国立能楽堂夏スペシャル 雁礫 鵺

d0226702_12371445.jpg国立能楽堂夏スペシャル 働く貴方に贈る
2017年8月3日(木)19時より

対談 古川日出男、松原隆一郎

雁礫 和泉流
シテ(大名)佐藤智彦、アド(使いの者)今枝郁雄、(目代)井上松次郎

シテ 大村定、ワキ 江崎欽次朗、アイ 深田博治
笛 藤田朝太郎、小鼓 鳥山直也、大鼓 白坂保行、太鼓 徳田宗久
後見 中村邦生、友枝雄人
地謡 長嶋茂ほか


最初に対談があるって気づいていなかったので何となく儲けたような気分に。そして鵺や平家ゆかりの場所の地図付きのハンドアウトも!
売れている「平家物語」の訳者、古川日出男を見られたし。東大の松原先生よりも10歳くらい若いらしいのだけれど、態度bigで、でもちょっと繊細そうで面白い人。
お二人の話の内容も良かったです。


次いで狂言の雁礫。おバカな大名が雁を射ろうとウロウロしているうちに、使いの者が石を投げて雁を仕留めてしまう、という大筋は同じなのですが、雁が烏帽子では無くて羽箒なのは初めてかな。そして大名が下手な弓矢で射ろうとするところが非常に短い。このバージョンもトントンと進んで楽しかった。


そして。熊野参詣帰りの僧が芦屋にやってくる。ワキは初めて見る人。関西で活躍しているらしいが、謡いに特徴のあるビブラートがかかる。コトバのところも、東京とはちょっと違うような。
日が暮れてきたので宿を借りようと思ったら例の「このところの大法にて」よそ者は泊めないと。
地元の人が「川崎の御堂に泊まっても良い」「それはあんたの御堂か」「いや、違う」「だったらわざわざ許可してくれなくても勝手に泊まるよ」というこのやりとり、僧をちょっと偏屈な人にしたのは何か意図があるのだろうか。いつも不思議に思う。
あげくの果てに「化け物が出るぞ」と忠告されると「法力があるから大丈夫だ」という。

僧の偏屈ぶりにあきれた地元の人が居なくなってしまうと、ほーらやってきた化け物。このシテは出だしから声が非常に良く通って聞きやすい。最初の「悲しきかなや身は籠鳥…」のところはこもった謡になることが多いような気がするけれど、この人は朗々と謳いあげる。
「怪しい奴!」「いや、全然私は怪しくありません」というこの会話も毎回不思議。どう考えたって怪しいのにね。

地謡が鵺退治の様子を謡います。今は頼政、ある時は猪の早太、ちょっぴりだけ鵺、と忙しいけれども面白いところ。シテの大村定はあまりクセの無い演技で好感が持てますが、その分インパクトが少ないかな。

偏屈な旅の僧ではあるけれども、堂内で化け物に出会って腰を抜かしているといけない(?)、と土地の人は結構親切なので見に来ます。僧も人恋しくなったのか、この土地と鵺の関係を尋ねます。
深田の語りが解り易くて格調高い。

そして江崎が上歌を謡って化け物の到来を待ちます。ここの謡がこれまた聞きなれない感じのイントネーションで面白かった。そもそも福王流を聞くことが少ないうえに、関西の初めて聞く人だから、という事もあるでしょうけれど。
シテが立ち上がって念仏を唱え始めると、それにこたえて幕のむこうから化け物がエコーのように声を上げる。頭は白、面が銀色に光っているように見えます。

何回も見ている曲なのに気づかなかったのですが、この鵺におびえる天皇ってまだ10歳そこそこで、13歳で亡くなっているのですね。そう思って見ているとこのあたりの話のおどろおどろしさが減じてファンタジーの要素が強くなってくる。

化け物はここでもまた自分を倒した頼政を演じたり、退治され、空舟に押し込められる様子を見せたりするのですが、橋掛かり、それも三ノ松寄りで演じられる部分が多かったので、席は中正面が良かったかな。
ともあれ、鵺は消えていくのでした。
うーん、素敵だったけれど、何となく印象の薄い舞台だった。解説の古川日出男の印象が強かったからか。

面は前シテが真角(しんかく)、後シテが泥小飛出。

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# by soymedica | 2017-08-10 12:50 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂企画公演 髭櫓 名取ノ老女

d0226702_15151143.jpg国立能楽堂企画公演 復曲再演の会
2017年7月28日(金)18時30分より

髭櫓 和泉流
シテ(男)石田幸雄、アド(妻)野村萬斎、小アド(告げ手)野村又三郎
立衆 高野和憲、竹山悠樹、中村修一、野村太一郎、岡聡
笛 竹市学、小鼓 田邊恭資、大鼓 佃良太郎、太鼓 林雄一郎
地謡 野村万作ほか

復曲能 名取ノ老女

名取ノ老女 梅若玄祥
護法善神 金剛龍謹
孫娘 松山絢美
熊野山伏 殿田謙吉
笛 竹市学、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 國川純、太鼓 林雄一郎
後見 大槻文蔵、武富康之、豊嶋幸洋
地謡 観世喜正ほか

平成28年国立能楽堂復曲初演
監修・台本作成 小田幸子、小林健二
節付 梅若六郎玄祥
演出 大槻文蔵


髭櫓。大蔵流でも和泉流でも見たことあって華やかな演目。石田幸雄が髭櫓の扉を押し開くとき、確かに客席のほうに「どうだ!」という視線を送ったと思うぞ。
お客さん大喜び。巨大な毛抜きも面白いけれど、女たちがそれぞれ手にするにわか作りの長刀が面白い。
後の名取の老女もそうだけれど、スペクタキュラーな演目で、新しいお客さんを集めるのにぴったりな本日の二曲。
それにしても、石田幸雄、役柄も自身の風格も、長老になりましたな。


お次は昨年、大槻文蔵のシテで観た名取の老女。その他は太鼓を除き子方を含めほぼ同じ顔ぶれ。

梛木の葉を懐に入れた山伏がやってくる。ありがたい夢を見た山伏は名取の老女を尋ねて高館山のふもとにやってきます。
そして子方と老女が登場。曲を通して笛がきれいなんだが、ここの一声、物凄く息が長い。
老女は金、ベージュ、オレンジの色合わせで華やか。
花を摘み、蝶をおいかけ、そして普段からおばあさんの昔話を聞いているらしい孫娘の、のどかな雰囲気。

老女は「名取の老女」と呼ばれ、地元名士なんでしょうね。孫娘に尋ねて老女に会うことのできた山伏。お告げの虫食いが書いてある梛木の葉を渡すと、老女は感激します。勧進した熊野神社三社を山伏に教える名所教えの場面が素敵。

そしてそのあとに、いつも孫娘に聞かせている熊野神社のいわれ(天竺の王の多数いる妃のうち一人だけが妊娠すると、妬んだ他の妃たちが彼女を殺して山中に捨てるが、王子は無事誕生し、死んだ母の乳をのみ、オオカミに育てられ…)を。この話だけでも民俗学的に面白いのですが、謡が良くて話はテンポよく進みます。

そして物着の間に子方は切戸から退場。
老女は右手に梛木を、頭には金の烏帽子を。これがキンキラ金ではなくて、地の黒い色がところどころ見えるようになっていてなかなか渋い。
神楽を一生懸命舞う老女がシテ柱に抱き着くと、そこに護法善神が登場し、老女をほめる。
今ここで気づきましたが、後見はそれぞれの流儀の人が一人ずつついているんですね。

護法善神の金剛龍謹がさわやかな謡で老女と対照的。そして飛安座したり、橋掛かりの手すりに片足をかけて 横につつっっと動いたりと見ていて楽しい。最後には幣を捨て回転。
前回観た時には畏まって拝見、という感じで見ていたので、こんなにも楽しい曲だったということに気づかなかった。
そして実は梅若玄祥のファンの私。二度目で大体話の運びもわかっていたし、じっくり堪能した一日でした。

面は石原良子作「老女」と泥小飛出(でいことびで)
写真は熊野那智神社(高舘山)からの眺め

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# by soymedica | 2017-08-04 17:53 | 能楽 | Comments(0)

第三十四回テアトル・ノウ 三笑 舟渡聟 巴

d0226702_15112920.jpg第三十四回テアトル・ノウ 東京公演
2017年7月22日(土)14時より@宝生能楽堂

三笑(さんしょう)
シテ(慧遠禅師)味方玄、子方 谷本悠太朗、ツレ(陶淵明)河村晴道、(陸修静)味方
アイ 野村太一郎
笛 杉信太朗、小鼓 成田達志、大鼓 亀井広忠、太鼓 小寺真佐人
後見 片山九郎右衛門、谷本健吾
地謡 観世喜正

舟渡聟
シテ(舅)野村万作、アド(聟)中村修一、(姑)高野和憲

(替装束)
シテ 味方玄、ワキ 宝生欣哉、ワキツレ 則久英志、梅村昌功、アイ 高野和憲
笛 一噌隆之、小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井忠雄
後見 清水寛二、味方
地謡 片山九郎右衛門


三笑のシテは味方健の予定だったものが体調不良とのことで玄に。心の底で味方健のシテを楽しみにしていたことに気づく。
藁屋が笛座前に出され、狂言口開。いかにも昔の日本人の考えた中国人、と言う感じの帽子の上に赤い羽根がのった装束の野村太一郎、なかなかいいじゃないの。幕に太一郎が帰ると、引き回しが下ろされる。
菊の花に囲まれたシテが座っている。
次の巴でも感じたことだけれど、味方玄の間の取り方って若干長いのだろうか、関東の謡と違うような気が。
次いで子方を先頭に二人のお爺さんが登場。

ここで早くも眠くなってしまう私。
はっと気付くと子方の舞が終わり、お爺さんたちがゆるゆると舞っている。
そして橋を越えてしまった慧遠禅師に気づき、皆でなごやかに顔を見合わせるのでした。

いや、寝てしまって残念なことをした…。


舟渡聟の組み合わせが万作の船頭と中村修一の聟。中村くん緊張するだろうなー。それより張り切っているのが万作。萬斎とやっているときは半分「お前に任せた」モードなんだな、というのが良くわかった。
そして中村修一、上手くなったじゃないの。前はどうなる事やらと思ったけれど。


最初に見たは宝生流の辰巳満次郎のものではなかったか。それ以来それと同じ感動を求めて見続けている私。
うかつなことにこの僧が木曽出身であることを初めて認識。安定の謡の三人組で安心して聞いていられます。
と、向こうから女が。歩みが滑るようで、どうも人らしくない。真っ白な水衣の下から鶯色の地味な着物がのぞく。さっきやっていた役柄と歩き方だけでこんなに印象を変えてしまう玄ってやっぱりすごい。
そしてまた囃子がすばらしい。

謎の女は謎のようなことを言って消えてしまう。
不思議に思った僧の一行は地元の人にいわれをたずね、ここが義仲ゆかりの粟津であるから、巴御前の霊を慰めるようにと勧められる。
高野のアイもなかなか。

そしていよいよ巴登場。
この人、長刀の扱いもとってもうまい。(まるで長刀が主人公かのように思える演技をする人が居るけれど。)
まずは蔓桶にかけて戦いの様子を。だんだん負けて、追い詰められていくんですよね。そして、義仲に自害を進める一方自分は奮戦。力自慢と言うよりはこの人、器用な武者だったのだな、と感じる。
奮戦して戻って見ればもう義仲は自害している。左の扇で形見を受けるところが綺麗。

そして、泣く泣く烏帽子を脱いで、というしんみりした場面で、なんと見所で携帯が。ちゃんと使えないのなら、携帯持つな!!!

甲冑を脱いで白一色の装いになった巴が、橋掛かりで舞台をじっと振り返るところが美しい。
やっぱり好きな曲です。
そして今回、この曲は長刀の扱いを見せるだけの曲では無く、いろんな要素が盛り込まれた見どころ満点の曲なのだな、としみじみ思ったことでした。味方玄、やっぱり好きだな。

来年は何を見せてくれるのでしょうか。



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# by soymedica | 2017-07-31 22:20 | 能楽 | Comments(0)

子午線の祀り

d0226702_16201914.jpg子午線の祀り
2017年7月21日(金)18時30分より@世田谷パブリックシアター

作 木下順二、演出 野村萬斎、音楽 武満徹

読み手A 野村萬斎、読み手B 若村麻由美
新中納言知盛 野村萬斎、 九郎判官義経 成河、 大臣殿宗盛 河原崎國太郎、 梶原平三景時 今井朋彦、 阿波民部重能 村田雄浩、 影身の内侍 若村麻由美

過去の上演を見た事が無かったし、この機会を逃してはならじと駆けつけました。
数年前に原作を読んだ時には作者の意図がはっきりわからなかったのですが、パンフレットにあるように、「3D化」されてみると、良くわかるし、しみじみ良い話であったのだな、と思えます。4時間近い上演時間で少し長いですが、私は満足でした。

今回上演にあたり、「人が心地よくみられる時間」を意識して少しカットし、また名前や役職などで何通りもの呼び方をされている場合には統一を図ったそうです。
「今、この場で喜ばれることは重要です。同時に、長く使われる茶碗のような、大きく言えば文化財としての演劇も作って行かなきゃいけない」という意識で演出したと、萬斎はパンフレットの対談で語っています。
成功したんじゃないでしょうか。

ただ、知盛を演ずる役者として萬斎が適当だったかというと、もう少し現代劇に近い人を選んだ方が、良かったのではないだろうか。

武満徹の音楽、結構説明的なんだな、というのが新しい発見でした。
美術(松井るみ)が良かった。

長かったけれど、もう一度見ても良いな。

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# by soymedica | 2017-07-26 22:54 | その他の舞台 | Comments(0)

国立能楽堂定例公演七月 隠笠 山姥

d0226702_21402047.jpg国立能楽堂定例公演七月
2017年7月19日(水)18時30分より

隠笠 大蔵流
シテ(太郎冠者)山本泰太郎、アド(主)山本則孝、(売り手)山本則重

山姥 観世流
シテ 野村四郎、ツレ 野村昌司、ワキ 福王茂十郎、ワキツレ 村瀬提、村瀬慧、アイ 山本東次郎
笛 一噌隆之、小鼓 観世新九郎、大鼓 河村大、太鼓 小寺佐七
後見 木月孚行、武田尚浩
地謡 関根知孝ほか


隠笠は、隠れ蓑みたいな話ですが、「姿の消える笠」を騙されてつかまされた泰太郎が、これを主人にどう誤魔化すか、というお話。
後から考えると子供だましの単純な話なんですが、大爆笑してしまった。演技の力ですね。


さて、楽しみに待っていた野村四郎の山姥
遊女の百ま山姥がマネージャーたちと連れだってやってくる。ワキツレの村瀬コンビ、ちょっとうまくなったような気がする。茂十郎よりもかなり声が高いのだけれど、それを同吟のときと自分たちだけのときと上手くコントロールでいている。良かった。
茂十郎の謡、ちょっと速くないかい?と思ったのだけれど、皆さんどう思われました?

京都から日本海側に抜けた一行は、ここから善光寺を目指すため地元の人に道を聞きます。ご利益のある難路を行くことにした一行は、地元の人を無理やり案内に連れて行きます。地元の人とはいえ、東次郎さんは80歳越えているんだから、気の毒に。今回の段熨斗目の配色は素敵。
一行が山中にはいると、いきなり日が暮れる。

と、向こうから突然女が声をかける。ここ、たいていのシテ方は工夫に工夫を凝らして「どうだ!」と言う感じの「のうのう」なのですが、意外にさりげないよびかけ。ああ、こういうスタイルもありか、と。
そして四郎は(きっと当たり前のことなのでしょうが)、若い女を演じるときと老女を演じるときとでは全く足遣いが違う。ここまで脚に表現力のあるシテ方はあまりいないと思う。
シチュエーションとしてはとても怪しいのに、一行が宿を借りようとスーッと思ってしまうのも納得の普通の老女。

ところが招かれていってみると、「あんたたち有名な百ま山姥とマネージャーさんでしょう?ちょっと歌ってみなさいよ」。
ここで、ツレの昌司がちょっと言葉のやり取りのタイミングを見失う。後で怒られるのかな。でも、そんなことも無かったかのように四郎山姥は自分の言うべきことを語る。ああ、これは相手が聞こうが聞くまいが、言わねばならない事だったのだな。
割と緩急のついた謡でしたが、おどろおどろしさはあまり無い。

女がいなくなってしまうと、地元の人が山姥の正体について語る。このアイ語りが好きなんですが、東次郎がやると前場の重さをうまく和らげて楽しい。
ああ、山姥っているよね、と思えてくる。

そしていよいよ山姥登場。鹿背杖に木の葉をつけるのはよく見ます。今回も榊の葉のようなものが。あれ、数枚黄色い枯葉にしてみたらどうですかね。
鱗模様の厚板が最初銀に見えたけれど、金かな。上はベージュに茶の線描きの模様(これだけはパンフにあるものと同じではないだろうか)、袴は薄い鶯色と金だろうか、とにかく、月の光の下にはこんな老婆がいるものだと、納得の登場のしかた。
白髪は結わずにざんばらにして、両肩にたらしています。
大鼓の掛け声が聞きなれないなー、と思ったら関西の人。前に聞いた時には感じませんでしたが、やはりこういうものにも方言があるのでしょうか。

山姥は寂しいけれど雄大な山の風景を謡い、時々見かける人間をきまぐれに助けてみること、そして山巡りの様子を見せます。
この立ち回りが本当に素晴らしい。
ワキ方の福王茂十郎、ここで、何だかお顔が真っ赤になってしまったのですが、調子が悪かったのかな。最後は普通になっていましたが。ここの所皆さんのご病気が続くので、気をつけてほしい。

そして、百ま山姥一行と観客が陶然としているうちに山姥は消えていくのでした。
山姥とは何か、と学者たちは色々言っていますが、山姥は山姥。きっといるんですよ。何だかハイキングしたくなってきたぞ。

面は 前シテが老女、後シテが山姥、ツレが小面。


実はそばに座っていたお婆さん。昔風にドレスアップしているけれど(レースのハンカチ持っていそう、と言えばお分かりいただけるだろうか)、90近いのではないか。自分の声のコントロールがきかず、お調べが始まっても大声。かなり長いことパンフレットをガサガサしたり、周りの人がじーっと見てもお構いなし。連れのもう少し若いおばさまが身を縮めているが、年下の為か注意できない。どうなることかと思ったら、演義が始まった途端におやすみになられたので静かになったという(爆)。

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# by soymedica | 2017-07-25 22:19 | 能楽 | Comments(0)