銕仙会定期能七月 高野物狂 鶏聟 殺生石

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銕仙会定期能七月 

2017714日(金)18時より@宝生能楽堂

高野物狂

シテ 観世銕之丞、子方 馬野訓聡、ワキ 森常好、アイ 山本則重

笛 一噌庸二、小鼓 幸清次郎、大鼓 國川純

地謡 清水寛二ほか

後見 浅井文義、泉雅一郎

鶏聟

シテ(聟)山本則孝、アド(舅)山本東次郎、(太郎冠者)山本凛太郎、(教え手)山本泰太郎

殺生石

シテ 長山桂三、ワキ 野口能弘、アイ 山本則秀

笛 槻宅聡、小鼓 森澤勇司、大鼓 安福光雄、太鼓 桜井均

地謡 柴田稔ほか

後見 浅見真州、鵜澤光



主君の遺児を養育してお家再興と思っていたら、遺児が父母のために出家すると言って出奔してしまう。それを追って高野山まではるばる来る家来の話、高野物狂。前回銕仙会は浅井文義のシテで大変面白かったので期待。


登場する高師四郎の袴が面白い。茶の地におそらく濃紺の模様が規則正しく配置されているのだけれど、何となく印伝の財布を想像してしまった。銕之丞さん痩せたかな。彼のもとに、今朝がた失踪したという主君の遺児春満の手紙が従者によって届けられる。この手紙を読むところの謡が渋くて素敵。

四郎は自分に黙って出家した春満を恨みつつ、その後を追ってさまよい出てしまう。

と、入れ替わりに春満が高野山ノ僧の森常好を従えて登場。森さん、一時病気療養とのことで心配しましたが、良かった良かった。美声も損なわれていないし。

春満の馬野くんはこの前舞台で観た時より一層大人になって、声も低め。もう子方の甲高い声ではない。将来上手くなりそうな風格。

ここに春満を探す四郎登場。

思春期に差し掛かろうかと言う馬野くんの謡の安定ぶりに比べ、銕之丞絶不調に。謡の声が制御できていない。どうしちゃったんだろう。

と思っているところでだんだん眠くなり、ハッと気づくと四郎の舞。ああ、舞はきりっとしていて良いな、と思ったら最後のところでバタバタと足遣いが乱れ…。

最後に春満が四郎に声をかけ主従再会を果たし、めでたしめでたしなのですが、この最後のクライマックスの謡、銕之丞、絶句につぐ絶句。後見がつけていましたが。

実は出だしでも後見がつける場面が。あまりに早く(絶句と気づく間もなく)つけたので、「なぜ?」と思ったのですが、おそらく体調が非常に悪くて後見が心配していたのでしょう。節回しなどはダイナミックで良かったので、ここぞ、と言うところの絶句にはびっくり。

いつもの銕之丞ではなかった。早く復調してほしい。



有名な鶏聟ですが、初めて見ました。鶏のまねをする聟に舅は驚きますが、「舅は物を知らないと婿に思われてもしゃく」と、負けずに鶏のまねを。

これが、ダイナミックな所作で回ったり飛び上がったり。東次郎凄い。

東次郎の達者ぶりも凄かったけれど、全体として面白い曲で楽しめました。



殺生石は、岩から出てくるところが面白く、好きな演目です。

諸国を行脚している玄翁。角帽子が紺地に銀の模様で華やか。そして若い。上を飛ぶ鳥が落ちる不思議な石に近づこうとすると、小柄な女が出てきて声をかける。そして殺生石は玉藻前の執心がついた石で、私こそはその石魂、と言って石の中に消えていく。この人、美人なんですが、横顔が小ずるそうな。


「今のは何だ?」と玄翁が言うと、お伴の能力はちょっとお調子者ですが、殺生石伝説を面白く聞かせてくれます。この語りも面白くて好きです。山本東次郎家の人たちはこういう所、凄く上手で安定していますよね。


そして僧が供養していると、石の中から声が。良く通る素晴らしい発声。そして石が割れて中から狐の精が。赤頭で、冠無し。九尾の狐を載せるのは白頭の小書きの時だけでしょうか。

最初は葛桶に座っていますが、そこからぴょんととび下ります。那須野で野干狩りをされて射伏せられる話などをします。シテの長山桂三は私が勝手に「実力派」と思っている人ですが、足遣いが素晴らしい。


最後に「これからは悪いことはしません」と石のように固い約束をして消えていきます。

やっぱりこの人は上手。


囃子も謡も満足でした。


面は前シテが萬眉(近江作)、後シテは小飛出(出目満茂)。

写真は高野山に伝わる飛行三鈷杵。仙台市博物館の「空海と高野山の至宝」展のホームページからお借りしました。


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# by soymedica | 2017-07-20 16:51 | 能楽 | Comments(0)

セルリアンタワー能楽堂 定期能六月 金剛流 附子 頼政

d0226702_16590950.jpgセルリアンタワー能楽堂 定期能六月 金剛流
2017年6月17日(土) 13時より

解説 金子直樹

附子
太郎冠者 茂山七五三、次郎冠者 茂山千五郎、主 茂山千作

頼政
シテ 金剛永謹、ワキ 殿田謙吉、アイ 茂山茂
笛 藤田次郎、小鼓 曾和正博、大鼓 柿原崇志
後見 宇高通成、豊嶋晃嗣
地謡 松野恭憲ほか


ぎりぎりのぎりぎりに駆け込んでびっくり。ここは脇正面席の後ろから入る作りなのだけれど、脇正面ガラガラ。この演目、この演者でですよ。
わかり易い金子直樹さんの解説から。
たくさんのコピーの資料を抱えた年配の白人夫婦あり。おそらく解説の日本語はほとんどわかっていないものと思われ、国立能楽堂でもそうですが、日本語不自由な外国人向けには解説終了後からも入場可能であることを十分告知したほうが良いのでは。


附子。こんなに有名でこんなに基本的な演目でも、この三人がやると改めて新鮮に可笑しい。
七五三ファンとしてはアンコールしてもらいたい気分。
千作さん、無理しないで頑張ってほしい。


昔、金剛流の謡を習っていると思しきおじ様が奥様に「お家元はとても良い役者なんだけれど、大柄なんで損している」と力説していて、「そんなに凄い役者かな」と失礼にも思ったことがあるのですが、今回の頼政を見て、なるほどこれは素敵、と思いました。

殿田の僧は本日着流し。京都もみたし、これから奈良に行こうという。宇治の里に差し掛かる。
遠くからこの田舎者に名所を教えてやろうというお爺さんが。
名所旧跡を全部教えろという、いささか上から目線の要求に、知識を小出しにしつつ「尉は知らずそうろう」(ここ、面白いセリフ回しでした)、などと言う実は教養高いお爺さん。
さりげなく僧の視線を扇の芝へ。
そして今日が頼政の命日だと教え、自分こそは頼政の幽霊と名乗って、消えていきます。

本日珍しく脇正面で見ていたのですが、絶対に前列の一番若い(笛柱のそばの)若い奴は居眠りしていたぞ。

地元のひとが、頼政と宇治の関わり合いについて僧に教えます。茂山茂、装束のせいか、誰かわからなかった。というか、茂山家のあの年代ってどれが誰だか覚えられない…。
ふと気付くと斜め後ろのマスクのオジサンは七五三では!!

そして、僧が「だったら頼政の霊を弔おう」と待っていると、勇ましい頼政の霊登場。前場と同じ人が演じているとはとても思えない。
「頼政の霊か?」と聞かれて恥ずかしながら、と打ち明けながら座ります。ここまで、大きな動きが無かったように思うのですが肩で息をしているのが気になる。
高倉の宮を擁して旗揚げした一行は平家の軍勢に追われて平等院にまでたどり着いたらしい。そして宇治川の橋板を外す。
やーい、ここまでおいで、と敵を待っている。このとき頼政の幽霊は立ちあがって扇をかざして見えを切るのですが、それが本当にきれい。

ところが平家の武士たちは一列になって宇治川を渡ってしまう。(なぜ渡っている最中に矢を射かけないのか?と思うのですが、そこの事情が良くわからない。まだ江戸時代の武士道などできる前で、奇襲、寝返りなど当たり前の時代なのに。)

そして劣勢となった頼政たちは一人二人と打たれ、頼政も扇を敷いて自害するのでした。
どう表現して良いかわかりませんが、地謡とシテ、双方ともに何となく艶のある謡で、しかもわかりやすい。
最後は下居して袖で顔を隠すような仕草をしたのですが、あれが消えた印でしょうか。
頼政って良い曲ですね。またこの人で見たい。

終わったら声をおかけしようと思っていた七五三は気づくともういなかった。残念。

演能の間中断続的に金槌の音のように思える音が遠くから(何となくパーティションを組み立てている音のように聞こえたのですが)。集中していると無機的な音なので気にならなかったのですが、出口で係りの人に怒っているおばさまが。まあ、ホテルの中の能楽堂ですから、あってはならないことですよね。
次回からはこんなことの無いように頼みますよ。

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# by soymedica | 2017-06-30 12:42 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂定例公演六月 伯養 班女

d0226702_14171045.jpg国立能楽堂定例公演六月
2017年6月16日(金)18時30分より

伯養 和泉流
シテ(勾当)野村万蔵、アド(伯養)能村晶人、小アド(何某)野村萬

班女 喜多流
シテ 粟谷能夫、ワキ 殿田謙吉、ワキツレ 館田善博、森常太郎、アイ 小笠原匡
笛 藤田六郎兵衛、小鼓 飯田清一、大鼓 亀井広忠
後見 中村邦生、狩野了一
地謡 出雲康雅


初めて見る演目の伯養。伯養はシテでは無くてアドだと言うところが不思議。伯養は座頭、シテは勾当(名前あったか?忘れた)。勾当の方が偉いので、杖もずーっと長いのだろうか。面白いですね。二人が盲人の大切な集まりのためにそれぞれ同じ人に琵琶を借りに行くところから始まります。紆余曲折の後、じゃあ相撲で勝った方が借りようという事に。ところが目が見えないので、それぞれ柱と相撲をとってしまう(これは能楽堂でないとできない演目ですね)。これはいかんと、今度は琵琶を貸してくれる有徳人を投げ飛ばしてしまうという…。
人間国宝も投げ飛ばされるとは楽では無い。


たぶんこれは能役者の好きな曲の一つであろう班女。狂言口開けってわりと好きなパターンです。本日の小笠原は上が茶系、下が紫。着物の裾の刺繍は何の模様なのだろうか。
この人、なかなか上手なのではあるけれど、ビナンが何となく風呂上がりのようにみえる。

戻ってこない吉田少将を思ってぼーっとしている班女。何となく最初の座り方が決まらず、そのまま倒れるかと思った。宿の長の小笠原に追い出され、「そのまま消えてしまいたいのに」と、よろよろとさがる。そのままどこかへ消えてしまいました。出だしはおや、いつもの粟谷能夫ではないな、と思ったけれど、短い時間の間に後半見事に盛り返して中入りした感じ。

さて、ここで美男の吉田登場。これははっきりした年齢が述べられていないので、ワキの誰がやっても良い感じ。あんまり若かったり華奢だったりするとちょっと違うかな、という感じがしますが。それにしてもこの最初の謡は難しそうな節回しですね。
班女を探しに部下をお使いに出す少将でしたが、「もう居ない」といわれがっかりして(?)都へ。

何だか小鼓の掛け声が主張し過ぎで今一つノリ切れない。

さて、シテの登場。全身がやつれたように見えるのはさすがの演技力。
この後場の長い謡や、やり取りが聞かせどころなのでシテ方に好まれる曲なのだろうか。
常に裏切らない喜多流の地謡も素晴らしい。
地謡に合わせて、橋掛りへ行き「そなたの空よと眺むれば」と一の松で遠くを見るところなど、シテの型はとても綺麗でした。
そしてこの面(小面)、客席から見ると三白眼のように見えます。(三白眼の美男美女って好きです。)
序の舞のところで、大鼓の掛け声が出なくなる。お風邪でしょうか。

吉田の少将が「あれはもしかして」と部下に班女の扇を持ってこさせようとする。扇を取られまいと懐に隠す班女。このしぐさがカワイイ。演じているのが男性だという事を思わず忘れてしまう。
少将は扇を渡して比べさせる。あら、同じ扇。ここの大団円、テンポが速くなったように感じられて面白い。
めでたし、めでたし、なのですが、いつもここで、「あれ、揃いの扇を作ったの?交換したんでしょ」と思う…。

最後に班女は少将と手に手を取って帰ったのでした、ではなくて先に一人で「やったぜ!」と嬉しく帰るのでした。



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# by soymedica | 2017-06-25 22:19 | 能楽 | Comments(0)

国立能楽堂普及公演六月 舟渡聟 半蔀

d0226702_11502616.jpg国立能楽堂普及公演六月 
2017年6月10日(土)13時より

解説
「半蔀」のドラマトゥルギー 夕顔巻からの反照 河添房江

舟渡聟 和泉流
シテ(聟)野村又三郎、アド(船頭)松田高義、(船頭の妻)奥津健太郎

半蔀 金剛流
シテ 今井清隆、ワキ 大日方寛、アイ 野口隆行、笛 藤田次郎、小鼓 幸清次郎、大鼓 山本哲也
後見 広田幸稔、今井克紀、工藤寛
地謡 金剛永謹ほか

解説がこれはなかなか面白かったのだけれど、そして国立にしては珍しくハンドアウトまでくれたのだけれど、一週間たつとほとんど忘れている。これじゃあ解説する方もむなしいでしょうね。
まあ、覚えているところは、夕顔というのは枕草子でも「花は良いけれど、実はちょっと」などと書かれており、高貴な朝顔に比べて庶民的な花の象徴だということ、夕顔の白は源氏物語の中ではエロチシズムの象徴の色でもあること、とか。
肝心の「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕がほの花」の解釈については私の記憶の混乱が…。これは解釈が何通りかあるそうですよ。そして原作(源氏物語)では夕顔から源氏に歌を詠みかけているのですが、これはちょっとルール破りで、円地文子などによると「夕顔の遊女性」を示したものだと解釈されているとか。ところが能では歌を詠みかけるのは源氏であって、この夕顔の「心あてに…」の歌は採用されていないのだそうです。そして、能の純な夕顔は、今でも源氏をしたって半蔀の影でこの世をさまよっている。
…といったお話だったような…。


舟渡聟は好きな演目なのだけれど、ついウトウトしてしまった。別に演者が下手とか言うわけではありません。聟が酒樽だけでなく派手な鯛も担いでいて(ぬいぐるみかな)、華やかだったのに。

本当に作り物が可愛らしいのですよ、とシテ方能楽師が自慢する半蔀。初めて観る演目です。
名乗り笛で僧とアイ登場。僧は真中で念仏してから、ワキ座へ移る。後から考えるとこのワキ僧の大日方の端正な感じがこの曲にピッタリ。法事に使った花も供養すると言う所がいかにも仏教的。
すると、花の影から綺麗な女の人が現れる。夕顔の花、五条、などと謎めいた言葉を残し、女は消えてしまいます。

里人に五条へ行くことを勧められた僧が着くと、何やら由緒ありげな家が。(ま、実際には紺の引き回しをかけた小宮が運び出されるのですが。)中から女の声が。ここ、シテが実際に謡う所もあるのですが、地謡が謡う所も。その地謡がとても素敵。途中で引き回しが下ろされると、金銀の小さな瓢箪と花が飾られた半蔀が。
女は葛桶に座って向きを変えるのですが、この所作がとても優雅。

そして女は家から出て序の舞を。このとき後見が後ろから半蔀を棒で押し上げるのですが、そうすると、瓢箪と花が向きを変えて垂れ下がり、可憐。
もうここから先はあらすじを追う世界では無くて、ひたすら舞の優雅さと後ろの作りものの美しさを愛でるのが正しいでしょう。残念なことにシテのハコビが若干優雅さにかける所がありましたが。

そして最後に女はまた家に入って行くのです。(最後は出て終えていました)。

面は友閑作の小面。



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# by soymedica | 2017-06-20 21:34 | 能楽 | Comments(0)

銕仙会定期公演六月 千手 水掛聟 阿漕

d0226702_22315991.jpg銕仙会定期公演六月
2017年6月9日(金)18時より@宝生能楽堂

千手 郢曲之舞えいきょくのまい

シテ 鵜澤久、ツレ 浅見真州、ワキ 宝生欣哉
笛 竹市学、 小鼓 亀井俊一、 大鼓 柿原崇志
後見 山本順之、永島忠侈
地謡 観世銕之丞ほか

狂言 水掛聟
シテ(聟)小笠原匡、アド(舅)野村萬、小アド(舅の娘)能村晶人

阿漕
シテ 西村高夫、ワキ 大日方寛、ワキツレ 御厨誠吾、野口能弘、アイ 河野佑紀
笛 一噌隆之、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 佃良勝、太鼓 大川典良
後見 野村四郎、浅見慈一
地謡 清水寛二ほか


千手のこの郢曲之舞(えいきょくのまい)という小書きは初めて。解説に「この小書きが付くと千手と両シテあつかいになること、千手のクリ・サシ・クセが省略され、舞も序之舞から中之舞になることなおで、全体に二人の刹那的ともいえる一夜をより濃密に描く演出」といったことが描かれていて「?」と思ったが、全体を見終わっての感想は「舞台が締まる」と言うもの。短くはなりますが、濃い。そう感じさせるのもこのシテとこのツレだからでしょうけれど。

数珠を首にかけた重衡。全体に金茶に統一した装束で、無地にも見える同系統の色で丸い何かの模様が散っている。これがとても上品。
宗茂が状況を説明する。こういうところを力まずさらっとやるのが上手な欣哉。
シテの装束は特に個性的と言うのではないけれど、あまり洗練されていては田舎の雰囲気が出ないのでしょう。
このシテの面が特に斜めから見ると特に美しい。
そして、これはどうしようもないことだけれど、重衡はもう少し若くあってほしい。上品な初老では悲劇性が今一つ…。

千手がやってきても物思いに沈む重衡は会わないという。この言葉を伝える宗茂。脇正面から斜めに橋掛かりにいる千手に向かい問答する配置が綺麗。
本日さすがの宝生欣哉も二人のシテに押され気味で印象が薄いかったのですけれど、要所要所を抑える力はさすが。

要するに雨の晩に二人がこれでもう会えることは無いかもしれないと思いつつ、酒を飲み、音楽や舞を楽しむというそれだけの曲。でも、この曲こんなに面白かったっけ?!と思わせる演技でした。

ちょっと小鼓が残念でしたが。何か具合でも悪かったのかな。それでもしっかり合わせてくるところはベテランだとは思いましたが。

面は河内の小面


水掛聟は好きな演目。聟と舅がお互い相手がいない間に堰を切る仕草とか、水の掛け合い、最後に取っ組み合い。萬はさすがの演技ですけれど、萬と相撲を取って最後には投げ飛ばす二人はドキドキでしょうね。ちょっとバランス崩れて骨折させた、なんてことになったらマズイ。萬がかぶっていた頭巾はなんて言いましたかねー。ほくそ頭巾でしたっけ。


最後は見どころ一杯の阿漕
本日は終了が9時半近くになるためか、チケットは売り切れだと言うのに正面席に空席が。常連のご高齢者が来られなかったという事か。この阿漕も良かったのに、残念でしたね。後のパイプいすには学生さんのような人たちがいたのですから、そういう場合にチケットを融通する仕組みを銕仙会で作ってあげたら良いのに。

お坊さん3人登場。私の持っている解説(新潮社)では旅人が一人、となっていますが、どちらにせよ伊勢参りの途中に阿漕が浦にやってきた。土地の漁師と思しき老人がやってくる。この漁師、土地の謂れを教えるところなどではあまり感じませんでしたが、だんだん本物の漁師のように謡本でいう「卑しい」感じが出てきて上手い。特に最後の竿を操る見せ場など、神様のお使いの尉などとは明らかに違うイメージを出していました。

漁師は釣竿を投げ捨てて中入りするのですが、脇正面あたりにあるものを、後見がわざわざ笛座のほうに回って取りに出るのは決まりなのでしょうね。

呆然としている僧一行。そこに浦人がやってくる。見かけない人がいるからと言って、そんなに驚くかな、というほど驚く河野。全体に力入りすぎだけれど、まあ若いからね。

では、阿漕を弔うか、と僧たちが待っていると、すーっと阿漕の幽霊が。前半は漁は釣り竿で、今回は網らしい。
この面の顎がちょっと気になる。照明を受けて、あごの辺縁が光るのですよね。なんだかあごの先にだらしなくマスクをひっかけているように見えて…。
それはともかく、後半も堪能しました。西村は手のきれいな人で、どう考えても水死した漁師の手ではないのだけれど、それがかえっておどろおどろしい。
面白く漁をしているとそれがだんだん地獄の景色にかわり、成仏しないまま去っていく。

またこの人で、また阿漕を見たい、と思ったのでした。

面は前シテが洞白の三光尉、後シテが作者不詳の痩男

写真は銀梅花



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# by soymedica | 2017-06-14 18:00 | 能楽 | Comments(0)