![]() 狂言三人三様 野村万作の巻 野村萬斎、土屋恵一郎編 岩波書店 2003年11月25日第2刷 このシリーズなかなか面白い企画だと思います。インタビューもさることながら、同じ狂言の演目に対して、野村万作、茂山千作、野村萬斎がそれぞれ思いを語るところが圧巻。狂言好きにはこたえられない。 そしてインタビュー。前の野村萬斎の巻と比較して、やはり親子だけれど市井の親子とは違うところに感心します。世襲というのは芸に限らずこういうものなのだな、と。 そしてこの世代の人たちの話を読んで思うのは、「冥の会」というのはやはりエポックメーキングだったのだとつくづく思います。 面白いなっと思ったエピソードは、昔は今のように面をやや上にかけるのは宝生流だけで、観世寿夫なども面はべったりとかけていたそうです。そして謡の明確なのは宝生流の特徴で、それがいまでは梅若にも入ってきたとのこと。 お勧め本です。 ![]() 第24回テアトル・ノウ 東京公演別会 5月20日(日)13時より@国立能楽堂 能 蝉丸 替之型 シテ 片山九郎右衛門、ツレ 味方玄 ワキ 宝生閑、アイ 野村萬斎 笛 杉信太朗、小鼓 幸正昭、大鼓 亀井広忠 後見 片山幽雪、清水寛二、浅見慈一 狂言 盆山 野村裕基、野村萬斎 舞囃子 西行桜 片山幽雪 能 鵺 白頭 シテ 味方玄、ワキ 宝生欣哉、アイ 竹山悠樹 笛 藤田貴寛、小鼓 成田達志、大鼓 亀井忠雄、太鼓 小寺真佐人 後見 観世喜正、山崎正道 とても良いお天気の日曜。ネットショップで売りに出していた藤田六郎兵衛のCDが売れたのに気を良くして国立能楽堂へ。 仕舞や謡の前触れなしに蝉丸が始まります。 引き回しのかけられた萩藁屋が後見の手によって出されます。でも、引き回しはすぐに下されます。場所は大小前。この藁屋の扱いは流儀などによって色々あるそうですが、現代人の目には巨大な鳥小屋のようにも見えます。 宝生閑の清貫は、盲目の皇子を敬いつつ天皇の命令で山の中に捨てる羽目に。蝉丸の面が中々良いです。これから山の中に捨てられて小屋に住むというのに、輿かきをつれて今は床几に腰をかけている。「あら嘆くまじの勅諚やな」の謡が綺麗ですが、だんだん髪を下ろされたりして、自身の境遇がわかってくる。その様子がシテ・ワキの掛け合いが上手いせいではっきり描出されます。 それにしても脇正面だったので後ろ姿しか見えない宝生閑、やっぱり上手。 萬斎登場。私の近辺ではオペラグラス使用率が急に上昇。博雅の三位という庶民では無いというアイにはぴったりの感じ。そして、何かあったら博雅の三位に知らせてくれ、と皆に触れて退場。 右手に笹をもった逆髪登場。面は何でしょうね。眉と頬にくぼみ(笑窪みたいな)影ができています。ところで、本当は正面席が良かったけれど逆髪は結構橋掛りでも謡うので、まあ脇正面でもいいか。 このシテの片山九郎右衛門、上手です。幽雪と親子ってずいぶん遅い子ですね(私はずーっと孫かとおもっていたのですが、後ろの席の方によると親子らしい)。爺さんになるとああいう味が出てくるのだろうか…。 なかなか素敵。 姉弟がであったときには思わずしんみりしてしまった。座敷謡であったというのも納得の詞章の良さ。 そして、地謡も山の中の藁屋の寂しさを謡いあげて雰囲気を盛り上げます。 そのさみしい山中に残る弟を振り返りつつ姉は去って行きます。 楽しかった。そして今回小鼓の幸正昭が良かった(いつも良いのかもしれないけれど、今回気づきました)。 狂言は盆山。盆山は盆栽みたいなものらしいのですが、一種小さな箱庭に作ったものも指すそうです。 その盆山を盗みに入った裕基クン、萬斎が「あれはイヌだ、いや、猿か?鯛かな」というたびにその物まねをする。というもの。もうすこしするともっと上手くなるね(這えば立て、立てば歩めの…)。 鵺は白頭の小書き。味方玄、大活躍です。旅の僧(今度は欣哉)が御堂に泊まる羽目になる。案内する所の物の竹山悠樹がなかなか良い感じ。夜半僧の前に鵺の幽霊が出てくる。もともと化け物なのに、幽霊になるとは。どういう位置づけのものなのだろう。なぜ帝を悩ませにやってくるのかなど、その辺の説明はありませんが。 前シテがいつのまにか(亡心のはずが)頼政になったり猪の早太になったりして鵺を打ち取るしぐさを見ていると、大きさは中型犬くらいなのかしらん。この辺、おもわず引き寄せられる演技です。 そして、打ち取られた鵺(の亡心)は竿を捨てて、中入り。 白頭の小書きでは、後シテの登場のとき、まず半幕があります。幕の両側(だと思う、一方しか見えなかったけれど)でぐるぐると巻きあげるようにあげるのですね。 そして鵺は前半床几を使います。 正先へ出て足を降ろす型もあるので、やっぱり正面で見たかったな。 昔の人は大臣と頼政の機知に富んだ歌のやりとり(ほととぎす、名をも雲居にあぐるかな、弓張り月のいるにまかせて)を聞いて、ああ、あの有名な、と、楽しむのでしょう。私も教養を身につけて隅々まで楽しめるようになりたいものです。 今回役者から囃子までとても満足。 パンフレットの解説は味方健が書いています。(文体が私には若干読みにくいのですが)、力作です。 能の鑑賞講座 三宅譲 檜書店 ![]() 国立能楽堂定例公演 2012年5月18日(金)18時30分より 正面席4800円 狂言 魚説教(大蔵流) シテ(出家)大蔵吉次郎、アド(施主)善竹忠一郎 能 藤戸(観世流) シテ 観世恭秀、ワキ 宝生欣哉、ワキツレ 則久英志、野口能弘 アイ 善竹隆司 笛 一噌庸二、小鼓 幸清次郎、大鼓 柿原崇志 後見 木月孚行、木月宣行 本日午前中休みにして昼ごろから出勤。凄く面白いことがあったので、長いけれど書きます。 人気の少ない駅のプラットフォームでアメリカ人とおぼしき小さなお婆さんに道を聞かれた。それが何と、 「Ben & Jerry'sに行きたいんだけれど。ここから幾つ目かの駅といわれたんだけれど、この電車で良いの?」 …そりゃ何じゃ? 「とっても美味しいアイスクリームで行列ができるのよ。素敵な広い通りのあるところにあるの」 私がきょとんとしていたので英語が通じなかったのかと、何回も説明してくれる。 「どこの駅?」 婆さん、きっぱりと「I do not know!」婆さん、あなたは東京の大きさを測り間違っている。アメリカの街ならその聞き方で大丈夫だけれど…。 と思ったら、能楽堂でも前一列がほとんど白人あるいはヒスパニックと思われる人たち。うーむ、アジア人の繁殖力は何処に?(一番若いとおぼしき兄ちゃんは途中でギブアップ。 魚説教。にわか坊主になった漁師が経の代わりに魚の名前を唱えるという話。前に野村裕基クンで見ました。大人がやると味わいが違いますが、やはり子供がもっともらしく経を唱える方が可笑しいかも。 でも、黄色と黒の細かい格子の着物に紺の羽織、鶯色の袴というのは私の趣味ではありません。アドは濃いグレーと白の縞と海老茶の袴。こちらもあんまり。 さて、「反戦の能」と言われる藤戸。(私は反戦の能とは思いません、かなり当時の身分制度を反映しているものかと)。 地謡は坂井三兄弟が前の列で頑張っていました。 次第で登場した前シテ。面は「痩男」と書いてありましたが本当?(痩女でしょうね)。しおしおとした老女。「さてなう我が子を波に沈めしたまいし事には」のせりふが比較的弱いのに「ああ、音高し」の声が大きいので、何となくアンバランスな感じ。 シテはシテとして基本に忠実なのでしょうが、もう少し老女としては姿勢が悪くて前かがみという方が良いのでは。英霊の母ではないのですから、あまりに毅然としていても、と言う感じがしました。 「我が子かえさせたまえや」の部分はシテもワキもさすが。(もっと、ワキが良く見える席を選べばよかった。)でも、国立能楽堂さん、あんなに舞台を煌々と照らさなくても。もうちょっと照明を落とした方が感じが出るし、目も疲れないかもしれません。 アイがあまり馴染みのない方でしたが、なかなか良かったです。 そして後シテ登場。面は河津。おどろおどろしい感じに若干欠けると感じましたが、「胸の辺りを刺しとおし」と、二回杖で脇を指すしぐさ、「千尋の底に沈みしに」と座る場面はやはりベテランの味がありました。 最後に「成仏の身となりぬ」で、杖を落として帰って行きます。 それにしてもワキの「よしよし何事も前世の報い」というセリフといい、成仏してしまう漁師と言い、時代とはいえ悲しい話です。色々考えさせる筋の話でした。 写真はこの季節の箱根ポーラ美術館のレストランからみた山です。 ![]() ビジュアル版日本の古典に親しむ1 源氏物語 円地文子 世界文化社 2005年11月初版第1刷 源氏物語を各巻ごと見開き写真付きで要約した本。人間関係の図付き!! 死ぬまでに一回は読んでおきたいけれど、それはあくまで希望。でも「夢浮橋」って、なんだったっけ、とか思った時さっと見るには便利だし、見ていて奇麗。 類書は色々あるのでしょうが、ふと目についたので買ってみました。 写真が多いのに1890円は安い。かなりな部数出ることを当てにしているのだと思います。 高校生の時一部古文で習った時には楽しかったけれど、純粋に筋だけ追うとあんまり共感できない話ですなー(笑)。 ![]() 銕仙会定期公演 5月 5月11日(金)@宝生能楽堂 18時より 正面席6000円 東岸居士 橋立 シテ 大槻文蔵、ワキ 宝生欣哉、アイ 大倉教義 笛 竹市学、小鼓 成田達志、大鼓 亀井弘忠 後見 野村四郎、柴田稔 狂言 水掛聟 シテ 大蔵彌太郎、アド(婿)大蔵基誠 (妻)大蔵千太郎 能 杜若 素囃子 シテ 鵜澤久、ワキ 館田善博 笛 松田弘之、小鼓 鵜澤洋太郎、大鼓 佃良勝、太鼓 浅井 均 地頭 浅見真州 後見 観世銕之丞、清水寛二 ぎりぎりのぎりぎりで駆け込み。通路側の席で良かった。と、思ったら休み時間に横に座った3人連れの奥様方の一番奥の人が、「わたくし、途中で帰りますのでそこの席と代わってください」。気にしないから途中で出て行ってください、と言っても「いえ、ご迷惑ですからそこに」。頑として代わらなかったら(だって前の席空いてるし、通路側好きなんだもん)、物凄く不満そうな顔をされた。で、結局おばさんは終演までいた。ナンナンダ?? それはともかく、東岸居士は二度目ですが、やっぱり詞章は難しい。自然居士(東岸居士の先輩)に比べて本も少ないし、予習もなかなか大変。昨年の国立能楽堂で同じ小書きでのものがあるので、パンフレットの詞章を読んで行きましたが、これも解説無いし…。 シテ登場。スマートな体形のシテが喝食の面でオレンジの水衣で登場すると本当に青年僧のよう。右手には柄杓を持っているように見えましたが、何かいわれがあるのだろうか。 謡も若々しいトーン。面づかいもきれい。宝生欣哉の主張しない演技と上手くあっていました。 東岸居士は筋といった筋の無い曲ですので、演ずる方がよほど熟練していないと詞章の難しさとあいまって、お客さんも飽きてしまうのではないかと思いますが、楽しめました。 地謡の後列一番手前の方、若干姿勢が悪いのが気になりました。あと、シテ登場の時も鏡の間は明るかったのが珍しい。 狂言は水掛聟。前に一度善竹十郎、富太郎で見ているのですが、あの時の演出は舅と聟はそれぞれ田を見回ったあとには舞台に残って座っていたとおもうのですが、今回は水を自分の田にひいた後は袖に引っこんでしまう。ちょっとまだるっこしい感じ。それと、大蔵彌太郎は、セリフの間があんまり無い。一呼吸置いてセリフをお客さんに沁みとおらせるような間を空ける部分があっても良いのでは。 最後の「来年から祭りには呼ばんぞよ」のせりふはさすがに良かったです。 杜若は、鵜沢久。女性の能楽師って何となく敬遠していたのですが、非常に評判の高い方なので見てみました。素敵でした。私のように食わず嫌いの方、お勧めです。 まず、旅の僧が登場。謡は良い声ですが、旅の僧なのに力みすぎでは。あらためてワキの難しさを感じてしまった。 杜若の精はとても素晴らしい謡。セイレーンかな。素囃子(しらばやし)という小書きは端的に言うと舞が短く、謡が長い(省略されない)というものです。クセでは橋掛りまで大きく使います。このシテの魅力は仕舞よりは謡にあるようなので(凄く小柄な人なので、仕舞の華麗さで見せると言う感じではない)、満足。 残念だったのは物着。もう一人働きが出てきて手伝っていましたが、冠がうまく載らない。あれが若干傾いていると言うのも、客としては後半の集中が切れてしまうものです。 装束が前後ともに若干地味に感じました。もっと華やかで大きく見える装束で見たかったな。前半の東岸居士とのバランスを考えたものなのでしょうか。 またこの人のシテで何か見てみたいと感じさせる舞台でした。 本日の能樂堂パンフレット情報。 6月12日(火)久習会 見延 10月13日(土曜)は鵜沢久の会 当麻 事前にチェックしたのは 能苑逍遥 中 天野文雄 大阪大学出版会 謡曲入門 伊藤正義 講談社学術文庫
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