国立能楽堂八月 働く貴方に贈る 呼声 善知鳥

d0226702_2257531.jpg国立能楽堂八月 働く貴方に贈る
2015年8月7日(金)19時より

対談 
宝生和英、金子直樹

狂言 大蔵流 呼声
シテ(太郎冠者)善竹隆平、アド(主)善竹十郎、(次郎冠者)善竹大二郎

能 宝生流 善知鳥
シテ 辰巳満次郎、ツレ 和久荘太郎、子方 和久凛太郎、ワキ 大日方寛、アイ 大蔵教義
笛 森田保美、小鼓 森澤勇司、大鼓 河村大
後見 宝生和英、山内崇生
地謡 武田孝史ほか


7時からだとバタバタせずに職場を出られます。

本日の対談、物凄く面白かった。
宝生和英29歳、宝生流家元に金子直樹が突っ込む、突っ込む。

和英は家元なのでシテをすることが凄く多く、年間25番くらい。そのほか後見や仕舞の出番もあるので週に4,5日舞台に立っているそうです。普通のシテは20代後半で年間3,4番、中堅どころで年間6番のシテが平均といったところだそうで、観世の家元の年間60番という世界は想像を絶すると。

年間6番のシテで暮らせるんですか?と金子が突っ込むと、普通は謡や仕舞の月謝で生活を成り立たせているのです、との返答。それはちょっと苦しいかも、と私は思う。でも毎月の観世流銕仙会や喜多流自主公演に止まっている出演者の車や出身学校から想像すると、まあ、私立の学校に子弟を小学生から通わせ、且つそこそこの車が買える生活ではあるのでしょうね。月謝の部分や謝礼は税務署に捕捉されない部分もあるだろうし。

流儀の会のプログラムを決めるのは宝生流の場合担当がいるが、配役は家元が決める場合もあるそうです。そのほか家元の仕事としては能面、能装束の管理があるそうです(先代の宝生流家元は…)。
金子の突込みに応戦する宝生和英、29歳とは思えない落ち着きで、話を聞いていると流儀のマネージメントもしっかりしているのだろうな、と思わせます。まあ、苦労していますからね。

能には「宗家会」という会議が年に数回開かれるのだそうですが、当然そこでも最も若い。先輩方のご意見を聞きつつ、それを実際に動いて具体化できるように頑張っている、と。

能の世界は年功序列が非常に厳しいのは皆さんのご想像通りですが、世代間の健全な競争は好ましいことでもあると語っていました。先代のときに一時若手にチャンスを与えようと色々自由にしたことがあったそうですが、そうするとかえって若手に気のゆるみが出てきてしまうこともあるとか。

和英のあこがれは観世寿夫、宝生九郎、宝生英生だったそうですが、今自分が家元になって見ると、彼らをそのままなぞってはいけないと思うそうです。
そのほか、異流共演がためになったこと、「体感する能」のこと、これからの集客などの話があり、大満足でした。


善竹の呼声は割と最近に青山で観ています。その時よりも出来が良いような。大変に失礼ながら十郎の発声が好きになれないので、どちらの会の時も主でよかったです。今回のほうが十郎はじめ皆がノッテいたような気がします。


善知鳥。人気曲を満次郎がやるんですから当然満席。ツレは若手実力派の和久。そしてワキは大日方。満次郎が期待している2人なんですかね。
まず、ワキ僧の大日方登場。この人、いかにも立山修行に来たという感じのちょっと暗くて力強い謡。そこに絶妙のタイミングで「のうのう」と、老人から声がかかる。

前にも書いたかもしれないが、子供の年からするといかにも年取った父親。地獄がつらくて老いてしまったのだろうか。老人は、外の浜に行くなら死んだ漁師の家を訪ね蓑笠を手向けてほしいと言ってくれ、依頼の印に自分の袖をやろうと。僧にはこの老人が亡者だと何となくわかるらしい。亡者の着物の切れ端を懐に入れて気持ち悪くないなんて、やはりお坊さんは修行を積んでいるだけのことはある…。

今回、老人の水衣の袖と僧の衣の色が割と似通っていた。もう少し茶系と紺系とか離れた色にしてはどうだろう。

地元の人に教えられて行った家には未亡人と幼い子供が。この二人、出しおきなので最初からいるのだが、感心なことに子方の方もほとんど動かない。
ああ、この袖は確かに夫の物、という和久荘太郎がしっとりしている。

読経の声にひかれて夫の亡霊が出てくるが、妻子に近づくことができない。ここ、観世流はもうすこし「子供に手が届きそうで届かない」という型がリアルだったかな。しかし、長袴で後ずさりするなんて子供によくできるもんだ。

有名な善知鳥の狩りを再現するカケリの部分ですが、観世流と比べると宝生は地味。あるいは満次郎の演出?地謡もなかなか良かったけれど、シテはいつものカリスマ性をあんまり発揮していないように思えた。私の期待値が高かったからかな。

ちょっと気になったのは和英の後見。途中で杖や笠をひくのだけれど、タイミングが早すぎないかな。「さあ、引くぞ、引くぞ」と待ち構えている感じ。もう少しさりげなくやってほしかった。

面は
前シテ 三光尉 是閑、後シテ 痩男 河内
ツレ 曲見 洞水
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by soymedica | 2015-08-10 23:04 | 能楽 | Comments(0)
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