第三十二回テアトル・ノウ東京公演 山姥

d0226702_20571486.jpg第三十二回 テアトル・ノウ東京公演
2016年7月9日(土)14時より@宝生能楽堂

お話 味方健

仕舞
生田敦盛キリ 味方團
遊行柳 味方健

舞囃子 三山
観世淳夫 片山九郎右衛門

山姥 雪月花之舞 卵胎湿化らんたいしっけ
シテ 味方玄、ツレ 谷本健吾、ワキ 宝生欣哉、アイ 石田幸雄
笛 藤田六郎兵衛、小鼓 成田達志、大鼓 亀井広忠、太鼓 観世元伯、
後見 味方團、清水寛二
地謡 片山九郎右衛門ほか


味方健さん、初めてお顔をじっくり拝見しました。親子三人の中で一番ハンサムではなかろうか。ソフトな語り口なんですが、京都弁って集中して聞かないと良く分からない。時々ユーモアあふれるエピソードを交えながら山姥の解説を。
百ま山姥が本物の山姥に舞を見せるという筋書きなのに、なぜ本物の山姥が舞うのか?という疑問に答える解説でしたけれど、難しいなー。メモはとったけれどたぶん間違っているからここには書きません。


そして仕舞と舞囃子。味方團って能楽師にあるまじきプロポーション、10頭身くらいではないだろうか。


さて山姥。お供三人を従えた、都で人気の遊女が親の供養のための善光寺参りに出かけます。ワキ、ワキツレの謡がすごく若い。欣哉の声が年のわりに若いうえに、ワキツレも若いですからね。
ワキが皆さん小柄なので、百ま山姥がやけにぬぼーっと大きく見える。面の額が広いのもよけいそう感じさせるのが気の毒。都一の人気者なのに。

新潟・富山県境で地元の人に道を尋ね、一番険路だけれど一番ご利益のある道を行くことに。むりやり地元の人を案内に連れていきます。
今の感覚だと名古屋方面に出てから長野県へ、と考えそうですが、当時は富山から新潟県境へ出てから南下。ちなみにグーグルご推薦のルートは自動車なら名神と中央を通って、電車ならなんと東京までいったん出てから向かうものです。しかし、そんな旅行に出るのに男性陣はなぜ長袴…。

と、そんな時間でもないのに山道で日が暮れてしまう。そこに折よく「泊めてあげよう」という女が。この着物が渋くて良い。昨日の善知鳥でも思ったのですが、能の老女の装束って素敵。
そして、「あちらにいるのは有名な百ま山姥でしょう、私のことを謡ってヒットさせたのに、本家の私のことはなぜ気にかけないのでしょうか」と長々語るこの言葉のところ、物凄く聞かせました。ツレの言葉も地謡もいらない、ずーっとシテのセリフだけ聞いていたい!と思わせる。

じゃあ本当の夜になったら…と言って二の松まで走り、後はすっと速度を落として中入り。

さて、アイは小書きにもなっている「卵胎湿化」。大蔵流では「胎生」というのだそうですが、いずれにせよ能のパンフの表紙にこの漢字は何となくミスマッチ。(私は何となくカエルを連想する)。これはアイが山姥の素性について語るいつものいい加減な物語に、とっておきの秘説を付け加えるもの。まあ、分量的にはチョコッとです。石田の語りは滑らかで聞きやすい。

ここで、ツレは床几に。やってきた山姥は白頭、上が茶系で袴が金、襟元からグレー。色合わせの趣味良し。

あたりを見回して深山の様子を謡うのだけれど、「ああ、これは日本の山の描写だな」とわかる。ユーラシア大陸でもアメリカでもない。
次第の後に「雪月花」の小書きによる謡が入り、杖を扇に持ち替えます。扇がおそらく銀の月に金の雲の絵柄なのだと思われますが、とてもきれい。この曲のためにあつらえたのだろうか。舞台が夜の深山になります。

詞章を見ていると、山姥のここの後半のところは非常に長いのですが、それを長いと感じさせない緊張感のある美しさ。最初の解説で味方健が「体力を使う曲」と表現していましたが、そうでしょうね。
そして比較的ゆったりとした美しさから今度は扇を杖に持ち替えてやや速くなります。
最後は揚幕に走りこんで見えなくなります。
取り残された百ま山姥が遠くを見やって終わり。余韻のある幕切れでした。

山姥ってこんなに面白い曲だったろうか。
もう一度みたいな。


来年のテアトル・ノウ 東京公演はガラッと変わって三笑。親子で演じるらしい。
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by soymedica | 2016-07-16 20:59 | 能楽 | Comments(0)
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