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国立能楽堂普及公演六月 舟渡聟 半蔀

d0226702_11502616.jpg国立能楽堂普及公演六月 
2017年6月10日(土)13時より

解説
「半蔀」のドラマトゥルギー 夕顔巻からの反照 河添房江

舟渡聟 和泉流
シテ(聟)野村又三郎、アド(船頭)松田高義、(船頭の妻)奥津健太郎

半蔀 金剛流
シテ 今井清隆、ワキ 大日方寛、アイ 野口隆行、笛 藤田次郎、小鼓 幸清次郎、大鼓 山本哲也
後見 広田幸稔、今井克紀、工藤寛
地謡 金剛永謹ほか

解説がこれはなかなか面白かったのだけれど、そして国立にしては珍しくハンドアウトまでくれたのだけれど、一週間たつとほとんど忘れている。これじゃあ解説する方もむなしいでしょうね。
まあ、覚えているところは、夕顔というのは枕草子でも「花は良いけれど、実はちょっと」などと書かれており、高貴な朝顔に比べて庶民的な花の象徴だということ、夕顔の白は源氏物語の中ではエロチシズムの象徴の色でもあること、とか。
肝心の「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕がほの花」の解釈については私の記憶の混乱が…。これは解釈が何通りかあるそうですよ。そして原作(源氏物語)では夕顔から源氏に歌を詠みかけているのですが、これはちょっとルール破りで、円地文子などによると「夕顔の遊女性」を示したものだと解釈されているとか。ところが能では歌を詠みかけるのは源氏であって、この夕顔の「心あてに…」の歌は採用されていないのだそうです。そして、能の純な夕顔は、今でも源氏をしたって半蔀の影でこの世をさまよっている。
…といったお話だったような…。


舟渡聟は好きな演目なのだけれど、ついウトウトしてしまった。別に演者が下手とか言うわけではありません。聟が酒樽だけでなく派手な鯛も担いでいて(ぬいぐるみかな)、華やかだったのに。

本当に作り物が可愛らしいのですよ、とシテ方能楽師が自慢する半蔀。初めて観る演目です。
名乗り笛で僧とアイ登場。僧は真中で念仏してから、ワキ座へ移る。後から考えるとこのワキ僧の大日方の端正な感じがこの曲にピッタリ。法事に使った花も供養すると言う所がいかにも仏教的。
すると、花の影から綺麗な女の人が現れる。夕顔の花、五条、などと謎めいた言葉を残し、女は消えてしまいます。

里人に五条へ行くことを勧められた僧が着くと、何やら由緒ありげな家が。(ま、実際には紺の引き回しをかけた小宮が運び出されるのですが。)中から女の声が。ここ、シテが実際に謡う所もあるのですが、地謡が謡う所も。その地謡がとても素敵。途中で引き回しが下ろされると、金銀の小さな瓢箪と花が飾られた半蔀が。
女は葛桶に座って向きを変えるのですが、この所作がとても優雅。

そして女は家から出て序の舞を。このとき後見が後ろから半蔀を棒で押し上げるのですが、そうすると、瓢箪と花が向きを変えて垂れ下がり、可憐。
もうここから先はあらすじを追う世界では無くて、ひたすら舞の優雅さと後ろの作りものの美しさを愛でるのが正しいでしょう。残念なことにシテのハコビが若干優雅さにかける所がありましたが。

そして最後に女はまた家に入って行くのです。(最後は出て終えていました)。

面は友閑作の小面。



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by soymedica | 2017-06-20 21:34 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演六月 千手 水掛聟 阿漕

d0226702_22315991.jpg銕仙会定期公演六月
2017年6月9日(金)18時より@宝生能楽堂

千手 郢曲之舞えいきょくのまい

シテ 鵜澤久、ツレ 浅見真州、ワキ 宝生欣哉
笛 竹市学、 小鼓 亀井俊一、 大鼓 柿原崇志
後見 山本順之、永島忠侈
地謡 観世銕之丞ほか

狂言 水掛聟
シテ(聟)小笠原匡、アド(舅)野村萬、小アド(舅の娘)能村晶人

阿漕
シテ 西村高夫、ワキ 大日方寛、ワキツレ 御厨誠吾、野口能弘、アイ 河野佑紀
笛 一噌隆之、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 佃良勝、太鼓 大川典良
後見 野村四郎、浅見慈一
地謡 清水寛二ほか


千手のこの郢曲之舞(えいきょくのまい)という小書きは初めて。解説に「この小書きが付くと千手と両シテあつかいになること、千手のクリ・サシ・クセが省略され、舞も序之舞から中之舞になることなおで、全体に二人の刹那的ともいえる一夜をより濃密に描く演出」といったことが描かれていて「?」と思ったが、全体を見終わっての感想は「舞台が締まる」と言うもの。短くはなりますが、濃い。そう感じさせるのもこのシテとこのツレだからでしょうけれど。

数珠を首にかけた重衡。全体に金茶に統一した装束で、無地にも見える同系統の色で丸い何かの模様が散っている。これがとても上品。
宗茂が状況を説明する。こういうところを力まずさらっとやるのが上手な欣哉。
シテの装束は特に個性的と言うのではないけれど、あまり洗練されていては田舎の雰囲気が出ないのでしょう。
このシテの面が特に斜めから見ると特に美しい。
そして、これはどうしようもないことだけれど、重衡はもう少し若くあってほしい。上品な初老では悲劇性が今一つ…。

千手がやってきても物思いに沈む重衡は会わないという。この言葉を伝える宗茂。脇正面から斜めに橋掛かりにいる千手に向かい問答する配置が綺麗。
本日さすがの宝生欣哉も二人のシテに押され気味で印象が薄いかったのですけれど、要所要所を抑える力はさすが。

要するに雨の晩に二人がこれでもう会えることは無いかもしれないと思いつつ、酒を飲み、音楽や舞を楽しむというそれだけの曲。でも、この曲こんなに面白かったっけ?!と思わせる演技でした。

ちょっと小鼓が残念でしたが。何か具合でも悪かったのかな。それでもしっかり合わせてくるところはベテランだとは思いましたが。

面は河内の小面


水掛聟は好きな演目。聟と舅がお互い相手がいない間に堰を切る仕草とか、水の掛け合い、最後に取っ組み合い。萬はさすがの演技ですけれど、萬と相撲を取って最後には投げ飛ばす二人はドキドキでしょうね。ちょっとバランス崩れて骨折させた、なんてことになったらマズイ。萬がかぶっていた頭巾はなんて言いましたかねー。ほくそ頭巾でしたっけ。


最後は見どころ一杯の阿漕
本日は終了が9時半近くになるためか、チケットは売り切れだと言うのに正面席に空席が。常連のご高齢者が来られなかったという事か。この阿漕も良かったのに、残念でしたね。後のパイプいすには学生さんのような人たちがいたのですから、そういう場合にチケットを融通する仕組みを銕仙会で作ってあげたら良いのに。

お坊さん3人登場。私の持っている解説(新潮社)では旅人が一人、となっていますが、どちらにせよ伊勢参りの途中に阿漕が浦にやってきた。土地の漁師と思しき老人がやってくる。この漁師、土地の謂れを教えるところなどではあまり感じませんでしたが、だんだん本物の漁師のように謡本でいう「卑しい」感じが出てきて上手い。特に最後の竿を操る見せ場など、神様のお使いの尉などとは明らかに違うイメージを出していました。

漁師は釣竿を投げ捨てて中入りするのですが、脇正面あたりにあるものを、後見がわざわざ笛座のほうに回って取りに出るのは決まりなのでしょうね。

呆然としている僧一行。そこに浦人がやってくる。見かけない人がいるからと言って、そんなに驚くかな、というほど驚く河野。全体に力入りすぎだけれど、まあ若いからね。

では、阿漕を弔うか、と僧たちが待っていると、すーっと阿漕の幽霊が。前半は漁は釣り竿で、今回は網らしい。
この面の顎がちょっと気になる。照明を受けて、あごの辺縁が光るのですよね。なんだかあごの先にだらしなくマスクをひっかけているように見えて…。
それはともかく、後半も堪能しました。西村は手のきれいな人で、どう考えても水死した漁師の手ではないのだけれど、それがかえっておどろおどろしい。
面白く漁をしているとそれがだんだん地獄の景色にかわり、成仏しないまま去っていく。

またこの人で、また阿漕を見たい、と思ったのでした。

面は前シテが洞白の三光尉、後シテが作者不詳の痩男

写真は銀梅花



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by soymedica | 2017-06-14 18:00 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂定例公演五月 大般若 賀茂

d0226702_08321497.jpg国立能楽堂定例公演五月
2017年5月19日(金)18時30分より

大般若 和泉流
シテ(住持)野村萬斎、アド(神子)高野和憲、小アド(施主)野村万作
笛 杉市和、小鼓 後藤加津幸

賀茂 素働 観世流
シテ 片山九郎右衛門、ツレ 観世淳夫、ワキ 則久英志、ワキツレ 館田善博、野口能博、アイ 石田幸雄
笛 杉市和、小鼓 後藤加津幸、大鼓 亀井広忠、太鼓 小寺真佐人
後見 観世銕之丞、清水寛二

開始時間になってもまだ明るい季節になったなー。


最初の大般若はお経の名前。
施主の家で鉢合わせした住持と神子がそれぞれ読経と神楽をやってはりあう。高野のポーカーフェイスがおかしい。そのうち神楽が煩い、と言っていた住持が一緒に踊りだし…。
パンフレットによると
「『大般若経』は唐の玄奘三蔵によって集大成された六百巻に及ぶ大乗仏教の基礎経典でありこれを全巻読む”真読”が正式であるが、それは困難なので一部のみ読む”転読”を行う。このときに折本の経典を目の上まで高く弧を描くように飛ばしていくのは今も寺院で儀式の折になされている。」
だそうで、住持がこれをワキ柱、目付柱、シテ柱でやってみせます。
大した筋があるわけでは無いけれど、楽しい演目でした。

萬斎が出演する時に毎度認められる現象ですが、ここで帰ってしまうお客さんがチラホラ。九郎右衛門だって人気なんだよ…。

晩夏の糺の森を舞台にした賀茂。だからと言うわけではないでしょうが、亀井広忠が明るい水色の袴で登場。
正先に矢立台が出されます。播磨の室の明神の神職が登場。美声で清々しい感じが強調されます、
むこうからやってきた水汲みの女に矢のいわれを尋ねます。
水汲みの女は二人とも金地に波の模様の書いてある綺麗な桶を持っています。

水を汲もう、という同吟の部分で観世淳夫がちょっとついて行かないのが気になるけれど、その後のところは大分上手になったような気が。
シテの女の面はやや細面で、ツレの面はふっくらに見える。
女たちは矢の意味と神社のいわれを語って退場します。九郎右衛門の能ってなんだかオシャレな感じがします。

ここからは神職たちの夢の中でしょうか。末社之神が登場。アイが末社の能って好きなんですよね。なんだか一粒で二度おいしい、と言う感じで狂言方の舞も楽しめるし。
考えてみるとシテが九郎右衛門で、アイが石田幸雄とは豪華。

そして女神登場。こうやって天冠の下で見るとやや男っぽい印象の面ですね。観世淳夫、女神の舞もなかなか良いと思いましたが、扇の扱いが若干気になりました。
女神が舞終わるとシテ柱のところに下居するのですが、その場所を作るためにワキとワキツレの三人がごそごそ動くのが何だか滑稽。あれは予定の行動だったのか?女神が笛座前に座るのではダメなのかな。

そして幣を手にした雷神も登場。真っ赤な髪の毛に金色の飾り物をたらしています。これは素働の時につける雷をかたどった飾りだそうですが、髪の毛が赤たど以外に目立たない。
雷神の舞はさすが力強い。

なかなかに満足な一日でした。

面は前シテが増、後シテが怒天神、ツレが近江作の小面。
今回のパンフレットの解説(書いているのは山縣正幸という人)、なかなか内容が濃くて満足。


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by soymedica | 2017-05-29 22:30 | 能楽 | Comments(0)

能の魅力を知る 仇討の光と影 曽我兄弟

d0226702_10040979.jpg能の魅力を知る 仇討の光と影 曽我兄弟
2017年5月13日(土)13時より@セルリアンタワー能楽堂

小袖曽我 物着
朝比奈
夜討曽我 特別演出による

曽我十郎祐成 中村邦生
曽我五郎時致 友枝雄人
母 大村定
団三郎 金子敬一郎
鬼王 内田成信
古屋五郎 佐藤寛泰
御所五郎丸 大島輝久
縄取 谷友矩、友枝雄太郎
侍女春日局 山本則秀
大藤内 山本則孝
狩場見廻人 山本凛太郎

笛 栗林祐輔、小鼓 成田達志、大鼓 谷口正壽、太鼓 小寺真佐人
後見(小袖曽我)狩野了一、粟谷浩之、(夜討曽我)佐々木多門、粟谷浩之
地謡(小袖曽我)友枝昭世ほか計6人、(夜討曽我)香川靖嗣ほか計6人

朝比奈三郎 山本泰太郎、閻魔 山本則重


間に狂言の朝比奈を挟んで、能の小袖曽我から夜討曽我まで一日でやってしまおうという試み。夜討曽我には「禅師曽我」の前段を挟み込んであります。
なぜ間に「朝比奈」かと言うと、朝比奈三郎義秀は、仇討に逸る曽我五郎の鐙の草刷りを引き捕えて意見忠告した人だかららしい。

5月の中頃。まず前もって母と侍女が舞台へ。母は蔓桶にかけます。
小袖曽我のシテは兄の十郎祐成。弟と従者(乳母子なのでしょうか?)の4人登場。弟は勘当されているが、仇討の前にお母さんにそれとなく別れを告げようとやってきたのです。状況を説明する謡を歌うと、全員後見座へ。ここでは従者はすぐに引っ込んでしまいます。兄弟も弓を置いて橋掛かりへ。
弟の勘当を解くために、まず兄が母のご機嫌を取ろうと相談し、兄だけが母の待つ家へ。しかし、友枝雄人ってこんな声だったっけ。この人凄くまじめそうだけれど、地味。

母親のご機嫌が良いと見て取った十郎祐成が弟を呼ぶ。でも弟が家の中に向かって呼びかけても、侍女の春日局は知らん顔。母も子供は祐成と九上の禅師しかいない、と言う。ここでもう一人男の子がいることが明らかに。
すごすごと戻る五郎。橋掛かりでは十郎五郎の会話、舞台では母と侍女の会話が同時進行。狂言のようですね。

もう一度母にお願いしようと戻る祐成。この曲はこの母親の説得の場面が見せ場の一つなのでしょうけれど、今の時代にちょっと。
ちなみに勘当されたわけは、仇討に逸る兄弟の弟だけでも助けようと母は五郎を出家させようとしたのに言う事を聞かなかったかららしい。確か箱根の寺から逃げ出したとか聞いたような気がします。

とにかく言葉を尽くして勘当を解いてもらった五郎。母に小袖を貰います。これは狩場への門出祝なのですが、当然そこには敵の工藤も行っていると考えるべきですよね。後の夜討曽我では母に最期の挨拶をしなかった、と言う心残りがあることになっていますが、この時点で母も二人が仇討に行くと当然思っていたのでは…。

それはともかく、母にもらった小袖を羽織った五郎。五郎だけでなくなぜか十郎も同じ模様の小袖を羽織って舞を舞います。
ここの相舞が最大の見せ所。今回シテ・ツレともにオジサンなのですが、これを若い男二人がやったらちょっと色っぽい感じなのでしょうね。これから死んでしまう美少年二人が派手な着物をまとって二人で舞う、というのはすごく受けたのでは。

そして朝比奈を挟んで夜討曽我へ。
(朝比奈はすごく強い亡者となった朝比奈が、最近商売あがったりで貧乏な閻魔様に勝つお話。)

夜討曽我では配役は同じですが、シテは弟の五郎時致。
出で立ちは小袖曽我の最初と同じです。
これから死を覚悟の仇討に行く兄弟。母に形見を渡す役を団三郎か鬼王のどちらかにだけさせるわけにはいかないので、二人一緒に暇を出そうと相談するふたり。
ところが返されるくらいならば互いにここで相打ちして死のうという従者二人。結局説得されて二人で母親に形見を届けに行きます。

ここに禅師曽我が挿入されます。
また母親が今度は装束を替えて登場。出し置きです。団三郎と鬼王が橋掛かりで「使いの泣きて帰りしは…」と謡った後に舞台へ。
「これから仇討に入るお二人の形見をお持ちしました」と。三人で泣く。

と、団三郎が突然「いかに申し候 箱根へ人を御上せたまへ」???母「箱根と申しについて思い出したり 急ぎ九上の寺へ上りそうらへ」???
調べたところによると禅師がいるのは新潟の弥彦神社の側の国上寺なんですが(大江山の酒呑童子の修行の寺でもあるらしい)。

そして大藤内。則孝の大藤内も凛太郎の見回り人もそれぞれちょっと固いながらも良かったのですが、二人の掛け合いがもっとスムーズに行くと良いかな。(ま、比べているのが東次郎なんで…。)

討ち入りの場面。既に兄の十郎は死んでいるらしい。それを知らず暗闇の中で兄を探して呼ぶ五郎。
結局物陰に女のふりをして潜んでいた武士に捉えられてしまうのですが、この演目を喜多流で観るのは初めて。今までは観世流だったので、喜多の地味な感じがめづらしい。舞台上の人数も観世より少ないのではないだろうか(烏帽子折れとごっちゃになっているかもしれませんが)。
派手に倒れるのはひとりだけでしたね。
そして友枝雄太郎がかっこよくなっているのにびっくり。次は大風がどういう風に成人するか楽しみな一族。

ま、それはともかく残念なことに五郎は捉えられてしまいましたが、仇討は果たされたのでした。


写真は箱根の曽我神社。
箱根神社の階段の中ほどにあります。そして「寺」の跡が駐車場の端っこのほうにあります。明治まではちゃんと神宮寺があったらしい。

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by soymedica | 2017-05-22 21:03 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演五月 忠度 

d0226702_11124975.jpg銕仙会定期公演五月
2017年5月12日(金)18時より@宝生能楽堂

忠度
シテ 柴田稔、ワキ 館田善博、ワキツレ 森常太郎、則久英志、アイ 善竹富太郎
笛 藤田次郎、小鼓 古賀裕己、大鼓 柿原光博
後見 観世銕之丞、北浪昭雄
地謡 小早川修ほか


ちょっと遅いけれど桜の能。

三人の僧がやってきます。(何だか本日の大鼓はいつにもまして表情というか顔の筋肉が大きく動いて面白い。)
須磨というのは中世になっても、とても寂しいところだったらしい。その淋しい岸辺にやってきた三人。俊成卿の身内のものなのですが、桜の若木発見。「これは有名な若木の桜かもしれない」と思った一行は向こうからやってきた老人に目を止めます。

木の葉を手に出てきたこの老人は塩を焼いたりして暮らしている貧しい海人らしいのだけれど、この「山賤か」と聞かれ「はい海人です」と言う問答は、「猿楽言 さるごうこと」の残存だそうです(小学館)。

この辺でシテが落とした木の葉を拾いに後見が出てくるのですが、北浪昭雄ってお幾つくらいなのだろう。あまりに動作が辛そうでそちらに注目してしまった。
そしてアイの善竹富太郎、やっぱり今回も長く座っていると足が辛そう。もっとゆっくり出てきたら良いのに。

夕暮れ時なので僧たちは老人に一夜の宿を頼みます。この老人の面、やけにリアルでシテの顔に張り付いているのではないか、と思うほど。
宿を頼まれた老人は「生き暮れて木の下蔭を宿とせば、花や今宵の主ならまし」の歌を持ち出し…。

消えた老人を不思議に思った一行が、善竹に尋ねる。この話はアイ語りがないと、ちょっとわかりにくいかもしれませんね。まあ、能を見に来る人は忠度の話を知らないという事は無いでしょうけれど。

待ち謡に応えて忠度の霊が出てきます。
若いやさしげな男というイメージ。忠度の役は、あまり武張っても歌人のイメージと合わないし、さりとて能は合戦の場面だし(しかも忠度は結構強い)、「優美な修羅能」というのは演じるのは難しいのではないだろうか。
今回面がとても優しかったので歌人のイメージが前面に出た感じですね。装束は華やかな赤の着物(縫い箔だろうか)に深緑色の長絹のようにも見える柔らかいものを重ねており、華やかでした。

なかなか良い舞台だったと思うのですが、
本日八割の入り。正面席の通路わきがズラーっと空席なのは、年間チケット客が来ていないのでしょう。柴田稔、良い役者なのに、残念。かくいう私も後半は見ていないのだけれど。


前シテの面は出目満志の笑尉、後シテは大和の中将。
写真は大津の長等山公園。


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by soymedica | 2017-05-16 21:42 | 能楽 | Comments(0)

観世能楽堂開場記念祝賀能三日目 翁 高砂

d0226702_15513333.jpg祝賀能三日目
2017年4月22日(土)13時より

 
観世清和
千歳 観世芳伸、三番叟 野村万蔵、面箱 野村万之丞
笛 藤田六郎兵衛、小鼓 曾和正博、脇鼓 幸正佳、曽和伊喜夫、大鼓 柿原崇志
後見 木月孚行、武田尚浩
地謡 武田志房ほか

独吟
業平餅 野村萬

仕舞
西行桜 クセ 梅若万三郎
雲林院 キリ 観世喜之


舞囃子
鶴亀
野村四郎
笛 藤田朝太郎、小鼓 亀井俊一、大鼓 石井保彦、太鼓 徳田宗久

仕舞 
老松 角寛次朗
東北 キリ 武田宗和
岩船 観世喜正

高砂 祝言之式
シテ 観世恭秀、ワキ 森常好
笛 松田弘之、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 柿原弘和、太鼓 小寺佐七
地謡 岡久広ほか


GINZASIXの地下に新能楽堂開設。権利関係はどうなっているのだろう。それはさておき、ビルの開業が20日だったので開業後初の週末。歩行者天国だし、天気はそこそこだしと、凄い混雑。5丁目の角から目立つように袴姿の若い役者がプラカード持ってご案内。これは非常に助かりました。

裏の入り口から入ってエスカレーターを降りると正面にはポスターと影向松の装飾が。
そして入口へ。
人が多いのと、花が多いのとでやや狭目のロビーがますます狭い。
観世流の重鎮たちがロビーに立ってお客様にご挨拶。
お客さんもドレスアップした人多い。ジーンズで来なくて良かった―。

1時開演を10分遅らせましたが、そんな必要も無いほど皆さん早めに着席。
お稽古している人やファンの他に、ビルの関係者などの人もいる模様。

。観世清和の翁って結構観ているけれど、新しい能楽堂で見るとまた新鮮。健康に注意して100までやってほしい。
新 万蔵の三番叟も良かったけれど、(同世代ではあるけれど)萬斎以降の能楽師は皆萬斎の三番叟を意識していると思う。この人も同じ。
観ている方も比べるけれどね。
それより後半、後見の能村晶人が何かしきりに乗り出すように注視しているのが気になりました。別に装束にまずい所は無かったようだけれど。

萬の業平餅も楽しい。見所はしーんとしていましたが、観る方もここで緊張を解く場面ではないだろうか。

野村四郎の舞囃子、きりっとしてさすが。

仕舞も色々出ましたが、隣のおばさまたちは万三郎の生徒さんらしい。万三郎のようなハンサムな先生に習うのは良いだろうな。
そして観世喜正の声を褒めていた。

最後はベテランのシテとワキの高砂
観世恭秀、ちょっと声が小さくて聞き取りにくかったです。

なにはともあれ、皆さんおめでとうございます。

あ、ビルの中チェックするの忘れた。

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by soymedica | 2017-05-01 17:12 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂定例公演四月 苞山伏 雲林院

d0226702_15564161.jpg国立能楽堂定例公演四月 
2017年4月21日(金)18時30分より

狂言 和泉流
苞山伏
シテ(山伏)高野和憲、アド(山人)中村修一、小アド(使いの者)野村萬斎

能 宝生流
雲林院
シテ 渡邊荀之助、ワキ 野口能弘、ワキツレ 野口琢弘、館田善博、アイ 野口隆行
笛 一噌庸二、小鼓 住駒幸英、大鼓 安福光雄、太鼓 小寺佐七
後見 佐野登、渡邊茂人
地謡 小倉敏克



苞山伏。高野と中村、中村は成長著しいと思うし、素晴らしい組み合わせなんだけれど、どうも萬斎に喰われる。でも楽しい演目でしたね。みながら、これ、「山伏と使いの者がグルだったという筋書きにしたらどうだろう」といつも思います。
ま、そういう風にならないところが狂言の良いところ。

雲林院はねー…。作り物は出されませんでした。ブログを見返したら前に同じシテが千手をやった時に「眠かった」と書いているのですが、私はこの人とは相性が悪いのかもしれない。なんだか退屈だなー、と思っているうちにウトウト。はっと気づいたら前場も後半。
このあいだ尉髪はむずかしいと言う話を聞いたので見たら、この人も襟足から自分の黒い髪の毛がのぞいている。あんまり気にしないものかもしれない。
それにしても地謡頑張った方が良いんじゃないか。せいぜい4人のお爺さんが勝手にうなっているくらいにしか聞こえないんだが。

そんなことを考えているうちに、中入り、そして後場。
前シテはお爺さんの役だったからあまり気にならなかったけれど、もっと色男らしく歩いてほしい。何となくギクシャクしたハコビ。そしてお疲れになったのか、前シテのときよりも謡が年取った感じ。
そしておいかけの位置もちょっと前すぎるような気がする。

雲林院って本当はもっと良い曲なんでは無いかなー、と思った一日でした。

前シテは小尉、後シテは中将。

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by soymedica | 2017-04-25 16:50 | 能楽 | Comments(0)

青花の会 能学入門講座 第二回

d0226702_15402962.jpg青花の会 能学入門講座 第二回
2017年4月19日(水)18時半より@矢来能楽堂

本日は味方玄による「装束の基本」。なぜ味方玄が京都から呼ばれたかと言うと、能装束関係の店は京都に最も多いからだとか。
世阿弥の時代では装束は日常着に近く、もっと質素だった。ただし伝書には「上つ方」に見せるために実際よりは良い恰好をしろ、とあるらしい。松風で実際の汐汲みの格好ではちょっとね、ということらしい。

装束がきらびやかになったのは桃山くらいからではないかと考えられているそう。
また、世阿弥の当時は、女は素足、山伏は芦田、鬼はけかりなどの履物もはいており、現在のように何が何でも白足袋、というのは江戸城などに仮設ではない能舞台ができてから、ということらしい。

続いて用意の装束を見せながら縫い箔と唐織の比較。縫い箔はその名の通り模様は刺繍で金は箔を置いてある。裏は練絹。全体に柔らかく、下にきたり腰に巻いて使うことが多いので、刺繍とか箔は肩と裾にしかない(昔のものは一面にあったものも)。また、下前に刺繍があると舞いにくいのでそこにも刺繍は無い。
対して唐織は金箔糸を織り込んであり、やや硬めの生地。襟を立てて着つけることが多い。のし付けってやつですね。模様はパターンとなっており、全ての部分にある。

などのお話の後休憩。客席の3人がモデルとなって上の写真の様に。一人目は唐織着流しという井筒の前シテのいでたちから初冠長絹女出立(井筒の後シテ)に変身。長絹は屋外で舞う時に風で揺れると本当に美しいですよ、と。だから植物模様が多いのだそうです。
次は鬼神のいでたち。下には厚板。これは唐織と同じだが、模様と裁ち方がより大胆。法被はこれも長絹と同じ形だけれども裏が付いている。頭は赤の真中に白いさし毛がありますが、獅子と猩々は化生のものではないのでこのさし毛は無くて赤一色だそうです(気づかなかった)。
最後は着流尉。尉鬘というのは長い髪の毛が一列に植えられている紐を巻きつけて作っていくので割と大変そう。
味方も行っていましたが、江戸時代まげを結っていた時にはどうしていたんだろう。

三人の中で最も装束の重いのが鬼神で、10キロくらいで、歌舞伎の最高30キロと比較すると大分軽いとのことです。
最後に三人舞台で記念撮影。
面までかけて、普通の動作をすると物凄くコミカルだと言うことを発見して皆爆笑。

楽しい一日でした。

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by soymedica | 2017-04-22 23:09 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演4月 百万 薩摩守 恋重荷

d0226702_17051527.jpg
銕仙会定期公演四月
2017年4月14日(金)18時より@宝生能楽堂

百萬 法楽之舞
シテ 片山九郎右衛門、子方 谷本康介、ワキ 殿田謙吉、アイ 野村萬斎
笛 一噌隆之、小鼓 観世新九郎、大鼓 亀井広忠、太鼓 小寺佐七
後見 谷本健吾
地謡 浅見真州ほか

薩摩守 謡入り
シテ(船頭)野村萬斎、アド(僧)内藤連、小アド(茶屋)深田博治

恋重荷
シテ 野村四郎、ツレ 浅見慈一、ワキ 森常好、アイ 石田幸雄
笛 寺井久八郎、小鼓 曾和正博、大鼓 柿原弘和、太鼓 三島元太郎
後見 浅井文義、長山桂三
地謡 観世銕之丞ほか 


本日は人気役者登場とのことで、比較的早くから切符は売り切れ。
まず、百萬の殿田の僧が登場。子供を連れている。丸顔のかわいらしい子供だけれど、西大寺の辺で迷子になっていたらしい。
この子供に見せる何か良いものはないかと地元の人に尋ねると、女物狂いが良いでしょうと。
この地元の人はなかなかお調子者で、変な念仏を唱えだす。
と、百萬がやってきて桜の枝でお調子者の萬斎をたたく。

いつもは笹なのですが、今の季節にふさわしい桜の枝の演出って素敵。

なんだか本日九郎右衛門は声枯れしているようですが、確かに百萬の念仏は上手い。だんだん百萬がのってくると、アイは退場。念仏は子供を探す親の狂気に変化していきます。
と、子供が僧侶の袖を引き、「あれは私の母」と。
僧侶は「こんな狂女に子供を返していいのか?」と思ってすぐには返さないのでしょうか。
「今でも子供があったほうが良いか?」などと女に尋ねます。

その返答の「仰せまでも無しそれゆえにこそ乱れ髪の遠近人に…」のところが物凄く素敵。
そして、表情の出る良い面なのか、面の使い方が上手なのか。

ふと気付くとプログラムには後見としてもう一人山本順之が出ていたのですが、後見はずっと一人。どうしたんだろう。
イロエの代わりに中の舞を舞うのが「法楽之舞」だそうです。詞章は少し省略されたようです。
最初に持って出た桜の枝はまだ持ち続けており、「あらわが子恋しや」と。
一の松のところで「こんなに人が多いのに何でわが子はいないの?」そして舞台に戻って「仏様、子供にあわせてください」。
ここで持っていた桜の枝を常座で落とします。

そこで僧も母親が気の毒になり、子供を群衆の前へと押し出します。
無事再会した二人は御本尊にお礼をして帰ります。
この母親、子供と会った後は人が変わったように晴れ晴れとしている。
やはり九郎右衛門は上手い。

面は甫閑作の曲見。


次は薩摩守。小書きの謡入とはパンフレットによると僧が舟に乗る前と降りる前に、船頭が「兼平」の一節を謡うもの。ほんのちょっと。この小書きのために船頭がシテなのか、萬斎だからシテなのか。
ともあれ、間抜けで一文無しの僧の内藤、上手くなりましたね。勢いのある一門っていうのはこういうものでしょうか。


色々な演出が話題になる恋重荷。人気曲を野村四郎のシテで、となれば皆さんこれが目当て?と思ったら狂言の所で帰るお客がちらほら。帰ったのはコアな萬斎ファンと、帰りが遅くなるのを嫌ったお年寄りかな(本日は終了予定9時15分)。

正先に重荷が出されます。朱色の布で包まれて黒い縄がかけられています。持ち手がある。この間どなたかが、「能の作りものはなぜ地謡や囃子方の出たあとに出てくるのか?中に人が入っていない場合には開演前に出しておけばいいじゃないか」と書いていらしたけれど、なるほど。
そして作りものではないけれど、無音の中しずしずと女御が所定の位置へ。

幕が上がると同時に笛がはじまり、ワキが出てくる。
森と石田の組み合わせが秀逸。そして呼び出された山科の荘司。身分違いの憧れを指摘されてうなだれる。でも、ここまできたら「会わせてやろう」というなら頑張るぞ、と。

ずーっとシテの裾の乱れが気になっていたのですが、前半もかなり後になってから裾を直す後見。
それはともかく、前場、かなり現代的な内容だと思うし、舞台も現代劇のような印象を受けます(良い意味で)。様式的な動きをしながらここまで客に理解させられるというのが、さすがは野村四郎。

でも、後見が軽々と持って来た重荷を見ているので、うっかりシテが持ち上げてしまわないかと若干心配…。

そして従者は荘司が憤死したことを告げます。
いつもツレの「恋よ恋…」の詞章が印象に残るのですが、今回全く記憶に無いから寝ちゃったのかな。
そして荘司の呪いで立ち上がれなくなってしまった女御。

今回鬼になった荘司は凄く動きがダイナミック。
女御の肩を鷲掴みにして一度建たせたかと思ったらまた座らせる。ここで持っていた鹿背杖で女御を打つかと思った(さすがにやらなかったけれどその気迫はあった)。
さらに重荷を持ちあげて女御に「懲りたか」と乗せる。

と、思いの煙立ち別れ、と言いつつ、重荷をもとの位置に戻して杖を太い杖に替える。この演出、初めて見たような気がします。
袖をかずくところ、正面席で見ていると面の目が金色に光って見えて面白い。
そして一度は女御の方をキッと睨むのですが、千代の影を守らんや、と帰って行くのでした。

珍しく面がパンフレットにあるものとは替えられていて、きっと直前に差し替えたのでしょう。ここにも野村四郎の意気込みを感じさせました。
とても満足した恋重荷でした。

前シテは小牛作の阿瘤尉、後シテは作者不詳の鼻瘤悪尉。
ツレが作者不詳の小面で銘が「閏月」

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by soymedica | 2017-04-20 17:44 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂普及公演四月 膏薬煉 野守

d0226702_14250367.jpg国立能楽堂普及公演四月 
2017年4月8日(土)13時より

解説 野守の鏡は何をうつす? 「野守」の説話的背景
田中貴子

膏薬煉 大蔵流
シテ(都の膏薬煉)山本則秀、アド(鎌倉の膏薬煉)山本則孝

野守 白頭 観世流
シテ 井上裕久、ワキ 大日方寛、アイ 山本泰太郎
笛 寺井義明、小鼓 幸信吾、大鼓 柿原光博、太鼓 桜井均
後見 上田公威、浦部幸裕
地謡 浅見重好ほか


解説は楽しみにしていた年に一度の田中貴子先生。老眼鏡あつらえたらしく、しきりに気にしながらの解説。
「二日前に能楽堂の今月のパンフレット見たら、最後の竹本幹夫先生の解説と自分の用意してきたものとがもろかぶりで焦った」、と言う割には楽しいお話でした。
この前奈良に行った時に不思議に思ったのは三笠山とはどれか、御蓋山とは?だったのですがその解説も:春日山とその手前の三笠山を合わせて春日山と呼ぶことがあり、その場合本来の春日山は奥山と呼ばれる。また、若草山を三笠山と呼ぶことがあった。明治になり三笠宮家ができたときに、恐れ多いと言うので御蓋山の字を充てた。

野守は、なぜ複式夢幻能にする必要があったのか?なぜ世阿弥は嫌っていた力動風の能を作ったのか?なぜ野守の鏡は二つあるのか、などの謎のある能であるそうです。
また、「鏡」と言うのは多くの説話を持つものであり、真実を写す真の鏡というものがあると信じられており、それが鬼の持つ鏡と結びついたり、徐君の鏡伝説(心のうちを映し出す鏡を持っていた徐君が皆がそれを欲しがるのに困って塚に埋める)や、浄玻璃鏡(閻魔様の鏡)などの話が全て流れ込んだのがこの野守であるなどと言うお話もありました。


膏薬煉は二人の膏薬煉がそれぞれ自分の膏薬を自慢する話。膏薬の原材料としてありそうも無いものを並べて自慢した挙句に、どっちの膏薬の吸い出す力が強いかを競うというもの。
ところで、「膏薬」って何だ?吸い出す??
そこは置いて於いて、二人のダイナミックな動きが面白い。


野守は好きな曲です。前半ののどかな雰囲気も、後半のダイナミックな動きも楽しい。
白頭では通常出ないという塚の作りものが大小前に。
山伏登場。
大日方、いつもと何だか良い方に感じが違う。時々見せる妙な力みが無くなったような。端的に言えば上手になったと思う。

のどかな春の日にちょっと観光をしようと思っている山伏のもとにお爺さんが。田舎者の山伏に色々名所や謂れを教えてくれる。井上裕久は毎年の謡講で謡が上手であるのは知っているが、舞台もなかなか。アクの無いきれいな演技。東京の人だったら迷わずしょっちゅう見に行くのだけれど。
そしてお爺さんは塚の中へ。

山本泰太郎が山伏に鏡の話を語って聞かせる。深緑と黄色の組み合わせの装束が綺麗。

白頭の小書きがつくと動きがダイナミックになるそうですが、堪能しました。
思わずパンフレット広げて井上の年齢確認してしまうほど元気な演技。足拍子も多く、装束もゴージャス。
舞台の真中に座って鏡を伏せておいてうつむく、という終わり方でした。
凄かったなー。
また見たい。

前シテは朝倉尉、後シテは黒癋見。
(小書きの白頭は、通常の赤頭から白頭へ、面は小癋見から大癋見に替わり、他にも所作や緩急を変化させて力強い鬼神の性格を際立たせる演出。)

写真は「野守の鏡」というお菓子。美味しいです。


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by soymedica | 2017-04-17 19:42 | 能楽 | Comments(0)