第23回能楽若手研究会 石神 道成寺

d0226702_10104569.jpg第二十三回能楽若手研究会
2014年2月1日(土)13時より@国立能楽堂

狂言 石神 大蔵流
シテ(夫) 若松隆、アド(仲人)山本東次郎、(妻)山本泰太郎
笛 八反田智子 小鼓 森貴史

能 道成寺 観世流
シテ 山階彌右衛門、ワキ 則久英志、ワキツレ 大日方寛、御厨誠吾、オモアイ 山本則重、アドアイ 山本凛太郎
笛 栗林祐輔、小鼓 田邉恭資、大鼓 亀井忠雄、太鼓 大川典良
後見 観世清和、観世芳伸、角幸二郎
地謡 浅見重好ほか


若手能、やたらと西洋人のお客さんが多い様な。気のせいかな。
国立能楽堂はこれにはパンフレット出さないのですね。

ここのところ石神を見る機会がとても多い様な気がします。野村万作家、大蔵流ではありますが茂山家、それぞれちょっとずつ違って面白い。野村家では石神様は正面を向いていますが、大蔵流山本家では脇正面を向いているとか。どうやら能楽の世界では「若手」の定義が代議士と同じらしく、1959年生まれの若松隆がシテ。この人あたりが研修一期生。ちょっと声枯れしていましたが、お風邪なのか、喫煙者なのか。離縁されそうになって慌てている亭主にしては真面目すぎる感じなのが難といえば難。
面白かった。

ところで仲人が聟に「静かに行かしめ」というのはおそらく気を付けて、という意味なのでしょうね。「お静かにお帰りください」というのが、あなたは騒々しいという意味ではなく、道中お気をつけての意味なのと同じように。


さてさて注目の道成寺。狂言鐘後見が四人で鐘を担いでくるのですが、正面の若松隆が顔を真っ赤にして奮闘するのも道理。鐘を持っているのは若手の若松と山本則秀。あとの山本則俊と秀三郎は横から押さえているだけ。ずるーい。今まで見ていた道成寺の狂言は和泉流だったので大蔵流は初めてかもしれない。
鐘を釣るのは則俊と則秀。息の合ったところを見せてくれました。

と、道成寺の偉いお坊さんが登場。普通ワキツレ二人連れているときにはワキは比較的歳の離れていることが多いのですが、この三人はほとんど同じくらいの年齢。ブーフーウーみたい、と一人で笑う私。典久英志の謡がとてもきれい。
そう思いながらパンフレットをつくづく眺める。世襲のお家の場合、本家の長男というのは演ずる・奏する機会も多いし、本人もそれなりの自覚を持ってやるので普通ある程度の水準は保たれている。でも、それ以外のやや血筋の離れた人より、研修生のほうがそれなりの水準を保っていることが多いような…。というか、国立能楽堂の研修制度はとても成功している。研修出身者ばかりではちょっと硬いけれど、お家の子と適度にミックスされて舞台を面白くしている。

ところで、ワキはなんとお坊さんなのに脇差あり、というのに今回初めて気づいた。

そして白拍子登場。幕が上がった向こうで、右をじーーーと見て左をじーーーと見て。橋掛かりに出てきてからもなにやら周りを見渡す、たれ目の一見無邪気そうな怪しい女。
彌右衛門は謡はきれいなのだけれど、静止しているときに上体が揺れるのが気になります。

そしてお待ちかね乱拍子。田邊恭資が良かった。後ろに控えている源次郎がまめまめしくてちょっと笑っちゃうけれど、大切に育てられているんだな、と思わせる。
彌右衛門は舞が凄く硬い。烏帽子をとるのにちょっと手間取ったな、と思ったら白州へ落ちる。(あとで裃の若い兄ちゃんが取りに来ました。どっかで見たような顔なんですが。)鐘入は綺麗と言うのでしょうね。鐘が上がった時、ぺったりと伏せて唐織を被くのではなく、両手を挙げているポーズ。裾がはだけて、眉根に凄いしわを作った後見の清河寿兄ちゃんが直していた。

あ、鐘が下りているときのアイ。ここはもう少しくどく、現代劇風にやっても面白いかもしれないけれど、東次郎さんが見ているとそうもいかないのかもしれません。

そこそこ楽しい舞台でした。でもこの間見たお兄さんの清河寿(清和)のスピード感と緊迫感とはだいぶ違う。比べてはかわいそうだけれど、彌右衛門はあと一歩の階段を登り切れない感じ。

そうそう、シテが帰った直後に少し前のほうに座っているおばあさんがお隣の(連れではない)お嬢さんに大きな声で「素晴らしかったですね」と話しかけていて、お嬢さんが困っていたのが面白かった。


写真は河鍋暁斎の絵。本当にこんなだったのだろうか。
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by soymedica | 2014-02-02 10:12 | 能楽 | Comments(0)
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