銕仙会定期公演五月 忠度 

d0226702_11124975.jpg銕仙会定期公演五月
2017年5月12日(金)18時より@宝生能楽堂

忠度
シテ 柴田稔、ワキ 館田善博、ワキツレ 森常太郎、則久英志、アイ 善竹富太郎
笛 藤田次郎、小鼓 古賀裕己、大鼓 柿原光博
後見 観世銕之丞、北浪昭雄
地謡 小早川修ほか


ちょっと遅いけれど桜の能。

三人の僧がやってきます。(何だか本日の大鼓はいつにもまして表情というか顔の筋肉が大きく動いて面白い。)
須磨というのは中世になっても、とても寂しいところだったらしい。その淋しい岸辺にやってきた三人。俊成卿の身内のものなのですが、桜の若木発見。「これは有名な若木の桜かもしれない」と思った一行は向こうからやってきた老人に目を止めます。

木の葉を手に出てきたこの老人は塩を焼いたりして暮らしている貧しい海人らしいのだけれど、この「山賤か」と聞かれ「はい海人です」と言う問答は、「猿楽言 さるごうこと」の残存だそうです(小学館)。

この辺でシテが落とした木の葉を拾いに後見が出てくるのですが、北浪昭雄ってお幾つくらいなのだろう。あまりに動作が辛そうでそちらに注目してしまった。
そしてアイの善竹富太郎、やっぱり今回も長く座っていると足が辛そう。もっとゆっくり出てきたら良いのに。

夕暮れ時なので僧たちは老人に一夜の宿を頼みます。この老人の面、やけにリアルでシテの顔に張り付いているのではないか、と思うほど。
宿を頼まれた老人は「生き暮れて木の下蔭を宿とせば、花や今宵の主ならまし」の歌を持ち出し…。

消えた老人を不思議に思った一行が、善竹に尋ねる。この話はアイ語りがないと、ちょっとわかりにくいかもしれませんね。まあ、能を見に来る人は忠度の話を知らないという事は無いでしょうけれど。

待ち謡に応えて忠度の霊が出てきます。
若いやさしげな男というイメージ。忠度の役は、あまり武張っても歌人のイメージと合わないし、さりとて能は合戦の場面だし(しかも忠度は結構強い)、「優美な修羅能」というのは演じるのは難しいのではないだろうか。
今回面がとても優しかったので歌人のイメージが前面に出た感じですね。装束は華やかな赤の着物(縫い箔だろうか)に深緑色の長絹のようにも見える柔らかいものを重ねており、華やかでした。

なかなか良い舞台だったと思うのですが、
本日八割の入り。正面席の通路わきがズラーっと空席なのは、年間チケット客が来ていないのでしょう。柴田稔、良い役者なのに、残念。かくいう私も後半は見ていないのだけれど。


前シテの面は出目満志の笑尉、後シテは大和の中将。
写真は大津の長等山公園。


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by soymedica | 2017-05-16 21:42 | 能楽 | Comments(0)
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