第七回日経能楽鑑賞会 茶壷 景清

d0226702_11332149.jpg第7回日経能楽鑑賞会 
6月6日(木)18時30分@国立能楽堂
正面席10000円

茶壷(和泉流)
シテ(すっぱ) 野村萬、アド(中国の者) 野村太一郎、小アド(目代) 野村万蔵

景清 松門之出
シテ 友枝昭世、ツレ 狩野了一、ワキ 宝生閑、ワキツレ 大日方寛
笛 一噌仙幸、小鼓 成田達志、大鼓 柿原崇志、
後見 香川靖嗣、中村邦生
地謡 粟谷能夫ほか


GB席までほぼ満席。
まずは野村萬の茶壷から。野村萬が良いのはもちろん、最近万蔵に注目している私です。前回も見たのは野村萬のすっぱと万蔵の目代ですが、アドは扇丞でした。
まず茶壷に見立てた葛桶を担いだ太一郎登場。「あれ、茶壷にしては重そうによろよろしながら担いでいるけれど」と思ったら、酔っぱらっている演技だったのでした。うーーむ。

茶壷がどちらの持ち物か説明が高じて相舞になる楽しいお話でした。


今まで観た景清は皆観世流だったので、ツレの人丸がワキツレの大日方寛と登場するのにビックリ。でも人丸の従者がワキ方の役なら、里人がアイっていうのは無いのかな…。
そして、ツレとワキツレの同吟が妙に慎重な感じがする。

そして「松門独り閉じて…」今まで聞いたどれよりも、ブツブツ切れる感じ。ああ、こういう解釈なんだ、とはっきり主張します。
景清の面は髭の無いものもあるそうですが、髭あり。白の大口。大口袴なのに落ちぶれた感じがします。

娘が従者と「景清を知りませんか?」この時娘は、景清の娘とは名のらないのに、なぜ、景清は娘だとわかるのでしょうか。

全体が悲しい感じでした。錣引きを語る部分も、今まで観たのはしっかり力が入っていましたが、今回のは「もう再現する力も無いが」という悲しい父。
そして、娘の肩に手をかけて、橋掛まで見送ります。
後ろ姿(正面席で見ていたので、見送る景清の後ろ姿を見ます)が悲しすぎて、娘に気を配る余裕がなかったのですが、娘は振り返らなかったように思います。

最近昔の能評を集めた本を読んでいたら、「喜多流期待の若者」として友枝昭世が書かれていました。当時は力いっぱいの演技だったようです。その当時期待されていた同年代の中ではこの人が今、一つ頭抜けたようですが、そうなるには何が必要であったのか、とちょっと考えてしまいました。
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by soymedica | 2013-06-09 11:35 | 能楽 | Comments(0)
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