能に親しむ 観世流 安達原

d0226702_20481121.jpg能に親しむ 観世流 安達原
2011年5月26日(土)14時より@セルリアンタワー能楽堂
正面席7000円

対談 暦・能楽名言集
関根祥六、柳沢新治


能 安達原 黒頭
シテ 山階彌右衛門、ワキ 村瀬提、アイ 三宅右近
笛 一噌隆之、小鼓 鳥山直也、大鼓 大倉栄太郎、太鼓 小寺佐七
後見 高梨良一、高梨万里


セルリアンのカフェでお昼をしたら、右も左も私立小学校受験塾帰りかな?と言う感じの親子連れ。模擬試験の後なのか、やれやれと言っ感じでお昼ご飯。素人の私が見ていてもはっきり「取りたい家庭の子」というのが際立つのが面白い。


さて、「暦・能楽名言集」とは何かと思ったら、関根祥六が作った能の名文句の日めくり。31あります。還暦の時に最初に作り、その後(傘寿だったか喜寿だったか)にもう一度配った暦だそうです。二十二が「三光西に行くことは衆生をして西方に勧め入れんが為とかや(姥捨)」なのですが、二十二日が息子さんの月命日になってしまったそうです。
関根祥六は十六の時に母親と死に分かれたそうですが、「その時も悲しかったけれど、息子に先立たれた時にはもっと悲しかった」と。息子さんは亡くなった時五十歳だったそうです。

対談相手の柳沢新治はアナウンサーだそうで、話す言葉が明瞭。関根祥六、話す言葉は何だか聞き取りにくいのですが、謡となるととたんに言語明瞭というのが凄い。装束を着けて舞うのもう無理だという感じですが、この謡だったらもちろんお金を払って聞きたい。


でも、やはり疲れるのでしょうね。安達原では謡の後列がいつまでたっても出てこない、中入りでも引っこんでしまう。おそらく地頭の関根祥六の体調を考えてのことなのでしょう。

さて、あまり馴染みのない(前に見たことはあるのですが、記憶に残っていない)ワキ登場。道行が全く省略されていきなり陸奥に着いてしまいます。この演出には若干無理があるのでは。客もいま一つのれませんし、ワキもあきらかに調子が出るのが遅かった。最初このワキはいま一つだと思ったのですが、後半グングンよくなった所からも、ワキとしてはやりにくい演出だったのでは。

シテはやはり謡が良い。そして、演技も今回とても良かったです。芸術だのなんだの難しいことを考えずに、技術、練習と考えるタイプなのではないだろうか(私としてはこれはほめ言葉)。払ったお金の分は十分楽しみました。

東北の見渡す限りの無人の地にぽつんと立つあばら家に住む、若くもない女(面は姥かな)。どうしても泊めてくれという山伏の一行を泊めてやって、糸紡ぎまで見せてやる。ここが演技・謡ともに一つの見せどころなのですが、堪能しました。しかもこの女主人、夜寒に客のために薪まで取りに行く。閨を覗くなと言ったのに、失礼な客は覗く。ここの三宅右近が良かったです。閨には山ほどの腐乱死体が。覗かれたことに気づき、薪を背負って帰ってきたところで女は鬼になってしまう。
ちゃんと粗朶を背負ってきて、それを落とす型があるのですね。

幕が全部上がって後シテの全身がいったん見えた後、再び幕が下り、そして橋掛かりに登場、という演出があります。それだけのことなのに何となくおどろおどろしくて怖い。

覗かなければこの一行は何事もなく帰れたのではないか。覗かなかったら女主人は一行を「殺して食べたい」と一晩中悶々としつつ、何もしないのではないか。祈り倒すのではなく、成仏を祈ってやったらどうなのか、などと考えるのですが、みなさんはいかがお考えでしょうか。
そして鬼のシテ柱に寄り掛かるしぐさと言うのは共通なのだな、と学習。



結構面白かったのが
演目別にみる能装束 観世喜正 淡交社
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by soymedica | 2012-05-28 20:51 | 能楽 | Comments(0)
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