第六回日経能楽鑑賞会 文荷 隅田川

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第6回日経能楽鑑賞会
6月7日(木)18時半より@国立能楽堂
正面席

狂言 文荷(ふみにない)
シテ 野村万作、アド(主人)深田博治、(次郎冠者)石田幸雄

能(喜多流)隅田川
シテ 友枝昭世、ワキ 宝生欣哉、ワキツレ 則久英志
笛 一噌仙幸、小鼓 曽和正博、大鼓 柿原崇志
後見 塩津哲生、狩野了一


本日は千駄ヶ谷の体育館でバレーボールの大きな試合があったらしく、これまた大きなお客さんが横断歩道を渡っていました。能楽堂そばのコンビニもそういうお客さんで大繁盛でした。

文荷は、ご主人の恋文(一説には若い男の子への、らしいが今回見ていた限りでは良く分からず)を届けるよう言われた太郎冠者と次郎冠者が、「やれやれ」と、ただのお手紙を担いでみたりと戯れているうちに、中身も覗き見。挙句の果てには破いてしまって、それを扇いでみたり…。最後には主人に見つかって、というお話。
手紙を大仰に担ぐしぐさとか、謡など、見どころがいっぱいの演目ですから、これは万作と幸雄コンビでなくては。
この後に控えている友枝昭世の隅田川の重さを考えると、この演者でこの演目の狂言というのはバランスがとれていますが、お腹いっぱい。


パンフレットを見て今回の隅田川は子方を出さない演出らしいとは思っていたのですが、やはり。観世十郎元雅作であることがはっきりしている曲で、子方を出さない方が良いのでは、と世阿弥が言ったと「申樂談義」あるというのは有名な話です。子方が作り物の中で謡うだけの演出から、作り物を出さないものまで、近年になって色々試みられているらしい。今回は作り物が大小前に出ました。

渡し守の宝生欣哉、わりとサラサラと言う感じで登場。人が集まってから船を出そう、と待っていると、京都の商売から戻ってきた東国商人がやってきて、さらにあとから「女物狂い」がやってくると言うので、船を出すのはそれまで待とうということになります。この東国商人、とても張り切って謡います。

そこに、主役登場。隅田川の水衣はいつも水色のようですが、今回もそう。この水衣、長旅でだいぶ痛んでいる様子。張り切っている商人や渡し守とは対照的に、沈んだ様子の女です。それでも船に乗るときには業平の話なんぞをしてまだ気力があります。

でも、昨年3月15日にここで旅の途中で死んだ人買いの連れていた子供の話を聞くと、だんだん気力が失せて行きます。

この作品の渡し守、この船上での語りが聞かせどころで、ワキ方の重い習いとなっているそうです。でも作品構成をみると、アイがやっても良いような感じに見えます。色々な作品でどこの部分を誰が(シテ、ワキ、アイ、地謡)語るかと言う決め事は、作曲の際にはどのようになされるのでしょうか。そして時代が変わると役が変わることがあるのでしょうか。

さて、「まさか死んだその子が探している我が子のはずはない」と否定したい女ですが、渡し守を問い詰めるにつれて、死んだ子は我が子に間違いないことがわかってきます。ここが凄くかわいそう。
「この土をかえして今一度」のところで、激昂した女は渡し守の肩を二度激しくたたきます。能でこんなに実際に肉体的に接触するのか、と私は驚いたのですが、近くで見ていた方は「宝生欣哉も驚いていたみたい」と書いていらっしゃいました。

渡し守の方に両手を出して詰め寄ると言う型はあるそうですが、ここまで行くとやりすぎ、という声もあろうかと思います。でも、全体の流れの中では(現代の観客には)あまり不自然には見えない演出でした。

そして渡し守に勧められて鐘を鳴らし、念仏していると、塚から子供の幻が現れて…なのですが、今回の演出では子どもは出ません。でも、友枝昭世の演技の力で観客にも「ああ、お母さんは今子供の幻をありありと見ているに違いない」と感じられたのでした。そして「子どもに会わせてあげたかった」と思う渡し守の目にも子供は見えたのではないでしょうか。
あの場の素晴らしさを表現することができないのが残念ですが、私は席に座って「ああ、あのお母さん、子供の幻を見て救われたのなら良いけれど」としみじみ思いました。隣の女性は泣いていらっしゃいまいた。

何年も後に「あの時のあの名演、あの演出」と語り伝えられるような舞台に立ち会ったのでは、と思いました。

尚、2010年12月には友枝昭世の隅田川は子方ありで上演されているようです。
http://zagzag.blog72.fc2.com/blog-date-20101213.html
参考は 「能の鑑賞講座 二」三宅襄 檜書店
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by soymedica | 2012-06-09 22:34 | 能楽 | Comments(0)
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