銕仙会定期能 十一月 巴 苞山伏 唐船

d0226702_10414418.jpg銕仙会定期能十一月
2015年11月13日(金)18時より@宝生能楽堂


シテ 浅見慈一、ワキ 野口能弘、ワキツレ 則久英志、館田善博、アイ 山下浩一郎
笛 杉信太朗、小鼓 田邊恭資、大鼓 佃良太郎
後見 浅見真州、鵜沢久
地謡 馬野正基ほか

苞山伏
シテ(辺の物)小笠原匡、アド(山人)河野佑紀、小アド(山伏)野村虎之介

唐船
シテ 大槻文蔵、ツレ(唐子)鵜澤光、観世淳夫、子方(日本子)長山凛三、馬野訓聡、ワキ 宝生欣哉、アイ(船頭)能村晶人、(太刀持)河野佑紀
笛 藤田次郎、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 亀井忠雄、太鼓 三島元太郎
後見 観世銕之丞、清水寛二
地謡 山本順之ほか


は最初に辰巳満次郎で見て好きになった曲。次に見たのはちょうど昨年の今頃、観世淳夫のシテ。こちらはまあ、それはそれなり。
で、本日はなぜかワキと囃子、アイがやけに若い構成。

出だしから小鼓と大鼓の掛け声のコンビネーションが何だか宜しくない感じ。
木曽からやってきた僧の一行らしいが、旅をしている坊さんにしては何だか凄く元気が良い。若者の旅行。

と、なかなかきれいな女性が泣きながらお参りをしている。当然声をかけます。女は(私には)わけのわからない意味深な返答しかしない。でも、さらに突っ込むと木曽義仲の名前が出てくる。
そして私は幽霊なのよ、と言って消えていく。

前場では「巴」の名前は出なかったようなのだけれど、どういうわけか僧たちはあれは巴らしいとちゃんとわかっていてここで何が起こったかを里の人に聞いてみます。このアイ語りだと、義仲の首を取ったのは「石田次郎」という人らしい。初めて知りました。

さて、僧たちは巴をねんごろに弔うのですが、この上歌、同吟のところで急にテンポが遅くなる。ちょっと気になりました。

巴の何が面白いかというと、前半のしっとりした雰囲気と、後半の長刀の芸を見せるところ。長刀振り回すと言ってもあくまでも女性ですからその辺は優雅に。義仲のもとに駆け戻った時の演技はもうちょっと派手に悲しんでやってほしかったけれど。

落ちて行く時には烏帽子を笠に変えるのですが、一の松で笠をかざすストップモーションがとても印象的でした。
考えてみると後シテの装束は白装束みたいだった。

面は増女(洞水)。


苞山伏。昼寝している人の苞に包んだ弁当を盗んで食べてしまった通りがかりのもう一人。罪を傍で昼寝していた山伏に擦り付けようとして、山伏に祈り倒されてしまう話。山伏の祈りに効能があるのはこの話だけではないだろうか?!それはともかくツイッターでも話題になっていたが、あの苞には何が入っているという想定だったのだろう。食べ方が明らかに握り飯ではないけれど、最後にほじくって食べるところは米とか豆とかが入っていそう。

それはともかく、最後に苞を盗まれて怒った辺りの者が棒の先に鎌を括りつけたものを振り回す、そのさばき方がとても上手だった。


唐船はよく話には出て来るけれど、上演回数は少ないのだそうです。オリジナルでは唐子も子方なので、4人子供を同時にそろえるのが大変だからでしょうか。なかなか興味深い話ですが。パンフレットの竹本幹夫の解説が時代考察など詳しくて面白いです。

囃子が始まったところでハッとする。巴の杉の笛も良かったけれど、こちらには一日の長があります。
宝生欣哉の箱崎某と太刀持ちが出てくる。太刀持ちはさっきの河野なのでとても忙しいですね。装束は同じではないだろうか。箱崎は十年唐土(もろこし)の人を留め置いているのだと述懐し、今日も牛馬を曳く仕事をさせようと言います。

と、中国人の船頭が船を橋掛かりに。緑の立派な舟です。太い帆柱を建てています。見ていると囃子の演奏と共に唐子が出てきてこれに乗ります。父親を取り戻しに贈り物をもって箱崎に行くらしいのですが、鵜沢光と観世淳夫の謡がひどく合わない。最初は音程が合わないのかと思っていたけれど、そもそも節回しが違う。違う節付けで謡っているよう。(わたしには鵜澤光の謡の方がまともそうに聞こえたけれど)。

やっとこの謡が終わって安心していると、船頭が常座で中国語でなにやら述懐。でもこの船頭はバイリンガルなので、ちゃんと太刀持ちに要件を伝えます。
祖慶官人の二人の息子が宝物(身代金)を持ってやってきたと聞いた箱崎何某は二人の子供を招き入れます。この間船頭は帆柱を抜いて舟を壁に寄せます。何某に挨拶した二人は後見座へ。

高位のものを牛飼いに使っていた箱崎何某は、これはいかん、官人には裏道を通って衣服を改めさせ、何をさせていたかは子供には内緒だぞ!と(本当の悪者なら官人を殺してしまうのでしょうが)。
官人を呼ぶと、太刀持ちは退場します。

祖慶官人が二人の可愛い子供(ちょっと前に流行ったソース顔としょうゆ顔の二人)に唐土の話をしながら帰ってきます。唐は日本とは比べ物にならない素晴らしい国だよ、と。「苦しい生活だがこの二人が生きがいだ」。
帰宅すると二人の子供が迎えに来たと聞かされ、信じられない官人は沖を見て「確かに自分の舟だ」と、喜ぶ。どうやら唐子の名前はソンシ、ソイウと言うらしいです。

対面前に肩をおろし、被り物も立派に(後ろが長くなるのですが、あれは何というのでしょうね)、扇を持ちます。さてここで、舞台には大小前の官人の右手に唐子二人、左手に日本子二人と綺麗に並びます。
船頭がやってきて「風が良いから早く船に載れ」と、「じゃあ、(貰うものも貰ったし)帰っていいよ」と箱崎何某。

子方が「パパ僕たちも連れてって」と行くと、ここでワキは「日本で生まれたこの二人はこっちの財産だから残して行け」。確かに貴重な労働力。
一方唐子は「風の良いうちに船へ」と。
進退窮まった官人は身を投げようとすると、さすがに箱崎何某は「じゃあ、皆行って良い」。
ここまでのシテと子供たち、舞台上での位置取りが見事に展開して楽しい。

ここで船頭が脇正面に船を持ってきて帆柱を建てます。奥から唐子、日本子と乗ります。後見座で法被に唐扇姿になった官人も舳先に載って、喜びの舞を。狭いところで踊るのは確かに邯鄲のよう。
最後の地謡で華やかな帆が上がります。金糸のふちを付けたらどうだろう。謡の最後くらいで下ろしていました。
皆さん船から出てお帰りですが、淳夫クン、船が狭くて姿勢が不自然だったのか、ひどく足が痛そうでした。

観世淳夫に若干ハラハラさせられましたが、面白い曲で満足。

面は作者不詳の木賊尉。素敵なお爺さんの面でした。


ね、日本人妻はどうなったんだろう(ネットで調べたら箱崎物狂という、妻が子供を唐土に探しに行く後日談の能もあったらしい)。
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by soymedica | 2015-11-15 10:43 | 能楽 | Comments(0)
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