神遊第49回公演 ワキ方が活躍する能
2015年3月22日(日)11時30分より@国立能楽堂 正面席8500円 張良 シテ 観世喜之、ツレ 川口晃平、ワキ 森常太郎、アイ 高野和憲 笛 一噌隆之、小鼓 観世新九郎、大鼓 柿原弘和、太鼓 観世元伯 後見 観世喜正、桑田貴志 地謡 梅若玄祥ほか計6人 独吟 藤戸 宝生欣哉 一調 船弁慶 福王和幸 観世元伯 仕舞 雲雀山 宝生閑 寝音曲 シテ 野村萬斎、アド 石田幸雄 谷行 シテ(梅若の母、伎楽鬼神)観世喜正、シテ(役行者)梅若玄祥、子方 馬野訓聡 ワキ(師阿闍梨)森常好 ワキツレ(小先達)殿田謙吉、(相談役山伏)館田善博、ワキツレ(同山)野口琢弘、梅村昌功、野口能弘、則久英志 アイ 深田博治 笛 一噌隆之、小鼓 観世新九郎、大鼓 柿原弘和、太鼓 観世元伯 後見 観世喜之、永島充、川口晃平 地謡 山崎正道ほか計6人 一言で言うと、非常に印象深い一日でした。何しろ張良ではツレが舞台から落ちるし…。お昼に食堂の後ろに並んでいたおばさまの一言が私の心を代弁。「演者が能舞台から落ちるなんて、私も何十年も見ているけれど初めて。こちらは珍しいものを見せてもらったと思って楽しいけれど、あとでお師匠さんからたっぷり怒られるでしょうねーーー。」 張良って、あの中国の張良ですよ。登場して真ん中で「不思議な夢を見ました。老人が沓を落としたので履かせると、五日目にまたここに来れば兵法の奥義を伝授すると言われるた」と。ま、夢だけれど行ってみるか、と土橋に行くと既にその夢に出てきたお爺さんが揚幕の前に。「遅いぞ!年長者を待たせるとは何事!」皆さん、宴会では職場の上司より先に会場に行くのですぞ。 観世喜之、お歳で声が小さいうえに、おそらく声帯不全麻痺で、聞き取りにくいのだけれど、なかなか素敵。きちんと声が出る若いころに見たかったとも思うけれど、今も素敵。 遅いぞ!と怒られると張良あわてて音を立てて平伏。するとお爺さん、一の松までやってきて、5日後にもう一度ここにやってこい、遅れるなよ!と。 張良も、兵法を習うためならきっとここに来るぞ、と、はやる心を表す囃子に乗って退場。 ここで張良の部下の高野登場。型どおり前場の筋を語った後、「主人は一人でお出かけになるので、お出迎えをしよう」と。高野はアイがなかなか上手い人です。 ふと気がつくと地謡の梅若玄祥が戻ってきて座る。いつ出て行ったのかな?お手洗いかしらん。 大小前に一畳台が出されます。 張良再び登場。物凄く派手な装束で、上がオレンジ、下が黄緑でしかも全部に金入り。頭は唐冠に赤い鉢巻。よほど朝早く出てきたらしく、あたりには霜が降りている。土橋にはまだ足跡も無く、まだ誰も来ていない。 ありがたい黄石公のお爺さん登場。あれ?沓を落とすというけれどいつもの通り足袋はだし。「汝に兵法を教えよう」と、一畳台の上の葛桶に座ります。張良がははーっとお辞儀をすると、お爺さんのうしろから喜正が沓を舞台に投げます。あ、そういうことね。 川に落ちた沓を拾いに張良が飛びこむと、流れにあおられてくるくる、くるくる。ここの動きが大きな見せ場。ダイナミックで凄い。「もっとやってよ」と思うのだけれど、そうはいかない。これは沓がどこに落ちるかで演技が決まると聞いて、なるほどと思いました。後から大蛇(龍神かな)が拾って渡す都合上、舞台の外に放るわけにはいきませんし、投げる方も大変。 真っ赤な衣装の大蛇登場。やはり水の中では人間より素早いので、沓を先に拾ってしまう。剣を抜いて沓を取り戻そうとする張良。最後には大蛇は張良に沓をわたしてやるのですが、この蛇、シテ柱あたりで飛び上がって一回転するときに見事に舞台の外に。ワキ正面からは悲鳴が。すぐに立ち上がって正面に回って階から登り、出てきた後見に助けられて続きを。地謡が動揺したのが面白かった。 黄石公に沓を無事渡せました。 大蛇、怪我も無く退場。黄石公爺様も光り輝いて退場、最後に張良も退場。 いつもボー――っとしたワキツレの姿しか見ていませんが、森常太郎、なかなかやるじゃないですか。 そしていつもは「のうのう能」で仕舞しかやらない観世喜之、凄く良かった。見せ場が無い曲なのにこの存在感は凄い。 尚、喜多流では黄石公が沓を実際に履いて出る演出があるそうです。粟谷明生のブログ、にありました。http://awaya-noh.com/modules/pico2/content0309.html 独吟、一調、仕舞、も充実。プログラムには宝生閑が挨拶を書いているのだけれど、ちょっと天然でラブリー。お手に入る方は読んでみてください。 寝音曲は何回も見ている曲ですが、この萬斎―石田バージョンは何となく主従の関係が近い感じ。仲良し。万作―萬斎バージョンよりもしっくりくるのはなぜでしょう。 笑えました。 さて、谷行。とても偉い山伏の森常好登場。先達と呼ばれています。早くに父を失った若い弟子の松若の話をし、これから峰入りするのであいさつしようと、一の松で語ります。早くに父を失った松若にとって、森は父親代わりという想定なのではないでしょうか。行ってみると、ここのところ母が風邪をひいて寺に行かれなかったという松若。 峰入りの話をすると、「僕も行きたい」と。先達山伏の森も母親も一度は反対するのですが、大変なことが待ち受けているとは思わず、連れていくことにします。 ここで全員が退場。アイが出てきて前場を要約しますが、これは必要なんだろうか?時間稼ぎはそんなに必要なさそうだし。 脇正面に一畳台が出されます。奥の橋掛かり側の隅に一本、手前の対角線正面側に一本木が生えている。黐(もち)の木だそうです。 山伏一行登場。さあここいらで休もうか、というと、松若が森常好に「ちょっと風邪っぽいんだけれど」。「そんなことを言うな」と言って、水衣、篠懸を脱がせて森は自分の膝に子方を寝かせる。と、これを聞きつけた小先達(サブリーダー)がもう一人の山伏と相談。「松若は病気ではないか、それなら大法に従って谷行(谷に投げ込む)をしなければ」、と。この人も悩んだのでしょうね。いたいけな子供にそんなことしたくないけれど、リーダーに大法を侵させるわけにはいかない。 先達の森は「代わってやれるものなら代わりたい」と嘆く。小さな孫のいる森常好、迫真に迫った演技です。山伏二人が子方を抱いて台を越えて目付柱のところに横たえます。全員が泣いてしまいますが、夜が明けたので出発しなくてはなりません。 ところが、森は「嘆きも病も同じこと。自分も病気だから谷行する」と言いだします。 他の山伏達も本当は同じ気持ち。皆で今までやってきた修行はなんのためだったのか!今こそ力を合わせようと、全員で蘇生を祈ります。 と、そこに錫杖の音が。能舞台でこれを使うのは初めて見るような気がする。山伏の大先輩である役行者です。白と金の山伏装束。いかにもありがたい。そして、仏の慈悲を見せてやろうと笛座前に座ります。 あとでプログラムをみたら、役行者は梅若玄祥であったのにびっくり。装束を着て痩せて見えるようになる人ってあまりいませんよね。 役行者の力で伎楽鬼神が斧をもって駆け出してくる。黐の木を一本は斧で切り倒し、もう一本は引き抜き、子供を助け出す。 そして役行者の元へ子供を連れていくと、行者は子供をなでなで。実際子方は衣をかぶせられてかなり長いことじっとしていたのでぼーっとしていていかにも蘇生したばかり、と言う感じ。 子方が舞台に戻ってきて本当にパーっと明るくなった。 そして役行者と伎楽鬼神は橋掛かりでちょっとポーズ。行者が白髪、鬼神が赤髪で大変にフォトジェニックでお目出度い感じでした。 谷行は「観世」平成23年7月号に横道萬里雄が2000年の関根祥人、2001年の豊嶋三千春の演出について書いています。 「幻視の座・宝生閑聞き書き」にも。
by soymedica
| 2015-03-26 23:58
| 能楽
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