国立能楽堂 特別企画公演 阿古屋松

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国立能楽堂 特別企画公演
2012年4月27日(金)18時より
正面席 6500円

観世文庫創立二十周年記念 世阿弥自筆本による能
解説 松岡心平 

阿古屋松(復曲能 初演)
シテ 観世清和
ワキ 森常好、ワキツレ 館田善博、森常太郎
アイ 山本東次郎
笛 藤田六郎兵衛、小鼓 大倉源次郎、大鼓 亀井弘忠、太鼓 観世元伯
後見 木月孚行、上田公威、林宗一郎



事実上の初演と言うことで、もちろん能楽堂でも記録をとっているのでしょうが、そのほかにも立派なカメラを抱えた関係者らしき人あり。でも、ロビーで私の後ろにいた二人連れ、今ここでカメラの使い方の説明書と首っ引きはまずいのでは。

まずは松岡心平の解説から。30分できっちり納める、昔は私も出来たけれど最近講義に行っていないからできないだろうな。
この阿古屋松、観世元章がアイのせりふや小書きまで書いているので上演はされたのだろうと想像されるが、正式な記録には無く、600年ぶりの上演となるものだそうです。世阿弥は申樂談義に「西行、阿古屋松、大方にたる能なり。後の世、かかる能書く者やあるまじきと覚えて、この二番は書きおくなり」と書いているそうです。

阿古屋松は平家物語の巻第二に出てきて有名になったものだそうです。また源平盛衰記に塩竃明神が阿古屋の松を教えたという話が出てくるそうです。
また、東北にはいろいろ有名な松があり、そういえば「末の松山」と言うのもありましたね。「波こさじ」というのは貞観の大地震の津波ではないか、と言う説が出てきているそうです。
ふと気付いたのですが、松岡先生、前場を「ぜんば」と読んでいたような。そういう読み方もありか?(私の高校の物理の先生は「滑らか」を「すべらか」と読んで、「これは間違いですが、私はこう言います」と一年の初めに宣言する人でしたから、そういうことなのかもしれないし。)


次第の囃子で藤原実方登場。松岡心平の解説で、「実方は大変モテモテの好男子で、性格はかなり奇矯であった。藤原行成の烏帽子をたたき落としたり、亡くなったきっかけも笠島道祖神の前で下馬しなかったことだし。」という説明があったので、「ふーむ」と、森常好を見つつ思う。

田舎に流されてもそこは偉い人だから部下がついています。今は紅葉の季節らしい。地元の爺さんにでもちょっと阿古屋松について聞いてみようか、と、樵の老人が一声で登場。背中に斜めに薪をしょって(長い傘を斜めにしょっている人がときどきいますよね、あんな感じ)います。髪の毛の先端だけちょっと色が濃いかつら。

そして解説にも書かれているやりとりのあと、じゃあ、今は出羽の国になっている阿古屋松を見に行こうかと、ここで道行。森常好が「いつもと作りが違うので勝手が違った」とフェイスブックに書いているのはここのことでしょうね。見ていて、ここは一寸面白かったです。

さて、樵が引っ込むと所のものが「さっきの爺さんは塩竃明神に違いない。」と、教えてくれます。ここで阿古屋松の伝説が語られます。なかなか良い感じのアイです。さすが東次郎。
実方は定石通り、寝て待つことになります。

出端で塩竈明神登場。装束が豪華。実方というのはナルシストで、都にいた時に賀茂の臨時祭で舞を待って御手洗川に自分の姿を映して見とれたそうですが、その姿を明神が再現します。松岡心平の大好きな水鏡の動作がきっちり舞に取り入れられているので思わずクスリ。

そしてシテが静かに退場した後で、ワキが止めます。

いささかワキの感情移入が過剰な感じがあったのと、シテの動作が多いのがいつもと違う感じでしたが、難波梅、松浦佐用姫、阿古屋松と見てきて、これが一番面白かった。

観世清和がシテということで、予想終了時間8時45分より遅くなりそうな予感がしたのですが、やっぱりちょっと遅くなりました。なぜ~。


一連の企画公演の国立能楽堂パンフレットと、「観世」は必見です。(国立能楽堂パンフレットの巻頭、平清水公宣の文章、何かの編集間違いがあるのではないでしょうか。)

ちなみに上の写真のパンフレットやポスターのデザインとなっている横縞は観世宗家文庫に伝わっている世阿弥自筆本のデザイン化だそうです。
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by soymedica | 2012-04-29 15:30 | 能楽 | Comments(0)
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