国立能楽堂冬スペシャル 能を再発見するⅣ 藤戸

d0226702_17434533.jpg国立能楽堂冬スペシャル 能を再発見するⅣ 供養の場に残る老母
2月6日(木)18時より

鼎談
馬場あき子、福王茂十郎、天野文雄

藤戸
漁師の母:山本順之  漁師の霊:浅見真州  漁師の子:馬野訓聡  
佐々木盛綱:福王茂十郎  従者:福王知登・喜多雅人 
下人:小笠原匡
笛 一噌庸二、小鼓 曽和正博、大鼓 安福建雄、太鼓 小寺佐七
後見 観世銕之丞、清水寛二
地謡 梅若玄祥


鼎談がちょっと始まったところに到着。
今回は三人ですので舞台に斜めに(目付柱を向いて)長い紺の毛氈を引いた上に椅子が三脚。向かって左から福王茂十郎、馬場あき子、天野文雄の順。
内容は天野文雄がパンフレットに書いていることと重複する部分が多いのでここには書きませんが、馬場あき子が、「江戸時代は見巧者に『芸を見せる』ことを中心に内容をそぎ落としていったが、今は足し算の演出が求められる時代ではないか」と言ったのが印象的でした。
また馬場あき子さんは、「昔見たものはシテの技術はともかく、気持ちの強い演技が多く、母親の着物の裾がはだけるくらいのシテの演技が多く見られ、それはそれで楽しかった」と語っていました。
最近では「反戦の能」などのキャッチフレーズで語られますが、実際には戦国武将に「成功物語」として大変に好まれた曲だそうです。たしかに、秘密の渡しを知って攻撃に成功、漁師を殺して口封じにも成功、老母のために漁師を供養してやってそれもめでたし、という筋ですものね。
作者は不明で、「元雅ではないか」と書いたものが伊藤正義が新潮社の謡曲集の解説で書いたものが見られる程度だそうです。
鼎談開始後30分ほどして福王退場。このあと15分ほど話が続き、20分の休憩があったので、準備にはそれくらいかかるということか。


さて、いよいよ藤戸。大鼓の安福建雄は本日声の調子がとても悪い。心配です。佐々木盛綱の福王茂十郎登場。偉い武将ですから床几にかけるのですが、それは和幸が持ってくる。それだけの事なんだから地謡がやってあげればよいのに、と思うのだけれど。お供の二人のどちらが福王知登かな、と考えたのですが、たぶん私の考えたのであっていると思う。

シテの老母登場。山本順之、この役が本当に合っているとは思う。でも出だしのところが観世の詞章ではないので詰まるだろうな、とおもったら本当に詰まった。揚幕の後ろでだれかがつけてあげていたけれど。扇を持たずに出てくるところがなんとなく面白い。一緒に出てくる子方が大きな(大きく見える)中啓を持っているから余計不思議な感じ。

この後の盛綱の述懐が本当に良い。あまり福王茂十郎のワキを注意して観たことがなかったけれど、ファンになってしまった。
何故私の息子を殺した、と盛綱に詰め寄る母親。ここを孫(漁師の息子)に止められます。この子方の馬野訓聡クン、日本の男の子、という感じでとてもかわいい。

そして今回の演出では盛綱が「では漁師の菩提を弔ってやろう」と言い、「これなる女どもを傍らへしのばせそうらえ」と言うので、老母と孫は後見座に行きます。
ここのところでワキツレが後ろを向いて太刀を置くしぐさをするのですが、そこで床几の世話に出てきた福王和幸と知登と目が合ったところが面白かった。いつもああいう役目の人はシテ方もワキ方も狂言方も無表情というお面をかぶっているのですが、弟と目が合うとお互いほとんどわからないくらいにニヤッとしたのですよね。面白いものを見たと思った。

アイがお触れを出すと、盛綱とお供は舞台の真ん中へ。老母と孫もシテ柱の傍へ。そしてお経が始まると盛綱たちはワキ座へと移動します。そこへ幽霊となった漁師がやってきます。この漁師、地謡が始まるところまでかなり長く橋掛かりにいるのが特徴。ま、舞台には人がたくさんいますからね。出だしのところの謡は下掛のものだそうですが、浅見真州はこれが謡えてうれしかったのでは。聞かせどころだと思います。
そして「刺し通し、刺し通し」などの見せ場はちゃんと見やすいように舞台で。

最後、戻るときには地謡にのって、橋掛かりを後ろ向きに横歩きします。ひく汐に引かれていく、という感じでしょうか。

面白かったけれど、たったこれだけの変更(能楽堂パンフレットに変更点が詳しくかいてある)に、学者やベテラン役者を動員するというところが「伝統芸能」ですねー。


写真は8日(土)のものです。6日は寒かったけれど天気は良かったです。
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by soymedica | 2014-02-09 17:44 | 能楽 | Comments(0)
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