カテゴリ:能楽( 357 )

青花の会 能学入門講座 第二回

d0226702_15402962.jpg青花の会 能学入門講座 第二回
2017年4月19日(水)18時半より@矢来能楽堂

本日は味方玄による「装束の基本」。なぜ味方玄が京都から呼ばれたかと言うと、能装束関係の店は京都に最も多いからだとか。
世阿弥の時代では装束は日常着に近く、もっと質素だった。ただし伝書には「上つ方」に見せるために実際よりは良い恰好をしろ、とあるらしい。松風で実際の汐汲みの格好ではちょっとね、ということらしい。

装束がきらびやかになったのは桃山くらいからではないかと考えられているそう。
また、世阿弥の当時は、女は素足、山伏は芦田、鬼はけかりなどの履物もはいており、現在のように何が何でも白足袋、というのは江戸城などに仮設ではない能舞台ができてから、ということらしい。

続いて用意の装束を見せながら縫い箔と唐織の比較。縫い箔はその名の通り模様は刺繍で金は箔を置いてある。裏は練絹。全体に柔らかく、下にきたり腰に巻いて使うことが多いので、刺繍とか箔は肩と裾にしかない(昔のものは一面にあったものも)。また、下前に刺繍があると舞いにくいのでそこにも刺繍は無い。
対して唐織は金箔糸を織り込んであり、やや硬めの生地。襟を立てて着つけることが多い。のし付けってやつですね。模様はパターンとなっており、全ての部分にある。

などのお話の後休憩。客席の3人がモデルとなって上の写真の様に。一人目は唐織着流しという井筒の前シテのいでたちから初冠長絹女出立(井筒の後シテ)に変身。長絹は屋外で舞う時に風で揺れると本当に美しいですよ、と。だから植物模様が多いのだそうです。
次は鬼神のいでたち。下には厚板。これは唐織と同じだが、模様と裁ち方がより大胆。法被はこれも長絹と同じ形だけれども裏が付いている。頭は赤の真中に白いさし毛がありますが、獅子と猩々は化生のものではないのでこのさし毛は無くて赤一色だそうです(気づかなかった)。
最後は着流尉。尉鬘というのは長い髪の毛が一列に植えられている紐を巻きつけて作っていくので割と大変そう。
味方も行っていましたが、江戸時代まげを結っていた時にはどうしていたんだろう。

三人の中で最も装束の重いのが鬼神で、10キロくらいで、歌舞伎の最高30キロと比較すると大分軽いとのことです。
最後に三人舞台で記念撮影。
面までかけて、普通の動作をすると物凄くコミカルだと言うことを発見して皆爆笑。

楽しい一日でした。

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by soymedica | 2017-04-22 23:09 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演4月 百万 薩摩守 恋重荷

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銕仙会定期公演四月
2017年4月14日(金)18時より@宝生能楽堂

百萬 法楽之舞
シテ 片山九郎右衛門、子方 谷本康介、ワキ 殿田謙吉、アイ 野村萬斎
笛 一噌隆之、小鼓 観世新九郎、大鼓 亀井広忠、太鼓 小寺佐七
後見 谷本健吾
地謡 浅見真州ほか

薩摩守 謡入り
シテ(船頭)野村萬斎、アド(僧)内藤連、小アド(茶屋)深田博治

恋重荷
シテ 野村四郎、ツレ 浅見慈一、ワキ 森常好、アイ 石田幸雄
笛 寺井久八郎、小鼓 曾和正博、大鼓 柿原弘和、太鼓 三島元太郎
後見 浅井文義、長山桂三
地謡 観世銕之丞ほか 


本日は人気役者登場とのことで、比較的早くから切符は売り切れ。
まず、百萬の殿田の僧が登場。子供を連れている。丸顔のかわいらしい子供だけれど、西大寺の辺で迷子になっていたらしい。
この子供に見せる何か良いものはないかと地元の人に尋ねると、女物狂いが良いでしょうと。
この地元の人はなかなかお調子者で、変な念仏を唱えだす。
と、百萬がやってきて桜の枝でお調子者の萬斎をたたく。

いつもは笹なのですが、今の季節にふさわしい桜の枝の演出って素敵。

なんだか本日九郎右衛門は声枯れしているようですが、確かに百萬の念仏は上手い。だんだん百萬がのってくると、アイは退場。念仏は子供を探す親の狂気に変化していきます。
と、子供が僧侶の袖を引き、「あれは私の母」と。
僧侶は「こんな狂女に子供を返していいのか?」と思ってすぐには返さないのでしょうか。
「今でも子供があったほうが良いか?」などと女に尋ねます。

その返答の「仰せまでも無しそれゆえにこそ乱れ髪の遠近人に…」のところが物凄く素敵。
そして、表情の出る良い面なのか、面の使い方が上手なのか。

ふと気付くとプログラムには後見としてもう一人山本順之が出ていたのですが、後見はずっと一人。どうしたんだろう。
イロエの代わりに中の舞を舞うのが「法楽之舞」だそうです。詞章は少し省略されたようです。
最初に持って出た桜の枝はまだ持ち続けており、「あらわが子恋しや」と。
一の松のところで「こんなに人が多いのに何でわが子はいないの?」そして舞台に戻って「仏様、子供にあわせてください」。
ここで持っていた桜の枝を常座で落とします。

そこで僧も母親が気の毒になり、子供を群衆の前へと押し出します。
無事再会した二人は御本尊にお礼をして帰ります。
この母親、子供と会った後は人が変わったように晴れ晴れとしている。
やはり九郎右衛門は上手い。

面は甫閑作の曲見。


次は薩摩守。小書きの謡入とはパンフレットによると僧が舟に乗る前と降りる前に、船頭が「兼平」の一節を謡うもの。ほんのちょっと。この小書きのために船頭がシテなのか、萬斎だからシテなのか。
ともあれ、間抜けで一文無しの僧の内藤、上手くなりましたね。勢いのある一門っていうのはこういうものでしょうか。


色々な演出が話題になる恋重荷。人気曲を野村四郎のシテで、となれば皆さんこれが目当て?と思ったら狂言の所で帰るお客がちらほら。帰ったのはコアな萬斎ファンと、帰りが遅くなるのを嫌ったお年寄りかな(本日は終了予定9時15分)。

正先に重荷が出されます。朱色の布で包まれて黒い縄がかけられています。持ち手がある。この間どなたかが、「能の作りものはなぜ地謡や囃子方の出たあとに出てくるのか?中に人が入っていない場合には開演前に出しておけばいいじゃないか」と書いていらしたけれど、なるほど。
そして作りものではないけれど、無音の中しずしずと女御が所定の位置へ。

幕が上がると同時に笛がはじまり、ワキが出てくる。
森と石田の組み合わせが秀逸。そして呼び出された山科の荘司。身分違いの憧れを指摘されてうなだれる。でも、ここまできたら「会わせてやろう」というなら頑張るぞ、と。

ずーっとシテの裾の乱れが気になっていたのですが、前半もかなり後になってから裾を直す後見。
それはともかく、前場、かなり現代的な内容だと思うし、舞台も現代劇のような印象を受けます(良い意味で)。様式的な動きをしながらここまで客に理解させられるというのが、さすがは野村四郎。

でも、後見が軽々と持って来た重荷を見ているので、うっかりシテが持ち上げてしまわないかと若干心配…。

そして従者は荘司が憤死したことを告げます。
いつもツレの「恋よ恋…」の詞章が印象に残るのですが、今回全く記憶に無いから寝ちゃったのかな。
そして荘司の呪いで立ち上がれなくなってしまった女御。

今回鬼になった荘司は凄く動きがダイナミック。
女御の肩を鷲掴みにして一度建たせたかと思ったらまた座らせる。ここで持っていた鹿背杖で女御を打つかと思った(さすがにやらなかったけれどその気迫はあった)。
さらに重荷を持ちあげて女御に「懲りたか」と乗せる。

と、思いの煙立ち別れ、と言いつつ、重荷をもとの位置に戻して杖を太い杖に替える。この演出、初めて見たような気がします。
袖をかずくところ、正面席で見ていると面の目が金色に光って見えて面白い。
そして一度は女御の方をキッと睨むのですが、千代の影を守らんや、と帰って行くのでした。

珍しく面がパンフレットにあるものとは替えられていて、きっと直前に差し替えたのでしょう。ここにも野村四郎の意気込みを感じさせました。
とても満足した恋重荷でした。

前シテは小牛作の阿瘤尉、後シテは作者不詳の鼻瘤悪尉。
ツレが作者不詳の小面で銘が「閏月」

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by soymedica | 2017-04-20 17:44 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂普及公演四月 膏薬煉 野守

d0226702_14250367.jpg国立能楽堂普及公演四月 
2017年4月8日(土)13時より

解説 野守の鏡は何をうつす? 「野守」の説話的背景
田中貴子

膏薬煉 大蔵流
シテ(都の膏薬煉)山本則秀、アド(鎌倉の膏薬煉)山本則孝

野守 白頭 観世流
シテ 井上裕久、ワキ 大日方寛、アイ 山本泰太郎
笛 寺井義明、小鼓 幸信吾、大鼓 柿原光博、太鼓 桜井均
後見 上田公威、浦部幸裕
地謡 浅見重好ほか


解説は楽しみにしていた年に一度の田中貴子先生。老眼鏡あつらえたらしく、しきりに気にしながらの解説。
「二日前に能楽堂の今月のパンフレット見たら、最後の竹本幹夫先生の解説と自分の用意してきたものとがもろかぶりで焦った」、と言う割には楽しいお話でした。
この前奈良に行った時に不思議に思ったのは三笠山とはどれか、御蓋山とは?だったのですがその解説も:春日山とその手前の三笠山を合わせて春日山と呼ぶことがあり、その場合本来の春日山は奥山と呼ばれる。また、若草山を三笠山と呼ぶことがあった。明治になり三笠宮家ができたときに、恐れ多いと言うので御蓋山の字を充てた。

野守は、なぜ複式夢幻能にする必要があったのか?なぜ世阿弥は嫌っていた力動風の能を作ったのか?なぜ野守の鏡は二つあるのか、などの謎のある能であるそうです。
また、「鏡」と言うのは多くの説話を持つものであり、真実を写す真の鏡というものがあると信じられており、それが鬼の持つ鏡と結びついたり、徐君の鏡伝説(心のうちを映し出す鏡を持っていた徐君が皆がそれを欲しがるのに困って塚に埋める)や、浄玻璃鏡(閻魔様の鏡)などの話が全て流れ込んだのがこの野守であるなどと言うお話もありました。


膏薬煉は二人の膏薬煉がそれぞれ自分の膏薬を自慢する話。膏薬の原材料としてありそうも無いものを並べて自慢した挙句に、どっちの膏薬の吸い出す力が強いかを競うというもの。
ところで、「膏薬」って何だ?吸い出す??
そこは置いて於いて、二人のダイナミックな動きが面白い。


野守は好きな曲です。前半ののどかな雰囲気も、後半のダイナミックな動きも楽しい。
白頭では通常出ないという塚の作りものが大小前に。
山伏登場。
大日方、いつもと何だか良い方に感じが違う。時々見せる妙な力みが無くなったような。端的に言えば上手になったと思う。

のどかな春の日にちょっと観光をしようと思っている山伏のもとにお爺さんが。田舎者の山伏に色々名所や謂れを教えてくれる。井上裕久は毎年の謡講で謡が上手であるのは知っているが、舞台もなかなか。アクの無いきれいな演技。東京の人だったら迷わずしょっちゅう見に行くのだけれど。
そしてお爺さんは塚の中へ。

山本泰太郎が山伏に鏡の話を語って聞かせる。深緑と黄色の組み合わせの装束が綺麗。

白頭の小書きがつくと動きがダイナミックになるそうですが、堪能しました。
思わずパンフレット広げて井上の年齢確認してしまうほど元気な演技。足拍子も多く、装束もゴージャス。
舞台の真中に座って鏡を伏せておいてうつむく、という終わり方でした。
凄かったなー。
また見たい。

前シテは朝倉尉、後シテは黒癋見。
(小書きの白頭は、通常の赤頭から白頭へ、面は小癋見から大癋見に替わり、他にも所作や緩急を変化させて力強い鬼神の性格を際立たせる演出。)

写真は「野守の鏡」というお菓子。美味しいです。


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by soymedica | 2017-04-17 19:42 | 能楽 | Comments(0)

唐人相撲 MANSAIボレロ

d0226702_22530073.jpg世田谷パブリックシアター開場20周年記念公演 世田谷区制85周年
狂言『唐人相撲』/ MANSAIボレロ
2017年4月7日(金)19時より@世田谷パブリックシアター

能楽囃子
笛 藤田貴寛、小鼓 田邊恭資、大鼓 亀井広忠、太鼓 小寺真佐人

唐人相撲
皇帝 野村万作、相撲取り 野村萬斎、通辞 石田幸雄
そのほ33人

MANSAIボレロ
野村萬斎


萬斎ボレロも楽しみだけれど、TVなどで大体見当はついているので、唐人相撲も負けず劣らず楽しみな本日。まずは能楽囃子から。
2階席だったので囃子の音の広がりが普通の能楽堂で聞いているのとちょっと違うのが面白い。メンバーは次世代を担う4人、と言ったところでしょうか。

唐人相撲。素人出演者を募っていたので大掛かりな舞台なのでしょうね。松の絵がするすると揚げられて後方には真っ白なスクリーンが。と、そこに傘をさしかけられた皇帝と宮廷の面々が影絵のように登場。これが綺麗。スクリーンの陰から皆が出てきて、最後に ジャーン 皇帝が登場。ちょっと驚いたのは皇帝にさしかけられていた傘、たためる仕組みになっていたこと。

筋は簡単で、日本の国から相撲修行に出ていた相撲取りの萬斎が最後に皇帝の前で皆と相撲を取り、最後には皇帝ととる。玉体に触ってはいけないと皇帝は筵に包んで、という。相撲と言ってもアクロバットな動きを楽しむもの。
萬斎の相撲取りがとても強くて、皆に「次は月崎だ」と囃され壁に張り付いて逃げようとする。宮廷には子供も4人ほどいて、可愛い相撲をとったり、組体操みたいに馬を作ってその一番天辺に登ったりと大活躍。
ムカデのように全員がズラーっと萬斎と押し合いをする場面もスペクタクル。

せりふはもちろん唐の国ですから通辞の石田以外は中国語(もどき)。よく聞いていると「世田谷」とか「三茶」とも言っている。「トシヨリ」「トシヨリ」と言って、対戦を逃げようとしたり。「ビョウキ、ビョウキ」と逃げるものも。後の解説によると、大体のせりふは決まっているけれど、催しに応じてちょっと変えたりするらしい。

最後の場面では子供の出演者が眠くて眠くて半分椅子から落ちそうなのに、ちゃーんと振り付け通りにバンザイするところがカワイイ。

素人出演者の多い舞台だし、写真撮影可にすればよかったのにね。ああいう舞台で客席からフラッシュ、なんていうのも華やかで良いんじゃないかな。
普通は先生のお祝い(喜寿とか)に、お弟子さんたちが一丸となって出す出し物、といった曲なんだそうです。なるほど。


休憩をはさんでMANSAIボレロ
今回は真っ白な装束。白地に金の鳳凰が描かれた狩衣の裾を大きく引きずって、下は白の大口。
舞のベースは三番叟。舞台の上には月が出ているんじゃないか?と感じさせる舞でした。
と言うのも、私は見ながら源融(能の融)を何となく想像していたから。
仕舞をベースにしてあるし、舞台は能舞台だし、照明も凝ったものではないし、全体に無機的で何かを具体的に示唆しているのではないけれど、叢とか林とか月とか風を想像させる構成でした。

…これは面白い。いつかTVで見たのは群舞と一緒でしたが、一人でやる方が良いのではないか?
そして音楽が録音なのが残念でした。
「オーケストラとやったこともあるのですが、指揮者が退屈がるんですよね。『これ、演奏していて退屈なんだよ君』と言われたことがあります」だそうですが。

これは何度でもみたいなー。
最近万作家の会に行くと、このDVDの宣伝チラシが入っているのですが、発売になったら買ってしまうかもしれない。




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by soymedica | 2017-04-13 07:50 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会青山能三月 昆布売 玉鬘

d0226702_19103270.jpg銕仙会青山能三月
2017年3月29日(水)18時30分より@銕仙会能楽研修所

仕舞
田村 クセ
小早川修
花月 キリ
鵜澤久

昆布売
シテ(昆布売)山本凛太郎、アド(大名)山本泰太郎

玉鬘
シテ 長山桂三、ワキ 則久英志、アイ 山本則重
笛 藤田貴寛、小鼓 田邊恭資、大鼓 大倉慶乃助
後見 浅見慈一、西村高夫
地謡 馬野正基ほか6人


今回は珍しく仕舞からみられました。鵜澤久、素晴らしい。が、地謡が何とも…。何とかしたほうが良いと思う。


バカ殿狂言の昆布売。何回か見ているけれど、昆布が真っ黒なものと、ちょっとざらざらした感じで茶色がかったものと色々ありますね。
この二人は安心して楽しめる組み合わせ。
そして、女性はお年頃になると急にきれいになると言いますが、凛太郎も急にかっこよくなってびっくり。
見所に日本語が全く分からないと思われる西洋人のグループがあちらに数人、こちらに数人。結構楽しんでいるようでした。
通りがかった人に自分の武器を預けちゃう平和な日本、と思ったことでしょう。


さてさて期待の玉鬘。斜め前の男性がiPhoneで詞章チェック。これ、ほかの能楽堂でやったらわけのわからんおばさんに文句言われそう。
ワキの僧は、石上、三輪神社から長谷寺に向かっているらしい。タクシーの運転手さんが「山野辺の道を歩かれるのなら石上から南が良いですね」と言っていたけれど、昔はどんな道だったのでしょう。
大鼓、張り切りすぎ。
やれやれ、初瀬川に着いたぞ。と一息入れていると女が小舟に乗ってくる。

卵の黄身のような色の装束を着けた女は右手に棹を。女性の面の下から男性の声が出てくるのに登場後しばらく違和感を感じるときと、全く感じないときとあるが、今回は「ああ、きれいな女性が一人やってきた」と違和感なく受け入れられる謡。
美人である。
秋の初瀬川の情景を地謡が謡いつつ、二本(ふたもと)の杉へ。ここで棹を落とすのかと思ったら、後見がすっと取る。

この後玉鬘はずっと座っているのだけれど型がきれい。ここの地謡、なかなか言葉が難しいです。これはアイ語りが必要だわ。
アイを聞くと、玉鬘は九州からの船旅の無事のお礼を祈りに来たのらしい。

そしてワキ僧が玉鬘の霊を待っていると、いよいよ登場。
ここの「恋ひわたる身はそれならで玉鬘」の一声で見所の注意を一気に引き付けるシテはやっぱりただものではない。
「九十九髪」のところで足拍子を踏むのだけれど、その足の上げ方にまで神経が行き届いている。

カケリも美しい。もう少し長い曲でも良かったのにな、と名残惜しい終わりでした。
本当に堪能しました。ご本人はいささか不本意なところがあったとツイートしておられましたが、楽しかったです。

地謡も若手でしたがきっちり。
囃子が若干…。小鼓は安定感ありましたが、笛と大鼓は良くなったな、と思ったら崩れたり。

面は前シテが若女(北沢耕雲)、後シテが増髪(伝 近江)。


最後は観世淳夫の解説。この人、皆に愛される良い人、という感じが全身から滲み出ています。でも、お話は苦手みたい。苦手な人はどんな短い話の時でも原稿作って何回か練習すると良いですよ。


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by soymedica | 2017-04-05 11:01 | 能楽 | Comments(0)

狂言ござる乃座55th 附子 清水座頭 弓矢太郎

d0226702_19004356.jpg狂言ござる乃座55th
2017年3月25日(土)14時より@国立能楽堂

附子
太郎冠者 野村祐基、次郎冠者 野村遼太、主 野村太一郎

清水座頭
座頭 野村万作、瞽女 野村萬斎

弓矢太郎
太郎 野村萬斎、当屋 石田幸雄、太郎冠者 月崎晴夫、立衆 高野和憲、竹山悠樹、深田博治、内藤連、中村修一、飯田豪、岡聡史


ござる乃座、土曜日バージョンです。
まずは狂言の基本(?)附子から。なかなか楽しくできました。野村祐基は遼太より背が高くなっていてびっくり。まだまだ、演技は遼太に比べて子供ですが。フレッシュさで見せた三人ですね。


清水座頭は和泉流で二回見たけれど、この組み合わせは初めて。萬斎、できるうちになるべく万作とやっておきたい、という気持ちなのか最近この二人の組み合わせが多いような気がする。ただ、万作の「平家」かなり苦しそうだった。「地主の桜」こんな良いものだったか、萬斎は今絶好調。
最後二人は手に手を取って帰るのだけれど、萬斎が万作の手首につかまって帰る。二人の身長差がさらに開いたような…。
  
  地主の桜は ちるかちらぬか
  見たか水汲み ちるやらちらぬやら
  嵐こそ知れ


弓矢太郎は初めて見る演目。口ばっかりの弓矢太郎。ほほえましいというよりただの鬱陶しいバカ。天神講の晩の怪談(玉藻の前の話)で腰を抜かす太郎。さらに天神の森で肝試しをすることになって…。
人数が多くて華やかな演目です。出てくるのは男ばかりでちょっとヴィジュアルが地味。その分弓矢太郎がド派手な装束で補っています。

面白かった。
狂言の会は普段の能の会ではあまり見られないような時間のかかる演目、人数の多い演目が出るのではずせませんね。

写真は牧谿の烏。

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by soymedica | 2017-03-31 08:21 | 能楽 | Comments(0)

青花の会 能楽入門講座 第一回

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青花の会 能楽入門講座 第一回
2017年3月24日(金)18時半から20時30分
@矢来能楽堂

今回は「能舞台」がテーマ。講師は観世喜正。

現在お客さんを入れて「営業」する能楽堂は都内に10、全国で80ほど活躍しているそうです。

佐渡は能舞台が多いので有名ですが、これは江戸初期に「祭礼は能の形で」と当時の為政者が決めたためで、今でも30から70か所の能舞台が主として神社の境内に残っているとか。同じような場所が兵庫県にもあるそうです。

矢来能楽堂はそれまで西神田のあたりにあったものが震災で焼け、昭和5年に今の地に移ってきたものだそうです。空襲で焼け、昭和27年の再建。当時は何やら「忖度」があったらしく(笑)、国有林の本当に良い檜で作られた舞台だそうです。それをお弟子さんたちが毎日ぬか袋で磨き、今のような黒光りする舞台になったもの。すごいですね。
座席の変遷(升席、手火鉢から今の椅子席の形)、年間通しで「井伊様お席」などがあったとかのお話もありました。

そもそも安土桃山時代に今の能舞台の原型ができ、さらに地謡座が付け加わり、明治になって建屋で覆うようになったそうです。明治中期に「電灯の照明」(これを入れるに論争があったそうですが)が入るまでは障子や明り取り窓を多用していたというのは、言われてみればなるほど。

矢来の鏡板には真ん中に小さな隙間があるのですが、これは冬の乾燥期には広くなり、夏になるとほとんどわからなくなるそう。そして、鏡板に「松」を描くようになったのも江戸中期なのだ、と。有名な名古屋能楽堂の若松論争のお話も。喜正的には「若松で何が悪い?」。私もそう思います。私的な能舞台では松ではない絵が描かれているものもあってなかなか素敵だそうです。

能舞台の大きさは一辺が三間ですが、これを柱の内法で測っているところと、外側で測っているところで若干の差があるそうです。「目付柱」は鑑賞の邪魔ですよね。実は無くてもちゃんと舞えるのだそうですが、やはりあったほうがやりやすいし舞台が締まるそうです。

あとは白洲の効果とか、階段が正先についているわけとか。喜正によれば舞終わった後この階段を上って高貴な方の代理がご褒美の肩衣などをもって来てくれる、ということでした。どこでやら私が読んだ知識では、明治の初めくらいまではこの階段を上ってお使いの人が「始めなされませ」と幕に向かって声をかけたということです。
ま、どちらにせよ一般人や役者が気軽に足を載せてはいけない場所という感覚。

ついで席の話。基本的にシテ方は正面に向かって演技するので、やはり見るときは正面席がよいのでは、とのお話。喜正的には脇正面の席は無くても良いかな…と。
皆で席を移動して見え方をチェック。

そして高砂の謡をみんなで練習。結婚式の謡として有名ですが、昔は結婚式で謡う時には重なりを嫌ったり、忌み言葉を言わないように:
「この浦舟に帆を挙げて」は一度のみ
月もろともに出で汐の→入り汐の、または満つ汐の
遠く鳴尾の沖過ぎて→ 近く鳴尾の、またはほのか鳴尾の
とうたったそうです。

そしてみんなで足袋をはいてすり足のおけいこ、扇も使わせてもらいました。

最後の質疑応答でどなたかが、私が「貴人口」と思っている部分は開くのか、名前は何か?と。
矢来のものは開くそうですが、喜正講師は「貴人口」ではなくてもっと縁起の悪そうな名前をおっしゃっていました(失念)。
矢来の観世では、「舞台上で倒れたらあそこから出す」と言い伝えられているそうですよ。

ということで、お話の上手な観世喜正講師で楽しい時間だったのでした。

写真は奈良の春日大社一の鳥居そばにある向影の松

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by soymedica | 2017-03-30 18:28 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂定例公演三月 花盗人 海人

d0226702_15414303.jpg国立能楽堂定例公演三月
2017年3月17日(金)18時30分より

狂言 和泉流
花盗人
シテ 野村万作、アド 野村萬斎

能 宝生流
海人 懐中之舞
シテ 大坪喜美雄、子方 水上嘉、ワキ 殿田健吉、ワキツレ 大日方寛、御厨誠吾、アイ 深田博治
笛 森田保美、小鼓 住駒幸英、大鼓 國川純、太鼓 前川光長
後見 宝生和英、小倉健太郎
地謡 武田孝史ほか


毎年この時期になるとかかる花盗人。作り物の桜はきれいだし、最後は宴会で終わるし、なかなか楽しい春の狂言。今回は盗人が万作、主人が萬斎。萬斎の装束はおニューですかね。
万作絶好調と思ったら、謡がちょっと苦しそうだった。長くやってほしいな。

しかし、次の能が始まって気づいたのだけれど、正面席、能が終わると帰っちゃう人結構いました。萬斎のときはいつもそうだけれどね。萬斎も上手いけれど、能も楽しいよ。


海人。いかにも大臣らしい子方登場。これが海人が生んだ房前。一行は志度の浦にやってくる。道行が素敵。この旅行は天気に恵まれたんだな、と感じます。
向こうのほうに男だか女だかわからない人が。左手に海藻に見立てた杉玉(?)。海藻だったら本物を持っていても良いような気がするけれど、そこが能。右手には鎌。
月を楽しむのに邪魔だから海松布(みるめ)を刈ってくれという大臣の一行と会話するうちに、昔この裏で明珠を潜き上げが話に。

玉の段、驚いたのは大部分シテは床几にかかっていたこと。これは調べると「懐中之舞」の小書きの時の宝生流のやりかたらしい。これはこれで退屈せずに面白くみられましたが、演ずるほうにとっては却って難しそう。

親子が名乗りあい、母の幽霊は中入りします。このとき見つめあう母子の型がとてもきれい。ワキはシテが落して行った扇を懐にしまいます。

そしてアイ語り。深田(と高野)はもうベテランですな。

龍女登場。左手に巻物を持つ。装束はオレンジで統一して華やかなんだが、なぜあんなに怖い顔。「龍女」にはふさわしい顔つきかもしれないけれど、息子だって高貴な母よりは、美しい母、優しい母をみたいだろうけれど、昔の感覚は違うんだろうか。橋姫を使うのは宝生流の特徴らしいが…。

目付柱のところで巻物(経)を開いて読む龍女。あとで後見が巻いてくれました。
早舞が綺麗。

そして、めでたく皆退場するのでありました。
それにしても海人(海士)にはいろいろな小書きや演出があるものですね。

面は 前シテが曲見、後シテが橋姫

写真は春日大社

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by soymedica | 2017-03-27 18:07 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂普及公演三月 濯ぎ川 昭君



d0226702_13175431.jpg国立能楽堂普及公演三月
2017年3月11日(土)13時より

解説 
鏡の虚実 能「昭君」の機巧(からくり) 大谷節子

狂言 大蔵流
濯ぎ川
シテ(男)茂山千三郎、アド(妻)茂山逸平、(姑)茂山あきら

能 観世流
昭君
シテ(呼韓邪單于)観世銕之丞、(白桃)清水寛二、ツレ(王母)西村高夫、(昭君)観世淳夫、ワキ(里人)館田善博
笛 竹市学、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 安福光雄、太鼓 徳田宗久
後見 浅見真州、浅見慈一、谷本健吾
地謡 浅井文義


大谷節子先生のお話から。写真で見て綺麗な人だと思っていましたが、実物もスレンダーな美人。

昭君は世阿弥より前の時代の金春系の能と言われており、古形を残す数少ない曲です、からはじまって、
ざっとあらすじのおさらいをしたのですが、その時:
これの能評に「呼韓邪單于の悲劇性をみた」という物を読んでびっくりした、とおっしゃっていました。プロの能評家としてはあるまじきことらしいです。ま、私も「呼韓邪單于ってかわいそう」と感じたことは過去にありますが、能の成立過程などを知っているプロが言うべきことでは無いらしい。(大体誰が書いたかは想像がつく)。

王昭君説話の変遷についてが面白かった。
王昭君と言うのは実在の人物で、「漢書」に初出。他の五人の漢人女性とともに呼韓邪單于に嫁いだ人で、呼韓邪單于との間に男子を一人もうけるが、2年後に呼韓邪單于が死に、その息子と再婚し2女をなしたとの記載がある。
時代が下って六朝時代になると、あの有名な「絵描きに賄賂をやらなかったので…」、という説話がつけ加わる。そして既に平安時代にはこの話は日本に入ってきていた。
今昔物語にある王昭君説話では、なんと「自分の美しさを頼んで賄賂を贈らなかった王昭君の驕慢」が非難されるということになっているそうな。
能ではさらに前半の「両親の悲しみ」と、呼韓邪單于が父母に会いにやってくること、がつけ加わる。
そしてこの能では「鏡」が重要なモチーフとなっていること。世阿弥以降の能では登場人物を結びつけるのは「夢」であるのに対し、ここでは「鏡」というのが特徴的である、などのお話がありました。


狂言の濯ぎ川、観たいと思っていた新作狂言(もう茂山家では「新作」の範疇には入れていないらしい)です。大谷先生によるとこれはフランスの笑劇ファルスを下敷きにしてはいるけれど、直接狂言に翻訳されたのではなく、文学座の飯沢匡が劇にして、さらに武智鉄二が狂言化したものだそうです。

入り婿で嫁と姑にこき使われている男が最後に一矢報いる、という話なんですが、こき使われている場面では見所の男性陣に共感が走ったような…。最後、姑が「婿のやるべき仕事を書いた書付」を破って終わりなんですが、「やっぱり働け―」で終わったほうが狂言らしくは無いだろうか?
ともあれ、面白かった。
また見たいな。


昭君は古形演出の復元。普通は前シテの白桃(正君の父親)だけが中入りし、後シテの呼韓邪單于となって登場するところを、父母は舞台に残り、後シテは別の役者が演ずるという形になります。
まず、一部が枯れた柳が正先に出されます。
里人が白桃王母夫婦の状況を簡単に説明。これが「里人」なんですけれどやたらにキンキラした装束。中国のイメージだとそうなるのかな。
箒を持った夫婦も登場します。高砂のようですがおめでたい様子はなく、「ちりかかる、花の木陰に立ち寄れば、空に知られぬ雪ぞ降る」と。これが物凄くきれい。清水&西村ってやはりなかなか良いです。

お爺さんはなかなかハンサム。白髪をポニーテールに。おばあさんはそんなに美人ではない。昭君は御父さん似だったのね。
昭君が胡の国に行ってしまうことになったお話の地謡が気分よく、私はだんだん眠くなってきたぞ。
夫妻は昭君の形見の柳が枯れかけてきたのを悲しんで、枝に鏡をかけて娘の様子を知ろうとします。

昭君は子方ではありません。
やはりこの人は謡をどうにかしないと。どこかに武者修行に出てはどうか。姿はなかなか美しいのに。

舞台上、地謡側に白桃、脇正面側に王母、正先に柳、その後ろに単于、さらにその後ろに昭君という配置になっていて美しい。
そして呼韓邪單于の面は黒癋見というのだそうですが、グレーを基調に渋いピンクがさしてある面白い面です。
唐の洗練された人たちからみたら、異民族は恐ろしい鬼だったのでしょうね。

鏡を見た呼韓邪單于は「面目ない」と袖をかずいて下居。そして帰っていくのでした。

この演出のほうがわかり易いし、「あんなトンデモナイ男のところに美人の娘が!!!」という両親の反応も理解しやすいし、いろんな役者が見られるし(!)面白かった。

面は
白桃が木賊尉、呼韓邪單于が甫閑作の黒癋見、王母が姥、昭君が近江作・銘「早蕨」の小面

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by soymedica | 2017-03-23 13:18 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演三月 文蔵 当麻

d0226702_08283894.jpg銕仙会定期公演三月
2017年3月10日(金)18時より@宝生能楽堂

文蔵 
シテ 野村萬、アド 野村万之丞

当麻
シテ 観世銕之丞、ツレ 西村高夫、ワキ 宝生欣哉、ワキツレ 大日方寛、野口能弘、アイ 能村晶人
笛 松田弘之、小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井忠雄、太鼓 小寺真佐人
後見 浅見真州、浅見慈一
地謡 浅井文義ほか


調べると意外に何回も見ている文蔵。前回も萬で見た。
シテの主人が源平盛衰記を語って聞かせるところが目玉なのだけれど、この主人は最後に「手間をかけさせおって!」と太郎冠者を怒る。なんだ、本当は聞かせたかったのじゃないのかな?
そして太郎冠者は主人が語っているときに皆退屈そうな顔をしている。だから、別に聞きたいわけでもないらしい。
不思議な狂言ですけれど、萬の語りをたっぷり聴いて満足。


本日の当麻は本来は小書き「二段返」(太鼓方が重要となる小書き)が付く予定で、太鼓が観世元伯だったのだが、何と入院中とのことで太鼓は小寺真佐人に。そして小書きも無くなりました。

今回、詞章(新潮社)をコピーして持って行ったのですが、それとかなり道行きが違うのにびっくり。
僧の一行が待っている所に綺麗なお嬢さんと年取った尼さんがやってくる。どうもこの年取ったほうが中将姫というのがピンとこない(まあどっちでもいいけれど)。
出だしのシテとツレの謡が仏法のありがたさを謡ったものなので、ちと退屈。
遠目に見て、あれ、銕之丞痩せたかなと思ったけれど舞台に入ってくるとやっぱり前後の厚みが凄い。
特筆すべきはツレの謡のうまさと型の美しさでしょう。
クセの地謡もきれい、なーんて思っているうちに年寄りの尼は杖を捨てていなくなってしまったのでした。

アイ語りがなかなか良かった。曼荼羅の軸にするものがないなー、と思っていたら一夜のうちにおあつらえ向きの竹が生えてきてそれを使ったのだそうだけれど、それを一夜竹というんだそうな。

さて後半。これは天冠を頂いた天女(正確には菩薩となった中将姫)が登場。声も体も太すぎるな、と思っていると、天女は浄土経をワキに授ける。
まあ、それで早舞を舞ったりするわけなんだけれど、大鼓がどんどん調子を崩してくるような…。「小鼓がんばってらしたわねー」とホールでおばさまがおっしゃっていたけれど、松田の笛の頑張りも半端じゃない。
囃子が崩れるのに気付くと、何だか謡も…。
亀井忠雄にしてあんなことがあるんですねー。無理せず長くやってほしい。

面は前シテが姥(堀安右衛門)、後シテが増女(是閑)、ツレの小面は銘「閏月」(作者不詳)


ところでところで、終わった途端に見所に鳴り響く大声。
どうやら脇正面で写真を撮ろうとしていたオヤジがいたらしく、それを後ろの席から注意したオジサンがいた。ところががやめないので、最初は肩をたたいていたけれど、最後は頭をたたいた、それに写真オヤジが逆切れってことらしい。
出口のところで銕仙会の人の前でも揉めていたのだから、二人を引き離すなりなんなり主催者はちゃんとコントロールすべきだと思うけれど、少なくとも数分は皆あぜんと立ち尽くしていた(笑)。最後、どうなったんだろう。

今日は観世元伯の病気に始まってけんかにおわる物凄い日でした。

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by soymedica | 2017-03-16 08:32 | 能楽 | Comments(0)