カテゴリ:能楽( 367 )

銕仙会定期能七月 高野物狂 鶏聟 殺生石

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銕仙会定期能七月 

2017714日(金)18時より@宝生能楽堂

高野物狂

シテ 観世銕之丞、子方 馬野訓聡、ワキ 森常好、アイ 山本則重

笛 一噌庸二、小鼓 幸清次郎、大鼓 國川純

地謡 清水寛二ほか

後見 浅井文義、泉雅一郎

鶏聟

シテ(聟)山本則孝、アド(舅)山本東次郎、(太郎冠者)山本凛太郎、(教え手)山本泰太郎

殺生石

シテ 長山桂三、ワキ 野口能弘、アイ 山本則秀

笛 槻宅聡、小鼓 森澤勇司、大鼓 安福光雄、太鼓 桜井均

地謡 柴田稔ほか

後見 浅見真州、鵜澤光



主君の遺児を養育してお家再興と思っていたら、遺児が父母のために出家すると言って出奔してしまう。それを追って高野山まではるばる来る家来の話、高野物狂。前回銕仙会は浅井文義のシテで大変面白かったので期待。


登場する高師四郎の袴が面白い。茶の地におそらく濃紺の模様が規則正しく配置されているのだけれど、何となく印伝の財布を想像してしまった。銕之丞さん痩せたかな。彼のもとに、今朝がた失踪したという主君の遺児春満の手紙が従者によって届けられる。この手紙を読むところの謡が渋くて素敵。

四郎は自分に黙って出家した春満を恨みつつ、その後を追ってさまよい出てしまう。

と、入れ替わりに春満が高野山ノ僧の森常好を従えて登場。森さん、一時病気療養とのことで心配しましたが、良かった良かった。美声も損なわれていないし。

春満の馬野くんはこの前舞台で観た時より一層大人になって、声も低め。もう子方の甲高い声ではない。将来上手くなりそうな風格。

ここに春満を探す四郎登場。

思春期に差し掛かろうかと言う馬野くんの謡の安定ぶりに比べ、銕之丞絶不調に。謡の声が制御できていない。どうしちゃったんだろう。

と思っているところでだんだん眠くなり、ハッと気づくと四郎の舞。ああ、舞はきりっとしていて良いな、と思ったら最後のところでバタバタと足遣いが乱れ…。

最後に春満が四郎に声をかけ主従再会を果たし、めでたしめでたしなのですが、この最後のクライマックスの謡、銕之丞、絶句につぐ絶句。後見がつけていましたが。

実は出だしでも後見がつける場面が。あまりに早く(絶句と気づく間もなく)つけたので、「なぜ?」と思ったのですが、おそらく体調が非常に悪くて後見が心配していたのでしょう。節回しなどはダイナミックで良かったので、ここぞ、と言うところの絶句にはびっくり。

いつもの銕之丞ではなかった。早く復調してほしい。



有名な鶏聟ですが、初めて見ました。鶏のまねをする聟に舅は驚きますが、「舅は物を知らないと婿に思われてもしゃく」と、負けずに鶏のまねを。

これが、ダイナミックな所作で回ったり飛び上がったり。東次郎凄い。

東次郎の達者ぶりも凄かったけれど、全体として面白い曲で楽しめました。



殺生石は、岩から出てくるところが面白く、好きな演目です。

諸国を行脚している玄翁。角帽子が紺地に銀の模様で華やか。そして若い。上を飛ぶ鳥が落ちる不思議な石に近づこうとすると、小柄な女が出てきて声をかける。そして殺生石は玉藻前の執心がついた石で、私こそはその石魂、と言って石の中に消えていく。この人、美人なんですが、横顔が小ずるそうな。


「今のは何だ?」と玄翁が言うと、お伴の能力はちょっとお調子者ですが、殺生石伝説を面白く聞かせてくれます。この語りも面白くて好きです。山本東次郎家の人たちはこういう所、凄く上手で安定していますよね。


そして僧が供養していると、石の中から声が。良く通る素晴らしい発声。そして石が割れて中から狐の精が。赤頭で、冠無し。九尾の狐を載せるのは白頭の小書きの時だけでしょうか。

最初は葛桶に座っていますが、そこからぴょんととび下ります。那須野で野干狩りをされて射伏せられる話などをします。シテの長山桂三は私が勝手に「実力派」と思っている人ですが、足遣いが素晴らしい。


最後に「これからは悪いことはしません」と石のように固い約束をして消えていきます。

やっぱりこの人は上手。


囃子も謡も満足でした。


面は前シテが萬眉(近江作)、後シテは小飛出(出目満茂)。

写真は高野山に伝わる飛行三鈷杵。仙台市博物館の「空海と高野山の至宝」展のホームページからお借りしました。


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by soymedica | 2017-07-20 16:51 | 能楽 | Comments(0)

セルリアンタワー能楽堂 定期能六月 金剛流 附子 頼政

d0226702_16590950.jpgセルリアンタワー能楽堂 定期能六月 金剛流
2017年6月17日(土) 13時より

解説 金子直樹

附子
太郎冠者 茂山七五三、次郎冠者 茂山千五郎、主 茂山千作

頼政
シテ 金剛永謹、ワキ 殿田謙吉、アイ 茂山茂
笛 藤田次郎、小鼓 曾和正博、大鼓 柿原崇志
後見 宇高通成、豊嶋晃嗣
地謡 松野恭憲ほか


ぎりぎりのぎりぎりに駆け込んでびっくり。ここは脇正面席の後ろから入る作りなのだけれど、脇正面ガラガラ。この演目、この演者でですよ。
わかり易い金子直樹さんの解説から。
たくさんのコピーの資料を抱えた年配の白人夫婦あり。おそらく解説の日本語はほとんどわかっていないものと思われ、国立能楽堂でもそうですが、日本語不自由な外国人向けには解説終了後からも入場可能であることを十分告知したほうが良いのでは。


附子。こんなに有名でこんなに基本的な演目でも、この三人がやると改めて新鮮に可笑しい。
七五三ファンとしてはアンコールしてもらいたい気分。
千作さん、無理しないで頑張ってほしい。


昔、金剛流の謡を習っていると思しきおじ様が奥様に「お家元はとても良い役者なんだけれど、大柄なんで損している」と力説していて、「そんなに凄い役者かな」と失礼にも思ったことがあるのですが、今回の頼政を見て、なるほどこれは素敵、と思いました。

殿田の僧は本日着流し。京都もみたし、これから奈良に行こうという。宇治の里に差し掛かる。
遠くからこの田舎者に名所を教えてやろうというお爺さんが。
名所旧跡を全部教えろという、いささか上から目線の要求に、知識を小出しにしつつ「尉は知らずそうろう」(ここ、面白いセリフ回しでした)、などと言う実は教養高いお爺さん。
さりげなく僧の視線を扇の芝へ。
そして今日が頼政の命日だと教え、自分こそは頼政の幽霊と名乗って、消えていきます。

本日珍しく脇正面で見ていたのですが、絶対に前列の一番若い(笛柱のそばの)若い奴は居眠りしていたぞ。

地元のひとが、頼政と宇治の関わり合いについて僧に教えます。茂山茂、装束のせいか、誰かわからなかった。というか、茂山家のあの年代ってどれが誰だか覚えられない…。
ふと気付くと斜め後ろのマスクのオジサンは七五三では!!

そして、僧が「だったら頼政の霊を弔おう」と待っていると、勇ましい頼政の霊登場。前場と同じ人が演じているとはとても思えない。
「頼政の霊か?」と聞かれて恥ずかしながら、と打ち明けながら座ります。ここまで、大きな動きが無かったように思うのですが肩で息をしているのが気になる。
高倉の宮を擁して旗揚げした一行は平家の軍勢に追われて平等院にまでたどり着いたらしい。そして宇治川の橋板を外す。
やーい、ここまでおいで、と敵を待っている。このとき頼政の幽霊は立ちあがって扇をかざして見えを切るのですが、それが本当にきれい。

ところが平家の武士たちは一列になって宇治川を渡ってしまう。(なぜ渡っている最中に矢を射かけないのか?と思うのですが、そこの事情が良くわからない。まだ江戸時代の武士道などできる前で、奇襲、寝返りなど当たり前の時代なのに。)

そして劣勢となった頼政たちは一人二人と打たれ、頼政も扇を敷いて自害するのでした。
どう表現して良いかわかりませんが、地謡とシテ、双方ともに何となく艶のある謡で、しかもわかりやすい。
最後は下居して袖で顔を隠すような仕草をしたのですが、あれが消えた印でしょうか。
頼政って良い曲ですね。またこの人で見たい。

終わったら声をおかけしようと思っていた七五三は気づくともういなかった。残念。

演能の間中断続的に金槌の音のように思える音が遠くから(何となくパーティションを組み立てている音のように聞こえたのですが)。集中していると無機的な音なので気にならなかったのですが、出口で係りの人に怒っているおばさまが。まあ、ホテルの中の能楽堂ですから、あってはならないことですよね。
次回からはこんなことの無いように頼みますよ。

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by soymedica | 2017-06-30 12:42 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂定例公演六月 伯養 班女

d0226702_14171045.jpg国立能楽堂定例公演六月
2017年6月16日(金)18時30分より

伯養 和泉流
シテ(勾当)野村万蔵、アド(伯養)能村晶人、小アド(何某)野村萬

班女 喜多流
シテ 粟谷能夫、ワキ 殿田謙吉、ワキツレ 館田善博、森常太郎、アイ 小笠原匡
笛 藤田六郎兵衛、小鼓 飯田清一、大鼓 亀井広忠
後見 中村邦生、狩野了一
地謡 出雲康雅


初めて見る演目の伯養。伯養はシテでは無くてアドだと言うところが不思議。伯養は座頭、シテは勾当(名前あったか?忘れた)。勾当の方が偉いので、杖もずーっと長いのだろうか。面白いですね。二人が盲人の大切な集まりのためにそれぞれ同じ人に琵琶を借りに行くところから始まります。紆余曲折の後、じゃあ相撲で勝った方が借りようという事に。ところが目が見えないので、それぞれ柱と相撲をとってしまう(これは能楽堂でないとできない演目ですね)。これはいかんと、今度は琵琶を貸してくれる有徳人を投げ飛ばしてしまうという…。
人間国宝も投げ飛ばされるとは楽では無い。


たぶんこれは能役者の好きな曲の一つであろう班女。狂言口開けってわりと好きなパターンです。本日の小笠原は上が茶系、下が紫。着物の裾の刺繍は何の模様なのだろうか。
この人、なかなか上手なのではあるけれど、ビナンが何となく風呂上がりのようにみえる。

戻ってこない吉田少将を思ってぼーっとしている班女。何となく最初の座り方が決まらず、そのまま倒れるかと思った。宿の長の小笠原に追い出され、「そのまま消えてしまいたいのに」と、よろよろとさがる。そのままどこかへ消えてしまいました。出だしはおや、いつもの粟谷能夫ではないな、と思ったけれど、短い時間の間に後半見事に盛り返して中入りした感じ。

さて、ここで美男の吉田登場。これははっきりした年齢が述べられていないので、ワキの誰がやっても良い感じ。あんまり若かったり華奢だったりするとちょっと違うかな、という感じがしますが。それにしてもこの最初の謡は難しそうな節回しですね。
班女を探しに部下をお使いに出す少将でしたが、「もう居ない」といわれがっかりして(?)都へ。

何だか小鼓の掛け声が主張し過ぎで今一つノリ切れない。

さて、シテの登場。全身がやつれたように見えるのはさすがの演技力。
この後場の長い謡や、やり取りが聞かせどころなのでシテ方に好まれる曲なのだろうか。
常に裏切らない喜多流の地謡も素晴らしい。
地謡に合わせて、橋掛りへ行き「そなたの空よと眺むれば」と一の松で遠くを見るところなど、シテの型はとても綺麗でした。
そしてこの面(小面)、客席から見ると三白眼のように見えます。(三白眼の美男美女って好きです。)
序の舞のところで、大鼓の掛け声が出なくなる。お風邪でしょうか。

吉田の少将が「あれはもしかして」と部下に班女の扇を持ってこさせようとする。扇を取られまいと懐に隠す班女。このしぐさがカワイイ。演じているのが男性だという事を思わず忘れてしまう。
少将は扇を渡して比べさせる。あら、同じ扇。ここの大団円、テンポが速くなったように感じられて面白い。
めでたし、めでたし、なのですが、いつもここで、「あれ、揃いの扇を作ったの?交換したんでしょ」と思う…。

最後に班女は少将と手に手を取って帰ったのでした、ではなくて先に一人で「やったぜ!」と嬉しく帰るのでした。



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by soymedica | 2017-06-25 22:19 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂普及公演六月 舟渡聟 半蔀

d0226702_11502616.jpg国立能楽堂普及公演六月 
2017年6月10日(土)13時より

解説
「半蔀」のドラマトゥルギー 夕顔巻からの反照 河添房江

舟渡聟 和泉流
シテ(聟)野村又三郎、アド(船頭)松田高義、(船頭の妻)奥津健太郎

半蔀 金剛流
シテ 今井清隆、ワキ 大日方寛、アイ 野口隆行、笛 藤田次郎、小鼓 幸清次郎、大鼓 山本哲也
後見 広田幸稔、今井克紀、工藤寛
地謡 金剛永謹ほか

解説がこれはなかなか面白かったのだけれど、そして国立にしては珍しくハンドアウトまでくれたのだけれど、一週間たつとほとんど忘れている。これじゃあ解説する方もむなしいでしょうね。
まあ、覚えているところは、夕顔というのは枕草子でも「花は良いけれど、実はちょっと」などと書かれており、高貴な朝顔に比べて庶民的な花の象徴だということ、夕顔の白は源氏物語の中ではエロチシズムの象徴の色でもあること、とか。
肝心の「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕がほの花」の解釈については私の記憶の混乱が…。これは解釈が何通りかあるそうですよ。そして原作(源氏物語)では夕顔から源氏に歌を詠みかけているのですが、これはちょっとルール破りで、円地文子などによると「夕顔の遊女性」を示したものだと解釈されているとか。ところが能では歌を詠みかけるのは源氏であって、この夕顔の「心あてに…」の歌は採用されていないのだそうです。そして、能の純な夕顔は、今でも源氏をしたって半蔀の影でこの世をさまよっている。
…といったお話だったような…。


舟渡聟は好きな演目なのだけれど、ついウトウトしてしまった。別に演者が下手とか言うわけではありません。聟が酒樽だけでなく派手な鯛も担いでいて(ぬいぐるみかな)、華やかだったのに。

本当に作り物が可愛らしいのですよ、とシテ方能楽師が自慢する半蔀。初めて観る演目です。
名乗り笛で僧とアイ登場。僧は真中で念仏してから、ワキ座へ移る。後から考えるとこのワキ僧の大日方の端正な感じがこの曲にピッタリ。法事に使った花も供養すると言う所がいかにも仏教的。
すると、花の影から綺麗な女の人が現れる。夕顔の花、五条、などと謎めいた言葉を残し、女は消えてしまいます。

里人に五条へ行くことを勧められた僧が着くと、何やら由緒ありげな家が。(ま、実際には紺の引き回しをかけた小宮が運び出されるのですが。)中から女の声が。ここ、シテが実際に謡う所もあるのですが、地謡が謡う所も。その地謡がとても素敵。途中で引き回しが下ろされると、金銀の小さな瓢箪と花が飾られた半蔀が。
女は葛桶に座って向きを変えるのですが、この所作がとても優雅。

そして女は家から出て序の舞を。このとき後見が後ろから半蔀を棒で押し上げるのですが、そうすると、瓢箪と花が向きを変えて垂れ下がり、可憐。
もうここから先はあらすじを追う世界では無くて、ひたすら舞の優雅さと後ろの作りものの美しさを愛でるのが正しいでしょう。残念なことにシテのハコビが若干優雅さにかける所がありましたが。

そして最後に女はまた家に入って行くのです。(最後は出て終えていました)。

面は友閑作の小面。



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by soymedica | 2017-06-20 21:34 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演六月 千手 水掛聟 阿漕

d0226702_22315991.jpg銕仙会定期公演六月
2017年6月9日(金)18時より@宝生能楽堂

千手 郢曲之舞えいきょくのまい

シテ 鵜澤久、ツレ 浅見真州、ワキ 宝生欣哉
笛 竹市学、 小鼓 亀井俊一、 大鼓 柿原崇志
後見 山本順之、永島忠侈
地謡 観世銕之丞ほか

狂言 水掛聟
シテ(聟)小笠原匡、アド(舅)野村萬、小アド(舅の娘)能村晶人

阿漕
シテ 西村高夫、ワキ 大日方寛、ワキツレ 御厨誠吾、野口能弘、アイ 河野佑紀
笛 一噌隆之、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 佃良勝、太鼓 大川典良
後見 野村四郎、浅見慈一
地謡 清水寛二ほか


千手のこの郢曲之舞(えいきょくのまい)という小書きは初めて。解説に「この小書きが付くと千手と両シテあつかいになること、千手のクリ・サシ・クセが省略され、舞も序之舞から中之舞になることなおで、全体に二人の刹那的ともいえる一夜をより濃密に描く演出」といったことが描かれていて「?」と思ったが、全体を見終わっての感想は「舞台が締まる」と言うもの。短くはなりますが、濃い。そう感じさせるのもこのシテとこのツレだからでしょうけれど。

数珠を首にかけた重衡。全体に金茶に統一した装束で、無地にも見える同系統の色で丸い何かの模様が散っている。これがとても上品。
宗茂が状況を説明する。こういうところを力まずさらっとやるのが上手な欣哉。
シテの装束は特に個性的と言うのではないけれど、あまり洗練されていては田舎の雰囲気が出ないのでしょう。
このシテの面が特に斜めから見ると特に美しい。
そして、これはどうしようもないことだけれど、重衡はもう少し若くあってほしい。上品な初老では悲劇性が今一つ…。

千手がやってきても物思いに沈む重衡は会わないという。この言葉を伝える宗茂。脇正面から斜めに橋掛かりにいる千手に向かい問答する配置が綺麗。
本日さすがの宝生欣哉も二人のシテに押され気味で印象が薄いかったのですけれど、要所要所を抑える力はさすが。

要するに雨の晩に二人がこれでもう会えることは無いかもしれないと思いつつ、酒を飲み、音楽や舞を楽しむというそれだけの曲。でも、この曲こんなに面白かったっけ?!と思わせる演技でした。

ちょっと小鼓が残念でしたが。何か具合でも悪かったのかな。それでもしっかり合わせてくるところはベテランだとは思いましたが。

面は河内の小面


水掛聟は好きな演目。聟と舅がお互い相手がいない間に堰を切る仕草とか、水の掛け合い、最後に取っ組み合い。萬はさすがの演技ですけれど、萬と相撲を取って最後には投げ飛ばす二人はドキドキでしょうね。ちょっとバランス崩れて骨折させた、なんてことになったらマズイ。萬がかぶっていた頭巾はなんて言いましたかねー。ほくそ頭巾でしたっけ。


最後は見どころ一杯の阿漕
本日は終了が9時半近くになるためか、チケットは売り切れだと言うのに正面席に空席が。常連のご高齢者が来られなかったという事か。この阿漕も良かったのに、残念でしたね。後のパイプいすには学生さんのような人たちがいたのですから、そういう場合にチケットを融通する仕組みを銕仙会で作ってあげたら良いのに。

お坊さん3人登場。私の持っている解説(新潮社)では旅人が一人、となっていますが、どちらにせよ伊勢参りの途中に阿漕が浦にやってきた。土地の漁師と思しき老人がやってくる。この漁師、土地の謂れを教えるところなどではあまり感じませんでしたが、だんだん本物の漁師のように謡本でいう「卑しい」感じが出てきて上手い。特に最後の竿を操る見せ場など、神様のお使いの尉などとは明らかに違うイメージを出していました。

漁師は釣竿を投げ捨てて中入りするのですが、脇正面あたりにあるものを、後見がわざわざ笛座のほうに回って取りに出るのは決まりなのでしょうね。

呆然としている僧一行。そこに浦人がやってくる。見かけない人がいるからと言って、そんなに驚くかな、というほど驚く河野。全体に力入りすぎだけれど、まあ若いからね。

では、阿漕を弔うか、と僧たちが待っていると、すーっと阿漕の幽霊が。前半は漁は釣り竿で、今回は網らしい。
この面の顎がちょっと気になる。照明を受けて、あごの辺縁が光るのですよね。なんだかあごの先にだらしなくマスクをひっかけているように見えて…。
それはともかく、後半も堪能しました。西村は手のきれいな人で、どう考えても水死した漁師の手ではないのだけれど、それがかえっておどろおどろしい。
面白く漁をしているとそれがだんだん地獄の景色にかわり、成仏しないまま去っていく。

またこの人で、また阿漕を見たい、と思ったのでした。

面は前シテが洞白の三光尉、後シテが作者不詳の痩男

写真は銀梅花



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by soymedica | 2017-06-14 18:00 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂定例公演五月 大般若 賀茂

d0226702_08321497.jpg国立能楽堂定例公演五月
2017年5月19日(金)18時30分より

大般若 和泉流
シテ(住持)野村萬斎、アド(神子)高野和憲、小アド(施主)野村万作
笛 杉市和、小鼓 後藤加津幸

賀茂 素働 観世流
シテ 片山九郎右衛門、ツレ 観世淳夫、ワキ 則久英志、ワキツレ 館田善博、野口能博、アイ 石田幸雄
笛 杉市和、小鼓 後藤加津幸、大鼓 亀井広忠、太鼓 小寺真佐人
後見 観世銕之丞、清水寛二

開始時間になってもまだ明るい季節になったなー。


最初の大般若はお経の名前。
施主の家で鉢合わせした住持と神子がそれぞれ読経と神楽をやってはりあう。高野のポーカーフェイスがおかしい。そのうち神楽が煩い、と言っていた住持が一緒に踊りだし…。
パンフレットによると
「『大般若経』は唐の玄奘三蔵によって集大成された六百巻に及ぶ大乗仏教の基礎経典でありこれを全巻読む”真読”が正式であるが、それは困難なので一部のみ読む”転読”を行う。このときに折本の経典を目の上まで高く弧を描くように飛ばしていくのは今も寺院で儀式の折になされている。」
だそうで、住持がこれをワキ柱、目付柱、シテ柱でやってみせます。
大した筋があるわけでは無いけれど、楽しい演目でした。

萬斎が出演する時に毎度認められる現象ですが、ここで帰ってしまうお客さんがチラホラ。九郎右衛門だって人気なんだよ…。

晩夏の糺の森を舞台にした賀茂。だからと言うわけではないでしょうが、亀井広忠が明るい水色の袴で登場。
正先に矢立台が出されます。播磨の室の明神の神職が登場。美声で清々しい感じが強調されます、
むこうからやってきた水汲みの女に矢のいわれを尋ねます。
水汲みの女は二人とも金地に波の模様の書いてある綺麗な桶を持っています。

水を汲もう、という同吟の部分で観世淳夫がちょっとついて行かないのが気になるけれど、その後のところは大分上手になったような気が。
シテの女の面はやや細面で、ツレの面はふっくらに見える。
女たちは矢の意味と神社のいわれを語って退場します。九郎右衛門の能ってなんだかオシャレな感じがします。

ここからは神職たちの夢の中でしょうか。末社之神が登場。アイが末社の能って好きなんですよね。なんだか一粒で二度おいしい、と言う感じで狂言方の舞も楽しめるし。
考えてみるとシテが九郎右衛門で、アイが石田幸雄とは豪華。

そして女神登場。こうやって天冠の下で見るとやや男っぽい印象の面ですね。観世淳夫、女神の舞もなかなか良いと思いましたが、扇の扱いが若干気になりました。
女神が舞終わるとシテ柱のところに下居するのですが、その場所を作るためにワキとワキツレの三人がごそごそ動くのが何だか滑稽。あれは予定の行動だったのか?女神が笛座前に座るのではダメなのかな。

そして幣を手にした雷神も登場。真っ赤な髪の毛に金色の飾り物をたらしています。これは素働の時につける雷をかたどった飾りだそうですが、髪の毛が赤たど以外に目立たない。
雷神の舞はさすが力強い。

なかなかに満足な一日でした。

面は前シテが増、後シテが怒天神、ツレが近江作の小面。
今回のパンフレットの解説(書いているのは山縣正幸という人)、なかなか内容が濃くて満足。


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by soymedica | 2017-05-29 22:30 | 能楽 | Comments(0)

能の魅力を知る 仇討の光と影 曽我兄弟

d0226702_10040979.jpg能の魅力を知る 仇討の光と影 曽我兄弟
2017年5月13日(土)13時より@セルリアンタワー能楽堂

小袖曽我 物着
朝比奈
夜討曽我 特別演出による

曽我十郎祐成 中村邦生
曽我五郎時致 友枝雄人
母 大村定
団三郎 金子敬一郎
鬼王 内田成信
古屋五郎 佐藤寛泰
御所五郎丸 大島輝久
縄取 谷友矩、友枝雄太郎
侍女春日局 山本則秀
大藤内 山本則孝
狩場見廻人 山本凛太郎

笛 栗林祐輔、小鼓 成田達志、大鼓 谷口正壽、太鼓 小寺真佐人
後見(小袖曽我)狩野了一、粟谷浩之、(夜討曽我)佐々木多門、粟谷浩之
地謡(小袖曽我)友枝昭世ほか計6人、(夜討曽我)香川靖嗣ほか計6人

朝比奈三郎 山本泰太郎、閻魔 山本則重


間に狂言の朝比奈を挟んで、能の小袖曽我から夜討曽我まで一日でやってしまおうという試み。夜討曽我には「禅師曽我」の前段を挟み込んであります。
なぜ間に「朝比奈」かと言うと、朝比奈三郎義秀は、仇討に逸る曽我五郎の鐙の草刷りを引き捕えて意見忠告した人だかららしい。

5月の中頃。まず前もって母と侍女が舞台へ。母は蔓桶にかけます。
小袖曽我のシテは兄の十郎祐成。弟と従者(乳母子なのでしょうか?)の4人登場。弟は勘当されているが、仇討の前にお母さんにそれとなく別れを告げようとやってきたのです。状況を説明する謡を歌うと、全員後見座へ。ここでは従者はすぐに引っ込んでしまいます。兄弟も弓を置いて橋掛かりへ。
弟の勘当を解くために、まず兄が母のご機嫌を取ろうと相談し、兄だけが母の待つ家へ。しかし、友枝雄人ってこんな声だったっけ。この人凄くまじめそうだけれど、地味。

母親のご機嫌が良いと見て取った十郎祐成が弟を呼ぶ。でも弟が家の中に向かって呼びかけても、侍女の春日局は知らん顔。母も子供は祐成と九上の禅師しかいない、と言う。ここでもう一人男の子がいることが明らかに。
すごすごと戻る五郎。橋掛かりでは十郎五郎の会話、舞台では母と侍女の会話が同時進行。狂言のようですね。

もう一度母にお願いしようと戻る祐成。この曲はこの母親の説得の場面が見せ場の一つなのでしょうけれど、今の時代にちょっと。
ちなみに勘当されたわけは、仇討に逸る兄弟の弟だけでも助けようと母は五郎を出家させようとしたのに言う事を聞かなかったかららしい。確か箱根の寺から逃げ出したとか聞いたような気がします。

とにかく言葉を尽くして勘当を解いてもらった五郎。母に小袖を貰います。これは狩場への門出祝なのですが、当然そこには敵の工藤も行っていると考えるべきですよね。後の夜討曽我では母に最期の挨拶をしなかった、と言う心残りがあることになっていますが、この時点で母も二人が仇討に行くと当然思っていたのでは…。

それはともかく、母にもらった小袖を羽織った五郎。五郎だけでなくなぜか十郎も同じ模様の小袖を羽織って舞を舞います。
ここの相舞が最大の見せ所。今回シテ・ツレともにオジサンなのですが、これを若い男二人がやったらちょっと色っぽい感じなのでしょうね。これから死んでしまう美少年二人が派手な着物をまとって二人で舞う、というのはすごく受けたのでは。

そして朝比奈を挟んで夜討曽我へ。
(朝比奈はすごく強い亡者となった朝比奈が、最近商売あがったりで貧乏な閻魔様に勝つお話。)

夜討曽我では配役は同じですが、シテは弟の五郎時致。
出で立ちは小袖曽我の最初と同じです。
これから死を覚悟の仇討に行く兄弟。母に形見を渡す役を団三郎か鬼王のどちらかにだけさせるわけにはいかないので、二人一緒に暇を出そうと相談するふたり。
ところが返されるくらいならば互いにここで相打ちして死のうという従者二人。結局説得されて二人で母親に形見を届けに行きます。

ここに禅師曽我が挿入されます。
また母親が今度は装束を替えて登場。出し置きです。団三郎と鬼王が橋掛かりで「使いの泣きて帰りしは…」と謡った後に舞台へ。
「これから仇討に入るお二人の形見をお持ちしました」と。三人で泣く。

と、団三郎が突然「いかに申し候 箱根へ人を御上せたまへ」???母「箱根と申しについて思い出したり 急ぎ九上の寺へ上りそうらへ」???
調べたところによると禅師がいるのは新潟の弥彦神社の側の国上寺なんですが(大江山の酒呑童子の修行の寺でもあるらしい)。

そして大藤内。則孝の大藤内も凛太郎の見回り人もそれぞれちょっと固いながらも良かったのですが、二人の掛け合いがもっとスムーズに行くと良いかな。(ま、比べているのが東次郎なんで…。)

討ち入りの場面。既に兄の十郎は死んでいるらしい。それを知らず暗闇の中で兄を探して呼ぶ五郎。
結局物陰に女のふりをして潜んでいた武士に捉えられてしまうのですが、この演目を喜多流で観るのは初めて。今までは観世流だったので、喜多の地味な感じがめづらしい。舞台上の人数も観世より少ないのではないだろうか(烏帽子折れとごっちゃになっているかもしれませんが)。
派手に倒れるのはひとりだけでしたね。
そして友枝雄太郎がかっこよくなっているのにびっくり。次は大風がどういう風に成人するか楽しみな一族。

ま、それはともかく残念なことに五郎は捉えられてしまいましたが、仇討は果たされたのでした。


写真は箱根の曽我神社。
箱根神社の階段の中ほどにあります。そして「寺」の跡が駐車場の端っこのほうにあります。明治まではちゃんと神宮寺があったらしい。

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by soymedica | 2017-05-22 21:03 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演五月 忠度 

d0226702_11124975.jpg銕仙会定期公演五月
2017年5月12日(金)18時より@宝生能楽堂

忠度
シテ 柴田稔、ワキ 館田善博、ワキツレ 森常太郎、則久英志、アイ 善竹富太郎
笛 藤田次郎、小鼓 古賀裕己、大鼓 柿原光博
後見 観世銕之丞、北浪昭雄
地謡 小早川修ほか


ちょっと遅いけれど桜の能。

三人の僧がやってきます。(何だか本日の大鼓はいつにもまして表情というか顔の筋肉が大きく動いて面白い。)
須磨というのは中世になっても、とても寂しいところだったらしい。その淋しい岸辺にやってきた三人。俊成卿の身内のものなのですが、桜の若木発見。「これは有名な若木の桜かもしれない」と思った一行は向こうからやってきた老人に目を止めます。

木の葉を手に出てきたこの老人は塩を焼いたりして暮らしている貧しい海人らしいのだけれど、この「山賤か」と聞かれ「はい海人です」と言う問答は、「猿楽言 さるごうこと」の残存だそうです(小学館)。

この辺でシテが落とした木の葉を拾いに後見が出てくるのですが、北浪昭雄ってお幾つくらいなのだろう。あまりに動作が辛そうでそちらに注目してしまった。
そしてアイの善竹富太郎、やっぱり今回も長く座っていると足が辛そう。もっとゆっくり出てきたら良いのに。

夕暮れ時なので僧たちは老人に一夜の宿を頼みます。この老人の面、やけにリアルでシテの顔に張り付いているのではないか、と思うほど。
宿を頼まれた老人は「生き暮れて木の下蔭を宿とせば、花や今宵の主ならまし」の歌を持ち出し…。

消えた老人を不思議に思った一行が、善竹に尋ねる。この話はアイ語りがないと、ちょっとわかりにくいかもしれませんね。まあ、能を見に来る人は忠度の話を知らないという事は無いでしょうけれど。

待ち謡に応えて忠度の霊が出てきます。
若いやさしげな男というイメージ。忠度の役は、あまり武張っても歌人のイメージと合わないし、さりとて能は合戦の場面だし(しかも忠度は結構強い)、「優美な修羅能」というのは演じるのは難しいのではないだろうか。
今回面がとても優しかったので歌人のイメージが前面に出た感じですね。装束は華やかな赤の着物(縫い箔だろうか)に深緑色の長絹のようにも見える柔らかいものを重ねており、華やかでした。

なかなか良い舞台だったと思うのですが、
本日八割の入り。正面席の通路わきがズラーっと空席なのは、年間チケット客が来ていないのでしょう。柴田稔、良い役者なのに、残念。かくいう私も後半は見ていないのだけれど。


前シテの面は出目満志の笑尉、後シテは大和の中将。
写真は大津の長等山公園。


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by soymedica | 2017-05-16 21:42 | 能楽 | Comments(0)

観世能楽堂開場記念祝賀能三日目 翁 高砂

d0226702_15513333.jpg祝賀能三日目
2017年4月22日(土)13時より

 
観世清和
千歳 観世芳伸、三番叟 野村万蔵、面箱 野村万之丞
笛 藤田六郎兵衛、小鼓 曾和正博、脇鼓 幸正佳、曽和伊喜夫、大鼓 柿原崇志
後見 木月孚行、武田尚浩
地謡 武田志房ほか

独吟
業平餅 野村萬

仕舞
西行桜 クセ 梅若万三郎
雲林院 キリ 観世喜之


舞囃子
鶴亀
野村四郎
笛 藤田朝太郎、小鼓 亀井俊一、大鼓 石井保彦、太鼓 徳田宗久

仕舞 
老松 角寛次朗
東北 キリ 武田宗和
岩船 観世喜正

高砂 祝言之式
シテ 観世恭秀、ワキ 森常好
笛 松田弘之、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 柿原弘和、太鼓 小寺佐七
地謡 岡久広ほか


GINZASIXの地下に新能楽堂開設。権利関係はどうなっているのだろう。それはさておき、ビルの開業が20日だったので開業後初の週末。歩行者天国だし、天気はそこそこだしと、凄い混雑。5丁目の角から目立つように袴姿の若い役者がプラカード持ってご案内。これは非常に助かりました。

裏の入り口から入ってエスカレーターを降りると正面にはポスターと影向松の装飾が。
そして入口へ。
人が多いのと、花が多いのとでやや狭目のロビーがますます狭い。
観世流の重鎮たちがロビーに立ってお客様にご挨拶。
お客さんもドレスアップした人多い。ジーンズで来なくて良かった―。

1時開演を10分遅らせましたが、そんな必要も無いほど皆さん早めに着席。
お稽古している人やファンの他に、ビルの関係者などの人もいる模様。

。観世清和の翁って結構観ているけれど、新しい能楽堂で見るとまた新鮮。健康に注意して100までやってほしい。
新 万蔵の三番叟も良かったけれど、(同世代ではあるけれど)萬斎以降の能楽師は皆萬斎の三番叟を意識していると思う。この人も同じ。
観ている方も比べるけれどね。
それより後半、後見の能村晶人が何かしきりに乗り出すように注視しているのが気になりました。別に装束にまずい所は無かったようだけれど。

萬の業平餅も楽しい。見所はしーんとしていましたが、観る方もここで緊張を解く場面ではないだろうか。

野村四郎の舞囃子、きりっとしてさすが。

仕舞も色々出ましたが、隣のおばさまたちは万三郎の生徒さんらしい。万三郎のようなハンサムな先生に習うのは良いだろうな。
そして観世喜正の声を褒めていた。

最後はベテランのシテとワキの高砂
観世恭秀、ちょっと声が小さくて聞き取りにくかったです。

なにはともあれ、皆さんおめでとうございます。

あ、ビルの中チェックするの忘れた。

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by soymedica | 2017-05-01 17:12 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂定例公演四月 苞山伏 雲林院

d0226702_15564161.jpg国立能楽堂定例公演四月 
2017年4月21日(金)18時30分より

狂言 和泉流
苞山伏
シテ(山伏)高野和憲、アド(山人)中村修一、小アド(使いの者)野村萬斎

能 宝生流
雲林院
シテ 渡邊荀之助、ワキ 野口能弘、ワキツレ 野口琢弘、館田善博、アイ 野口隆行
笛 一噌庸二、小鼓 住駒幸英、大鼓 安福光雄、太鼓 小寺佐七
後見 佐野登、渡邊茂人
地謡 小倉敏克



苞山伏。高野と中村、中村は成長著しいと思うし、素晴らしい組み合わせなんだけれど、どうも萬斎に喰われる。でも楽しい演目でしたね。みながら、これ、「山伏と使いの者がグルだったという筋書きにしたらどうだろう」といつも思います。
ま、そういう風にならないところが狂言の良いところ。

雲林院はねー…。作り物は出されませんでした。ブログを見返したら前に同じシテが千手をやった時に「眠かった」と書いているのですが、私はこの人とは相性が悪いのかもしれない。なんだか退屈だなー、と思っているうちにウトウト。はっと気づいたら前場も後半。
このあいだ尉髪はむずかしいと言う話を聞いたので見たら、この人も襟足から自分の黒い髪の毛がのぞいている。あんまり気にしないものかもしれない。
それにしても地謡頑張った方が良いんじゃないか。せいぜい4人のお爺さんが勝手にうなっているくらいにしか聞こえないんだが。

そんなことを考えているうちに、中入り、そして後場。
前シテはお爺さんの役だったからあまり気にならなかったけれど、もっと色男らしく歩いてほしい。何となくギクシャクしたハコビ。そしてお疲れになったのか、前シテのときよりも謡が年取った感じ。
そしておいかけの位置もちょっと前すぎるような気がする。

雲林院って本当はもっと良い曲なんでは無いかなー、と思った一日でした。

前シテは小尉、後シテは中将。

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by soymedica | 2017-04-25 16:50 | 能楽 | Comments(0)