第二十三回浅見真州の会 杭か人か 野宮

d0226702_17193830.jpg第二十三回 浅見真州の会 杭か人か 野宮
2015年11月10日(火)18時より@国立能楽堂 
A席14000円

仕舞
忠度 安藤貴康
源氏供養 観世淳夫
鵺 小早川泰輝

狂言 杭か人か
野村萬、能村晶人

能 野宮
シテ 浅見真州、ワキ 宝生欣哉、アイ 野村万蔵
笛 松田弘之、小鼓 國川純、大鼓 林吉兵衛
後見 浅見慈一、谷本健吾
地謡 坂井音重


若手三人の仕舞。シテが若いとお師匠筋を呼び、シテが偉いと若手を呼ぶ。

狂言の杭か人か。主人が出かけるとさぼって遊びに行ってしまう太郎冠者。主人がこれに気づいて懲らしめる話。夜道を恐る恐る歩く太郎冠者の萬が、立っている主人を「杭か?人か?」と。萬も能村晶人も物凄く上手くて楽しい。でも、萬が中腰になって長いセリフを言っているのをみると、「本当に元気だな、大丈夫か?」とチラっと雑念が(笑)。


最近読んだ本に「井筒はある程度の技量に達した人ならだれでも演じられるけれど、野宮は人を選ぶ」とありました。その野宮
正面ギリギリのところに黒木(実は竹)の鳥居が立てられ、両側には柴垣の作り物が。
さすらいの坊さんの宝生欣哉登場。正面から見るとあまり似ていない親子だと思っていたけれど、斜め横から見ると頬のあたりが閑そっくり。もちろん謡も似ているけれど。

僧があたりを見渡していると女が登場。寂しい秋の野になってしまう野宮の光景を謡います。9月7日は今でいう10月半ばらしい。
この女の面は何なのだろう。切れ長の目の美人なのだけれど角度によっては凄みが。泥眼か?と思わせるような。人生を嘆いているただの美人ではない、あるときは生霊となってライバルに取りつくような人だったのだな、と感じさせるのは演者の技量なのでしょう。

さて、野村万蔵が出てきて、「それは六条御息所の幽霊だろう」と教えます。この万蔵がなかなか良かった。力が入りすぎて雰囲気を壊すことなく、でもちゃんと聞かせる。

そしてこのアイ語りの後のワキの待謡がしみじみして場を盛り上げます。宝生欣哉は小柄で地味で奇をてらったことが絶対にできない人だと思うのだが、そのイメージが役柄にぴったり。

後シテの御息所の幽霊、トレードマークの車に乗っている様子。これは実際に車の作り物を出す演出も無いではないらしいけれど、そんなものない方が断然良いと思う。

上品ではあるけれどでも諦めきれない様子の序之舞。そしてやっぱり感情が高ぶって破之舞を舞って、鳥居を掴み足を踏み出す。ここの激しさと最後の幕入の静けさの対比も素敵だった。

今まで浅見真州、達者だなと思ってもしみじみ上手いと思ったことは無かったような気がするのですが、今回の舞台は本当に良かった。
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by soymedica | 2015-11-14 17:21 | 能楽 | Comments(0)
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