銕仙会定期公演 11月 巻絹 鐘の音 碇潜

d0226702_16182215.jpg銕仙会定期公演11月
2013年11月8日(金)18時より@宝生能楽堂
正面席6000円

巻絹
シテ 片山九郎右衛門、ツレ 観世淳夫、ワキ 大日方寛、アイ 内藤連
笛 藤田次郎、小鼓 田邊恭資、大鼓 原岡一之、太鼓 桜井均
後見 鵜沢久、北浪昭雄
地謡 小早川修ほか

鐘の音
シテ 石田幸雄、アド 岡聡史

碇潜 禅鳳本による
シテ 浅見真州、前ツレ 浅見慈一、長山桂三、子方 谷本悠太朗、後ツレ 北波貴裕、浅井文義、ワキ 森常好、アイ 高野和憲
笛 松田弘之、小鼓 曾和正博、大鼓 亀井広忠、太鼓 小寺佐七
後見 清水寛二、永島忠侈
地謡 観世銕之丞ほか


巻絹は和歌の徳を讃えた能の一つ。時の帝が熊野に千疋の絹をおさめよとの夢を見て、諸国から巻絹を熊野に届けさせる。熊野の臣下がそれを取りまとめているのだが、どうも都からの絹が遅れている。臣下は大日方寛。この人なかなか声が良いし、結構好きなワキなんだが、若干痩せすぎではないだろうか。横から見たときあまり平べったいのはよろしくない。

都からの使者はサボっていたのではなくて、音無明神に詣でて冬梅の香りに誘われて歌を手向けていたのでした。肩に担いでいる巻絹は、そうですね、狂言の昆布売りの昆布が白くなったような…。観世淳夫、何歳くらいなんだろうか。20歳代前半?子供のころから鍛錬してきたお家の子なのでしょうが、謡の高低が妙に不自然なのと、動きが硬いのが気になります。頑張れよー。

さて、熊野について遅参を臣下に咎められた使者は下人に縛られてしまう。と、音無明神が憑いた巫女が登場。囃子がとても盛り上がります。
臣下は心の中で奉納した和歌の上の句を、明神は下の句を謡います。

       「音無にかつ咲そむる梅の花匂はざりせば誰か知るべき」

そして使者の縄をといてやり、和歌の徳を讃えて神楽を舞います。ここから最後のほうに向かって舞が激しくなってとても面白い。
とてもきれいな話でした。巫女の舞が綺麗でしたし。ツレがちょっと残念だったのと、後半詞章が難しいので、もっと予習していけば楽しかったでしょう。
面は近江作増髪。


石田幸雄がシテの鐘の音。全体としては期待通りのできでしたが、滑り出しはちょっと悪く、珍しく石田が詞章を間違えていました。お疲れなのでしょうか。


碇潜には「禅鳳本による」という注釈がついています。ちょっと引用:
このたびの上演は金春禅鳳本によるもので、観世流では古態を残すといわれる小書「船出之習」よりも、さらにもとに遡った演出である。これは大槻文蔵のシテで銕仙会で平成十年に小書き「船出之習」で上演したときに碇だけを出したことが出発となり、研究者小田幸子氏の協力を得て翌年浅見真州のシテにより大槻能楽堂で「古演出による」という小書きで上演され、前場で船三艘を出す演出が工夫された。

西国から早鞆の浦に見物にやってきた着流しの旅の僧。さあついたぞ、と謡い終わると揚幕から一艘、切戸から2艘の舟が出されます。一艘は目付柱寄りに二艘は囃子の前におかれます。ツレ、シテ、ツレの順に出てきて向かって左から順に船に乗ります。この三人と旅の僧と「船賃は無いけれど乗せておくれ」「金が無いならダメだ」「代わりにお経ではどう?」との問答。顔は向けても目を合わせない様子がいかにも幽霊っぽい。ここの問答のテンポが好き。

そして僧はワキ座で法華経を唱えたのち三艘のうちの爺さんの舟に乗る。舟が向こう岸について僧は降りてワキ座へ。こう書くと何だかせわしないようですが、そうは感じさせないところが間のとり方のうまさかな。

そして僧が源平の合戦のありさまを尋ねると、老人と若者は能登守教経と安芸太郎・次郎の最後を再現します。三人は棹で戦った後、素手で戦い、そして若者は老人の舟に乗り移り、ついに三人で舟から飛び降りる。(教経が安芸太郎、次郎を道連れに身を投げるところの再現)。そして三人は笛の音に乗ってしずしずと橋掛かりへ。ここで三人が橋掛かりでストップモーションになるところが綺麗な演出。

さて、三人が去った後、シテの舟は揚幕から、ツレの舟は切戸口からと律儀に引かれるのが面白い。

ここで、地元の本物の人間が「渡し舟でもしようか」とやってきて僧を見つける。このアイの高野和憲が良かった。高野と深田、二人はどんどん良くなる感じがする。

そして大船登場。屋根がついて幕がわたされていて中が見えないけれど、あそこに(一人は子方とはいえ)四人、そして端には碇がついているのだから、窮屈に違いない。
中で安徳天皇が謡いだす「せめては月の松風の…。」舌足らずでカワイイ。あの年齢の子供でこれだけのことができるというのは、教育訓練のたまものなのか、才能なのか。

幕が下ろされると左から平知盛、二位の尼、安徳天皇、大納言局が。「海の底には竜宮という素晴らしい都がある」などと言って、女性と天皇は切戸口から退場。安徳天皇が本当に子方なのが、ほろっとさせて能にあるまじき写実になっています。

ここで後見が知盛に長刀を渡し、船の碇をずーーっとワキ座のほうまで伸ばします。
知盛がかっこよく長刀の舞を決め、船に乗って碇を引き上げて、橋掛かりに担いで行き、最後を決めました。と書きたいところですが、長刀が船の屋根に引っかかったしたためか動きにメリハリがなく、船から降りるときに艫を踏んじゃったりと、若干残念ではありました。

面は前シテが出目栄満作朝倉尉、後シテが洞白作三日月、二位尼は作者不詳の若曲見、大納言局は北沢一念作小面。


なかなか満足した一日だったのですが、本日の席、中正面寄りの後ろの方。確かにあの扉の閉まる時の音は何とかしたほうが良いと思います。遅れてくる人はたいていあそこから入りますしね。
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by soymedica | 2013-11-10 16:22 | 能楽 | Comments(0)
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