第十四回一乃会 独立二十周年記念 箕被 砧

d0226702_11164538.jpg第十四回一乃会 独立二十周年記念 砧
2013年11月16日(土)14時30分より@矢来能楽堂
正面席7000円

仕舞 
籠太鼓 観世喜正
梅枝キリ 観世喜之

箕被 
シテ 山本東次郎、アド 山本則孝


シテ 鈴木啓吾、ツレ 坂真太郎、ワキ 福王和幸、アイ 山本東次郎
笛、松田弘之、小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井広忠    
後見 永島充、奥川恒治
地謡 観世喜正ほか計6人


連日の矢来能楽堂。いや、ここは本当に椅子の間が狭い。後ろの畳のところの椅子席はどんなのだろう。

ちょっと遅れて行ったので、仕舞は見ませんでした。

箕被から。連歌の会に入れあげて、家にも帰ってこない、金も入れないという亭主。愛想をつかして出ていく妻にやるものとて、箕しかない。箕をかずいて出ていく妻を愛おしく思い夫は「未だ見ぬ二十日の宵の三日月は」と読みかけると、夫に本当に愛想をつかしたわけでもない妻は、歌を詠みかけられて変化をしないと後世に口ない虫に生まれるから、と「今宵ぞ出ずる身こそつらけれ」返歌をする。夫はその上手なことに感心し、連歌なら家で妻と二人で楽しもう、と二人仲良く盃を交わす、というお話。
楽しかったし、あとの砧との組み合わせも良い。でも、東次郎の茶色とブルーの組み合わせの装束は、ちょっと私の趣味ではないです。


。シテの鈴木啓吾ってなんとなく生真面目そうな演技をする人。良い言い方をすればすっきり、悪く言えば印象に残らない。ハンサムで大きいという以外にあまりクセのない(これはワキとして重要なことなのだろうけれど)福王和幸とだと尚更印象が弱い。囃子も地謡も上手なんだけれど、全体のコンビネーションが宜しくない感じ。なぜなんだろう。アイの東次郎ばかりがうきあがって見えた舞台でした。

砧は世阿弥が「かやうの能の味わひは末の世にする人あるまじければ」と言ったとかで、いろいろ解説も書かれていますし、通好みの曲らしいのですが、私は夕霧と妻が二人で砧を打つあたりから話についていけなくなって大体アイ語りのところから寝ちゃう、というのがパターン。だって、なんだって夕霧はあの場面で唐突に「この秋にも帰らない」っていいだすのか?(についてもいろいろ解釈があるようですが)。

今回、アイ語りまでは意識ははっきりしていたのですが、それからあとはなんだか半分夢の中のようでした。もう一度見ると最後まで楽しめるのだろうか。それにしても泥眼の面って皆美人なのが恐ろしい。
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by soymedica | 2013-11-23 11:19 | 能楽 | Comments(0)
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