国立能楽堂11月普及公演 佐渡狐 賀茂

d0226702_20133883.jpg国立能楽堂11月普及公演
11月10日(土)13時より
正面席


解説・能楽あんない 
白い矢と朱の矢 賀茂神社の縁起と能 田中貴子

佐渡狐(和泉流)
シテ(佐渡の百姓)松田高義、アド(越後の百姓)野村又三郎、'(筝者)佐藤友彦

賀茂(観世流)
シテ 武田宗和、前ツレ 坂口貴信、後ツレ 武田宗典
ワキ 宝生欣哉、ワキツレ 大日方寛、御厨誠吾、アイ 佐藤融
笛 竹市学、小鼓 幸正昭、大鼓 國川純、太鼓 観世元伯
後見 武田尚浩、津田和忠
地謡 武田志房ほか


解説は田中貴子教授。さすが猫を真ん中に据えたブログを書いている人だけあって、黒いスカートに黒いスパンコールの猫がついている。
「だんだん寒くなるこの時期に『賀茂』とは」、とお思いでしょうが、鴨長明方丈記800年記念なのでこの演目、というお話から始まって、鴨長明の生涯、賀茂川とその支流の名前の話などしてくださいました。
いつも思うのですが、せめて壇上でパワポぐらい使えるようにすればよいのに。セルリアンで一度使っているのを見ましたが。

以前「賀茂」を見たとき、あれ?矢は「ホト」に刺さるんじゃなかったかな?さすが能は上品、と思ったのですが、それは古事記バージョンで、矢も丹塗のものでした。
詳しくは省きますが、作者とされる金春禅竹は出自としての秦河勝に大変こだわった人なので、この「賀茂」を作ったのも頷ける(賀茂は渡来系の人たちの神だったといわれる)とのことでした

などなど、興味深い話が聞けたのでした。
でもこの人、自分の指導教授だったら怖いだろうなー。


狂言は佐渡狐。佐渡のお百姓と越後のお百姓が佐渡に狐はいるかいないかで賭けをする話。「百姓でござる」という名のりは当時からあったのだろうか。
ともあれ、iPodも無い時代、一人で歩いて行くのは寂しいから良い道連れを探す。当時の人の方がコミュニケーション能力は発達していたでしょうね。

中々面白い話。でも佐渡には狐って本当にいないのですか?
年貢を納めるとき扇に載せるしぐさをするのですが、松田高義は前の方に扇面が傾いて年貢が落ちそうなのがとっても気になったのでした。


さて、賀茂。白い矢(田中教授によると「白羽の矢が立つ」というのは人身御供になる女性の家の目印と言うことで昔はあまり良い意味には使われなかったそうです)が正先に出されます。
二人のお供を連れた田舎の偉いお坊さんが物見遊山にやってきてそれに目を留めます。「誰かにこのいわれを聞いてみよう。」スマートフォンで検索できる現代は「人に聞く」ということが無くなりましたね。私なんか道すら聞かない。道連れを探す佐渡のお百姓さんといい、お坊さんといい、お話は人と人が逢うところから始まるのに、と反省。

そこに美人がふたり。矢のいわれや賀茂川の流れについて僧たちに教えてくれます。たいていこういう場合はシテの方が美人なのですが、私にはツレの方が美人に見えました。全体に影の薄いシテという印象で、ワキ、囃子や地謡の方が元気というか艶がある感じ。シテとツレのバランスがちょっと上手くない。難しいですね、こういうものは。双方弱いとつまらないし、強すぎてもきっと煩いでしょうし。

そして「私たちは神様なのよ」といって二人は居なくなってしまう。
立ち替わり末社の神が現れて矢の由来を語って舞を舞い、僧をお慰めする。ここが面白いと知っていながら、寝落ちしてしまった。残念。

美しい女神登場。天女も美人でした。
次いで別雷神登場。残念なことに勇壮な舞で静止の決めのポーズが決まらない部分がありました。それと、若干足遣いが苦しかったように見えましたが、どうでしょうか。



でもまあまあ満足して帰ったのでした。
そして1カ月ぶりに退院してきた父を囲んで夕飯となったのでした。
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by soymedica | 2012-11-13 20:16 | 能楽 | Comments(0)
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