を題材に取った田植え唄などが最近まで残されており、敦盛16歳のときに14歳の妻を娶ったという歌詞になっているそうです。お正月の門付けで謡われるものがCDに録音されており、それを聞かせていただきました。


狂言墨塗りは、「お名残り惜しい」と言って泣く女の涙が実は水であったことを見抜いた太郎冠者が、水の容器と墨の容れ物とを取り換えたから、さあ大変。というお話。わかりやすく、普及公演向き。


生田敦盛。私、上掛宝生流を見るのは初めてではないだろうか。ものすごく謡、特に地謡の文句がわかりやすかったのはこの流儀の特徴なのか、本日のメンバーの特徴なのだろうか。
子方ちゃん登場。これに限らず金春禅鳳の作品は、孫を登場させるために子方が多く使われているそうです。(どこもおじいちゃんは同じ。)そして、この子方の節回しも観世や喜多とはちょっと違うように感じるのはこの子の特徴なのか、流儀の特徴なのか。

法然上人に育てられている捨て子だった子が、実は敦盛の子だったことが判明。賀茂の明神へのお祈りの甲斐あって、生田の森で幽霊となった父敦盛に会うことができます。二人とも喜びますが、やがて敦盛は冥界へ帰らなくてはならない。というお話。最後は橋掛りで名残惜しそうに冥界へ帰るところで終わります。

筋はネットや本で調べてあったし、謡も分かりやすかったのですが、やはり初めてのものは詞章を読み込んでいくべきでした。
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by soymedica | 2011-09-12 08:11 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会 9月定期公演

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銕仙会 9月定期公演
@宝生能楽堂 9月9日6時より 正面席6000円

井筒 
シテ 観世清和、ワキ 宝生閑、アイ 山本泰太郎
笛 一噌仙幸、小鼓 幸清次郎、大鼓 國川純
後見 野村四郎、北波昭雄

狂言 茫々頭
太郎冠者 山本東次郎、主人 山本則重

能 菊慈童
シテ 観世淳夫、ワキ 御厨誠吾、ワキツレ 大日方寛、則久英志
笛 一噌隆之、小鼓 亀井俊一、大鼓 亀井実、太鼓 観世元伯
後見 観世銕之丞、柴田稔


満席。普段ないことなのか、常連さんと思しきひとが当日券を買おうとして「満席です」といわれて驚いていた。このシテの顔ぶれだと満席だろうな、というようなことがだんだんわかってきた今日この頃です。


井筒。宝生閑の謡を聞きたくて、遅刻しないよう頑張りました。観世の講座を聞いてから数珠の房の色が気になるのですが、本日は白/白。

幕を上げると、鏡の間がちょっと見えますが、かなり明るいのに、井筒のシテが登場するときだけ薄暗かったのは、好みなのでしょか。また、観世能楽堂にくらべて、宝生は客席が明るいですね。

さてはともあれ、これで井筒は3回目ともなれば、筋を追うだけでなく全体も掴めてきます。詞章もわかるし、舞も色々だな、ということが分かって来ます。本日のはさすが家元だけあってとてもきれい。一瞬ですがシテが静止して立ち、お囃子の音が途絶える瞬間があったのですが、素晴らしかった。

でも、本当のことを言うと、前回みた武田志房の方が良かった。全体に音が強すぎた(シテも囃子も元気が良すぎ)のと、全体に観世清和に「慣れている」感があったせいでしょうか。

後シテが一生懸命舞っているのにワキがそっぽを向いているのはなぜかと思っていましたが、あれは夢の中に出てくるものだから、「視線の端をきれいなものが出たり入ったりしている」という感じなのですね。なるほど。


狂言茫々頭。都に行った太郎冠者が上臈に声をかけられてホイホイ付いて行ったはよいけれど、なにももてなしが無かったので下駄を盗んできた、と言う話を主人にする。「おぶと」があった、「おぶとを盗んできた」というので、何のことかと思ったら、「緒太の(金剛)下駄」のことらしい。どんな下駄なんでしょうね。
会場の雰囲気からはこの言葉がわからなかったのは私だけでは無いのではないかと…。


菊慈童は、一畳台に菊が飾ってあるものが出たところから華やか。シテの淳夫君の衣装も華やか。この子幾つなのでしょう。「声が定まらない」というのはこういうことかと思いました。着付けのせいなのか、体格のせいなのか、かなり反り返って立っているように見える。それにしてもスマートな子ですね。(って、何を考えているのかはわかるでしょ。)

ふっと「菊水」って日本酒があったなー、と思いだしました。


井筒:心にグッとくる日本の古典 黒澤弘光、竹内薫 NTT出版
菊慈童:脳の中の能舞台 多田富雄 新潮社
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by soymedica | 2011-09-10 17:16 | 能楽 | Comments(0)

源氏物語絵巻に挑む

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源氏物語絵巻に挑む
@東京芸術大学美術館

根津駅から芸大美術館へ。初めて入りました。言問通りを歩くのも初めて。お寺が多くて、路地には緑がたくさん。でも、道がせまい。カメラを忘れて残念。

さて、この展覧会は、徳川美術館と五島美術館にある源氏物語絵巻をそのまま現状どおりに(傷や落魄も含め)模写したものの展覧会。数点本物も展示してあって比較出来るのですが、もちろん区別は つかない。コピーしたよりソックリ。

でも、私としては隣の部屋に小さなパネルで展示してあった、制作過程をもっと沢山みせてほしかったし、昔作られた時どうだったかも、見せて欲しかった。きっと豪華だったのでしょうね。 製作過程はそのうちTVにでも紹介されるのではと、期待しています。

ところで、詞書の部分も模写してあるのですが、これが全く読めない。草書ですから。この前行った空海展の字のほうがまだ読めました。

そのうち、源氏物語を読んでみたいものです。

でも、ここもマナーの悪いおばさんが沢山。展示ケースにベタベタ触る、大声で話す。日本を悪くしたのはああいう母親だー。 それとも年をとると女の人は皆ああなるのだろうか?気をつけなきゃ
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by soymedica | 2011-09-10 00:21 | 本・CD・その他 | Comments(0)

観世会定期能9月

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観世会定期能 9月
2011年9月4日 11時より
正面席12500円

能 通盛
シテ 山階彌右衛門、ツレ 浅見重好、ワキ 宝生欣哉、アイ 野村萬斎
後見 観世清和、地頭 角寛次朗
笛 寺井宏明、小鼓 幸信吾、大鼓 柿原弘和、太鼓 大江照夫

狂言 柑子 
太郎冠者 野村万作、 主 野村萬斎



能 籠太鼓
シテ 木月孚行、ワキ 工藤和哉、アイ 石田幸雄
後見 関根祥六、地頭 谷村一太郎
笛 中谷明、小鼓 古賀裕己、大鼓 大倉栄太郎

仕舞
竹生島 藤波重孝
巴 武田尚浩
班女 クセ 武田宗和
鉄輪 坂井音重

能 野守 黒頭
シテ 寺井栄、ワキ 福王和幸、アイ 高野和憲
後見 観世恭秀、地頭 藤井完治
笛 一噌隆之、小鼓 幸正昭、大鼓 柿原光博、太鼓 梶谷英樹


7割がたの売れ行きでしょうか。通盛が終わったら席を立つ一団あり。たしかに本日の3番のなかではこれが一番でした。この人は平家の武将をやらせると良いのではないでしょうか。この役、ぴったりと言った感じでなかなか良かったです。立ち姿が揺れるな、と前に思ったのですが、それも今回はごくわずかで気になりませんでした。アイ狂言は萬歳。悪目立ちせず、すっきりまとめていました。太鼓の大江照夫、何となく昭和ひとけたの臭いがするおじいさん。

私小宰相の局の乳母が一人生き残ってこの物語を伝えたのだと思っていましたが、乳母も身投げしてしまうのですね。


狂言柑子。枝に3つなった蜜柑(ちょっとちがうらしいが柑橘類)を食べてしまった太郎冠者が主人に言い訳。落語を聞いているようなおかしみのある狂言。これは色々な人で聴き比べてみたいものです。


能 籠太鼓。脱獄した夫の代わりに妻をつれてきて牢屋に入れると、妻は牢の中で夫を偲ぶ。かわいそうになった主人の松浦某が許してやるまでの話。このシテのかけている女面がなんだか雰囲気があって好ましかった。アイの石田幸雄もなかなか。アイの役割の結構大きな小品ですから。衣装は雷かな?太鼓の能ですものね。特に劇的と言うわけではないのですが、見ていて楽しいお話。でも、シテの絶句はいただけない。


野守は以前研究会で見たのですが、そのとき山伏は二人も家来をつれていたっけ??記憶に無い。福王和幸は山伏のワキがぴったり。でもこの人が杜若にワキ出てきたら驚くだろうな。

シテはあんまり満足できる出来ではなかった。そもそも絶句しちゃうし。鬼というには謡も仕舞も弱い感じでこの曲はこの人に合っていないのではないか、と。前半の野守も上品な感じで、もっとわけありげにやってほしかった。そもそも野守が上品ではいけないのでは。

この能は何か土俗的な言い伝えを元に作られているのではないかと思わせる筋ですが、そのうち調べてみましょう。堂本正樹の本にもちょこっとでてきますが、ほかに何か参考になるような本をご存知の方がいらっしゃいましたら、教えてくださいね。


しかしお客さんてよく知っているものですね。特に観世の定期能では見所が空いている時にはあんまり満足できないものが多いです。ということで、本日来年のスケジュールが配られていましたが、来年はどれを見ましょうか。



通盛:能の平家物語 秦恒平 朝日ソノラマ
籠太鼓:能の表現 清田弘 草思社
野守:世阿弥の能 堂本正樹 新潮選書
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by soymedica | 2011-09-05 22:46 | 能楽 | Comments(0)

第55回野村狂言座

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第55回野村狂言座
2011年9月1日 18時45分から @宝生能楽堂
脇正面5000円

不見不聞みずきかず
太郎冠者 石田幸雄、主 岡聡史、菊市 野村萬斎

因幡堂いなばどう
夫 野村万作、妻 高野和憲

舟ふな
太郎冠者 野村裕基、主 野村万作

盤渉樂 
大鼓 高野彰、小鼓 森貴史、笛 栗林祐輔、太鼓 桜井均

馬口労
博労 野村萬斎、閻魔大王 深田博治


萬斎人気でしょうか、すごく女性の多い見所。昔まだ武司のころはここまででは無かったような気がしますが。(前回狂言だけの公演をみたのが野村武司のころだったので。)

不見不聞。太郎冠者に留守番させようと思ったら太郎冠者は耳が遠い。心配なので、じゃあと近所に住む盲者をつれてきて一緒に留守番させたら、お互いにバカにしあって喧嘩した、という話。つんぼだとかめくらだとか放送禁止用語続出。これを差別しているといえばしているのだろうが…。石田幸雄って、もしかすると結構モテて浮気が好きなタイプかもしれない。野村萬斎の方はモテても性格的に浮気できそうにもない、などと考えながら見ていました。根拠ありませんが。


因幡堂。高野和憲、地味な感じで気づきませんでしたが、この人結構面白いですね。
しかし、酒飲みで働かない「妻」は昔からいたのですね。その妻を離縁して因幡堂の薬師にお願いして新しい妻をもらったつもりが、まんまと女房に騙されて(?)再び娶ってしまったというおはなし。衣をかぶったまんま酒を要求するしぐさがおかしい。


舟ふな。「ふね」が正しいという主人と「ふな」が正しい呼び名だという太郎冠者。古歌の引用にたけた太郎冠者が主をいいまかしてしまうという話。万作のちょっとぬけている主人がおかしいです。良く考えるとこの配役は、ちょっと知恵の付いた孫に言い負かされているおじいちゃんなのですが、万作の芸って良いな、と思わせる作品。

そして、野村裕基クン。子供には点の甘い私ですが、この子、才能ありそう。本人真面目にやっているのにしみじみ可笑しい。でも、どこが客の笑いの肝かは分かっているらしい。


盤渉樂の囃子方がそのまま残り、馬口労へ。小鼓と大鼓は床几に腰掛けずに向かい合って演奏します。これが狂言の時のスタンダードな作法なのだとか。小鼓の調子がいま一つ。
後見に月崎晴夫。でもこの後見セリフを言うのですよ。後半は地謡も出てきます。

近頃人間は小賢しく念仏なんぞを唱えて皆極楽へ行ってしまうので、地獄は閑古鳥。そんなわけで豪華な衣装を着ていた閻魔様も最近は落ちぶれています。そこで六道まで人間を誘いに出てきます。そこにやってきたのが博労。やっと獲物が、と思ったら、博労の轡に目がとまり、「それは何だ」と聞いたのが運のつき。「地獄をめぐって監視するのにも馬があったらなー。」なんてぼやいちゃうものだから、「馬に乗るならまず馬になる練習を」とかなんとか博労に言いくるめられて、馬にされた揚句に博労を極楽に送って行く羽目に。
能と同じような形になっていて、閻魔様が道行を歌っちゃう。出端もあるし、という面白さ。深田博治がとても良かったです。野村萬斎って、狂言方としてはカリスマ性があって目立ちすぎるところが損かもしれないと、いつも思います。何となく定規で引いたような印象を受けるのは若いからとうだけではなくて、そういう持ち味なのかも。仕事を見ると、プロデューサーや演出家としての将来性もあるのでは。


ところで野村遼太君はどうしちゃったのでしょう。最近見かけませんが。
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by soymedica | 2011-09-02 20:18 | 能楽 | Comments(0)