国立能楽堂企画公演 十一月 清水座頭 竹生島詣 経正

d0226702_1122795.jpg国立能楽堂十一月企画公演 平家と能
2015年11月28日(土)13時より
正面席5700円

狂言 和泉流 清水座頭
シテ(座頭)野村萬斎、アド(瞽女)高野和憲

平家琵琶 竹生島詣
今井勉

能 金剛流 経正 古式
シテ 今井清隆、ワキ 高安勝久、アイ 深田博治
能 槻宅聡、小鼓 幸正昭、大鼓 川村眞之介
後見 広田幸稔、今井克紀、田村修
地謡 金剛永謹ほか


清水座頭、数か月前に萬と万蔵で観ています。同じ野村家だから細部まで同じはずなのに、誰がやるか、誰と組み合わせるかでずいぶん味わいが違いますね。どっちが好きかと言われると困りますが、今回の組み合わせも結構良かった。

この瞽女はどうも中途失明らしい。座頭のせりふが身もふたもない。「2代続いてめくらもなかろうから、妻を貰って子供をつくり、楽しよう」。ちょっと前まではこのセリフを聞いて「それはもっともだ」と思う家族関係、社会状況があったのだけれど、若者よ、わかるかなー。

「平家」ちょっと書き取って見ました。
柳も一の谷の合戦敗れしかば源平互いに入り乱れ 向かうものの頤を切らるるものもあり、逃ぐる者の踵(きびす)を切らるるものもあり
忙わしき時のことなれば踵をとって頤につけ、頤をとって踵につけたれば
生えうずこととて踵に髭がむっくりむくりと生えたりけり
冬にもなれば切れうず事とて頤に皸(あかがり)がほかりほかりと切れたりけり

高野の小歌は閑吟集からだそうで
地主(じしゅ)の桜は散るか散らぬか
見たか水汲み
散るやろ散らぬやろ嵐こそ知れ

高野も上手い。


そして平家琵琶の竹生島詣ですが、渋すぎて良くわからなかったけれど、音を延ばすところに特徴がありますね。狂言の「呼声」で「では平家節で呼ぼう」という時のあれでした。


あらすじはどこかで読んだことがある経正。優雅な公達で寺(仁和寺)に育ち、琵琶を愛した経正が、追善供養に幽霊となって現れる。前半は僧侶たちに愛された琵琶を愛する優雅な青年だが、後半武骨な武将となって修羅で苦しんでいる姿を見せる。それを恥じて消えていく、という話。
と言っても最初から最後まで経正は武士の恰好ですが。

まず正先に小さくてきれいな台が出されます。これは「古式」で実際の琵琶を使うからでしょう。
狂言口開けもこの小書きの時だけらしいです。琵琶の名器青山を経正が仁和寺に返したいきさつや、経正のための管絃講をするので管絃の役者を呼び集めるなどして、後見から琵琶(実際の琵琶です)を受け取って台に置きます。観客の座っている方が祭壇となるので、さっきの今井の持ち方とは逆になります。

行慶が琵琶の前に座り法事を始めます。高安勝久の僧は本物っぽい。この人金剛流の
ときに良くお見かけしますね。
地謡がとても厚い。気に入りました。

早くも経正の霊登場。しぶい銀色っぽい色調の装束が綺麗。出だしの謡の詞章が綺麗です。風枯木(こぼく)を吹けば晴天の雨、附き平沙をを照らせば夏の夜の…
出典はなんでしょうね。

行慶と見え隠れする経正の霊が言葉を交わします。地謡が、経正は若いころから礼儀正しく、風流を知り、と謡うと、アイが行慶に琵琶を渡し、僧は手向けの琵琶を弾き始めます。ここから先クセから「あら名残惜しの夜遊やな」までとても風流な言葉が続き、経正も綺麗に綺麗に動きます。クセの所がとても面白かった。
琵琶は途中でアイが受け取って台に返します。

カケリがとても重々しくて意外でした。後半の瞋恚のありさま、あんまりピンときませんでしたが、何回も見ると前半との対比が面白くなるのだろうか。

そういえば、最初は台だけ持ってきた後見ですが、最後は台と琵琶と一緒に引きました。不安定…。


面は十六。
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by soymedica | 2015-12-06 11:23 | 能楽 | Comments(0)
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